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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛

貴方は婚約破棄したつもりでしょうけど、それは残像よ!

作者: フーツラ

「ライラ! 君との婚約を破棄させてもらう!」


 ロメロは虚空に向かって言い放つ。まるでそこに、私がいるかのように。あまりに彼の様子が変だったから、私は思わず身を躱していたのだ。


「ロメロ……。それは残像よ。貴方程の騎士がそれを見破れないなんて……。一体何があったの……?」


 慌ててこちらに向き直り、ロメロは再度口を開く。その瞬間、私は加速して彼の背後を取った。


「とにかく! 婚約は破棄だ!!」


 焦った声で宣告するけれど、それは虚しい。


「それも残像。見えていないのね? どうしたの?」


 肩に触れると、震えていた。ロメロはそのまま話始める。


「目が……おかしいんだ……。速く動くモノを上手く捉えられない……。私は、騎士として終わりだ。君の隣に立つことは出来ない……」


 声も震えている。ハーゲラン騎士国最強と言われた男の姿とは思えない。


「ただの病気でしょ? 治療すれば良くなるわよ」

「もう何人もの医者に診てもらった。しかし皆、首を横に振る。『こんな症状、見たことない』と……」


 諦めがロメロの身体を支配していた。


 ハーゲラン騎士国においては男女問わず、剣の腕こそが何よりも優先される。ロメロが若くして騎士団の団長になったのも、彼が最強の騎士だったからだ。


 騎士団長のロメロと、女騎士最強の私。誰もが羨む仲だったのに、何故こんなことになってしまったのか……。


「君に合わす顔がない。私は行くよ……」


 こちらを振り返ることなく、ロメロは公園を出て行ってしまった。私に彼を追い掛けることは出来なかった。



#



「新しく団長に就任したガランドだ! 俺はロメロのように甘くはないからな! 気を引き締めるように!!」


 練兵場に野太い声が響き渡る。その主は最近頭角を現してきたガランドだ。ロメロが退いた後の模擬戦で全勝し、国王から団長の座を与えられたのだ。


「帝国との国境では不穏な噂も流れている! 死ぬ気で鍛錬しろ!!」


 そう叫んだ後、ガランドはツカツカと団員の方へ歩いてくる。


「おい、ライラ。今日からお前は俺の女だ!」


 ガランドはいきなり私の腕を掴む。


「何を馬鹿なことを言っているの? 私はロメロの婚約者よ?」

「五月蝿え! もうロメロは騎士として終わりだ! お前に逆らう権利はない!!」

「それは騎士団の任務においてでしょ? 貴方個人の事情に付き合う義務はないわ。それに、貴方のこと、全く好みじゃないし」

「ふざけやがって!」


 ガランドに掴まれていた部分の骨が軋む。とんでもない馬鹿力。流石はなんの技術も無いくせに、腕力だけで模擬戦を勝ち抜いた男ね。でも、私はそんなに甘くない。


 ガランドの腕を捻るように身体を流し、瞬時に背後を取る。そして腰のナイフを首筋に当てた。ゴクリと唾を呑み込む音。


「先日の模擬戦。私が本気で戦ったと思っているの? 騎士団長の座なんてどうでもいいから、適当にやっただけよ? まさか貴方が全勝するとは思っていなかったけれど」

「なんだと……!?」

「騎士団長の座にはロメロこそが相応しいわ。彼が戻ってくるまで、ハーゲラン騎士団の名前を汚さないようにしなさい」

「……」


 ナイフの刃で薄皮を撫でた後、私は団員の間を縫って練兵場を後にした。



#



『あんな症状は初めてだよ。診たところ何も異常はないんだ。でも、本人は速く動くモノを上手く認識出来ないらしい。もしかしたら、心の問題ではないかと疑っているよ』


 ロメロを診断したこの国一番の医者の言葉を思い出す。


「心の問題ねぇ……」

「どうしたんですか? ライラさん。溜め息なんてついちゃって。らしくないですよ」


 王都にあるバーの一角。カウンターの向こうで、馴染みのバーテンがグラスを拭きながら声を掛けてきた。


「騎士団長が交代した話、知っているでしょ?」

「あぁ。ロメロさんが体調を崩されたとか。新しい団長はガランドですよね。あいつ……よくない噂を聞きますよ」

「……本当?」


 バーテンは声を顰める。職業柄、男のところには様々な情報が集まる。ガランドのことも何か知っているのかもしれない。


「私は詳しくないですが、ここに行けば……」


 そう言ってバーテンは紙の切れ端にペンを走らせ、さりげなくカウンターに置く。私はグラスに手を伸ばすように、メモを受け取った。


 酒を飲み干し、席を立つ。


 ガランドのよくない噂……。一体何だろうか……?



