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「こんな事さっさと済ましてしまおう」


 リコは洗面所に直行して寝る準備を整え、なんと切り出そうかと作業場に戻ると、狼の姿のリュコスが毛皮敷物の上でシーツをかけて身を丸くしていた。


 寝ているかどうかはわからないが、目が閉じられているのはよく見える。

 話しかけるな。と言う事なのだろうなとリコは思った。ベットが出せないじゃないか。


「・・・・・」


 ダンジョンの要塞の壁は、うっすら光を放っているので、相変わらず意外と明るく昼夜の感覚がわからなくなるほどで、ふと気になって壁から石材を抜き取ると、その石自体は発光を止める。

 何個かを抜き取り寄せ集めると、ふんわりと発光し始め【鑑定解析】しても[ズンダダンジョンの要塞壁材]としか表示されない。


 リコは、ある事を思いついて、いつもは開きっぱなしになっている店舗と作業場の開口部に、木製の引き戸をつけた。

 引き戸としては厚くて重いが、頻繁に開け閉めする扉ではないのでいいだろう。

 時計を見ると21時。ちょうどいいくらいだ。


 無属性の魔石でランプを作る。

 ピンポン玉ほどの魔石を、10×2cmほどに細長くスティック状に成形する。

 透明な水晶柱のようで可愛い。

 特製の金インクで、魔石に吸収と発光の魔法陣を付与する。

 これだけでとてもゴージャスなデザインになった。

 金インクの魔法陣に合わせて台座部を真鍮にする。

 レトロで思いの外カワイイ。気に入りました。


 魔石自体を口紅のような繰り出し式にして、本体をひねって魔石の可動を確認する。

 ONの方に回すと、魔石が露出して発光部が多くなる分明るく、OFFの方に回すと、光源の魔石の露出が短くなって、光も絞られる。

 完全にOFFにしてしばらくすると周りの光を吸収し始め、カチッと音の鳴る最後まで絞ると魔石の吐出口(はきだしぐち)の蓋も閉まる。


 炎を使ったランタンと違ってゆらぎもなく、光の色は吸収した光によって変わるだろう。

 要塞壁は真っ白で蛍光灯のような光なので、ガラスホヤに色をつければ何色にでも変えられそう。そこはまぁ後々だな。

 室内用のテーブルに置いて使うランプなので笠は付けず、ガラスホヤは薄く真っ直ぐ円柱型のシンプルなデザインにした。

 炎と違って上部を開口する必要がないので手入れしやすい。


 今夜は実験なので、吸収を早めるために魔法で補助をする。


「部屋の光を〈吸収〉してみよう」


 魔石に中にグングン光が吸い込まれていく。

 反対に、部屋はどんどん暗くなる。

 この魔石にどのぐらい入るのかわからない。

 大きさ? 質? 透明度だろうか?


 試してみようとグングン〈吸収〉させる。

 魔石自体にマナを吸収する機能が元々あるせいだろうか? 魔法にも親和性や融和性のように化学結合的な考え方が適合するのが面白い。いや、私が勝手にそう思いながら魔法を使っているだけなのかな?

 色々考えながらふと気づくと、部屋は真っ暗になっていて、扉の足元にある隙間からも光を吸い始めている。


 慌てて〈吸収〉を止め、ONにひねって明るさを調節する。

 手元だけ明るくなるよう魔石を出してみる。

 ランプの光は、暗い部屋で、ぽっかりと作業台だけを照らした。


「ヨシ!」


 ランプは正しく機能した。


 同じランプを10個作る。

 ただしガラスホヤは無くした。炎じゃないので風除けや覆いは要らないことに気づいて笑ってしまう。

 そして、完全に持ち運び型にしよう。と台座の部分を二重の筒のようにして、ひねる事で開け閉めできるようにした。

 こうすれば半分の高さになるし、光の向きや量も調節できる。より軽くてシンプルな作りだ。


 こちらは黒い琺瑯にする。シャレオツ。

 後から色んなデザインでランプを作ろうと、光源になる魔石の部分だけを作り始める。

 無属性の魔石に、金インクで魔法陣の書かれたデザインがなんだかとても気に入ってしまって、次々描いていくうちにだんだん楽しくなり、作業テーブルの上はライトの魔石が積まれていく。それがまた、水晶結晶の様で可愛らしい。


