「不思議体験」1
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リュコスに退室願ったあと、さっきまでは開けていた客間の扉を閉める。
「今は私と、イナバしかいないから、大丈夫よ。ほら、コレ」
そう言って、リコはイナバに[防音]の魔道具を触らせる。
「コレは部屋の外に音が聞こえなくなる魔道具。私が作ったの。コレがあればどんなに大きな音を出しても外には絶対聞こえないわ」
さらに[気配遮断]の魔法を付与する。
「神様の! クソバカヤロゥーーーーーー!!!」
そう叫んで「ほら、なんとも無い」と、ゆっくりと手を取り顔に当てると自分の無事を知らせる。
「だから教えて、どこで、誰に言われたの?」
イナバは小さく息を吐きながら、答える。
「神殿で、神官に」
「いつ?」
「一緒に行ったお姉ちゃんが自殺した前の日」
小さく、か細く、消え入りそうな声で、イナバは言った。
「身体を、触られたの」
「そっか。ありがとう。教えてくれて」
リコはそう答えて、気合を入れる。
「私に触られるのは嫌かな? 手、離したほうがいい?」
そう聞くと、イナバはフルフルと首を振った。
「そっか。んじゃこのままでいい?」
そう聞くと、イナバはゆっくりこくりと頷いた。
「そっか、ありがとう」
リコは平静を装うが、我慢しきれずボロボロと涙が溢れてくる。
イナバはそれに気づいて「どうしたの? どこか痛いの? お腹が空いた?」と聞いてきた。
リコは、静かに奥歯を噛み締める。
「そうだね。お腹すいた。一緒にご飯食べてくれる?」
「ごめんなさい。お姉ちゃんが、私はもうご飯食べないほうがいいって」
「え?」
「夜になると、お姉ちゃんが会いにきてくれるの。15歳になるまでご飯食べるのを我慢したら、もう、触られないで済むって、教えてくれた。だから、ご飯は食べないほうがいいの。だから、ご飯はリコ様が1人で食べて」
「そっか。ちょっと、こっちの袖、捲ってみてもいい?」
リコが、利き手じゃない方の手を触ると、イナバは小さくうなずいた。
袖を肘までめくりみる。
「コレは、どうしたの?」
「こうすると奴隷としての価値が下がるからって。お姉ちゃんが」
「そっか。もしかして、ほかにもいっぱいある?」
「足と、お腹にも」
「そっか。私も、お姉ちゃんとお話しできる? イナバはもう、奴隷契約は解除したから、こんな事しなくて良いし、ご飯も食べていいんだって、教えてあげたいんだけど?」
「でも、お姉ちゃんは2人きりじゃないと来ないの。だから、いつも夜になってお姉ちゃんが来たら、こっそり部屋から出て、夜中にあってたの」
「そっかぁ、あ、じゃあさ、イナバは【隠密】ってスキル知ってる?」
「聞いたことある」
「私、それ使えるんだよね。こっそり隠れてるから、お姉ちゃん呼んでみてよ? 会ってくれるって声かけてくれたら現れるから。どう?」
「うん。試してみるね?」
「ありがとう。お願いね」
リコが、イナバから少し離れ、【隠密隠蔽】を発動させると、イナバは、気配が消えたのを感じて声をかけた。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん、いる?」
「ああ、よかったイナバ、どこに行ったかと探しちゃったじゃない!」
「ごめんね。なんだか最近とても眠いの。お姉ちゃんは大丈夫? 元気?」
「なんか今日はおかしいの。ここから外に出られないわ? 今どこにいるの?」
確かに2人分の声は聞こえるが、リコには、イナバが1人で独り言を言っているように見える。
「ここは魔女様の家なんだって。リコ様が私達を助けてくれたの。お姉ちゃんに会いたいって言ってる。呼んでもいい?」
「・・・良いよ。今度はどんなやつか私が代わりに見てあげる」
「じゃあ呼ぶよ? リコ様? お姉ちゃんが会うって。リコ様」
「こんばんは。リコです。初めまして」
リコは【隠密隠蔽】を解いて、静かにそう声をかけた。
それに驚いた顔をしてイナバは言う。
「これから、オマエが私達の主人になるのか?」
「いいえ、私はイナバの主人ではないわ」
「オマエが金を出してイナバを買ったのではないか?」
「いいえ、お金を出したのは私だけど、イナバを買ってはいないわ」
「私に何をした。私をここから出せ」
「私は、まだアナタに何もしてないわ。ただここは、誰かを傷つけようとする者の侵入を拒む結界の中だから、今あなたが出られないのは結界の中に“入れない”事を考えているからだと思うよ?」
リコがそう言うと、イナバの形相が般若のように変わった。
「ウルサイッ!」
「おわ!?」
イナバがこちらに手をかざすと、空気の塊が飛んできて、リコの腕をかすめた。
「ここが〈結界〉の中なら、なぜイナバはオマエを攻撃できる!」
「イナバが攻撃してるんじゃないもの。あなたが中からやらせてるんでしょう?」
「ダマレッ!」
さらに空気の塊がリコの体を傷つける。
「イナバの冒険者タグには結界を無効化する魔道具がついてるから、イナバはここで何をしても平気よ」
「なんだと!?」
「この感じだと、イナバの中にいる限り、アナタが何をしても多分大丈夫だと思うわ」
「オマエ何を言っている!?」
