「ドッチボールって知ってる?」2
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いつもより早めの夕食を食べて、まったりと焚き火を囲みながら、リコは、4人分の腕時計を出して使い方を説明する。
4人はあっという間に使い方を理解した。
私に会いにくる名目は『時間合わせ』で良いかもな。とリコは考えていた。
子供達に暗器の[痴漢撃退棒(麻痺)]を渡し、それぞれの手の大きさに合わせ、暗器としての使い方をレクチャーする。
レトもアマルも喜んだ。
「敵が出てこないから、試せないのが残念だね。やっぱり戦闘訓練には沼地のモンスターがちょうど良いのかなぁ」
リコの言葉にパハンが驚く。
子供の戦闘訓練に、ズンダの自然フィールドを薦めるなど、過保護なリコから出る発想とは到底思えないからだ。
「戦闘訓練は、外で、します。ダンジョン内では、あくまでルートの熟知と立ち居振る舞いを身につけさせる目的で、入っているだけです」
「慣らすため。って事?」
「そうです」
「その割には死亡率が高すぎるのではないか」
リュコスが、時計をいじりながらあれこれと楽しげに話している子供達を見る。
「周りが言うように。子供を犠牲にして目的を遂げようとしている回収屋は、いない」
獣人に対する一方的な偏見だ。と、言いかけ、口をつぐむ。
反論しようにも、多くの子供を死なせている現実は変わらない。
“その瞬間”に、自分の命を優先させていない。と言い切れる大人がどれだけいるのだろう。
事実、自分の見習い時代も運良く生き残っただけと言う瞬間も多々経験していた過去を思い出し、責められても仕方がないかと、パハンは反論することを諦める。
「だからこその生存率の向上よ」
リコがフンス! と鼻息を荒げる。
「過剰防衛上等。死なない事を目的にダンジョンに潜るのは回収屋の訓練の目的と同じでしょ」
では、ナカツは【隠密】を使えるのに、どうして沼地で【隠密】を解いた?
「強くなりたかった」
「そう。つまり、戦闘力の向上も必須なんだよ」
リコが言う。
積極的に戦う必要はない。でも、逃げに徹するためにも力は必要だ。ナカツは正しい。「だろう!」と胸をはったナカツに「1人で実践したのはおバカだけど」メッ! とリコはナカツを見る。
「パハン先輩は? どうやって学んだ?」
「学ぶ?」
「パハン先輩の、さっきのオークの倒し方、えっと、足の腱を切って機動力を奪い急所にとどめを刺すってやり方は、対人戦闘術だよね?」
リコの言葉に、今度はリュコスが驚く。
「亜人以外の敵対する二足歩行モンスターって、コボルト、ゴブリン、オークぐらいでしょ? 他にもいる?」
スケルトンやゴーレムには無効だろう? なのに動きに澱みがなかった。つまり身体の大きさから考えてもあれが主流の戦い方なのでしょう? と、聞くリコにリュコスは日頃のギャップの真相をとばかりに詰問する。
「リコ様は、非戦闘員と」
「いや、それぐらい誰だってわかるよ」
リコは被せ気味に答えたが、そんなわけない。こちらの世界では、街の飲み屋で働く娘ですらオークなど一生涯出会うことも無いのだから。
リュコスの困惑の表情に、リコは眉を寄せながら言葉を選んでいるようだ。
「あー私のいた国には格闘技ってスポーツがあって、娯楽としての対人戦闘を見る機会が多くあった。のだけど、字面にするとなんか不穏だね?」
「スポーツ?」
「娯楽としての対人戦闘?」
リュコスは、リコが一体どんな世界で生きてきたのかとますますわからなくなる。
「学校の必修科目にもあるんだよ。6年、週一ぐらいで柔術とか剣術を学ぶ。でも全然本格的ではないよ。お遊びみたいなもん。特に女子は」
そこで興味を持った人だけがガッツリ学ぶと、リコは何とか説明しようとするが、柔剣道のない学校であっても、スポーツ競技として一般人でも格闘を目にする機会が必ずある元いた世界に対して、生涯外壁に囲まれた街から出ることが無く、モンスターとも戦う事がない子女にしてみたら、対人戦闘を見る機会などそれこそ皆無に等しいのだ。
そう改めて考えると、元いた世界の方がどうかしている気がしてきた。
とは言え、それに加えて、盗賊や暴漢など、事命のやり取りと言う面では、こちらの方が遭遇率がある世の中で、一般の人達の自衛の手段が皆無なんて、やっぱりそれはそれでどうかしている。
役割分担が明確化しすぎているのか?
封建社会ってそれが当たり前なんだろうか?
