原始人でも分かる面白い作品の判別法
敬語の方がやりやすいことに気づきました。
物語の主人公には葛藤が必要だ。それくらいなら、どこかで聞いていてもおかしくないです。
私は物語の前提で、主人公とSQと世界観を説明することが必要だと言いました。その中で最も重要なのが、主人公だとも。そこで、何故、主人公は大事なんですかね?
そりゃ、読者が視点とする人物なのだし、大切なことは大切だろう。でも、本当に主人公が一番大事?
ヒロインとか展開とかが一番大切なんじゃない? と思う方もいるかもしれないが、断言します。
物語は、主人公が一番大事だ。それは絶対です。
何故なのか。それは、そもそも物語の本質が、主人公の変化を描くものだからです。ゆえに、主人公を二の次にするということは、物語そのものをふいにするのと同じです。主人公と物語には密接な繋がりがある。それが理解できるなら、主人公が一番大事な原則を理解できると思います。
結局、創作=物語を作る行為なんだから、その根本を無碍にすることはできませんよね。
ちなみに、物語の全体図は大まかにこうなってます。
テーゼ(旧)→アンチテーゼ(新)→ジンテーゼ(真)
【状況設定】 【葛藤・対立】 【解決】
旧世界から、新世界に行き、真の自分を発見する。
『テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼと変化する世界を描く』
大雑把に物語というのは、実はこうなってます。
後述する『三幕構成』でも、この考え方は使います。というか、構成の原始的なことなので、是非この機会に覚えてください。
・物語を構成する上で、主人公には何かしらの『変化』が必要である。それがなければ物語とは呼ばない。(多くの場合は、真の自分の姿を発見する)
そして、本題です。主人公に葛藤が必要な理由。それは、発見した『真の自分の姿』に説得力を持たせるため。どうしても、変化の過程には葛藤が欲しいんですよ。
例えば、
何か気に食わなければ暴力をふるう乱暴者が→迷子の子供を進んで助けるいい人
になる物語があるとする。
アンチテーゼをすっ飛ばしてみます。すると――。
何か気に食わなければ暴力をふるう乱暴者のA君が、突然、迷子の子供を進んで助けるようないい人になりました。皆一安心です。めでたしめでたし。
こういう話になる。こんな話が面白いわけないですね。こんなん原始人でもつまらなさが理解できます。それでも、このサイトにはこういう話が多い。ガワは違っても、本質がこんな感じです。
作品の面白さを判別するときに、葛藤や対立が含まれているかを確認すると良いですよ。つまらない作品には、たいてい含まれていないことが分かると思います。
さて、さっきの話に葛藤を付け足してみます。
何か気に食わなければ暴力をふるう乱暴者のA君のもとに、妹が生まれました。A君はたいそう、妹を可愛がっていました。
しかし、ある日、成長した妹に、暴力の現場を見られてしまいます。『乱暴するお兄ちゃんなんて嫌い!』と、妹にそう言われます。A君は困りました。『暴力を振るうことでしか俺たちは生きられない』と、A君は言います。A君たちの家庭は貧困で、十分に住む場所や食べたり着る物を用意するために、誰かから奪う必要がありました。『私は貧乏で良い。お兄ちゃんと一緒に居られれば』と、妹に言われたA君は泣いてしまいます。
そうして、A君は元来の誰にでも優しくする性格を取り戻し、迷子の子供を進んで助けるようないい人になりました。皆一安心です。めでたしめでたし。
はい。どうでしょう。明らかに後者の方が『面白い』ですね。
さて、なんでこうなるのか?
ひとえにそれは葛藤パワーですね。
この小さな話について、『面白い』と私は言いました。
で、その『面白さ』=作品に含まれる葛藤。
そう見えてしまいがちなんですけど、実は、葛藤と面白さの間に、もう一人、登場人物が必要なんです。それは『ドラマ』です。ドラマとは、葛藤によって生まれる登場人物のやり取りや心の動き。それが作品の肝であり、面白い部分なんです。
・葛藤=ドラマ=面白さ
という図になります。
葛藤にはドラマを生み出す力がある。そして、ドラマが作品を面白くする。
・原始人でも分かる面白い作品の判別法=葛藤が含まれているかどうか
これを覚えて帰ってください。
次は、もうちょっと葛藤について深堀りしていきましょうか。




