「ごめん。勝手なことして」
この20階森林フィールドで、次の開けた場所まで歩くとなると、件の野営地で夜明かしする事になる。
なんとなくリュコスに気を遣って、早めに野営に入ろうかと、だいぶ手前でリコが提案する。
リュコスは、それを察してリコを見るが、リコは「初日だからね」と子供達を見た。
「回収屋が普段どうやって夜明かししてるか教えて?」
リコは、パハンに普段通りの夜営の準備を見せて欲しいと申し出た。
「普段通りといっても、それなりに死角を探し、毛布に包まり、息を潜めて明るくなるのを待ちます」
どうやら、セーフルームまで寝ないつもりの強行のようだ。
自然フィールドでの2夜徹夜は当たり前らしい。
「なるほどね。そりゃ死ぬわ」
3日目の朝から下階への階段までが1番致死率高いでしょう? とリコが言い当てると、パハンは、「少人数パーティで睡眠を犠牲にするのは仕方のない事です」と目をふせる。
リコはリュコスを見て、冒険者への結界の魔道具の必要性を思案する。もっとどうにかして[セコム]の性能を上げられないものか。
「その話は以前したはずです。どちらの意味でも危険です」
リュコスは意見を変えるつもりはないようだ。
リコは、それならと、以前話に聞いた、外の街道にある結界の神聖遺物の話を思い出していた。
「ねぇ、パハン先輩、パハン先輩は別の街からズンダの街にきたんだよね? しかももっと子供の時に」
パハンの頷きに、リコは質問を続けた。
「人目を忍んだ移動でも、子供のパハン先輩と妊婦のお母さんが、道中魔物に襲われないで辿り着ける程度の安全は確保されてるって事だよね?」
「領地や街同士は、交易で成り立っている以上、定期馬車もあるし、流通経路の確保は重要です。何より貴族は年に一度の社交シーズンに王都に出向かなければならない。それなりに街道の安全は確保されている」
「それ、どうやってるの?」
「へ?」
どうやっている? とはどうゆう意味だ? リコは確か、他国からこの国に来た。と言っていた。
他の大陸から来たとしても、必ずどこか街道を通ってきているはずじゃないか?
パハンはリコの質問の意味がわからなかった。
そして、これは深くつっこんでいい話なのかどうか、言葉に詰まる。
「街と街を繋ぐ道に、安全を確保するための魔道具あるよね? その魔道具、どうやって魔力を確保してるの?」
あぁ、やはり魔力供給の方法か。つまりリコの国とは違うと言うことか?
考え込みながらもパハンは答える。
「商業ギルドが、商業キャラバンが通行のついでに、定期的に魔力の多い者を雇って、魔力供給している」
「やっぱり!」
リコは小さくガッツポーズした。
「つまり、元は神殿でやってたけど、神官達がやらなくなったから、代わりに商人が金の力でなんとかしてる。って事だよね?」
身も蓋もないが、パハンは「そうです」と頷いた。
「・・・知りませんでした」
リュコスは驚いた顔をする。
「リュコスの知識って、町人とか冒険者ってより、神殿寄りなんだよね。すごく不思議」
リュコスがグッと息を呑む。
街の人や冒険者とは交流がなかったけど、神官とは話す機会がよくあった。って事なんだろ?奴隷の精神的ケアとか、監視? とか、そうゆうのがあるんだろうか?