リコがブツブツと思考を垂れ流しいつものように悩み出してしまったので、代わりにリュコスがパハンに聞く。
「外で、とは、どんなことをしているのですか?」
「主に狩りを。可食モンスターや獣の狩猟は日々の糧にもなる」
「可食モンスターのほとんどが四つ足。ますます、パハン先輩の戦闘は狩猟からの動きでは無いが?」
「・・・俺には、騎士や兵士達から指導される機会があった」
パハンはうつむき言葉に詰まる。
リコがそれ以上聞かなかったので、リュコスは「そうですか」と言うにとどめた。
「スポーツって概念が無いのね?」
しばらくしてリコが会話に復活する。
「スポーツとは何ですか?」
「身体を使って勝敗を決める、ゲーム? 命のやり取りをしないんだけど。あれ、これでも説明が難しいな」
「模擬戦、のようなものでしょうか?」
「格闘技とか対人戦闘の場合はそうだけど、もっとこう、ゲーム性の高い運動?」
「ゲーム?」
リコはゴムのボールを【買付】て取り出す。
「ドッチボールって知ってる?」
子供達もふくめ全員が首を横に振る。
「第1回! ドッチボール大会ー!」
白いロープで縁取られた枠の中で、リコが叫ぶ。
リコ、パハン、レト(外野)vsリュコス、アマル、ナカツ(外野) に分かれてドッチボールをしてみる事にした。
「チームに分かれてボールをぶつけ合って、内野の人にボールが当たったら外野に出るの。首から上の部位に当てたら反則。陣地に内野がいなくなったら負け。細かいルールはやりながら説明するね」
じゃぁ行くよーと、リコがリュコスに向かってボールを投げる。ヘロリと飛ばされたボールをリュコスが訝しげにキャッチする。
「・・・・・」
「良いの! それを投げて当てて!」
「リコ様に当てるなんてできません」
「あっそーんじゃそっちの負けだね」
「・・・・・」
リュコスはビュッとボールをパハンに投げる。
パハンはそれをパシン! とキャッチする。
パハンはリュコスに ビュッ と音を立ててボールを投げる。
しばらく2人のキャッチボールが続く。
「おバカ」
リコが、パハンがキャッチした瞬間にパハンに歩み寄り、外野のレトを呼ぶと、もしょもしょと何かを伝える。2人が頷いて、ボールを持って元の位置に戻った。
パハンが再びリュコスにボールを投げる。リュコスがキャッチする。
再び2人でビュンビュンボールを投げ合うと、何ラリーかめに、パハンがフェイントをかけつつ、いつのまにかリュコスの真横に移動していたレトにボールをパスする。
リュコスが「!?」と、距離を取ろうとした瞬間、レトがリュコスの足元にボールを叩きつけた。
近距離から、背の高いリュコスの足元の投球をキャッチするのは流石に初心者には難しいかった。
キャッチし損ねたボールがリュコスの足を弾いた。
「ヨシ!!」
呆然とするリュコスに、ワー! と喜ぶリコとレト。
「はい! リュコスアウトー! 外野に出てー!」
外野の人は、敵チームの内野に当てたら中に戻れる。
そうリコが言うと、リュコスは外に出た。
「内野が0になったチームが負け」
そう説明しつつ、ボールは当たった内野から。とボールをアマルに渡す。
アマルはポヨンとボールをリコに投げる。イヨっとキャッチしたリコは「ニヒヒ」と笑う。
「エイ!」
シュ! とアマルめがけてボールを投げると、ミミックが シュバ! と真横にボールを避ける。
「あれ!?」リコは拍子抜けして、つんのめる。
外野に転がったボールをレトが取り、ミミックに向けてビュッとボールを投げる。
パシン! ゴーレムが片手でボールをキャッチした。
「あ!」
そのまま即ボールは豪速球で投げ返され、パハンの足もとスレスレを通り、リュコスにパスされた。
体勢を崩したままのパハンの足元に、リュコスがボールを叩きつける。
パハンの足の甲に当たったボールが跳ね飛び、それをレトがキャッチした。
「体に当たっても、弾かれたボールが地面に着く前に味方がキャッチしたら当たったことが無効になるの」
リコの言葉にナカツが「何だそれ! ズリィ!」と声を上げる。
「強い球を投げれば良いってもんじゃ無いんだよー」
リコは笑って答えると、レトからパスされたボールを胸からアマルに押し出すように投げる。
ゴーレムが片手でボールを掴もうとするが、ボールにはおかしな回転がかかっていて、ボイン! と大きく弾け飛んだ。
「イエェーイ!」
