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「おかしいのは、2人の方」1

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 まだ明けやらぬ空の下、リコは1人で馬車からぬけ出した。

 街灯には、小さな妖精たちが集まり、興味深そうにランタンをいじっている。

 あたりは虫の音と、小さな生き物達の気配がして、マナも正しく巡っているように感じる。


 【隠密隠蔽】気配を消して森に進み入る。

 〈探索〉のマップに出ていた、モンスターのマークが示すほうに目を向ける。

 森の中、離れた木の陰に、1頭のオークがコチラを見つめているのを見つけた。


 少し忍び寄って姿を現し、[携帯用ランタン]をかざして周囲を照らす。

 驚いた顔をしたように見えたオークは、痩せてやつれているように見える。

 薄汚れてはいるが服を着ていて、昼間見た、ボロボロの腰巻だけのオークとは明らかに違う身なりをしている。

 それでも手には、大きく古ぼけた金属製の斧が握られていた。


「言葉が、通じますか?」


 リコの問いかけに、オークは辺りを見回すと、顔を戻してコクリと頷いた。


「私を殺しますか?」


 リコは続けて質問した。


「アナタは、ワタシを、殺しますか?」


 オークは、ハッキリと人語をしゃべった。


 リコは答える。


「殺しません。でも私を殺そうとするなら抗います」

「では、ワタシも、殺さない」


 オークは答えた。


「ここのオークはみんな喋れるのですか?」


 リコがさらに質問すると


「私が知っているのは、ワタシの妻と、ワタシの子だけ」


 オークは答えた。

 正しく、会話のやり取りができている気がする。と、なぜかリコは安心した。


「昼間、襲ってきたオークを殺してしまいました」


 少しの沈黙の後、リコは、相手の様子から、正直であるべきだ。と、昼間のことを隠さずに語った。


「ワタシの、子では無い」


 オークは直ぐに答えた。

 多分見ていたのだなと、リコは感じとった。


「では、他にも喋れる群れ? 家族? があるのですか?」


 リコが聞くと「わからない。オーク。たくさんいる」と、オークは答え「アナタは人間か?」と続けて聞いた。


 リコは少し考える。

 ステータス上は人間だ。でも、出会う人全てにそう問われると、自分でもよくわからなくなってくる。

 なので、ここでも正直に思うことを答えることにした。


「私の種族はわかりません。もしかしたら人間とは違うかもしれません。だから、今まで通り、他の人間には近づかないでください」


 リコがそう言うと、オークは首を傾げて匂いを嗅ぐような仕草をした。


「私は、言葉が話せるとわかったら、あなたの家族も殺さない。あなたの家族にも、私の家族を殺さないようにお願いできますか?」


 リコが聞くと、オークは木の陰から出てきて、手に持っていた斧を地面に置いた。


「ワタシの家族にアナタを殺さないよう言っても、他のオークはアナタを殺すだろう。ワタシはどうしたら良いかわからない」


 オークは言った。


「私も。私もどうしたら良いのかわからないのっ! 一緒にいる時は止めるように努力するけど、私がいない時はわからない。でも、私と私の家族、って2人だけだけど、これからは私を襲ってこないオークは殺さないわ」


 リコが数歩ほど歩み寄ると、オークは一歩下がった。


 リコはそれ以上近づくのをやめて、【収納】から林檎が入った箱を出した。

 その中のリンゴを一つとって、採取ナイフで半分に切ると、ガブリシャクシャクと咀嚼して見せて「これ、あげる」リコは、足元の林檎の箱に半分に切った林檎を置いて、元いた場所に下がる。

 オークは驚いた顔をして、地面の斧を手に取ると、箱に近づき片手で箱を手繰り寄せた。


「食べ物は足りてる? 何を食べるの? 何か必要なものはある? 何か用があってこちらを覗っていたのでしょう?」


 リコが聞くと、オークはリコをジッと見つめていた。


「肉はある。妻と子の食べ物が足りていない。ワタシ達だけ喋るようになった。群れから離れた」


 オークは答えた。

 リコは、さらに野菜や果物が入った箱を数個出して足元に置いてオークを見上げる。

 すると、「薬が、欲しい」オークは言葉を続ける。


「妻は『サンゴノヒダチガワルイ』と言った。薬を持っているか」

「あるよ」


 リコは[治療薬]の瓶を出してみせる。

 オークは手のひらいっぱいのコインを出し地面にそっと置いた。

 コインは、ほとんどが劣貨で、数枚の銀貨が見えた。


「コレで足りるか?」

「足りないよ。だから、足りない分は、情報が欲しい。かわりに教えて。子供は何人いるの?」


 オークは少し考えて「6いる」と答えた。


「そっか。わかった。これは病気の奥さんに飲ませて。オークに効くかはわからないわ。代わりに、こっちは薬のかわりになる食べ物。味が濃いから美味しく感じるかもしれないけど、一度にたくさん食べると毒になるわ。必ず皆んなで少しづつ食べて。必ず少しづつよ」


 リコは、さらに乾パンやバターと塩、小分けになった小魚とアーモンドのおやつ、ドライフルーツ、ビタミン入りのペットボトルジュースや、肝油菓子の入った箱を出し足して、治療薬の瓶を入れ、コインを【収納】して頭を下げた。