リコは口に出さずに思うにとどめた。
「で、ね、そこでこれ」
リコは自分の作ったランタンを取り出すと、金インクで魔法陣を組み込んだ装飾を施す。
少し大きめに作ったそれに、笠を大きく、よく反射するようにして光が下に向くように調節する。
もはや隠すことなく、皆の前で錬金錬成を披露しているが、「協力者を増やす」と言うリコの言葉に、リュコスはリコの行為を諌めなかった。
「これはね、マナを自動で取り込んで光る灯りなんだけど、これで結界を主道に作ったらどう? あり得ない魔道具じゃないんでしょ?」
そう言って【錬金錬成】地面から引き出した石造の支柱に、ランタンを3つほどぶら下げて、さらに伸ばして大きな[街灯]を作り出す。
「ランタンのシェードに〈結界〉の魔法陣を描いたの。この灯りの中なら、セーフルームと同等の〈結界〉が作用するの。全自動で使うためにはマナが豊富にあるダンジョンじゃないと機能しないのかもしれないけど」
「そんな、神聖遺物を、結界の魔道具を、リコは作り出せると言うのですか!?」
目を見開き驚くパハンをよそに、リュコスは眉間に皺を寄せてリコを見る。
「これを主道にところどころ設置して、そうね、野営地も2箇所ほど作ってしまおう。どう?」
フンス。と鼻息を出してリコがドヤ顔をする。
わなわなと震える手で[街灯]の支柱に触るパハン。
子供達がわぁ! とその光の中をはしゃぎ歩く。
「ミミックが」
結界の中に、ダンジョンのクリーチャーが入っている。そんなことは本来あり得ない。それが可能ならセーフルームはとっくにクリーチャーの拠点が作られているはずだ。
そう思っているパハンの驚きに「あぁ、そりゃそうよ。モンスターも自由に行き来できる仕様だよ」と、リコは道のあっち側とこっち側を指差す。
もう思い切って、[セコム]の対象外を「害意を持つもの」にあえて設定してしてしまえばいい。街道の人間用の街灯を逆手に取ったザル設定だ。
「「「えっ!?」」」
リコの言い分にその場にいる皆が驚く。
「え? だって、ここに住むモンスターにも、ここでの生活があるのだから、通りを塞いだら迷惑じゃん?」
リコの答えにリュコスが眉間を押さえる。
「なんで!? モンスターの事なんてどうでもいいじゃん!?」
ナカツが叫けんだ。
「馬鹿だなナカツぅ。生態系って知ってる? 世の中はバランスをとって調和循環してこそ、上手い事行ってるんだよ? バランスが崩れると、危険な歪みが増えるんだよ?」
こう皺寄せっていう現象でね、と、リコは自分の手の甲を指でグイグイ押してシワを作って見せる。
「わかんない! リコはなんでモンスターのためになる事まで考えるのっ!?」
ナカツはそう言って、ハッとリュコスを見る。
リコは、口の端をグイッとあげて、ナカツの頭をそっと撫でると、「目的が違う。ってナカツも言ってたじゃん?」と、なるべくわかりやすく説明を続ける。
この世界に、色んな種類の生き物がいる以上、個の生存率を上げるためには、その場にいる全ての生き物が共存できる環境が重要なんだよ。と。
そもそも、ダンジョンの中に素材を採りに来ているのに、その素材の元になるモンスターの繁殖を阻害するような魔道具を設置してどうする。
街の周辺でならまだしも、ここは限られた空間だ。
魔物避けが常備設置してある場所だけ歩くのでは本末転倒ではないか。
「それは、リコ様の国での教えですか?」
リコはリュコスをじっと見てから首を振る。
「私調べ」
リコはフッと自嘲気味に笑った。
この考えは、一見正しく思えるが、所詮弱い者に負担が溜まる一時凌ぎの折衷案に過ぎない。
ゆっくりだがいずれ歪みはたまるだろう。
でも、それはこの魔道具があっても無くても、すでにもうそうできている世界なのだ。
ゆっくり時間をかけて次の最善案を考える。それがリコにできる精一杯のことだと、リコは言った。
「昼間は光を吸収するために明かりは灯らない。結界の効力は夜の暗くなって、明かりが灯り、朝その明かりが消えるまでの間しか効力は発揮されない。だから夜だけ、この中でだけなら“誰でも”安心して眠れる。それだけの魔道具だよ」
リコは街灯に触って[耐久強化][簡易自己修復]の魔法を付与する。
「では、野営地に、モンスターが新たに拠点を作ったらどうするのですか?」
「セーフルームに拠点ができてないのにそこを心配する? なにかを殺すことが目的のモンスターの拠点なんて作れないんじゃないかな? セーフルームに拠点が出来てない時点で、その心配は杞憂だよ。でもまぁそもそもダンジョン内なのだから、どこに拠点ができようが、集落ができようが人間には関係なくない?」
そう、この機能はモンスターでも、先にこの灯りの中に逃げ込めば、新たに冒険者たちがその中に入ることはできないだろう。
逆に、お互いに殺意害意がなければ、その中で共存できる。あの殺伐とした15階のセーフルームと同じように。
多かれ少なかれ多種多様なモンスターは、このダンジョンの中ですでに生活を営んでいるのだ。
その生態系の中では、人間は外から来て、中の物を頂いていく外来動物にすぎない。
「モンスターが増えます」
「増えると何か問題なの?」
そもそもそこにいた生き物が増える事になんの問題があるんだろう? その辺のバランスは中の住人達が決めることだ。外の人間はお呼びではない。
「むしろ餓死しちゃうんじゃない? お肉狩れないよ? 作物作るスペースも無いし」
「モンスターとの共存、そんな事が可能なのでしょうか?」
現にしてるじゃないか。リコはリュコスを見る。
「ごめんね? わかんない。教えてくれる? なぜ知能がある者同士が殺し合うことが前提なの?」
「リコは、やっぱり人間じゃないの?」
リコの言葉にナカツが質問する。
リコには、なぜこのメンツで唯一のヒト種の自分が異端の側で議論しているのか、理解できなかった。
「え、なんでそうなるの?」
そう聞かれると。パハンとナカツは顔を見合わせて言葉に詰まる。
食べるために殺す事は仕方ないとして、それ以上殺す必要が無いのは、ここではむしろモンスター側の思考なのだろうか? 野性の獣と人の違いは理性があるかどうかじゃなかったか?
