「ダンジョンの中で商店を開こう!」
朝、目が覚めると、目の前に裸の男がいた。
おう。知ってる。こうゆうの本とかで読んだことあるある。
そして、これが自分の過失であることも、リコにはわかっていた。
いつものように夜中に飛び起き、動悸を落ち着かせようと気配を消して辺りを伺うと、いつもと違う床に寝ている大きなモフモフの誘惑に耐えられなかったのだ。
前の晩に全く寝られなかったリコは、大きなモフモフにそっと顔を埋めると、それまで感じたことのない安心感の中、ちょっとだけモフるつもりがこうして朝まで深く眠ってしまった。
そしてきっと、寝てる間にリュコスの【変化】が解けてしまったのだろう。
うん。リュコスは悪くない。
そもそも昨夜あのまま寝てしまったリコが起きないように、そっとベットにもどしてくれたのもリュコスだ。
ともかくこの場をなんとかしなければならない。
何かにつけて「俺は奴隷です」って言葉を、某副将軍の印籠のように使ってくるこの男がこの状況を知ったら、またグダグダウジウジと、クソめんどくさいことを言い出すに決まっている。
せっかくリアル「モフモフは正義生活」を手に入れたって言うのに。
【隠密隠蔽】
リコは出来うる限りの集中力を発揮し、スキルを駆使して裸の男の腕から抜け出すと、超一流の暗殺者さながら、物音ひとつ立てず外に滑り出た。
「ぷはぁぁぁぁぁっ」
大きく息を吐く。リコは、やはり。と、小屋増築の必要性を強く感じた。
「お互いの部屋はつくろう」
決意も新たに立ち上がると、違和感に気づく。
視線の先に幌馬車(大)がある。
いや、そこに置いたのはリコ自身なんだけど、なんだろうこの違和感は。
置いたものがそのままそこにある。
なにがおかしいんだっけ?
リコは、首を傾げながら小屋の裏手に建てた風呂場に移動すると〈浄化〉をかけてから〈水の玉〉で浴槽に水を張り小さな〈火の玉〉を沈めて、少々熱めにお湯の温度を整える。
もちろん、MPの減りには最大限注意する。が、まだよくわからない。
【魔術操作】のスキルを持つ者はこの〈生活魔法〉とやらが誰でも使えるらしいが、大変便利で素晴らしい魔法だ。
ちょっとしたことができるコモン魔法だということだが、何をするにも便利。これこそが最強の魔法のように思えてならない。
顔を洗って〈浄化〉をかけ、自分は【買付】ができるようになってから風呂に入ろう。と、外に出てぐいーと体を伸ばすと、家の中から ガタン! バタン! と大きな音がして、裸にシーツを巻いた男が、泡食ったようにサンダル姿で外に踊り出てきた。
「!?」
「あはははははっ」
あまりの慌てぶりとテルマエロマエっぷりに、リコは大声で笑った。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
腹を抱えて笑った。
リュコスは眉を寄せてその様子を不思議そうに見ていた。
「お風呂の入り方は同じかな?」
リコは、思い出し笑いが収止まぬなか、風呂場に移動して使い方の説明をする。
「わかりません。はいったことがありません」
「フフ(言うと思った)まぁ好きに入りなよブフフ。問題ない?」
「・・・」
「ここで服を脱いで、ガラッと戸を横開き、これ、こだわりの横開きなんだけど、この国にも横開きの扉ある? で、洗い場、ここで、これ、手桶ね、これでお湯をかけて身を清めたら、この湯船に入って、お湯に浸かるの」
「・・・どのぐらい浸かれば良いのですか」
「好きなだけ」
「好きなだけ?」
「あまり入りすぎるとのぼせて目を回すからね。ブフフ」
「・・・」
リュコスが何か言いたげな顔をしているけどスルーだ。
「乾いたタオルと、着替えここに置くから、お風呂から出たら水気を拭いて。暑くても、きちんと拭かないと風邪をひくからね。不精しないでしっかり拭いて」
使い終わったタオルは外の物干し場に干してとりあえず〈浄化〉するから。石鹸もないし、洗濯のことも後からゆっくり考えよう。本当はシャワーをつけたいんだけど、どうやったら効率良いかもうちょっと考えたいから保留だ。「とりあえず手桶で上手いことやってね」とリコは次々と説明していくが、リュコスは無言のままだ。
「・・・」
「お湯の量とかは洗面台の水が出る魔道具と同じ仕組みだから、好きな様に調節して。火魔法使える? ぬるくなっちゃったらその鈴で呼んでね。んじゃ、お風呂楽しんで〜フヒっリアルルシウスっブフ〜あれ、そういえばハリポタの狼男もルシウスじゃなかったけ? あ、シリウスかフフフ」
