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「喜劇のようなストーリーじゃな」


 野営場所に戻ると、みんな寝ずに待っていてくれたようで「どうだった!?」と興味津々だったが「一瞬でした」とバコニーが答えると「あぁ、やっぱり」となぜかガッカリしたリアクションを取られた。


 タイコとヒナだけが「良かった」とホッとした表情を見せてくれたので、この2人の明日の朝食のカツはとびきり厚切りのを選ぼう。とリコは決めた。


「それではお先に失礼しますね」


 リコとリュコスは先にテントに入る。

 他の皆も、明日も歩くぞ早く寝ようと準備を始める。

 明日の昼にはいよいよ19階に着く予定だ。




 朝、テントからリコが出ると、オベントが挨拶する。


「おはようリコ殿。いい朝だね」

「おはようございます。オベント様。今夜もありがとうございました」


 お礼を言って、スープの鍋を焚き火にかけ、飯盒に水を入れて湯を沸かす。

 いつものようにタンクを清掃して水を取りかえ、自分も顔を洗って朝の身支度を整える。


「今日はちょっと朝のおやつには向かないかも」と、お茶の準備をする。


「私このお茶が大好きなんですよ〜」


 ひときわ美しいティーセットでアールグレイをいれる。


「そう言えばこっちにはチョコレートってあるのかな?」


 いつの間にかテーブルについているバコニーにも見えるように箱を開ける。


「ほう、美しい菓子じゃな」


 薄く、繊細で、全く同じ形に整えられた小麦と砂糖とバターの焼き菓子が、規則正しく並んでいる。

 リコはそれをそっと一枚とり、間に同じ薄さのホワイトチョコをのせ、もう一枚のクッキーではさむ。

 ピンクのバラの絵が描かれ金で縁取りされた皿に10枚並べて「ラングドシャです」とそれぞれの前に差し出す。


 オベントはそれを大事そうに持つと。


 サクリ


 口の中に割り入れた。

 たっぷりのバターを練り入れしっとりと焼かれた粉が、唾液で解れ、ネットリと濃厚なチョコレートとからまり、手に取った時の繊細な印象を裏切って、官能的な甘さが舌を蹂躙する。


「・・・素晴らしい」


 小麦粉、バターと砂糖、そしてこれは何の香りだろう?


「こちらがミルク、こちらがヘーゼルナッツの香油が入ったチョコレートです。この紅茶を一緒に飲むと格別です」


 そう説明して、ベルガモットの香りを鮮烈に放つお茶を差し出した。

 バコニーはそれを口に含むと ンフー と鼻から息を出し「飲み込んでしまうのが惜しい香りです」と目を閉じたままカップを鼻に近づける。


 リコも座って紅茶を飲む。


「あぁ美味しいなぁ」

「これは王に献上してもおかしくない菓子とお茶だな」


 オベントの賛美にリコは「えひひ。オベント様は本当に優しいです」と顔を綻ばす。


「いやなに、本当のことだよ。王族ならその一箱に金貨10枚は出すだろう」


 驚いたような顔のリコの瞳から、涙が一粒ホロリとこぼれ落ちた。

 オベントとバコニーは驚いて「何だどうした」と慌て出した。


「私、リュコスに出会うまで、自分の作ったものをこんな風に美味しいと言って食べてくれる人と出会えたことがなかったのです」


 ホトホトとリコの頬を涙が伝う。


「リュコスと出会えたおかげで、こうしてオベント様やバコニー様にも、皆さんにも美味しいと言ってもらえた」


 私1人だったらきっと、今も隠れ住んでいた森の中から出ていなかったでしょう。と涙ながらにリコは話を続ける。


「私が作った料理を、いえ、一緒に食べる食事を『美味しいね』って笑いかけてもらえる喜びを、生まれて初めて知りました」


 それだけで身が打ち震えるほどに幸せなのです。と。


 子供の姿の自分が作った食事を捨てる日々を思い出し、とうとうズビズビ鼻をすするほど泣き出してしまった。


(リコ殿は如何な地獄を経験召されたか)

