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「戦わないと生きていけないのでしょ?」


 アラームの音で目を覚ますと、目の前にリュコスがいた。

 さっきまでの号泣を思い出して、みるみる顔が赤くなるのが自分でもわかる。


(『ひとりにしないで』って何だよ!? 子供かよ!?)


「さっきのことは、その」

「大丈夫ですか?」


 リュコスは眉をこれでもかと下げて聞いてくる。


「どこも苦しくありませんか? 痛みはないですか?」


 その顔には、今にも泣きだしそうなほど悲痛が現れている。


「心配、かけちゃって、その、ごめんなさい。もう、大丈夫、です」


 リコは恥ずかしくなって両手で自分の顔を覆う。

 リュコスは起き上がると、用意していた回復薬を差し出す。

 もう飲みたくない。リコは咄嗟に思ったが、体を起こして素直に蓋を開けて一気に飲み込んだ。


「味の改良が必要だよね。何味にしようか」

「帰りましょう。森の拠点に」


 リュコスは、リコを抱きしめてそういった。


「金なら俺が何とかします。もう、店もやらなくて良い」


 リュコスの腕に力が入る。


「リコ様はもう人前に出なくていい」


 少し、痛い。


「ありがとう。でも、もう大丈夫」


 リコは、リュコスを抱きしめ返して言った。


「通貨を必要とする制度を利用するために、人間のルールを利用して生きるって決めたのは私なんだから。それでなくても素材集めのほとんどをリュコスに頼ってるのに、自分だけヒトとの関わりを避けるわけにはいかないよ」

「森の拠点でリコ様が作った物を、たまに1階で売ればおそらく金には困りません。それも俺が交渉します。リコ様が矢面に立つ必要はありません」

「そんな売り方つづかないよ。すぐに足元見られるよ。お金が必要なのはリュコスよりも私なんだもの、リュコスにだけ嫌な思いをさせるわけにはいかない」


 ついでに言えば、身を隠しておかなければならないのはリュコスの方だ。


「人間と関わりを持つたびにリコ様は傷つく。もう十分です」


 俺のことなどどうでも良い。リュコスはさらに力を込める。

 リコ様の魔力水が、ワプス達を飲み込んだように、このまま自分の体の中に入れてしまいたい。


「痛い! 痛いっ! ゴリラだよ! 力加減がゴリラになってるよ!?」


 じたばたと暴れてもびくともしない抱擁から逃れようと、リコは抗議するが、力が弱まる気配がない。

 イビルちゃんがリュコスの頭に飛び移り ビシ! バシ! と蹴る。


「んもうっ! 〈命令〉するよ!」

「すればいい。何でもします。命令して下さい」


「リュコス」


 リコは力を抜いてリュコスに身を預けた。


「それじゃぁ意味がない。意味がないんだよ。リュコスが考えて、リュコスがやりたい事をできるようにならなきゃ私だって約束を守れない。ここでは私だって戦わないと生きていけないのでしょ?」


 力が抜け、体が離れる。

 あまりにも呆気なく離れるのが寂しくなって、リコは思わず服を掴み引き寄せた。

 うつむいていたリュコスに顔が近づく。


 リンリン!


『リコ! ハヤシが起きた!』


 お(りん)を鳴らし、ゴーレムがマツリの言葉を知らせに来た。

 リコは、ベットから飛び降り、服の皺を伸ばし、髪を直す。

 イビルちゃんが、リュコスの頭を ゲシッ と蹴り飛ばして、リコの元へ戻っていく。

 リコが「どうされました?」と、何食わぬ顔で対応すると、マツリは「ハヤシの目が覚めた、、、? どうかした? 顔が赤い」と首を傾けた。


「あ、私も寝てました。今起きたところです。すぐ行きますね」


 慌てて扉から出ようとして、「お茶、持っていきます。みなさん起きてますか?」と聞くと「起きてるよ。手伝える事ある?」と聞かれたが、「大丈夫です。先に戻って待っていていください」と告げる。


 マツリを笑顔で見送って、台所に行こうとすると、リュコスが靴を持って来た。

 あ、靴履いてなかった。と、靴を履こうとカウンターの椅子に座ると、リュコスは跪き、おもむろに足を掴むと、そっと手を添えリコに靴を履かせた。


(なななななな)


 リコが赤面すると、リュコスは立ち上がって「お手伝いします」とキッチンへ向かう。

 リコとは打って変わって能面のように無表情だ。

 いつものリュコスらしいと言えばそうだが、心の中は荒れに荒れていた。



 なぜ、俺は、もっと欲しいと思ってしまっているんだろう?



