「コレはマカロニ」3
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子供達は、リコが出した本に夢中になり、居間であれこれ言い合いながら遊んでいる。
リコは、すっかり落ち着きを取り戻し、リュコスに「魔力酔い」について尋ねていた。
「前にさぁ『乙女』のフエ様が言ってたじゃ無い? ダンジョンに長くいすぎるとおかしくなるって、あんな感じ?」
「ダンジョンはマナが多いので」
リュコスが淡々と答える。
「私【状態異常無効】のスキルがあるのにおかしくなっちゃうの?」
林檎の皮を剥きながらリコが聞く。
「感情の浮き沈みは状態異常とは違うのでしょうか?」
リュコスが不思議そうに聞き返す。
「しまった、【鑑定解析】しておけばよかったなぁ」
リコが、またしてもチャンスを逃したと、悔しげに答える。
今さら見ても[状態:健康]だ。心は凪いでいる。
「ねぇ、私の呪いってなんだと思う?」
リコは皮が剥かれた林檎達をピッチャーに中に入れると、【錬金錬成】で搾りかすだけ抜き取って、リンゴジュースをピッチャーの中に残し、蓋をして【収納】した。
「オベント様でもわからなかったのです。俺にわかるはずがありません」
「自分にわかんない呪いって怖いねぇ」
魔術酔いは呪いでは無いけど。とリュコスは思った。
「そこはかとなく厨二病の匂いがする。恥ずかしい」
リコが天を仰いで言った。
リュコスは「厨二病」の意味はわからなかったが、これでリコが自重してくれるなら願っても無い。と考えていた。
「なんか、モノを作ってるとついついねぇこれは前からそうだったのだけど、やっぱ良く無い事なのかしらねぇ」
元の世界にいた時、バイトでしていた模型作りをしていた時も、気づいたら朝になっていたなんて事がザラだったことを思い出す。
某大手住宅メーカーでは、一戸建てを建てるお客様にプレゼンする際に見せるモデルハウスの模型を、記念に贈呈するサービスがあり、なかなか精巧に作られた模型を外注していたのだが、オーダーメイドだけあり、内職としてはなかなかの報酬がもらえるバイトをしていたのだ。
河川公園や、会館など、公的なジオラマだったりすると特に。元々ドールハウスの制作動画公開を趣味にしていた高校生のリコには、もってこいのバイトだった。
「夢中になっちゃうと、周りが見えなくなっちゃうんだよねぇ」
空気に溶けて、周りに混じり合う感じが気持ちいいのだけど。と、リコが続けていうと、リュコスは、森でリコがダンジョンに取り込まれそうになった時のことを思い出した。
「・・・リコ様は、ダンジョンの最下層には、ダンジョンコアと言うダンジョンの心臓に当たる魔石があって、それを破壊すると、ダンジョンも崩壊する。と言われている魔道具があるのをご存知ですか?」
「え、なにそれ知らない」
リコは、洗い物をしながら、リュコスに話の先を促す。
「ダンジョンは、1つの生命体で、強大なモンスターだ。という考えがあるのです」
ダンジョンは、自らが成長するためのマナと素材を集めるために、様々な仕掛けを駆使して冒険者を身の内に誘い込んでいるのでは無いか。
ダンジョンコアが破壊されるまでダンジョンの成長は進み、階層は深く潜っていく。
コアまでの距離が遠くなる。
つまり下階層に行くほど、人の出入りが無くなるので、そこで産み出されたクリーチャーも、淘汰を繰り返し個々の能力が高い者でしめられ、ますます外の者が下層に進みにくくなる。
「やがてモンスターはダンジョンから溢れ出す。それがスタンピートだ。と、結論づける研究者がいます」
