「なぜ殺してはいけないのでしょう?」2
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「では、なぜ殺してはいけないのでしょう?」
ヤツノが、静かに、魔力のこもった声で質問する。
「人を殺す理由がそれだけあると言うことは、この世界が、人を殺す必要がある仕組みになっている。と言うことの証明にはなり得ませんか?」
マナのゆるぎが、ピリっとリコの肌を刺す。
「それなのになぜ、殺してはいけないのでしょう?」
「取り返しのつかない事だからよ」
「・・・は?」
リコが、間髪入れずに答えたので、ヤツノは驚いた。
「ヤツノ、話し方が賢いから、ついつい大人と同じ感覚で喋っちゃうけど、こんな事を考えてるなんて、やっぱりまだまだお子ちゃまね。オネエさんちょっとホッとしちゃったよ」
プフフっと口に手を当ててリコが笑う。
「え? な? 僕はお子ちゃまなんかじゃ」
「ウフッそうよね、もうすぐ15才だもんね。成人。大人。フヒ」
そう言って椅子を寄せると、リコはヤツノの頭を撫でた。おぉ髪質が硬い。
「たいていの失敗はやり直せるし、たいての間違いは修正できるけど、この世界でも死んでしまった人を生き返らせることだけはできないのよね? 奪った命を取り返すことはできないのでしょ」
取り返しのつかない事をしたい人なんていないよね。だから、なるべくそうゆう選択をしないようにルールを決めたんじゃ無い? それでも間違っちゃう事もあるだろうけど。
そう言って、ヤツノに身体を向き直し、話を続ける。
「もしかしたら他に方法があったかもしれないのに、考える事をやめて取り返しのつかない方法を選択するんだとしたら、すごく頭が悪いと思わない?」
ゴブリンレベル。とリコは鼻の頭にシワを寄せた。
「私たちは考える脳を持っている。答えは一つじゃないのに、時間は十分にあるのに、やり方も沢山あるのに、頭が悪い生き物は、そんなに考えるのがめんどくさいのかしらね?」
ぐうの音も出ない。
ここでまだ、殺人を肯定するような事を言ったら、自分がまるでゴブリンと同じだと、宣言しているみたいではないか。
ヤツノは、自分が大人を試すような事をした子供と見透かされたようで、湧きあがる羞恥に顔を上げていられなくなった。
「でも、ヤツノの言うことももっともだわ。そりゃそうよ。理由があったら殺しても良いのかもね? 私も目の前でヤツノの鱗をはがそうとする奴がいたら躊躇なく殺しちゃうかも」
まだ加減がわからない。試す方法もないし。そのうち検証しようとは思っているのだけど。と、言い添える。
ヤツノは、臆面もなく自分の言ったこととは真逆のことを言うリコに驚いて目を見開く。
リコの言っている事は、紛れもなく本心だ。ヤツノにはわかる。リコは本当の事を言っていると。
「でも犯罪奴隷になるのはやっぱり嫌だから、相当な労力を払って殺人を隠蔽しないといけないでしょうねぇ。うへっ殺人ってクソめんどくさそう」
「そんな、バレなきゃ良いみたいな言い方」
「バレなきゃ良いのよ。悪い事したって。善悪なんてその時と立場で変わるんだから。ま、絶対に誰にもバレない悪事なんて、相当頭使わなきゃいけないだろうけど。そんなことにひとり悶々と時間を割くなんて、それこそバカみたいだけど」
リコは両手をあげて首を振った。
「あ、ヤツノ、ヤツノは良い子?」
「・・・どうでしょう? 人並みの良心は持ち合わせているつもりですが、自分の事はよくわかりません」
「そっか。良心があるんじゃぁ“誰にもバレずに”悪事をはたらくのは無理かもね」
「・・・」
ヤツノは、リコの言っている意味がわかって、うつむいた。
「だから、ヤツノも、どうしても誰か殺したくなったら実行する前に教えて。一緒にバレない方法を考えよう」
予想外の言葉に、顔を上げてリコの顔を見る。
「死体をマナに帰るぐらいに粉砕したらいけるか?」