 命を助けられ、そばにいる事を許され、一緒に食事して、一緒に寝て、一緒に笑い合い、その度に、これ以上ない程幸せだったはずなのに、なぜもっと欲しくなっているんだろう?


『一緒に落ちるならそれで良い』


 あまつさえ、俺と一緒なら地獄に落ちても良いと、悪魔に宣言してくれたこの人から、俺はこれ以上何を貪り取ろうとしているんだ?


 リュコスは以前、預言者を自称する神官が、初めて自分をそう呼んだ夜が思い出され、慌てて首を振る。

 明かり取りの窓から差し込む月の光に怯えて、暗い方へ暗い方へと這い逃げていたあの頃とは違う。

 ここには誰も追ってはこない。

 紅霞におりる夜の帳も、その闇を穿つ望の嘲りも。

 それなのに、その神官の上気の雑じった囁きが、耳を舐って離れないのだ。


『あぁっ“リュコス”ここでは《強欲》を司る神の名でオマエを呼んであげる』


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「手伝う」とは言ったものの、どこかぼんやりと上の空なリュコスの事は放っておく事にして、リコは、紅茶はダージリンをいれた。

 そうしてなるべくカラフルで華やかな色と香りのマカロンを並べて部屋に向かう。


「お加減いかがですか?」


 部屋に入ると、マツリが駆け寄り身を絡めた。


「わぁこれは何?」

「マカロンです。彩りと香りを楽しむお菓子です」

「「「わぁ」」」


 皆さんでどうぞ。とローテーブルにおいて、自分は診察台からフルポーションをとると、紅茶と一緒にトレイにのせ、ハヤシのベットの天蓋をくぐる。


「どうですか?」


 サイドテーブルにトレイを置き「ちょっと触りますね」と左肩から指先にかけて揉んでみる。


「少し怠い。だが、違和感があるが、触られているのがわかる」

「そうですか。では」


 ポーション瓶を渡し「これはこのまま飲んでください」と蓋を開ける。ハヤシは言われるままにポーションを飲み下す。


「はい、紅茶飲んで紅茶飲んで!」とリコがカップを渡す。

 ハヤシがカップに口をつけてる間に、左手をぎゅっと握ってみると「あぁ、わかるよ」とハヤシからぎゅっと握り返される。


「ヨシ!」


 リコが小さくガッツポーズをとるとハヤシが言った。


「ありがとうリコ、どうやってこの恩に報いれば良いのか、感謝の言葉も見つからない」


 カップを置いて、リコの手を握り自分の額につける。


「私は商人で皆様はお客様、お店に皆様のお求めになる商品があっただけです。これからもご贔屓のほどよろしくお願いいたします」


 リコはその手をそっとおいて、ニッコリ笑って頭を下げる。


「そのことについてなのだが、感謝の言葉を述べたすぐ後どの口でと、思われる事、恥を忍んで申開く」と、がま口から大金貨を取り出しトレイの上に置く。


「ギルドからの依頼で預かった大金貨10枚。これしか手持ちがありません」


 ハヤシがそう言って頭を下げると


「「「どうぞ私達をリコ様の借金奴隷にして下さい」」」


 フエ達がそばに来ていて跪いて頭を下げた。