 オベントはリコの顔を布で拭い、ヨシヨシと大きな手で頭を撫でる。


「オベント様の手は、優しかった亡き祖父を思い出し、とても、とても、、、っ」


 さらに泣き出すリコの言葉に


「!! 亡き祖父っ!!」


 ブフーっとバコニーが吹き出す。


「?」

「祖父、祖父かそうか残念。そうかそうか」


 オベントは苦笑いをすると、ヨシヨシとリコが泣き止むまで頭を撫で続けた。

 それを見て、ヒーフーと息を漏らしてバコニーが大笑いしていた。




 今朝の朝ごはんはカツサンドだ。

 ソースは濃いめにして千切りキャベツがモッサリサンドしてある。

 みんな旨い旨いとペロリと平らげた。

 朝からたくさん食べるので、見ていて気持ちがいい。

 胃腸が強いと言うのはとても羨ましいことだ。


 苺と、缶詰の桃とパイナップルを小さく切って生クリームに混ぜたフルーツサンドを食後に出す。

 一口で食べられる大きさに切ってあるのがポイントだ。

 これには『乙女』の皆様が殊更大喜びしてくれた。


「皆さんあんなに食べた後なのに! もっと用意しておくべきでした」リコの驚きの感想に「私達、リコに肥らされて最後には食べられちゃうのかしら」紅茶を飲みながらフエがため息をついた。


「もうそれでも良いかもしれない」


 マツリはさっき飲み込んだ最後の一切れの味をしみじみと思い出していた。


「さぁ、今日は午前中には19階につくわ。美味しい物も食べたし頑張りましょう」

「「はーい」」


 ハヤシの号令に皆が返事をする。

 見慣れた朝の光景に、本当に仲が良いな。とリコは思った。


 歩きながらハヤシが話しかけてきた。


「普段は19階でお店をやってるって事だったけど、今日は買い物できるの?」

「できますよ。お時間大丈夫ですか?」

「19階に一泊するから午後いっぱいは。森林フィールドでの第一攻撃はオークの群れって決まっているから、早朝を狙った方が数が少ないのよ」

「え? 決まっているのですか?」


 リュコスの驚きにフエが丁寧に答える。


「自然フィールドに下階して、すぐに攻撃を受けるのはデフォルトよ。パーティの人数に合わせてモンスターが出てくるのよ。湖フィールドは小魔獣の群れ、沼地フィールドは蛭か蛙の群れ、草原フィールドは魔獣の群れ、森林フィールドはオークの群れ、廃坑フィールドは飛翔型の小魔獣の大群。海洋フィールドだけは第一攻撃がないわ」