 そもそも無属性の魔石が1番多くドロップするのに、それを神殿が光属性と誤解させて独占販売しているなんて信じられない事だ。

 そして、丸くつるりとした魔石に植物をあしらうように細かい装飾を施しながら、金糸で立体的に魔法陣を遊び描いていると、そう言えば、と思い出した。

「ダンジョンワプスには火耐性があって火属性魔法では燃えない」とフエが言っていた事を。


 もちろん、灯火や、無属性の魔石から作られた魔道具に物を燃やす機能はないが、機能に詳しくない他の人がろうそくの火を入れることもあるかもしれない。

 ワクワクしながらワプスの翅を【収納】から取り出し光に透かす。

 透明に見えた翅は、キラキラと七色に光を反射した。


 周囲のマナが揺れる。


「・・・リコ様」


 いつの間にか、シーツを引きずりながら、背後に来ていたリュコスが声をかける。


「1人で寝てたかったんでしょ」


 リコは拗ねたように言葉を返す。


「もうまもなく0時ですよ」

「要塞フロアでは時間なんて関係ないんでしょ?」

「規則正しい生活は真人間への第一歩と言っていました」


 狼の姿でそんなのことを言うのでリコはおかしくて笑ってしまった。


「フフフ、そう、そうだね。でも見て、ほら」


 リコはワプスの翅を楕円球に加工すると、中にさっき作った魔石を入れた。


「モザイクランプっていうの」


 リコは、キラキラと瞬くランプを掲げて「やばくない!?」と嬉しそうに聞く。

 ワプスの翅の、どこか幾何学的な模様の煌めきが、真っ暗な部屋を星空のさなかにいるように錯覚させリュコスは目を細めた。


「こんなに楽しい事、1人でやろうとしちゃってごめん。一緒に作ろう?」


 後ろを向いたままでもリコの耳が赤くなっているのが見える。

 リュコスは、リコを抱きしめたくなって人型に戻った。


 リコは、初めて作った飾りランプを机に置き、新たなランプを手がけるべく【錬金練成】でワプスの翅の色を偏らせて色をつける。


「選んで! どの色が良い?」

「わかりません。どの色も綺麗です」

「なんでよ? リュコスの好きな色を選んでって言ってるの」


 机の上に並べられた色とりどりの翅の中から、後ろから覗き込んでいたリュコスが手を伸ばして1枚を指差す。

 リコは、リュコスの選んだ深い藍色の翅を、さらに数枚作って球状にすると、もう一個の丸椅子を引いて後ろに渡し「座って手を出して」と練成中のワプスの翅をかかげ両肘を開き挙げた。

 リュコスが戸惑っていると「早く早く!」と急かす。

 リュコスは、シーツを腰に巻き直して、リコの真後に椅子を移動させて座り、リコを抱きかかえるように後ろから両手を伸ばす。


 リコは脇を占めて「両手を持って」と錬金中のワプスの翅を目の前に持ってくる。


「どんな形にする?」

「え、は、わかりません」

「想像して! どんな形にする?」


 ドギマギと落ち着かない様子のリュコスに、リコは「集中!」と背中をぶつけると、リュコスは、スーハーと息を整え手を添え、自分の選んだ藍色のワプスの翅に集中する。


 表面が、液体のように波打っていたそれは、リュコスが握ったリコの指先についてきて、やがて行きたい方向を選んで、大星形十二面体を形作った。

 面のモザイクの微妙な色の違いや抜けが、いかにも生物らしさを醸し出し、有機体の持つ柔らかさと、昆虫の翅の硬質さが相まって、色合いからか、デザインのせいか、まるで上等な江戸切子のような完成度に、リコは1番気に入っていた魔石を入れると、ベットを出して、2人で移動し、天蓋枠からランプを吊るしてみた。


「ステキ・・・」


 2人で無言で藍色の光を眺め、狼のリュコスにするように、人型のリュコスの胸にもたれかかった。

 リュコスはそれを受け止め、リコの腹に手を回すと、イビルちゃんがいつもしているように、うなじや首筋に顔を擦り付けた。


「これは売らずに拠点の部屋に飾ろうか?」


 リコが話しかけてもリュコスは黙っている。

 黙っている唇が、首や肩を甘噛みするのに反し、腹に回された手は動くのを我慢するように固く左右の手首を握っていた。

 呼吸に、いつもとは違う明らかな揺めきを感じて、リコは、指先が白くなるほど硬く握られている手を解く。

 膝立ちに振り向くと、リュコスは情けないほど眉を下げ、リコを見あげて言った。


「リコ様、俺を捨てないでください」


 その声は小さく掠れ、今にも泣き出しそうだ。


「捨てないよ。どうしてそんなこと言うの?」

「俺は役立たずです」

「役立たずじゃないよ。私にはリュコスが必要だよ」

「本当は、俺より、俺より他の誰かといた方が、リコ様は灯りを得られる。もっと色んな事を知ることができる」


 リコは、リュコスが自分にとって特別な存在だとわかってもらうには、どうしたら良いんだろうと考える。


「俺は所詮、暗闇でしか生きる事ができないのです」


 リコは、リュコスの顔をじっと見て、ゆっくりとリュコスの唇に口付ける。

 一度離れて、それから2度、ふわり、ふわりと唇を押し当てた。

 首を傾け、リュコスの顔を見ると、リュコスは驚いた顔でこちらを見ている。

 リコが、リュコスの膝の間に座って「次どうすれば良いか知らない。教えて」と見上げると、リュコスは、ごくり と喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 背中に左手を回し、右手の親指であごを撫でるようにして、髪に指を入れ頭の後ろに回す。