リコは、説明するのを諦めた。
「何事も、分け合えばあまり、奪い合えば足りない。って本で読んだ」
リコが微笑む。偽善だが言葉にするなら最良だ。
「その、本を、俺も、読む事は可能ですか?」
「要約だよ。所詮これも私調べ」
だから実験だね。とリコは言った。
パハンは、その考え方に大いに賛同できる。賛同できるが、実践するにはその何者より強い力が必要だ。それこそ神の力が。と思い至る。
「リコは、神の系譜の御方なのですか?」
「だから、なんでそうなるの? ダメだな。この手の思想は経典とか聖書になっちゃうのね。わかった絶対読ませない。倫理道徳と宗教は、別で考えられるようにならないと、無駄に悩むことになる。あぁ! だから宗教がこんなに幅を利かせているのか? 都合の悪い事を全て神のせいにするために」
リコは、ブツブツと考えてることを垂れ流し言葉を続ける。
「えぇと、これは私の勝手な実験だよ。上手くいくかどうか試したい。それじゃダメかな?」
「それではまた、リコ様が、リコ様1人だけが悩む事になります」
リュコスは食い下がる。
「そりゃ当然でしょ、私のわがままで身勝手に始める事なんだから。自分のした事の責任を取るとことは、別に誰でもする当たり前のことでしょう?」
「しかしっ、リコ様の利を考えるなら、こんなことすべきではありません」
「私が幸せでいるには、私の見える範囲の人が幸せである事が重要なんだから、十分私だけの利益になるともいえるよね」
「リコ様が何を言っているのかわかりません!」
「そうなのよね。そう。でも、わかりあう必要なんて無いのよ? 結果自分の利益になるんだったら、それはそれでもう良くない?」
「さみしい! 俺は、リコ様がそうゆう選択をするたびに、誰の力も、俺の力も必要ないと、まるで結界の中から弾き出されるモンスターのように扱われているのと同じ気持ちになるのですっ!」
リュコスの告白にリコが驚いて身じろぐ。
イビルちゃんがリュコスの肩にとまり、グリリと頬に擦り寄る。
アマルを乗せたミミックが、そっとリュコスに近づき、アマルがリュコスに「〈ヒール〉」をかける。
リュコスはハッと我に返るとリコを見た。
「ごめん」リコが俯いて謝る。
「でも、これ以上どう説明したらいいかわからない。ごめん」
謝り続けるリコにリュコスは顔を歪めると、「周囲を、探索してきます」そう言って離れて行った。
「みんなも、ごめん。勝手なことして」
今する事じゃないよね。と、謝るリコに、ナカツが口を開く。
「リコが、回収屋のためになる事をしてくれてるのはわかる。でも、これをしたらきっとリコが困る事になる。リュコスはそれが心配。だって俺でもそうなるってわかる」
そう言ってパハンをみる。
「大人は子供を守らないといけないんだ。自分を犠牲にしても。でもリュコスはリコの護衛だから、リコが1番大事なんだ。だから、大人でも、わかっているけど、どうしようもない事もあるんだよ」
パハンは、そう言ってナカツの頭を撫でた。
「でも、俺も、俺だって、俺のせいでリコが困るのは嫌だ。とても怖くてとても悲しい」
ナカツもうつむき拳を握る。
「そうだな。ナカツは大人だな」
「私、人の心がわからないから、こうやってよく一緒にいる人を傷つけるんだよね。あ、そっか、だから人間じゃないって言われるのかな」
リコがポツリとそう言うと、レトがリコの背中にそっと手を当て顔を覗き込み「耳に触っていいよ?」と頭をすり寄せた。
リコは眉を下げると、モリモリとレトの耳を撫でる。
ナカツとアマルも近づいて「撫でろ」と頭を差し出す。
リコは、泣きそうになりながらみんなの頭をモリモリと撫でさする。
パハンが、自分も頭を差し出すべきだろうか? と、モジリとしたのを見逃さなかったみんなで笑い合う。
リコは荷馬車(大)と荷馬車(小)を出すと、林檎と水のジャグを用意して「ちょっとリュコスと話してくるね」と、リュコスの後を追った。
「リコは人の心がわからない大人なんかじゃないよね」
レトがパハンにそう言うと、パハンは「そうだな」と頷いた。