「それってダンジョンコアは、破壊した方がいいって事?」
「ズンダのように、ダンジョンのドロップ品によって人々の営みが保たれている街では、ダンジョンが無くなってしまうことは良い事とは言えないと思います」
「私もそう思う」
だから、ダンジョンコアの破壊は積極的に行われることでは無いのだろう。
「じゃぁ、スタンピートは絶対なんだ?」
「そう言われています」
リコは、ダンジョンについて話を聞くたびに、なんでこんな近くに街があるのかわからなくなってくる。
「まぁ近い方が便利なんだろうけど。ねぇ」
リコが、ため息混じりにつぶやくと、火の魔石を使って加熱保温する魔道具[オーブン]が「リリン!」と鳴って、焼き上がりを知らせた。
オーブンの蓋を開けると、バニラとカラメルの甘い匂いがたちのぼる。
すかさず【錬金錬成】で粗熱をとって、水の魔石を使って冷却保冷する魔道具[冷蔵庫]にプリンをしまう。
ついでに、3つのピッチャーに、ハーブと果物を入れたフレーバーウォーターを作り、冷蔵庫に入れ、火にかけていた鍋の蓋を開け、菜箸でつついて根菜の煮え具合を確かめる。
「うん。いいな」そう言って火を弱め、気合を入れる。
「ベシャメルソースって毎回緊張するよねぇ」
薄力粉、よつば発酵バター、タカナシ低温殺菌牛乳、塩、を傍に用意して、【錬金錬成】で牛乳を人肌に温める。
ソースパンにバターをゴン! と入れると、こちらも【錬金錬成】で液状に融かす。
そこでやっと、弱火にかける。
バターが温まったら小麦粉を入れ素早くバターと粉を混ぜる、粉に火を通す。
オッケー。ダマにならなかった。
火を少し強め、牛乳を少しづつ、少しづつ加えながら、丁寧に木ベラで混ぜる。トロトロになるまで混ぜる。
木ベラを持ち上げると、リボン状にソースが落ちる。
塩を強めに入れて、火を止める。
「ヨシ! 上手くいった」
リコが小さくガッツポーズをする。必要な分だけ取り出して、後は鍋ごと【収納】しておく。
今使う分取り分けたベシャメルソースに、肉と野菜の煮汁を全部入れ、ベシャメルソースを溶かしておく。
具材の残った鍋にはヒタヒタになるまで牛乳を入れ、沸騰しないように加熱する。
牛乳が温まったら、煮汁に溶かしたベシャメルソースを鍋に戻す。
しばらくコトコト煮込むと、いい感じにとろみが出てきた。
白ワインと塩胡椒で味を整える。
「グハッ、過去最高の出来。業務用寸胴で量が多いからかな?」
そう言って、味見用の小皿をリュコスに渡す。
リュコスは皿のシチューを口に入れると、ホウとため息をついた。
「凄く、美味しいです」
「ヨシ!」
リコが小さくガッツポーズをして、熱々の鍋そのままに【収納】する。
「こんなもんかなぁ、後、何が必要だと思う? 服はみんなに会ってからの方がいいよね。体格が全然わかんないし」
リュコスに聞くと、わかるはずもない。と首を振った。
はくばくの丸粒麦茶を煮出して、人数分をマグカップに入れて居間のソファーに移動する。
イブサンローランの写真集に夢中になっているレトの隣に座り、「ねぇ他に何が必要だと思う?」と、麦茶を勧めた。
ナカツとアマルは床に座り込んで、飛び出す絵本に夢中なようだ。リュコスも一緒に覗き込んでいる。
レトが、キョトンとして答えた。
「こんなになんでも揃っているんだし、もう何も必要ないよ」
「そうなの?」
「どうせ今来るみんな何も持ってない」
レトの答えに、ビクリ、と身体が跳ねる。
「ここにはもういっぱいある。十分だよ?」
固まるリコに、レトは付け足して答えた。
「そっか」