「多分私を切り刻んでも、イナバは結界から弾き出される事はないみたいだね」
話しかけながら少しづつ近づく。
「ちょっと、試してみようか?」
リコが歩みを進めると、風は一層強くなりベットの天蓋がブワリと舞い上がった。
「クルナッ!」
無数の風がリコの手足を切り裂く。
「そっか。イナバにもこうやったのね。痛ぁい。すごく痛いわぁ」
リコは少しずつイナバに近づく。
「ダマレッ!」
さらに空気の塊がリコの体を傷つける。
「オマエに何がわかる!!」
「でももう大丈夫。イナバの身体はイナバの物。他の誰の物でも無い。もうイナバだけの物だよ」
リコはイナバを抱きしめた。
イナバは、我に返ったのか、リコにしがみつき声をあげて泣いた。
「あ、出れた」
イナバの身体から、イナバによく似た半透明の女の子が出てきた。
膝から下が絞ったようにイナバの身体に続いている。
「あれ? なんで平気なんだろう? 私、レイスなのに?」
その子はそうゆうと、自分の両手を確認するようにみくらべる。
「お姉ちゃん! いるの!?」
グスグス泣きながらイナバが手を伸ばす。
「いるよ。ここ」
女の子は手を伸ばすが、イナバにはわからないみたいだ。
「ねぇ、イナバ、実は、その目を治す薬があるのだけど、飲んで治してしまわない?」
「え、だめよ。私、魔眼持ちなの。だから、目を焼いて魔眼を使えないようにしたのよ? そうじゃ無いと周りの人に迷惑をかけるからって」
リコはグッと息をのんで、気合を入れ直すと、冷静に話を続ける。
「そっか。でも大丈夫。今はもう魔眼を抑制する魔道具があるから。だから治しちゃっても問題ないわ」
「本当!?」
「本当よ。さぁどうする? イナバは治したい?」
「私、治したい! お姉ちゃんにもうひとめ会いたい!」
「じゃぁ大丈夫だ」
リコは、ここに名前を書いて。とペンを渡す。
イナバはぎこちなくペンを動かすと、勧められるままに、封を切ってグイッと薬を飲み干した。
光の粒がイナバを包む。
「イナバ!」
女の子が慌ててイナバに近づくと、イナバは、すっかりキレイに治った目をゆっくりとあけ「見える。見えるよお姉ちゃん!! お姉ちゃん!」と、声を出す。が、伸ばした手は実体のないレイスの身体を突き抜けた。
「レイスって、誰にでも憑依できるの?」
リコが口をはさむ。
「身体を貸してくれるの?」
「良いよ」
そう言ってリコは躊躇なく両手を開く。
女の子がリコに近づきスウっと身体を重ねると、見開いた目の色はイナバと同じ真っ青なスカイブルーになっていた。
「イナバ!」
「お姉ちゃん!!」
「イナバ! ごめんね、先に死んじゃってごめん。イナバを1人にしちゃって本当にごめんなさい!」
「1人じゃない! 今までずっと一緒にいてくれた! 私ひとりじゃなかったよ!」
そう言いあって2人で抱き合うと、イナバは久しぶりの姉との再会と抱擁の幸せを噛み締めた。
名残惜しげに身体を離すと、スルリとリコの体から抜け出し、女の子は言った。
「アナタ、このまま私が身体を返さなかったらどうするのよ?」
「おぉっ不思議体験。それはできないよここが結界の中だって言うのは本当よ? そんなこと考えたらお姉ちゃん、結界の外に弾き出されちゃう。気をつけてね?」
実体がないって不便だな。魔道具が装備できない。リコは注意を促がした。
「そもそも〈結界〉の中って、魔物は入れないんじゃなかった?」
女の子の問いにリコはそう答えて「〈治療〉」で自分の傷を治した。
「お、物知り。そうらしいね? 私も詳しくはよく知らないんだけどさぁ、この〈結界〉は魔女が作ったものだから大丈夫だけど、ダンジョンのセーフルームとか、街の壁の外の街道にある〈結界〉はそうらしいから気をつけて?」
「あ、ごめんなさい。私」
「あ、いいのいいの。もう何もなかった。問題ない問題ない。それよりお腹すいちゃったんだけど、一緒にご飯食べない?」
リコは、トレイの上にパン粥の入ったボウルを出した。
「お姉ちゃんも食べる?」
リコが聞くと、女の子は笑って「食べられないよ」と答えた。
「そっか残念」
リコがうつむくと「こうすれば一緒に食べれるわ」と、イナバの中にもどった。
「へぇ便利! じゃぁみんなで食べよう。いい? お姉ちゃん」
「いいわ。私のことはシロって呼んで」
「わかった。私のことはリコ。と。イナバも“様”はいらないわ。ただリコと呼んで? さあ、急にたくさん食べるとお腹びっくりしちゃうから少しだけどミルクパン粥食べよう。お湯も飲んで」
さあさあと、イナバの隣に座ってお湯を飲んでから、粥をすくって口に運ぶ。
「んん〜美味しい〜」
「「甘い!? 何これ!」」
“2人”は夢中で粥を口に運ぶ。
「ゆっくりよ。ゆっくり食べな。お腹壊すよ」
「ウフ、美味しい。これ、すごく美味しいわ」
ポロリとイナバが涙をこぼすと、シロは、イナバから抜け出し食べる手を止め、涙を拭った。
「ごめんなさい。イナバを守るにはもう、こうするしかないと思ったの。神殿では、私は何もすることができないし」
「いいの。私こそ、お姉ちゃんを止められなくてごめんなさい」
「それはいいのよ、この方が、いつもイナバと一緒にいられる」
シロはイナバの中に戻ると、「リコのおかげで、もう神殿には行かなくて済むのでしょう?」そう言って“2人”でリコを見た。