完全犯罪殺人の1番の難関は死体処理だって何かで読んだよ。と、不穏な事を口走っているが、一切嘘をついていない。ように、見えるのに「クソみたいな奴が相手でも、一緒に考えたらきっとその方が楽しいよ」と、リコは笑って言った。
ヤツノは、ひざまづいて、リコの手をとり額に当てると、「リコの瞳は美しいですね。朝露に濡れて光る黒曜石のようだ。どうかその瞳を僕にください」と、キラキラした顔をむける。
「え、やだ、どうした。いやだよあげないよ。なんでそうゆう話になった?」
「リコ、僕は真面目に求婚しているんですよ?」
「キュウコン??」
「一生その瞳に僕のことだけ映してください」
「あぁ〜・・・なるほど?」
扉がガラッ! と乱暴に開いてリュコスがズカズカと入ってくる。
「次だ」
ヤツノをヒョイっと持ち上げると、そのままぶら下げて居間のソファーにポイっと投げ捨てる。
頭上を掠めて、突然隣にヤツノを落とされたパハンが驚いて、身体をびくり! と跳ねさせた。
イビルちゃんはリュコスをポコポコ蹴り、乱暴に開けられた扉が怒って目を細めている。
「次は誰ですか?」
リュコスは不機嫌を露わにそう言った。
「リュコス、大人げ無い。ヤツノ、大丈夫?」
ヤツノは、手に持っていた眼鏡をかけて「大丈夫です。ありがとうございます」と美しい笑顔を作った。
「え〜と、歳の順にしようか。サラおいで〜」
リコが呼ぶと、オズオズとサラが部屋に入ってきた。
「私、私は、どこも、欠損が無いので、大丈夫。大丈夫です。でも、助けてくれて、あ、あ、ありがとう、ございます」
処置台に腰掛けてサラが言う。目に見えて怯えているのがわかる。
悲しい。
リコは、鼻の頭にシワを寄せてナカツのいる部屋の方を見る。
リュコスはそのままそこに控え、扉は開けたままだ。
「改めてこんにちは。リコです。好きな食べ物はプリンです」
リコは人は食べない事を強調するよう自己紹介する。
「よ、よろ、よろしくお願いします。サラです」
「みんなの健康状態を見たいので【鑑定】しても良いですか?」
リコが聞くと、サラはウンウンとうなずいた。
[表示ステータス]
サラ11才♀
種族:蜥蜴人希少種(器用 高魔力)
スキル:【超再生】【魔術操作】
魔法:〈火属性〉〈水属性〉
職業:-
状態:栄養不足 貧血
「ありゃ、貧血、具合悪い?」
「いえ、いいえ、大丈夫、貧血は多分、昨日、血をとられたばかりだから」
「は?」
たまらずマナが揺らぐ。
「ヒ! 昨日、神殿で、医師に、血をっ、毎週、昨日が」
サラが涙目になりながら答える。
「う、ご、ゴメンゴメン、なんでも無いの、怒ってない怒ってない」
リコが深呼吸して気合を入れる。
「なんで採血されてるの?」
「ど、奴隷なので、素材採取奴隷の、契約を、してて」
「嫌じゃ無いの?」
「嫌だけど、奴隷だから」
「そっか。取らなきゃいけないってわけじゃ無いのね?」
「???」
「サラ、よく聞いて」
リコは、サラの目を見る。
「サラはもう奴隷じゃ無い。だから、サラの血はサラの物。それは良い? わかる?」
サラはこくりとうなずく。
「血だけじゃ無い。サラの体はサラだけの物。これからは、サラがそう望まない限り、サラに勝手に触ったり、サラの何かを勝手に奪う事はできないし、しちゃいけない。わかる?」
サラはコクリとうなずく。
「その代わり、これからは、サラは自分で自分の体の事を決めなきゃいけない。でも、サラはまだ子供だから、よくわかんない事も多いでしょ? 代わりに1番近くにいる大人は子供の体調を管理する責任があるの。それなのに、サラがどう考えているか、サラの体調がどんな具合なのか、それはサラが口に出して言わないとわからないの。だから教えて欲しい。どこか具合が悪いところはない?」
「・・・具合が、悪いとかは、ないです。少し、怠い? くらいで、でも、これは食べて寝てれば、すぐ、治るから、どこも、具合悪くない。です」
