「またのご利用心よりお待ちしております」1
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「リコ様」
先ほどに続いて黙々とランプを作っているリコにリュコスは静かに声をかける。
「とりあえずランプならいくら売っても実害無いかなって」
無感情に答えたリコに、リュコスはなんと返答して良いのか思案する。
ダンジョンで、土産程度に売っているなら、と甘く考えることは簡単だが、今までに無かったランプの魔石は確実に売れる。つまり確実に神殿の既得権益を損なう。無事なわけが無い。
「リコ様が危険に晒されるかもしれません」
「気がつかないと思う」
「え?」
「神殿の人や貴族や、こう、今までのシステムを苦も無く享受してる層の人達は、これに『土産物』以上の価値があるなんて、普及されるまで気が付かないと思う」
[モンジュ]が良い例だ。
ああゆう類の人々は、同じ場で暮らしている自分とは生活レベルの違う人々を、虫か被食動物にぐらいしか思っていない。
本当の価値にいまだ気付かずとも、そこで生活を営む大半の人が生涯目にすることがない金額でも買い取ると言う人間が、同じ街で暮らしている。
きっとその生活が重なり合う事の無い街なのだろう。
腐るところまで腐り切ってしまっていて、むしろ転換期なのかもしれない。
「勿論いつかは気づくと思うけど、それは自分たちの収入が減って、相当貧窮してからだと思う」
シロアリが、足元の梁を食いつくしていたとしても、家が倒れるまで気づかないのと同じ。
あぁ、あの時のアレがそうだった。
そう気づくその時までに、その身を抉るスプーンの数を増やせば良い。
多方面から少しづつ削って、本人が気づいた時には、もう皿が空になっているように。
リコにはわかっていた。
「リュコス、あなたはずっとここにはいられないでしょ?」
リコが顔を上げてリュコスを見る。
浅ましくも、一緒にいてもらうために弄した策が、不発に終わったのだ。
このままずっとここで一緒に。と言うわけにはいかない。
意思ある者は、独自のシステムの上で生きているのだ。
それなのに、付いている鎖と首輪。外せないはずはない。
人の命より、金より、魔法より、ここでは強いと思われている力がある。
神を介した契約だ。
それを利用して、私腹を肥やしている人間がいるのに、神がなぜそれを許しているのか、私にはわかる。
その力を利用されてなお、神は地上の人間に干渉できない。できていない。
この世界に、もう神はいないんだ。
「リコ様。俺はどこにも行きません」
リュコスの声で我にかえる。
「この鎖は、俺とリコ様を繋ぐ唯一の・・・」
なにそれ。忌々しい。
「何の憂いもなくリュコスには自由でいてもらいたい」
「俺の答えは変わりません」
リコは フ と鼻で笑う。
「犬と狼の違いを知っている?」
長年鎖で繋がれた犬は、首輪が外れても杭のそばから離れないけど、狼は首輪が外れた瞬間走り出す。
どんなに長い時間繋がれていたとしても。
「リュコスは、空を疾る狼でしょう?」
「どこにも行かない」じゃダメなんだ「どこに行っても必ず戻る」そう言って欲しかった。
でもいい。リュコスが自由になるなら、それでいいんだ。それだけで良い。
リコは、なんでも良いから何か言って欲しくてリュコスを見るが、リュコスはきっとそれ以上何も応えられない。
『俺を捨てないでください』
リュコスはこう言っったけど、リュコスは私の物じゃない。
そもそも私に“捨てる”選択肢などないんだ。
どう説明しても、リュコスがそれを理解してくれないのは、長年縛られた鎖のせいだと、私にはわかる。
なぜならそれは、人間のやり口だ。
大人も、子供も関係無い。人間なら生まれた時から持っているその力を使って、近くにいる同種族をコントロールする。人間が生まれた時すでにそうできている。
ただしその力は、善悪を知れば選択できる。
それなのに、善悪を知ろうともしない、そんな人間達をたくさん見てきた。
だから、私はそのコントロールから外れる方法を知っている。
前の私は間に合わなかったけど、リュコスは違う。
受付ゴーレムが『大喰らい』の到着を知らせる為に作業場にくると「大丈夫。私が、どこにだって行けるようにしてあげる」リコは、そう言ってセーフルームに出て行った。
なぜ、いつまでも俺が1人でここを出ていく前提なんだ?