あれ? シリウスブラックは狼男ってわけじゃ無いか。狼に変化していただけで。狼男はリーマス先生だっけか? リコは独りブツブツそういって出て行った、と思ったらすぐ戻って一言添える。ビクッとする。リュコス。
「あ、そうだそうだ、湯船に浸かったら、必ず声出して『フゥーーーっ』って息を吐くように。そうゆうシキタリ。ジャパニーズスタイル。ごゆっくり〜」
「・・・」
リュコスにはリコがなぜあんなに笑っているのか何一つ理解できなかったが、それよりも、笑われているとわかるのに、全く嫌な気分にならなかった事が不思議だった。
“湯船”に手を入れて、お湯の温度を確認する。
・・・温かい。
リュコスは、脱衣所に戻ると、身につけていたシーツをきちんと畳んでカゴに置き、風呂場に移動した。
リコ様は、大人のような物言いをするのに、子供らしくよく泣き、よく怒り、よく笑う。
そして、リコ様が泣くと悲しくなるし、怒ると泣きたくなるし、笑うと何故か胸が苦しくなる。
どれも他の人間にされたら不快極まり無いのに、それとはちょっと違う気がする。
胸の奴隷紋にはなんの変化もない。
リュコスは、言われた通りに手桶で身を清めてから、湯船に浸かって足を伸ばし、声に出して息を吐く。
「ふぅ〜っ」
昨晩、あんなに深く寝たのは生まれて初めてじゃなかろうか?
朝、リコ様が外に出たことに全く気がつかなかった。
狼男の【気配察知】にかからない特別な【スキル】を持っているんだろうか?
地上で、臭い、汚いと、冷たい水をぶっかけられていた事を思い出す。
それに比べてここ二、三日のダンジョンの中の落差といったらどうだ。
おととい死にかけたばかりなのに、今のこの心地よさはなんだ。
やっぱり夢でもみてるのか?
夢でもいい・・・リコ様は俺の欲しいものをくれる。
いろいろ、考えなければならない事があるはずなのに、湯の暖かさが全身に染み渡り、徐々に思考を放棄していく。
「あぁ、これは、素晴らしい魔道具だ。なにも、考えられない」
バタン、ダダダ、ガラッ!!
「じゃがいもの花が咲いてるんだけど!!」
突然風呂の扉が開いて、リコが走り入ってきた。
「・・・」
「・・・」
しばらく見合った後、無言で扉が閉まる。
リュコスは、静かに湯から上がり、引き戸に手をかけつつ、脱衣所に誰もいない気配を確認して、素早く体を拭くと、いつの間にか用意されていた服を着て外に出る。
「ゴメン! でも見て!」
外で踵を上げ下げして待っていたリコは、一連の流れを華麗にスルーして、一昨日の夜、リュコスが寝かされていた幌馬車(大)を指差す。
「・・・馬車です」
「そう、馬車。馬車があるの、おかしくない!?」
リュコスは、この人は本当になにを言ってるん、、、と思いかけ、いや、そうだおかしい。とリコの指摘する違和感に気づく。
この家はダンジョンの中にあるもので作ったと言っていた。だから、ここにあるのはまだ理解できる。
だがあの馬車は外から貴族が一緒に移転してきたはずだ。
つまり、1日以上あの場に置きっぱなしだったのにダンジョンに取り込まれていない。
「ダンジョン製の素材? いや、聞いた事がない。でも、可能なのか?」
「なるほど? それもありかも? でも違うの、こっちきて」
そう言って、裏の畑に連れいていかれる。
「昨日植えたじゃがいもの芽が出てる。それもおかしな話なんだけど、まぁそれはひとまずおいといて、じゃがいももダンジョン製はありうるじゃない? わかんないけど。でも畝の土は違う。この土初日に私が出した土なの。1日以上経ってる。確実にダンジョン製じゃないの」
リュコスは、どうゆう事だ? まさか? と考え空を見る。明るい。が、太陽がない。
やはりまだ、ダンジョンからは出てないとみえる。
と、森の暗い場所で目に入る、ドーム状の透明だが薄ら発光する膜。
「リコ様、ここの〈結界〉はどのように張られているのですか?」
「どのようにって、こう、シャボン玉みたいにブワーと、丸く膨らむ感じに」
リコは両手で球をゼスチャーして説明する。
「しゃぼんだまが何かわかりませんが、丸く膨らむ感じにと言うことは、地下も結界で包まれているんですか?」
リュコスの質問に、リコは、あ、と言う顔をする。
「そっか、そうだと思う」
「リコ様の結界の中の物をリコ様に断り無く外に出すのは“害意”と認識されるのかもしれません」
「なるほどなるほど! 良いじゃん! やった問題解決〈結界〉をはれば良いのか! やった! ねぇじゃぁお店やろうよ」
「え?」
なんて言った?