「そっか。良かった。教えてくれてありがとう。これからも、何かっあったら教えてくれる? 些細なことでも良いの。怪我したり、調子悪かったり、なんかおかしいなって事があったら、そうね、ここにいる間は、私か、リュコスか、パハン先輩に教えてくれる?」
リコの真剣な様子に、サラは、ウンウンとゆっくりうなずくと、「どうして、そんなふうに、言うのか、聞いても怒られない?」と聞いてきた。
「ウンウン! なんでも言って、なんでも聞いて! 知ってることしか答えられないけど、知ってる事ならなんでも答えられるし、そのほうが助かる。私の事はリコと呼んで。ありがとう。あぁ良かった。良いよ良いよ? 何が知りたい?」
「リコ様は、リコは、本当に魔女様じゃないの?」
オズオズとサラが聞いてきた。
「ナカツ! ナカツか? そんなこと言ったのは? 違うよ? 怖い魔女じゃないよ? 食べないよ? あれ、それともサラはプリン味?」
リコが聞くとサラはフフと少し笑って「た、多分、ち、違うよ」と首を振った。
「でも、私、フワフワの耳も無いし、どうしよう。リコに、何も、代わりに渡せる物が、ないの」
「・・・フワフワかどうかは関係ないよ。サラが嫌じゃないのなら、サラの頭も撫でて良い?」
リコが聞くと、パァと笑ってウンウンとサラがうなずいた。
リコはサラの頭をなでる。
「フフ、子供の髪ツルツル。ツヤツヤ」と、なでさする。サラの顔がニヘラと緩むのを見て、フフフ、とリコが両手でサラを撫でる。
「サラ、本当は、こんな事もしなくて良いのよ」
「ううん。気持ちいい。嬉しい」
サラがスリリと身を寄せる。
「そっか。じゃおいで」
リコは膝にサラを乗せ、ハグするとヨシヨシとサラをなでる。
「リコ、気持ちいい。ナカツが言ってた。嬉しい。神殿で医師に触られた時は怖いし、なんか嫌だったのに、リコは全然嫌じゃない」
マナが揺れる。
「まじでろくでもねえな神殿」
リコが奥歯を噛み締めると、サラがビクリと身を固くする。
リコは身体を離すと、「これからは『なんか嫌なこと』はしなくて良いからね? サラの体を勝手に触ろうとしてきたらサラは怒って良い。嫌です。やめてください。って言って良いからね? すぐその場から離れたり、自分でどうにかできなかったら、大きな声で人を呼んでね?」後で、パハン先輩が抗い方を教えてくれるからね。リコがそう言うと、サラはうなずいてリコを見た。
目があったリコは、サラの頭をかささささっとなでさする。
すると、サラは顔を寄せ、小さな声で囁いた。
「もしかして、リコも、神様が嫌いなの?」
「嫌い。大っ嫌い」
リコは間髪入れずに答える。そうして「ほら、何にも起こらない」とドヤ顔で両手を広げて見せる。
「でも、神様を好きな人もいるから、嫌いな事は内緒にしてる。私も、プリンが嫌いって言われたらとても悲しい」
サラの頬を撫でながらリコがそう言うと、サラは笑って「わかる」と答えた。
「さすが、サラも賢いね」
スリスリと撫でられながら、サラは、はにかみ「私は大丈夫。ピオニとテトは2人一緒に呼んであげて。いつも一緒なの」とリコの膝から降りた。
リコは「サラは優しいねぇ」と言ってサラの頭をワシワシとなで、櫛を出して髪をすくと、前髪をシュシュでまとめ「じゃぁ2人を呼んできて?」とお願いした。
サラは、シュシュに触れながら、うなずいて部屋を出ていく。
リコはため息をついた。
「神殿って何するとこなわけ?」
リュコスは表情を変えず「この世界では、奴隷としての扱いがおかしいのはリコ様の方です」と答える。
「子供相手にどいつもこいつもマジで碌でもねぇな。何やってんだ神様」
何がハッピーエンドの神様だよ。
聞いた限り神官にクソしかいないじゃねぇか。
それでよく神事が務まるな。
マジでなんの影響力もないんじゃねぇか?
よくこんなんで恥ずかしくもなく信仰集めれるな。
リコは毒づく。
リュコスは眉をしかめて小さく首を振った。
サラに連れられて、ピオニにしかみつかれたテトが部屋に入ってきた。