「お買い上げありがとうございます」


 木の影から、更に2頭の小柄なオークが出てきて箱に近づく。


 と、リコの背後から、気配を消したリュコスが近づくのがわかった。


「リュコス。お願い。止まって」


 リコが静かに言う。

 胸を押さえてリュコスが止まる。


「彼が私の家族。私を心配して来たの。彼も何もしない」


 リコが、リュコスの前に移動してオーク達にそう言うと、構えた弓をおろしてオーク達は箱を両手で持ち、ジリジリとさがって立ち去っていった。




 リコがホウっと息を吐く。


「ごめん。リュコス。動いていいよ」

「今のは、絶対に容認できません」

「うん。そうだね。わかる。理解してます。リュコスが正しいです」


 リュコスは、リコを後ろから抱きしめた。


「また、このような事をするのならば、次は俺を殺してからにしてください」


 そう言ってリコの頭を抱え込むように力を込める。


「わかった。そうする」


 リコはそう答えて「本当に、本当にごめんなさい」と呟いた。


「どうしたら良いのかわからない。本当はこのまま押し潰して、俺の身体の中にリコ様を入れてしまいたいのです」

「潰れちゃうだけで入らないよ」


 リコの言葉に、リュコスは腕に力を入れる。


 これ、は、抱擁というより、スリーパーホールド? 的な?


「イタイ! イタイ! イタイ!」


 リコの訴えに、リュコスは腕を解いてひざまづいた。


「どうしたら良いのか教えてください。俺にはわからない」


 リュコスは、リコの手の甲を額につける。


「私もわからないんだよ」


 リコは、困ったように眉を下げると、自分もしゃがみ込んで目線を合わせる。


「やっぱり、リュコスの首輪は外そう。ごめん命令なんかして」


 リコは、俯いて頭をリュコスの胸につけた。


「首輪を外すには、神殿へ行かなければいけません」


 リュコスがそう言うと「そうだね。その準備もしよう」リコが言った。


「外に、出るのですか?」

「十分に準備をしてから」


 リュコスの問いに、リコは、ハッキリとそう答えた。


 そのまま馬車に戻り、朝の身支度をしてから、みんなの朝食の準備をする。

 リュコスは何も言わなかったが、明らかに不機嫌だった。

 リコは、不機嫌を隠さないリュコスに嬉しくなっている己の身勝手さに気づき、こんな事を喜ぶなんて最悪だなと凹みながら、大量のポトフを無言で煮込んでいた。

 じゃがいもは、コンソメのスープをたっぷりと吸って、お玉で突くといい具合にほろほろと崩れた。


 会話のできるモンスターがいると言うことは、リコにとっては嬉しい事だった。

 殺さずに済むかもしれない生き物がご近所に増える事は、喜ばしい事だと考え至ったからだったが、それを説明して、この世界の人が理解するわけもないことは、昨日の話し合いからも明らかだった。

 一方のリュコスも、さっきの状況がどんなに危険な事か、リコには理解できないと諦めていた。


 そして、その上でどう立ち居振る舞うか。

 と、2人とも同じ事を考えているのだ。と、それに気づいたリコは、嬉しくてたまらなくなってしまっていた。


「リュコスがいきなり切りかかったりしなくて良かった」


 あの状況で様子を見る事が、この世界で生まれ育った住人にとって、どんなに異常な事か。しかもリュコスはほんの数週間前、オークに殺されかけていると言うのに。

 そう思ったリコがポツリと言葉を漏らすと、リュコスは、ため息をついてリコの顔をみる。と、リコはぼたぼたと涙を流して静かに泣いていた。自分の身勝手さに嫌気がさしていた。


「ごめん。ごめんねリュコス。私のしている事で思い悩むのは私じゃないよね。リュコスもすごく困るよね。ごめん。ごめんね」


 リュコスは、アワワ、とたじろぐ。


「ありがとう。信じてくれて」


 ズビズビと鼻をすすりながら言うリコの言葉が胸に突き刺さる。


「ごめんね。でも嬉しかった。嬉しかったの。私も、リュコスも危険だったのかもしれないのに。それが嬉しいなんてひどいね。何でだろうね。ダメだね。良くないよね。でも、また次何かやらかしちゃった時も、許してね」


 リコは、ズビビっと鼻をすすって、リュコスに笑顔を向けた。


「ぅあぁっ!!」


 リュコスは叫んでひざまづいた。リコがビクッと身をはねさせる。


「次は、次などないのです。どうして、どうして『もうしない』と言って下さらないのですか!? あぁいいえ! ダメなのは俺の方です! そもそもいまだにリコ様の【隠密隠蔽】を察知できない! オベント様にも言われているのです。『アレをなんとかしないといつまでもリコ様が危険な目に会う』と! アレを察知できないと俺はいつまで経っも木偶の坊だと!」

「お、おぅ」


 リュコスの突然の早口と勢いに、リコがひるんで後ずさる。いつもよりいっぱい喋っている。


「鈴を! ナカツに渡した[スキル察知]の魔道具を俺にもください!」

「っえっ!? い、嫌だ!」

「なぜですか!?」

「アレは子供用だよっ、私、大人だもん。主体性のある行動の選択は大人の特権だもん」

「大人はあんなことはしません。沼地にいたナカツとなにが違うのですか?」

「んなっ!?」


 リコは、両手が塞がったまま、体をゴスっとリュコスにぶつける。

 リュコスは、グッと力を入れて微動だにしない。


「んんー!」


 リコはゴスゴスと何度も当たってみた。リュコスは「フ」と鼻で笑った。


 他人(ヒト)と、一緒に暮らすと言うことは、こんな風にお互いの感じている事を口に出しあって、色んな葛藤に折り合いをつけていく事なんじゃないだろうか。

 こうやって、より成熟した関係性を築いていく事が、長く上手くやっていく秘訣なんじゃないかな。と、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、そう思ったら、リコは、ずっと欲しかったその“何か”にさわれたような気がした。

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