 薄く開けた口でリコの唇をゆっくりと喰むように塞ぐと、下唇に吸い付くようにして離した。


「なるほど」


 リコはそう言って、じっとリュコスの顔を見る。

 リュコスの赤面を確認して、今自分がされた事と全く同じことをして返す。

 チュっと、リュコスより大きな音を立てて口を離し言う。


「もっと教えて」


 今度は、舐めるように口に吸い付き、唇に舌を割り入れる。

 リコはすんなりとそれを許し、舌を絡め動かすと「ん、ふ」と浅い吐息と、湿り気を含んだ音が部屋に響いた。

 お互いの呼吸がさらに絡み合っていくのが耳について、恥ずかしさと興奮がないまぜになる。

 リュコスの唇や舌が、唇から耳に、首に、這い移って、リコの甘い声が漏れ出すと、頭の後ろに回っていた手が、指先が、耳に唇に這わせて下にさがってくる。が、リュコスは手を止めリコの顔を見た。


「? どうしてやめるの?」


 高揚し蕩けたようなその顔は、確かに欲情していてこの先を求めて続きを乞いている。


 でも俺に? なんで? この人は本当にわかっているのか?


 リコは、リュコスの頭を抱き身を寄せて「もっと、この先も教えて?」と耳元で囁いた。


 リュコスはリコをそっと仰向けに寝かせ覆い被さるように手をついて、中断してしまった劣情を仕切り直すように、リコの顔に触れる。

 リコがその手に自分の手を添え、ニコリと笑う。


 なんて幸せなんだ。

 自分が触れるのを、笑顔で受け入れてくれる人がいるなんて。

 こんな幸せなことが、この世にあるなんて。

 先ほどと違い、貪るように口付けると、からめた左手に力が入り、リコから甘い吐息が漏れる。

 どうせいつか死ぬなら今が良いのかもしれない。


 リュコスは、興奮しすぎた意識を散らす為に身を離し、大星形十二面体を背に、リコの顔を見た。

 潤んで濡れる烏青の瞳が視線を返す。


 そこに、見慣れた男が映って見えた。


 あれ? なぜだ? この人はなぜこんな目に遭っているんだ?

 俺は、命の恩人に、なぜこんな事をしているんだ?

 俺のような怪物の命を何度も救うような、無知で無垢な少女の身体に、穢れた奴隷が触れて良いはずがない。

 本当は怖いのに、俺のことが恐ろしくて拒否できないだけなのではないか?

 こんな美しい人が、俺の事など愛するはずがないのに!


 ここまできて、この先へ進まないのかと、リコは、呆れて先を促した。


「これからも、一緒にいるためにどうしても必要なら、こんな事さっさと済ませてしまおう?」


 リュコスの動きが完全に止まる。


 それは、いったいどうゆう意味だ?


「リコ様は、これから自分が何をされるのかわかっているのですか?」

「詳しくは知らないけど、なんとなくは」

「なんとなくとは?」

「本で読んだ」

「本で読んだ?」

「詳しく、具体的に書かれた本は、読んだことがないけど、大体わかるよ」

「・・・・・」


 リュコスは身を翻し、リコの横に仰向けに倒れて顔を両手で覆う。


「リコ様は、した事がないという事ですね?」

「ないけど、ないとダメなの?」

「ダメです」

「え?」

「俺は奴隷ですから、主人を傷つける事ができません」

「え? あ」

「ふ、ははっ」


 俺は、何を勘違いしていたんだろう? 俺は生まれた時から奴隷じゃないか。

 それをたった数日一緒にいたからって、なんと滑稽な事か。


 いままでの主人の扱いの方が正しかったんだ。あいつらは何も間違っていなかった。

 いまさっき、つい今さっき、死ぬほど幸せだと、今もう死んでも良いと、確かに思ったはずなのに。


「俺は生まれた時から奴隷ですから“こんな事”の為に命をかける事ができません」


 リコは、少し考えて深呼吸をすると「なるほど」と天井を見上げた。

 リュコスは「水を浴びてきます」とベットを出て行った。

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