『迷宮の乙女』と『ズンダの大喰らい』
結局その日お客さんは1人も来なかった。
次の日の緑の日も、15階にお客さんは来なかった。
お客さんどころか、人っ子一人来ない。
そして黄の日、15階の作業場で、お昼ご飯を食べていたリコは「もういい。今から海に行こう」と切り出した。
今日も朝からひとっこ1人いない。
治療薬と魔法付与札の作成が捗ってしまった。
白檀の香りが充満する中、これ以上作っても、ポーションを入れる容器がない。
今までは、ポーション瓶を黒曜石から【錬金錬成】していたが、それも手持ちが尽きた。
ガラスは【買付】で買おうかと思っていたが、どうやら砂浜があるらしい。
砂浜では、ガラスの材料珪砂が採れる。石英には困らないだろう。
緑礬を乾留して硫酸を作るなんていかにも錬金術師の仕事とは思うけど、硫酸の取り扱いは怖いので、ソーダ灰と石灰石は【買付】で済まそう。
「海にはこれからもたくさん世話になるよ! どうせもう客は来ない! 行こう!」
「お供いたします」
リコはさっさと店をしめ、一応シャッターに
『開店は 次の 赤の日 10の鐘 雑貨屋ぼったくり』
と書いた紙を貼った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーみー!!」
リコが手をあげて海に向かって叫ぶ。
拠点から野営を挟んで1日半歩き、21階の要塞フロアをスルーして、階段を降りた先は聞いていた通り海だった。
もはや当然のように、沈む夕日も、のぼる月もないけど、それ以外は白い砂、青い水、本当にあの海だった。
「海は初めて見ました。水平線が見えますね」
リュコスが目を細めて寄せる波を見ている。
時間的にはもうそろそろ夕方だ。
陽が沈む時間になれば、あっという間に暗くなるだろう。
リコが水を【鑑定解析】する。海水だ。なんの変哲もないらしい。
【収納】見える範囲の海水を抉るように【錬金錬成】[塩]を取り出し、樽に詰めると、残りをまた海に返す。
砂浜を【鑑定解析】して見える範囲を収納し、【錬金錬成】して[石英]以外を砂浜に戻す。
石英、ソーダ灰、石灰石。に熱を加える【錬金錬成】っと。おぉ! [ソーダガラス]完成。
なるほど、少し青い。でもそれが可愛い。
耐熱ガラスは【買付】する事にしても、普通のガラスの製品の試作やとりあえずの商品はこちらで賄ってみよう。材料あるだけ全部[ガラス板]に変え【収納】しておく。
なんなら錬金術を使うなら、石英をまとめてクリスタルガラスを作った方が手間がかからないのかもしれないけど、クリスタルの食器は割れやすいと聞いたことがある。
希少性を無視すると、利点は輝きだけのようなので、まぁ日常品にはソーダガラスを使おう。
生成に魔法を使うと、製品の価値が変わるのだから面白い。
「ガラスはこれから色々必要になるだろうし、拠点作っておきたいところだけど、浜っペリは波の音がうるさくて宿泊にはあまり向かないんだよなぁ」
すっかり暗くなった浜辺を、それも半日歩きながらリコは考えあぐねる。
「海洋フィールドは強力なモンスターは海上にしか出ないので、ここまで来る実力のある冒険者に、この浜辺は比較的脅威になるような敵が少ないと聞いています。廃坑に長く潜る冒険者達の中には、この砂浜まで毎日戻って野営するパーティもいるようです」
「この下の要塞フロアのセーフルームじゃないの?」
「下のフロアは、階段をつなぐ通路と、セーフルームしかないフロアなのだそうです。23階は、その、色んな冒険者が留まりますから」
リュコスが言葉を濁して説明すると、風呂にも入らない冒険者達を思い出して、なるほど。とリコは納得した。
「下階階段の前に、海の家みたいなの、建てておく? それとも思い切って下のセーフルームにまたお風呂と宿泊施設作る?」
「そこまで冒険者に手厚くする必要があるのでしょうか」
「ダンジョンにたくさん人が来た方が、お店のためにはいいってリュコスも言ってたじゃん?」
「まだ通常営業もまだですし、少し様子を見ては?」
まぁそれもリュコスの言う通りだとリコは思った。
「でも、清潔にする事は、健康を保つ意味でも大事だよ?」
しゅんとするリコに、追い打ちをかけるようにリュコスは言う。
「施設の管理維持には、頻繁な行き来が必要になりますが、移動に魔法陣を使っている事は知られるべきではありません」
それはわかる。
権力者に悪用されかねないし、何より自分がいちいち個々の冒険者に当てにされるようになるなんて真っ平だ。
「とりあえず、23階に[移転魔法陣部屋]だけ作るよ。海にも廃坑にも、お世話になるだろうけど、ここは目隠しになるような物もないし」
湖フィールドと同じく、島を探してもいいけど、人の多いところでの船は不便だよね。
「そう、ですね」
ひとまず今日も野営して、ここでは23階へ降りる階段を目指そう。
ガラスは歩きながらも十分な量を手に入れたし、今はまだ海洋に出る気はないし。
「魔法陣部屋を作った後にのんびりする時間があったら釣りしようね」
そう言ってリコは、野営用に幌馬車を出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目が覚めて、簡単に支度を済ませ、その日も黙々と歩くと1日もたたないうちに下階への階段についてしまった。
「浜辺を歩くだけなら1日で通り過ぎれるようですね?」
海洋に出ないと、めぼしいアイテムが手に入らないせいなのか、砂浜はあっさりしたもんだった。
他の要塞フロアもそんな感じだし、こうゆうもんなのだろう。と納得して階段を降りる。
洋なんてどうやって行くんだろう?
