花の手紙
帰り道、あまりのことに呆然としてしまい、気が付くと何度も立ち止まっていた。
治療院で聞かされた話の衝撃の強さに、その場にへたり込んでしまいそうになる。
救護院でドレ―ス治療師長と名乗った女性は、カレルとエルジンガ治療師の関係を詳しく尋ねてきた。あまりに深刻そうな彼女の顔に、大泣きしたことも含めて正直に話した。
「エルジンガは、ヨンダルク辺境伯領の救護院での勤務中に怪我をして王都に戻ってきました」
ドレ―ス師長は、彼女がどんな怪我を負ったのか詳しく教えなかった。しかし、傷は癒えたが、心の傷は深く、自死する恐れもあり、ここで治療を受けていると悲痛な表情で語った。
「あなたの名前を聞いて、コレイン様が会いにきてくれたのですかと、初めて顔を上げたのです。だから私はあなたという方を信頼してお話ししました。どうかエルジンガの力になってやってください」
傷は癒えたのに自死を考えるほどのことが、彼女に起きた……
恐らく彼女は男から暴行されたのだ。
ドレ―ス治療師長は彼女の力になってくださいと言ったが、カレルには自分ができることなど、なにもない気がした。むしろ男の自分が会いにきたら、彼女を苦しませるだけのように感じた。
何も言葉を返せぬまま、カレルは黙りこくるしかできなかった。
「手紙を書いてやってくれませんか」
治療院を去るとき、ドレ―ス治療師長がそう言った。
手紙……か。
◇◇◇ ◇◇◇
便箋を前に、深いため息をついた。
あれから7日が経った。どれだけ頭を絞っても、たったの一言も思い付かなかった。
毎日、何を書こうか考え続けた。
苦しかった。
彼女の受けた痛みを思うと、行き場の無い悲しみに襲われた。
騎士団の宿舎の窓に、雪がちらちらと舞うのが見えた。
彼女は部屋でどうしているだろうと思いをはせた。けれど何度想像しても、暗く冷えた部屋で、うずくまっている彼女の姿が浮かんだ。
その部屋に光を入れて、温かくして、体に毛布を掛けて、そうだ……花も飾ってやりたい。
そう想像した時、涙がこぼれた。
誰もいないのだから……
泣くことを己に許した。
花を描くことにした。
幼い時から絵を描くことが好きだった。
画家になりたいと、十代前半に子供がよく見る綺麗なだけの夢も見た。
けれど、貧乏子爵家の4男などという、枯れた葉っぱのように軽い身の上では、絵が描けることなど何の足しにもならないことが、十代の終わりには理解できた。
初めての手紙は『水仙』を描いた。
春の緑の中で、気高く咲く姿が、彼女が凛とした眼差しで仕事をしている姿に似ていると思った。
添える言葉はいくら考えても思い付かないので、花だけ描いた。
色を付けたかったが、自分の手取りでは絵具は買えそうになかった。
文字用のペンで描いた久しぶりの絵は、あまり満足のいくできではなかったが、少しでも彼女を目を楽しませてくれたらいいなと願った。
それから週に2回ほど、花を描いては手紙を送った。
2輪目の花はデルフィニウムにした。
濃い青い花が、雨を連想させた。
この花のように、優しい雨が彼女に降り注いで、悲しみを溶かして流してくれるように願った。
3輪目の花はキンポウゲにした。
岩場に咲く可愛らしい花は、髪を切り、潔く清い覚悟で戦地に来てくれた、彼女の強さと美しさを表していると思った。
4輪目の花はヒマワリにした。
降り注ぐ夏の光のように傷を癒してくれた彼女の慈愛が、今度は彼女自身を照らし癒してくれるよう願った。
何輪も何輪も、彼女を想って花を描いた。彼女からの返事は一度も無かったがそれでよかった。
冬の間、カレルは花を描き続けた。