リコが喜んだのも束の間、そのボールをナカツが横っ飛びにキャッチして、ビッ! とリコの足元に投げる。
「んなー!?」
ボールは見事リコの足にヒットした。
「ヤッター!」
外野が他にいる時は、と、ナカツが中に入り、リコが外に出る。
リコは、ボールをパハンに渡してモニョモニョと作戦を告げる。
外野2人と内野のパハンの3人でしばらくボールをパスし合い、ナカツとアマルを翻弄すると、いつのまにかレトの近くに追い詰められたナカツに身を低くしたレトがボールを当てる。
「レト! 上手い!」
ヤッター! とレトが内野に入る。
「へいへいリュコスー! 全然当てられてないぞー!」
リコがリュコスを煽る。
ビュッ! と投げられたボールをパハンがキャッチしようとするが、ボールは手の中で弾け地面に落ちた。リュコスは回転をかけてボールを投げていた。
「ウッソ!?」
リコが驚き声を上げる。リュコスはスンとした顔で中に戻る。
「タイムタイム!」
リコがみんなを集めてまたモニョモニョと作戦を告げる。ばらけて再会。
再びパスをしあって、パハンがリュコスに当てようと投げ込むと、リュコスはキャッチして瞬時にレトに投げ返した。
レトは作戦通り、キャッチを諦め、パハンに向かってボールを弾き返した。
「上手い!」
リコが叫ぶ。
さすが獣人。身体能力がそもそも違う。子供とは言え、聞いたばかりの作戦を即座に実践できるレトに、リコは心底感心した。
それをキャッチしたパハンは、体勢を低くしてリュコスの足元にボールを投げる。
「タイミングバッチリ!」
リコが叫んだ瞬間、リュコスは地面を踏み叩くように足でボールを蹴り上げ、真上に弾け飛んだボールと一緒に飛び上がって自分でキャッチし、そのまま空中でナカツにパスした。
みんなが「わぁ!」と、目を奪われた瞬間、ナカツは上を向いていたレトの足にボールを当てる。
「リュコス! スゲー!」ナカツが手を上げて喜ぶ。
「やられたー!!」リコがしゃがみ込む。
喜ぶナカツとアマル。
レトが「ごめーん!」とリコに駆け寄る。
リコはフフフと笑ってレトは上手くやった。上手だったと褒めてから、「どう? ドッチボール。面白い?」とパハンに言った。
もっと体勢でやるともっと面白いよ。とリコが言う。
「これは、良いですね」
ハフゥと息を吐いて、パハンが笑う。
「これを、リコ様の国でみんなやるのですか?」
リュコスがリコに歩み寄る。
「これは子供の遊び、この手のゲームが難易度やルールを変えてもっと色々、いっぱいあるの」
「これは、子供達は楽しいでしょうね」
リュコスの言葉に「どう? 練習になるかな?」とリコは聞く。
レトとアマルとナカツがキャッキャとボールを投げ合っている。
アマルまで早くもボールに回転をかけて投げ合っているようだ。獣人の運動能力凄い。
「死の危険がありません。実際の戦闘の訓練には全くなりませんが、体の動かし方は身につくかもしれません」
そう言われたリコは、思わず自分の子供の頃のドッチボールを思い出し「だよね。ダンジョンにいきなり潜るよりは、ずっと良いよね」と苦笑いした。
「ズンダガマの戦闘では、このドッチボールを応用したのですね」
焚き火に戻ったリコの隣で、リュコスがリコに話しかける。
「うん? う〜んそうかもね」
囲まれて一方的にボールを投げられるアレが訓練になったのかどうかはさておき、ズンダガマの攻略の時に、ドッチボールを思い出していたのは確かだった。
「殺し合う事なんてほとんどないんだけど、競い合うって意味での『戦い』は、こっちの人達の比ではないほど多くあったのかもなぁって、思った」
リコは焚き火の火をいじりながら思い出す。
「何でそんな事するのか、向こうにいた時は、全然、全く、ちっとも理解できなかったんだけど、人間の本能なのかしらね」
幸い、実戦の機会なんて無い国で生まれ育ったけど、元いた世界でも常にどこかで争いごとはあったわけで。
同種族で殺し合う意味って何なのだろう。
焚き火の向こうで子供達がボールを投げ合っている。
「本当に、平和な世界だったのですね」
リュコスは、リコの元いた世界について想いを巡らせていた。
そんな世界で、リコ様は同族に殺されこちらに来たのだ。と。
「おかしいな。何でこっちの方が平和に見えるんだろう」
リコは目を細めて森の暗闇に目を凝らした。
いる。なにか。
死が身近にある方が、他者を尊重できるのだろうか?