何かその手の特殊スキルでもあるんだろうか?
23階のフロアをみると、なるほど、他と同じ石造のセーフルームだ。
リコは入り口から向かい側の壁の中に、移転用にお店と同じ作りで空間を作る。
「じゃぁもう今日は帰ろうか?」
「そうですね。明日も開店です。早めに帰りましょう。釣りはまた後で時間がある時に」
リュコスの言いように、あれ? やっぱり釣りしたかったのかな? とリコは思ったが。リュコスはそのまま魔法陣へ入ってこちらへ手を伸ばすので、リコはリュコスと一緒にそのまま20階の拠点に帰った。
拠点に着くと、リュコスは魔石拾いをして、リコは畑と果樹園の様子を見に行く。
相変わらずじゃがいもと林檎がモリモリ実っている。
林檎のお菓子は、アップルパイとタルトタタンぐらいしか思いつかない。
私の腕前ではこの美味しい林檎はこのままで食べた方がいいと思う。
林檎は食事に必ずつける事にするか? ダンジョン内でのビタミン摂取にいいだろうし。
早くダンジョンが通常の状態に戻ってくれることを祈りつつ、畑を挟んでレモンの苗木を植えた。
「蜂蜜レモン楽しみ!」
リコは満面の笑みでゴーレム達に告げる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の朝食は、トーストを食べた。
リコが元々食べていたパン屋さんの食パンだ。
向こうにいた頃は、朝食に焼きたてなんて食べられなかったのに、異世界で【買付】ると常に焼きたての状態で出てくるから不思議でしょうがない。
焼きたてのパンにさらにバターをのせ、炭火の燻る窯でちょっとだけチリチリと炙る。
部屋中がバターの香りで満たされる。
スープは野菜スープにして、野菜をいっぱい食べる。
栽培し始めた肉厚な椎茸を入れたので、何とも和風なコンソメ味だ。
花が飾られたテーブルに2人で向かい合って座り朝ごはんを食べる。
「今日はお客さん来てくれるかな?」
「どうでしょう?」
9階の移転魔法陣から最短でも4日はかかる。とはいえもうあれから1週間も経っているし、ちょうど戻ってくる冒険者が出始めてもおかしくは無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やあ! 店主殿! 待っていたよ! 先日は本当に世話になった!」
声をかけてきたのはあの時1番にトンカツを食べてくれた甲冑冒険者だった。
「コロッケをくれたまえ!」と板にのせた肉塊と銀貨を一枚差し出す。
「声がデカいのよコレック! こんにちはリコ」一緒にいるのは『迷宮の乙女』のフエだった。
そうして素晴らしい笑顔で微笑みながら、その容姿に見合わぬ肉塊を差し出してきた。
この2人が同じ冒険者とは思えないほど装備も所作も何もかも違っている。
「いらっしゃいませ」
リコは笑顔で肉塊を受け取った。
見知った顔が無事に、また店に来てくれたことが純粋に嬉しかった。
「リコが言う通りに“売れた”わ。本当にありがとう」
フエがリコの手を両手で握り、頭を下げて自分の額に手の甲をつける。
リコは、フエになんの抵抗もできず流れるように手を取られたうえ、慣れない異世界の感謝の表し方に、ドギマギと盛大に照れた。
ボアの毛皮をブラッシングしていたリュコスが、隣の部屋からこちらを見ている。
「店主殿のおかげで当分楽に暮らせるが、お宝を目指すことに終わりはない! 今回は廃坑に潜る予定さ!」
コレックが「俺たちは冒険者だからね!」と胸を叩く。
「私達もなんとか潜る予定よ。特定の宝石が欲しいって依頼をうけてしまっていたから、あのまま豪遊って訳には行かなかったのよね」
と美しい赤髪を後ろに流してウインクした。
なるほど。大金貨は当分遊んで暮らせるほどの大金だったか。それで戻ってくる冒険者が少ないのだな。と、リコは納得した。
それにしても、美人ってすごい。なんでもしてあげたくなっちゃう。
フエの美しさに見惚れ、リコは少し考えて、注文されたコロッケのコインの他に、コロッケ3、豚汁3、ミネストローネ3、ポトフ3、を[品質保持]シールで 束にして、林檎のコイン30枚をまとめた束も添えて渡す。
「食事の自動販売だけは19階のセーフルームにもあるからそこで使ってください。コインはこちらが開いている時しか買えないけど、ぼったくりキッチンの方はいつでも使えるから、今日食事してくれた冒険者には、3日分の食事のコインをサービスします」
他に欲しいなら買い足してくれれば、他の料理のコインも普通に買えます。と早口で告げる。