 海洋に出ればあるのかもしれないけど。と付け足す。


「知りませんでした」


 リコが素直に答える。


「冒険者なら講習を受けてるはずだけど、リコは商人だからかしら? そっか」


 フエは自分で納得して話を続けるのをやめた。


「講習があるのですか?」

「任意だけど、大抵の初心者は受けるわ。何も知らないままダンジョンに入る冒険者なんて無謀にも程があるでしょう?」

「貴族や騎士達にもその、他にもダンジョンの情報と言うのは共有されているのですか?」

「さぁ? 講習は誰でも受けられるはずだけど、冒険者以外の人間が受けているのは見た事ないかも」

「そう言えばその辺どうなっているのでしょうね?」


 タイコが会話に参加する。


「まさか何も知らずに討伐隊も無いだろう」


 ハヤシが笑う。


 ライノが神妙な顔で「いや、もしかしたらもしかするかもしれない」とハヤシの言葉を否定する。


「今回の討伐隊は、貴族の私兵騎士隊と、神殿の神官、街の衛兵だけで、冒険者が1人もいなかったんだとすると」

「いくら普段冒険者を下に見てるからって、そんな事ありえる? まさか回収屋も同行してないってこともないだろうし?」


 ライノとハヤシのやり取りに、リコは思わず口を挟む。


「知り合いの回収屋は『今回の討伐隊に回収屋は同行してない』と言っていました」


 直接聞いたので間違い無い。と伝える。


「え、19階の魔法陣を使って移動したのよね? 騎士や兵士の中に兼業冒険者がいてもおかしくないでしょう?」

「いや、聞いた話だが、討伐隊が組まれる数日前に騎士風の男と潜ったって冒険者から話を聞いたんだが、そいつは初めてズンダのダンジョンに入るって話で、ギルドに依頼が来て、無理やり6パーティも護衛につけてゴーレム討伐したって話だ。そいつもなかなか腕はたったが、その騎士風の男、ボス部屋では立ち尽くすだけで一太刀もゴーレムに浴びせてないって」

「ダンジョンのモンスターを、街壁のすぐそばにいるやつらと変わらないと思っている典型的な騎士様だったわけだ?」


 ハヤシは鼻で笑って「でもそれで魔法陣を使えるようになるの?」話を続ける。


「扉を開け、号令をかけたのはそいつだって。回収屋でもできる仕事だって笑ってたぜ? その騎士が同行者ってレベルの隊組みだとしたら、やっぱり噂は本当なのかもしれない」

「噂って?」

「今回の討伐隊の指揮をとったのが、ウインスター伯爵家の領主様ってのはみんな知っていただろう?」


 他のメンバーにも確認する様なライノの質問に、「うん。冒険者ギルドでもみんな怒っていたよね。ウインスターの男どもはロクなことしないって」マツリが大きく相槌をうった。


「でも、ウインスター家であれ以来姿が見えないって言われているのが、ご令嬢のカミラ様とその執事と従者達なんだよ」


 ライノの言葉に、タイコが驚いて質問する。


「え、伯爵家のご令嬢がダンジョンに入ったっってこと?」


 ライノは頷いて答えた。


「先代当主が7年前に亡くなって、今はご長男のアルバート様が御当主ってことになってるよな。当時、奥様も一緒に受けた事故の影響とご主人の死でお臥がちになったけど、長男は王都の学園に通われていただろう? だから双子の姉のカミラ様だけが学園をやめてこちらに戻ってきて、実質領主の仕事を担っていたってのは街でも周知の事実だっただろ?」


 うんうんと皆が頷く。


「アルバート様の学園卒業までの残り2年間だけって条件だったはずなのに、カミラ様、婚期を逃してしまった女だてらに存外有能で領民の評判が良いってことで、昨今までその後五年間ダラダラその関係を続けてしまったせいで、アルバート様は名ばかりの当主だ。と、とうとう社交界でも肩身の狭い立場になってしまっているんだよ」

「この討伐を機に存在感を示して、真の領主はアルバート様だとアピールしようとしたと?」


 フエの言葉にライノが頷くとハヤシが疑問をぶつける。


「それがなんでカミラ様の失踪に繋がるのよ」

「当日逃げたんだよ、アルバート様が」

「「「え!?」」」


 間髪入れず答えるライノに『乙女』達が声をあげて驚いた。


「討伐隊が入場した当日の夜『セイレンの別邸でアルバート様が豪遊してた』ってギルドの男どもの間じゃもっぱらの噂になってるんだよ」


 ライノが神妙な面持ちで静かに話す。


「セイレン・・・ってそれ街の場末の娼館じゃん! いくら何でもそんなんところに領主がいるわけないでしょ!」


 ハヤシは流石にそれは、と非難する様にライノを見る。


「それがさらにおかしいのはこれからで、当のアルバート様自体は、その時神殿にいた事になってるんだよ、『多くの神官たちと討伐隊の成功と無事な帰還を神殿にこもってお祈りしてた』って、ギルドに討伐隊全滅の知らせが入った後、神殿からの正式な発表があったんだ」


