会いたくないではなく、会えない
カレルは順調に回復し、1週間で戦地にもどった。
救護院にいる間、アンネリーンと呼ばれた彼女の姿を遠目に見たが、話をすることはなかった。
幸いなことにその後、負傷することはなく、救護院に行く必要はなかった。
頭のどこかで、ちらりとまた救護院に行きたいと思うことがあった。彼女はどうしているだろうかと考えてしまう。自分の気持ちが知らないうちに彼女に向かう。それがどうしてなのか分からなかった。
あなたが大泣きすると知っていれば、生きようと思う一助になると思いました。
その言葉が、強く胸に残っていた。
冬になり、大発生していた魔獣も数を減らした。討伐隊の効果も出て、辺境領の常軍で対応できる見通しがつき、特別討伐隊は王都に帰還することが決まった。
ここを去る前に、どうしても彼女に会いたかった。礼を伝えていこうと思い救護院を訪ねた。
「エルジンガ治療師は王都に帰りました」
救護院で対応してくれた、治療師の一人は、ひどく不快な表情を浮かべて、そっけなく答えた。
おまえは何者かと値踏みをして、けして彼女のことを教えまいと身構えているようにさえ見えた。
何を聞いても答えてもらえなかった。
なにか理由があって彼女は急に王都に帰った様子がうかがえた。
◇◇◇ ◇◇◇
冬の間、特別討伐隊から帰った者は、まとまった休暇を与えられた。
時間ができると、なおさら彼女のことが頭に浮かんでどうしても消えない。
所属している騎士団で顔なじみの治療師に会いに行き、彼女のことを知っているかと訪ねた。
「休みの日に出てきて、おまえが女の名前を口にするとは」
年配の男性治療師は驚いて、いったいどうした?と根掘り葉掘り聞いて来る。
「18歳で入団してから、23歳の今日まで、ただの一度も女の話がなかったおまえだ。その治療師のことは知らないが、いいだろう私が力になってやる。少し時間をくれ探し出してやろう」
女という言い方に戸惑ったが、素直に頼むと頭を下げた。
ついでに、どうしてこんなに気になるか分からないんだと、聞いてみた。
彼は笑って、会えば分かるだろう、まあがんばれと背中を強く叩かれた。
◇◇◇ ◇◇◇
教えてもらった住所を訪ね、名乗ってからエルジンガ治療師に会いたいと告げた。
ここの治療院の、管理職に見える年配の女性は、要件を尋ねてくる。以前治療してもらったお礼がいいたいと告げると、非常に不審そうな目をむけられた。それはそうだろう、自分のしていることが常識外れであることが、ありありと感じられ、すぐに感謝だけ伝えて欲しいと言って、その場を辞そうとした。
意外なことに少し待って欲しいという。入口の控えの椅子で待っていると、同じ女性が戻って来た。
「エルジンガは会えないと申しています」と彼女は告げた後、黙ってこちらをじっと見つめた。
「エルジンガとあなた様はどういったご関係?」
「一度治療を受けただけです。命の恩人です」
女性は大きなため息をついた。
「エルジンガは誰にも会いません。誰が来ても会いたくないと言います。ですが……」
女性は深刻そうな顔で、彼女のことを話し出す。誰が来ても合わないとは、いったいどうしてと話が見えない。
「あなたの名前を告げた時、エルジンガは……あの人が会いに来てくれたのですかと言ってから、会えない……と、会いたくないとは申さなかった」
女性は控室に手を向けた。
「こちらへ、少しあなたのお話しをお聞きしたい」