リコは、なんとかそう答えて、クッションをつかんで顔に押し付け、背もたれに寄りかかるフリをして上を向く。
静かに深呼吸して、心を落ち着ける。
絶対に、泣いてはいけない。
マナも揺らしてはいけない。
この答えに、ネガティブなリアクションはしてはいけない。と腹筋に気合を入れる。
「?」
レトが、写真集に目を戻す。
するりとリュコスがリコを肩に担いで、ぬるりと寝室に移動する。
ベットの上にリコを転がすと、部屋に鍵をかけた。
「もう、泣いても大丈夫ですよ」
リュコスは、うつ伏せにクッションに顔を押し付けているリコの頭を、ヨシヨシと撫でた。
「泣いてない」
「そうですか」
「・・・・・」
「パハン先輩、流石に昼に間に合うようには無理でしたね。お昼は何を食べますか?」
「・・・マカロニグラタン」
「それはどんな料理ですか?」
「・・・炒め茹でた野菜とパスタと焼いた鶏肉に、さっき作ったベシャメルソースかけてチーズ乗せて焼くの」
「美味しそうですね」
「・・・・・」
リコは無言で起き上がって、頭をゴチリとリュコスの腕にぶつける。
「野菜は何を入れるのですか?」
「にんじんとジャガイモとブロッコリーと玉ねぎ」
「良いですね。ジャガイモ」
リコはゴチリとまた頭をぶつけると「落ち着きました。情緒が不安定でごめんなさい」と、謝った後、フゥとため息をつく。
「作る」
そう言って顔を上げ台所に戻った。
野菜の皮を剥き、鍋で煮る。
ブロッコリーは別で茹でておく。
鶏肉は一口大に削ぎ切りにして、しっかり塩をして、オーブンでこんがり焼き色をつけた後、にんじんが柔らかくなったのを確認してから鶏肉を鍋に入れ、追加した牛乳とマカロニの澱粉でとろみがつくまで少し煮る。
レタスをちぎってバランスよく盛り付け、食べやすい大きさに切ったキュウリとミニトマトを散りばめる。
ドレッシングは日向夏ドレッシングでシンプルなサラダを小皿に盛り付ける。
鍋にベシャメルソースを入れて溶かし混ぜ、塩胡椒で味を整え、グラタン皿に茹でたうずらの卵と、ブロッコリーを並べ、良い塩梅に煮込まれたグラタンをよそい、チーズをたっぷり、溢れるほどかけて、オーブンに入れ表面に焦げ目をつける。
リュコスが、グラスにフレーバーウオーターをそそぎ、ピッチャーとバゲットの入った籠をテーブルの中央に置いて、サラダも並べて、子供達と一緒に手を洗いに行く。
リコはオーブンから、グツグツと煮えるグラタンを取り出し、木の皿に乗せて、〈微風〉で少し冷ます。
「お昼できたよ〜」
リコが声をかけると洗面所から「「「は〜い!」」」と返事が返ってきた。
みんなが椅子に座ると、リコが「熱いから、気をつけてゆっくり食べなさい!」と注意する。
ナカツがフゥフゥと息を吹いて「アチっアチっ」言いながらグラタンを頬張る。
「ンン〜美味しい〜これ好き〜」
レトが足をバタバタと振って口を抑える。
「美味しいぃ。これはなんて言うお料理?」
アマルがリコの顔を見る。
「マカロニグラタンだよ。これがマカロニ」
そう言って、リコはフォークに刺したマカロニを皿から出して見せる。
「コレはマカロニ。マカロニ美味しい」
ムシャムシャと、口を動かしながらアマルが言う。
「小さい卵が入ってる。美味しい。美味しい!」
ナカツが、ハフハフとしながら一生懸命食べている。
やっぱり猫舌なんだろうか。
リコがゆっくり食べなさい。生野菜も食え食え。とサラダを勧める。
「お兄ちゃんもきっと食べたかったな」
アマルが、マカロニをマジマジと見ながらそう言うので、リコは「また作るね。今度はみんなで食べよう」と、ニッコリ笑った。