 討伐隊には、神殿選りすぐりの精霊使いが4人も同行していたんだって話だ。とライノは付け加え、ハヤシはその件に関して、ギルドで何か聞いていないか? と答えを促す。


「え、待って? おかしくない? どっちにしても結局本人は行ってないって事なの? 本人の為のアピールなのに?」


 ハヤシの確認に、「そうなるな」と答えたコレックが「卑怯者め」と続けて小さく呟いた。


「でもそれでもわざわざカミラ様が、何の訓練も受けていない伯爵令嬢がダンジョンに入るなんてありえないわ?」

「そうなんだよ」


 ハヤシの疑問にライノが答える。


「もし万が一カミラ様が『ご当主様』の身代わりになったとしたら、そもそも騎士団長であるロナルドが同行しないなんてありえない」


 コレックが説明する様に続けた話に、オベントがボソリと付け足す。


「ロナルドはカミラ様に傾倒しておったからな」

「だが奴は『領主専属』騎士団団長だ」


 そういいながらバコニーが、首を振りオベントに駆け寄るとオベントはすっと手を上げ、バコニーはまた距離をとって先を歩き出した。


 リコとリュコスは静かに皆の話を聞いていた。


「ロナルド含む領主第一騎士団はそもそも今回の討伐に参加していないそうじゃないか。やはり計画当初からご当主様の同行は無かったのでは?」


 オベントはしれっと話の核心をつく。


「だからって代わりにカミラ様を同行させる必要なんかないわ?」


 ダンジョンに入る貴族などいない。「そうでしょう?」ハヤシはライノを見る。


「一緒に専属のメイドも5人あれから失踪してるって」

「毎日のように買い物に来ていたメイドが来なくなった。って。街じゃカミラ様と一緒にダンジョンで殺された。って言われてる」


 タイコの言葉にヒナが馴染みの菓子店で働く仲良しが言ってたと補足した。


「そもそも何でそんな危険な計画にカミラ様自身が承諾するのよ。ありえないわ」

「何か、神殿での契約上の代役が急遽必要だっと、唆されたのだとしたら?」


 ハヤシの尤もな考えに答えるフエの言葉に皆が押しだまる。

 無理のある強引なプランに、万全ではない戦力、急な人員変更、神の名の下に行われた契約。


「・・・最初から『邪魔者』を亡き者にする為の計画?」


 それなら当初の目的と結果は変わらな、、、リコは、ポロリと口に出た言葉を「あ」と言って飲み込んだ。


「劇場でやる喜劇のようなストーリーじゃな」


 オベントは「人の考えることは相変わらず恐ろしいの」とリコに笑かけた。


 あくまで噂と推測だ。

 突然決行された討伐計画。

 いなくなった令嬢とその家臣たち。

 本来そこにいるはずのない領主。

 みんなで楽しくお話ししていて、調子に乗って悪ノリした結果出来上がったストーリーだ。


 皆が押しだまるなか、渦中の喜劇に巻き込まれていたリュコスは(同行した唯一の貴族が女だったらのなら、まだ生きているかもしれない)という可能性に気づいていたが、そのことは口に出さず、全員死んでいてくれ。と静かに願った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 話の内容の割に、皆の歩みは早く、ハヤシの言っていた通り12の鐘の前に19階にたどり着いた。


「お店開けましょうか?」


 リコが開店の準備をする。

 森林フィールドは危険なフィールドなので、野営を1泊で済ますために、空が白み始めたころ出発し、ギリギリまで歩いて、なるべく距離を稼ぐのが常なのだそうだ。

 今はまだ昼だが、廃坑にアタックする大半の冒険者がここで一晩過ごす。

 リコも、そう聞いていたからこそ、19階でのオープンだったのだが。


 先に来ているはずの3組、いや、2組の冒険者達はセーフルームにはすでにいなかった。

「他に人もいないし、俺らが見てこよう」と『大喰らい』のメンツが、ボスのアタックに挑戦するらしい。


 ちょっと見てみたいなぁとリコは思ったが、ここはお店で店員とお客さんがいる以上、優先させるのはお客さんの方だ。

 セーフルームの入り口にリュコスが開店を知らせる暖簾をかけ、リコがカウンターに座って声をかける。


「雑貨屋ぼったくり開店で〜す」

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