「わぁやめてやめて! なんで? いやです。奴隷なんていりません」

「「「え?」」」


 リコは慌てて椅子から降りると、身振り手振りを駆使して弁明する。


「今回元々そうゆうお話だったじゃないですか。この大金貨10枚で、大丈夫です。お買い上げありがとうございます」


 リコは、これでもかと深々頭を下げる。


「またのご利用よろしくお願いいたします」


「え、なんで? 40、いえ、今飲んだ分も合わせて大金貨50枚分の労働力を、棒に振ろうっていうの?」

「え? 雇用って事?」

「「「???」」」


 どうやら話が噛み合っていない。

 皆で顔を見合わせる。


「奴隷って、いったいおいくらなんですか?」


 前いた国には奴隷制度が無かったのです。と説明したリコが、改めて不思議顔で聞く。


「えぇっと、奴隷にはまぁ、おおまかに分けて 借金奴隷 使役奴隷 愛玩奴隷 犯罪奴隷 ってのがあって、それぞれに値段が違うけど、借金奴隷に明確な金額はないわ。銀貨一枚でも返せなければ借金奴隷にすることは可能よ」


 フエの説明に、リコは思わず首をひねる。


「んん? 借金奴隷ってどうやって、その、借金があればそれでもう奴隷なのですか?」

「え、ええ、他の奴隷と違って、借金を返すまで一時的に主人に尽くすのが借金奴隷よ」

「どうやって返したかどうかわかるんですか? 直接主人にお金渡すんですか?」

「奴隷契約をした神殿で」


 リコは、鼻の頭にシワを寄せ、怒気のこもった声をあげる。


「神殿?」


 フエは、リコの怒りのリアクションが何に向けられているのか理解できずに返答に戸惑う。

 この世界では大ぴらに神殿に、不満を表す人間などいないからだった。


「え、えぇ、まず最初に神殿で契約を結ぶのよ。そしたら神殿がその金額を肩代わりして売主にお金を渡す。そしたら奴隷の働きの分を、その主人が肩代わりされた分と、手数料と、利子を毎週定額で強制的に神殿に徴収されるわ」

「まさかのリボ払い!」

「え?」

「あ、何でもないです。利子っていくらですか?」

「契約内容によるらしいけど、詳しいことはわからないわ」

「まさかの無制限! 何でそんなブラックな制度をみんなさん受け入れてらっしゃるのでしょうか??」


 リコの質問に、『乙女』達はさも当たり前の様に答える。


「お金を貸してくれるところが他にないから?」

「神殿が慈愛に満ち溢れているから?」

「借りたものは返さないと地獄に落ちるから?」

「神の御心?」

「えぇ〜っ?」


 リコは怪訝を隠さず説明する。


「皆さん、そんな簡単に借金奴隷になるとか言っちゃダメですよ。基本そのお金の借り方は借金がなくならない仕組みです」

「え?」

「元金、肩代わりした代金から働いた分が差し引かれるわけではないんですよ。何なら一生手数料と利子だけを払わされ、肩代わりした最初の代金分より返した金額が多くなっていても、借金は一向に減らない。っていう制度です。利子がつく前に確実に返せる見込みのある金額以上の借金は、安易にすべきではありません」