残されたリュコスが、トボトボと店に出ると、カウンター台の前には、見覚えのある男がいた。
「回収屋のぼ」
「やぁリュコス殿! おはよう!」
コレックが片手を上げて、元気に挨拶する。
「おはようございます。コレック様。ライノ様」
「おはよう。リュコス殿」
そこには、当然ライノもいて、いつものように少し困ったような顔をしている。
その横で、回収屋のパハンが、リュコスに向かってペコリと頭を下げた。
奥のテーブルでは、オベントがコチラには興味を示さず魔石の精査をしているし、相変わらずバコニーの気配はつかめない。
その中央で、リコはナカツに無言で抱きついて動かなくなっているのに、頭に回した手だけが、黒い耳を忙しなく モフモフモフモフモフモフ としている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「俺達は一旦外に戻る事になった」
リコと『乙女』達の事もあり、代わりに回収屋に依頼し連れて来たが、どうやらその『乙女』達も戻らないようだ。
「リコ殿、その、正直に話すがその、これから話す事は口外無用で頼む」
いつにも増して、その眉を下げたライノは、そうはっきりと告げて話し始めた。
ライノとコレックは、それぞれ法衣貴族の家系の末弟で、王都からズンダダンジョンを監視するために派遣されている特査員、ダンジョン特別調査隊員だった。
本来、各ダンジョンの、スタンピートを警戒するための組織だったが、ダンジョンの管理者である貴族や官吏の不正や、ダンジョン内での事件捜査など、その仕事は多岐に渡っており、王族直属の諜報部隊の一部から、分離した組織隊から成り立っている。
オベントは、ライノの祖父との代から契約し、家に仕える傭のチューターで、ライノと、ついでにコレックを鍛えるために、諸々の偽装も兼ね、冒険者パーティ『ズンダの大喰らい』として組んでいるのだと言う。
今は、セーフルームの壁際に並べられたテーブルに全員で座り、朝食のカレーライスを食べている。
パハンとナカツにも丸聞こえな訳だが、回収屋はそもそも特査員とは協力関係にあり、内情には詳しいようだが、(そうは言っても、オベント様とバコニー様の素性は?)とは思ったものの、誰も何も言わないので、リコも深く考えないように努める事にした。
リコは、次ナカツにあったら絶対に一緒にカレーライスを食べようと思っていた。
甘口の黒い欧風カレーライスだ。スパイシーだが、辛味は一切ない。
「うむむ、これも旨い。以前、よく似たシチューをいただいたが、全く違う味わいなのだな。カレーライスと言うのか」
「カレーにはいろんな種類があるのですよ。その中でも、私はこの欧風カレーライスが大好物で、ものすごく研究したんです」
「うむ、美味い。これ一品だけで店が出せるな」
「王都にも、こんなに美味しい料理が食べられる店などありません」
「ナカツのために作ってたんだ。ナカツたくさん食べてね」
ナカツが、スプーンを口に運ぶ手を止めずに、うんうんと頷く。
自分の皿をすっかりからにしたライノは、ふう。とひと息つくと話を続けた。
「リコ殿、ズンダのダンジョンには、発見当時からの言い伝えがあって『ズンダダンジョンの黒い宝石』の逸話を知っていますか?」
リコは、初めて聞きました。とリュコスの顔を見る。リュコスもフルフルと首を振った。
「その宝石が、具体的になんの石かまだわからないのだけど、『廃坑フィールドで採掘されるブラックスピネルや、森林フィールドの黒曜石、海洋フィールドの黒真珠、もしくは闇属性の魔石では無いか?』と言われていて、ズンダの高ランク冒険者達は、みな結果的にはその宝石を探すのが常になっているのです」
ライノの説明を聞いて、リコは、『乙女』達が『ブラックスピネルの採掘依頼』を受けていた事を思い出した。
「リコ殿は、その採取に、他国から依頼を受けてきた、特使か、なにか、では無いのか?」
「あ、なるほど、違います」
こちらの素性も明かすから、そちらも腹割って話そうってことね?
「真か?」
「違います。本当に商人です。雑貨屋ぼったくり店主以外の肩書きはありません」
縁あって数ヶ月前ここに流れ着き、ダンジョンの中での商機を見出した。これは紛れもない事実。
「本当に、ただの駆け出しの商人なのです。こればかりは他に何の言いようもありません。今後ともご贔屓のほどよろしくお願いいたします」
リコは、ペコリと頭を下げ、全員分のお茶をいれる準備をする。
「いや、では、どこの国から、いらしたか、聞いても、よろしいか?」
ライノは以前、これ以上の詮索はしない。と言った手前、バツが悪そうに話を続ける。
リコは、リュコスを見てお茶の続きを任せると、椅子に座り直して言った。
「それでは、この国を含む世界地図を見せていただくことはできますか?」