リュコスはリコの言っている言葉が一瞬理解できない。
「ダンジョンの中で商店を開こう!」
「え、な?」
「詳しいことは後で説明するから、あ! あれ!? じゃぁ結局汚水も処理方法対策しなくちゃいけないってことじゃん!?」
「そう、なりますね、お店? 商店?」
「あぁ〜じゃあまず先にスライムだ。スライム捕まえに行こう」
リュコスは、この人は本当になにを言ってるんだ? と眉間にシワをよせる。
「・・・スライムが、先なのですか?」
「汚水処理はスライムさえいればすぐできるからだよ。問題は一個一個片づけていこう」
「すぐ、ですか、わかりました。それではえー、、、今日は、ダンジョン探索ですね」
「そうだね。とりあえずご飯食べよう」
リュコスは眉間のシワを深くするように親指でおさえる。
このお方は、次から次へと何を言っているんだ?
「朝ごはんは人間らしい生活を送る為の一日の要だよ。よく食べ、よく寝て、よく歩く。真人間への第一歩だよ。これから毎日、朝ごはんだけは絶対に一緒に食べるからね」
リコはそう言って、小屋に戻ろうとするが、踵を返して「あ、鍵だ。まず鍵つけよ」と、お風呂場に走り入ってなにやららごそごそするとすぐ戻ってきた。
「これ、みて、こう。次からはこれを使って」
鋳物の打掛鍵の使い方をリュコスに説明する。
リュコスは、こんな、ちょっと力を入れたら引きちぎれる鍵などなんの意味があるのだろう。と思ったものの、慌てたリコには有用なのだろうと理解して「わかりました」と答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ご飯食べながらする話じゃないけどさぁ」
今日の朝ごはんのメニューは、野菜と干し肉を煮戻して出汁をとったスープと、ゆで卵と、スライスされたパンだった。
「しばらく食事は、このメニューが続くだろうけど、【買付】で食材を入手できるようになるまでは我慢してね」とリコは言ったが、リュコスには、言われたことの意味がよく理解できなかった。
さておき、リコが考えた下水処理の仕組みはこうだ。
トイレの裏手側の地下に、できる限り深くに「汚水槽」を作り、そこになんでも消化するスライムを数匹入れておく。
小屋と汚水槽のあいだには昨日馬車からとった魔物除けの魔石を使って柵を設置すれば、自動汚水処理装置の完成だ。
「簡単でしょ?」
魔物除けのレシピは手に入れた。とリコは言う。
「成長したスライムは殺すのですか?」
「殺さなくても害意があれば、結界の外に弾き出されるんでしょ? 後は好きにしてくれたら良いかなぁって」
「・・・なるほど?」
「移動されちゃったら補充が必要になるのかもしれないけど、まぁ、そんなに大変じゃないかなと。どうだろう?」
「イイと思います。レシピを売れるほどの名案です。リコ様のレベルの〈結界〉が使えるのが前提なのが残念です」
リュコスの何気ない一言にリコは目ざとく食いついた。