 一同ポカンとする中、リコはハヤシのあいたままの口に、ラズベリー味のマカロンを放り込む。


「ング、あ、甘い。美味しい」

「んで、紅茶飲んで紅茶飲んで!」


 急いでカップを渡す。


「息を細く吸って細く吐いてみてください」

「スゥ、!? すごい香り!!」

「でしょでしょー!? これ面白くないですか?」


 リコは、こっちも試してみて下さい、こっちは甘くて香ばしいですよ、と次々マカロンを勧める。


「私はこのゆずのマカロンが1番好きです」


 そう言って、淡い黄色のマカロンを1つ食べる。


「ふぉあぁ、美味しいわぁ」


 肩を下ろし、目をしょぼしょぼとさせ、ほうっと息を吐いてゆずの香りを堪能する。


「リコ、おばあちゃんみたいだわっ!」

「絵本に出てくる古い魔女様みたい!」


 マツリとタイコが笑う。


「まだ19歳ですよ。ピチピチですよ」とリコが言い返す。


「19!? 生まれたてだわ!」

「本当にぴちぴちだっ」


 フエとヒナが驚いたようにリコを触る。


 エルフの歳を聞くのはやめておこう。リコはそう思いながら皆にもみくちゃに触られていた。


「あれ? そういえば今回ギルドからの調査という事でしたけど、うちの店で売ってる『フルポーションを調べてこい』という依頼だったのですか?」


 もみくちゃにされながら、ギルドから渡されたのが大金貨10枚? ふとリコが気づいて質問する。


「えぇ、そうよ、疑っているみたいで申し訳なかったんだけど」

「『フルポーションを持ってこい』ではなく『調べてこい』と、本物かどうか? 借金奴隷を覚悟するような大金を渡されたのですか?」

「え、ええ」

「そうですか。冒険者ギルドのギルド長は良い人なのですね」


 リコは紅茶を口に含んで息を吸うと、ニッコリと口角を上げた。


 その言葉に、ハヤシはハッとして、顔を両手で覆って嗚咽をあげた。


「ズンダの冒険者ギルド長は、ハヤシのお父さんなのよ」


 フエが眉を下げて笑う。


「あぁ、それは素敵。素晴らしいお父様ですね」


 リコは、心の底からの羨望の言葉を述べ、ウットリとハヤシをみる。

 親に愛された子供は本当に美しいな。




 皆で残りのマカロンを食べながらあれやこれやと感想を述べ合っていたが、目を真っ赤にしたハヤシが鼻水を拭って切り出す。


「明日の朝になったら、ここの魔法陣で一旦ギルドに報告に行くわ」

「あぁ、でしたら、この箱の残りのポーションでも、証明にでもお持ちになって下さい」

「はぁ!? リコ、お姉さん心配、ほんと心配になっちゃう」


 フエが大袈裟な仕草で額に手を当て頭を振る。


「あ、いえ、あの、なんかその、非常に申し上げにくいのですが、実はこのポーション、部位欠損再生薬としては重大な欠陥がありまして。このままではまだ未完成なのです」

「え?」


 確かに治った自分たちの身体を見回して、皆がリコの言葉に驚いた。


「欠損者の情報を読み取る[診察]と、承諾のための[個体認識]が必須なのです」


「どうゆうこと?」

「行為としては[私の目の前で名前をご自分で書く]事なのですが、その時初めて完全回復薬として完成するようになってまして、付与がないとただの治療薬なのです」


 リコは、バツが悪そうに「もちろん生まれながらの欠損は再生しようもありませんし」とつけくわえる。


「つまり?」

「今の所、私から直接ご購入したご本人しか効能を得ることはできない。ということでしょうか?」


 長期品質保持の為、仕方のない犠牲だとリコは説明する。


「「「えぇぇぇ!?」」」

「しかも」

「まだ何かあるの?」

「名前を書いた品質保持シールが損なわれたり、それこそ封を切ったら24時間後にはビンごと霧散すると思って下さい。もちろんその間なら治癒ポーションとしては普通に使えますので、それでもよろしければどうぞ」


 そう言って箱ごとポーションを差し出した。


「なるほど二次流通対策は万全という事なのだな」


 ハヤシが笑う。


「私はこのダンジョンの商人です。外でのことは外の人達に解決してもらいましょ」


 あ、ちなみに[雑貨屋ぼったくり]の商品には全てセキュリティのために[魔術固定]が付与してあり、上書きしたり、書き換えたりしようとすると霧散する魔法が付与してある。と付け加える。


「[モンジュ]で【鑑定】するぐらいなら大丈夫ですけどね。[品質保持]シールもそのうち売り出そうかな?」


 そう言って、リコはニヤリと悪い顔で笑った。




 夕飯は煮込みハンバーグにしよう。

 コッテリ濃厚ソースの上に、とろけるチーズをめっそりのせたろ。

 あれからキッチンに戻り、あらかた調理をすませ、大量に【買付】た諸々を【収納】していく。


 コレでまた大金貨10枚は確保できた。【買付】し放題。だいぶお金に余裕があるだろう。

 なにせ、みんなの言葉からすると、一生かかって稼ぐ金額だろうし?

 リコは、その成果と、今後手に入るであろう大金に「ねぇねぇ狸の皮の話知ってる?」と、リュコスに笑いかけた。

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