「な、なんでこんなっ」
コレックがリコとコイン束を見てオロオロすると、リコはコレックの手をとりコインの束を握らせ手を添えたまま「街へ戻るご決断は、絶対に最初の予定通りに。どうかご無事で帰ってきてください」と真剣に伝える。
リュコスが隣の部屋から飛んできて、そっとリコの手をコレックから剥ぎ取った。
「だって、ご飯が食べられるからって、予定を変えて無理されて、何かあったらダメじゃん」
リコが不満げにリュコスに言う。リュコスは目を細めて冒険者を見る。
「お、俺、ちゃんと廃坑探索は3日で切り上げてここに戻ると誓おう!!」
リュコスは眉をひそめてリコを非難がましく見る。
「お願いします」
リコが言うとコレックは「みんなにも伝えてくる!」とガシャガシャ音を立てて部屋を駆け出して行った。
「リコは変わった商人ね?」
くすくすと笑いながらフエは言った。ガマ口を開いて「それじゃぁ今日はポトフを」と銀貨を一枚出した。
「今日はこのまま一泊して朝になったら出かけるつもり、廃坑にはここから10日で着く強行プランだったの」
んん? 違和感に気づく。
廃坑での採掘に数日費やすような冒険者は、通常19階の移転魔法陣を使って
19階→20階3日→21階→22階3日→23階→24階廃坑フィールド
だったはずだ、前回15階に溜まっていたのは貴族の無茶な命令で移転魔法陣が使えなくなったせいだったじゃないか。
「なんで今日わざわざ15階に?」
リコの思わず口に出た言葉に、フエは、「みんなあなたに会いたかったのよ」お肉も届けたかったしね。とにっこり笑った。
リコはみるみる顔を赤くして作業場に駆け入ると、ぶつぶつ言いながらぐるぐる部屋を回り始めてしまった。
「あらら」
フエは笑って、残されたリュコスを見る。
それまでは動かず後ろにいたゴーレムが、棚から降りてリコの代わりに椅子に座りコインの束を作ると、立っているリュコスに渡す。
リュコスは[ポトフのコイン]と[臨時3食コインセット]と[林檎30個コイン]を渡す。
フエはそれを受け取ると
「ねぇあなた? リコの恋人?」
フエの質問に、リュコスは襟を下げて首輪を見せる。
「そうなの!?」
フエは心底驚いたように言うと、なぜか「そうなの」と、やけに優しげに繰り返した。
セーフルームにドヤドヤと人が入ってくる。
ゴーレムがせっせとコイン束を作っている。「パーティは5組、人数は24人よ」とフエが言うとゴーレムが頷いた。
「俺たちは肉を持ってきてないし、19階のボス部屋に挑戦するんだ。それでもコインをもらっていいのか?」
他3組の冒険者達は19階が目的だったらしい。
リュコスは、リコに聞きに行くと、戻ってきて「問題ない」とコインを渡した。
3組の冒険者達は大喜びでコインを受け取り、今日の分の食事をとりに行った。
「そう言えば、19階にも店があるのね?」フエの質問に、「19階が本店です。普段はそちらにいる。15階は“たまたま”です」とリュコスが答えた。
「なぁんだそうなの! でもそれもそうよね、魔法陣のあるフロアだもの。行き違いにならなくてよかったわ」
『迷宮の乙女』と『ズンダの大喰らい』の他の面々がやってきた。
「あれ? リコは?」
「店主殿はどうした?」
ゴーレムとリュコスにきく。
フエが隣の部屋を指差して「あなたに会いにきたのと告げたら照れちゃった」とウフフと笑った。
みんなでカウンターの奥を覗き込み、ウロウロと忙しなく歩くリコが見え隠れするのを見てフフフと笑う。
「あら、では挨拶は後でゆっくりしましょ」
「リコ殿はシャイであるな!」
「リコにありがとうって言っておいてね」
「店主殿に感謝を」
めいめいでそう言って部屋を後にした。
頷くだけのリュコスの表情筋は相変わらず微動だにしない。
「じゃぁまた後でね」
そう言って皆で食事を受け取って銭湯の休憩所へ移っていった。
リュコスは腕時計をチラリと見る。
キッチンへ行き、お茶をいれ、お盆にのせてカウンターに座っているゴーレムの後ろを通って作業所に入る。
「リコ様、客足が止まりましたので、お茶をお持ちしました」
作業台の上にお盆を置き、未だぐるぐると部屋を歩き回るリコに声をかける。
リコはハッとたった今気づいたかのように、リュコスを見ると、しばらくじっと見つめて、お茶の席につく。
「リュコス、お願いがあるんだけど」
リコの提案に、リュコスは眉をひそめてお茶をいれる手を止めた。