#



 バーテンに教えられた場所は古い装いの魔道具屋だった。昼間なのに、やっているかどうかも怪しい。窓から中を覗いてみても、人気はない。


「すみません」


 思い切って店の中に入り、声を上げる。静寂の後、カウンターの奥からゴソゴソと音がして、のっそりと老婆が現れた。


「何が欲しいんだい?」

「赤い光を出す魔道具はありますか?」


 バーテンに教えられた合言葉を言うと、老婆は瞳をギラつかせる。


「ちょっと待ちな」


 老婆がカウンターのボタンを押すと、入り口のドアが「カチリ」と音を立てた。どうやら鍵がかかったらしい。新たな客を入れない為か。それとも、私を帰さない為か……。


「何が知りたい? ライラ嬢」

「私のことを知っている?」

「そーらそうだよ。前騎士団団長の婚約者のことを知らないで、情報屋が務まるわけないだろう?」


 言われてみればその通り。


「そうね。私が知りたいのはガランドについてよ。よくない噂があるって聞いたわ」

「あるねー。あの男は碌なもんじゃないよ。奴を騎士団長にするなんてとんでもないことさ」

「そんなに……? どんなことでもいいから、教えてほしいの」


 老婆はねっとりとした視線を私に向ける。


「金貨10枚」

「払うわ」


 用意していた小袋から金貨を取り出し、カウンターに並べる。老婆は驚くほどの速さでそれを集め、懐にしまった。


「ガランドはある商会と繋がっている。しかもそれは、奴が騎士団の中で目立ち始めた時期と一致する」

「その商会の名前は……?」

「パウロ商会。最近王都で勢力を伸ばしているから、聞いたことあるだろ? とにかくやり方が汚いって、他の商会から嫌われているところだよ。ガランドはそこの支援を受けているんだ」

「支援の内容は?」

「残念ながら掴めていないよ。自分で確認するこったね」


 老婆は手をひらひらさせる。


「ありがとう。参考になったわ」

「あぁ。そうだ。この魔道具を貸してやろう」


 老婆は眼鏡をカウンターに置いた。


「これは?」

「嘘がわかる魔道具さ。上手く使えばパウロ商会から情報を引き出せる筈だよ」


 そう言って老婆はカウンターのボタンを押し、ドアを解除した。もう帰れということらしい。


 さて、パウロ商会か……。



#



 王都の大通りにある立派なレンガ造りの建物。パウロ商会だ。一階には武具が並び、二階には雑貨や珍しい食品等がある。三階は事務所だ。


 私は鎧を脱ぎ捨て、普段は着ないワンピースと例の魔道具を身に付けて、閉店間際にそこに訪れていた。私の他には客はいない。


「ねぇ店員さん。この剣って本当に純ミスリル製かしら?」

「お客さん。当たり前でしょ? この輝き、どう見ても純ミスリル製」


 壁に偉そうに飾ってある長剣について尋ねると、パウロ商会の店員の顔が赤く光った。嘘をついている証拠だ。


「あら? 私には偽物に見えるけど」

「ちょっとお客さん! いい加減にしてくれよ! 商売の邪魔をするつもりかい?」

「だって偽物でしょ──」


 ドンッ! とカウンターを叩く音。二階から降りて来た目付きの鋭い男がこちらを睨んでいる。


「商会長! この客がウチの商品にケチをつけてきて困っているんです!」


 この男がパウロ商会のボスか。


「お客さん。どこの商会の回し者だい?」

「私はただの客よ? 貴方達、随分と悪質な商売をやっているわね?」

「はははっ! パウロ商会はお客様第一の精神でここまで発展したんだ! 馬鹿なことを言わないでくれ」


 商会長の顔は真っ赤に光っている。とんでもない嘘つき野郎ね。


「はいはい。嘘ばっかりね。ここにある武具のほとんど、偽物じゃないの……!?」


 声を張ると、商会長の顔色が変わる。


「つまみだせ!」


 指示された店員が勢いよく突っ込んでくるが、捕まる私ではない。半身になって躱し、足を引っ掛けて倒す。


 店員は顔を真っ赤にして起き上がると、ポケットから小さな小瓶を取り出して中身を飲み込んだ。雰囲気が変わる。


 ダンッ! と鋭い踏み込み。人が変わったように店員は素早く動く。まさか、あの小瓶の中身が関係している?


「何を飲んだの?」

「お前に関係ないだろ!」


 血管の浮き出た顔で怒鳴り、突進してくる。動きは出鱈目だが、とにかく速い。一般人の身体能力ではない。


 店内を動き回って大立ち回りを演じていると、何事かと上階から人が降りてくる。その中には──。


「おい、ライラ! ここで何をしている!」


 ──ガランドだ。本命が現れた。


「それはこっちの台詞よ。なんで騎士団長様が商会にいるの? 騎士団の宿舎にいるべきじゃないかしら? ふんっ!」


 突っ込んできた店員を蹴飛ばし、ガランドにぶつける。ガランドは難なく店員を受け止め、背後に逸らした。


「ライラ。俺の女になりたくてここまで追って来たのか?」

「そんなわけないでしょ!? 貴方の秘密を暴きに来たのよ! 最近、急に強くなったのは、その店員と同じ薬を飲んでいるからだったのね」

「馬鹿なことを言うな! 俺は鍛錬を重ねて強くなったんだ! 薬なんて知らねえ!!」


 ガランドの顔は真っ赤に光る。タネは割れたわね。


「貴方……もしかして、ロメロにも何かした?」

「何もしてねえよ! あいつが勝手に病気になっただけだろ……!?」


 またしてもガランドの顔が赤く光った。ロメロに手を出したなんて、許せない……!!


 手頃な剣を壁から取り、構える。


 ガランドはポケットから小瓶を取り出してグビグビと飲み干し、同じく剣を取り構えた。もはや、隠すつもりはなさそうね。


「後始末は頼むぜ! パウロさんよぉ!」


 そう言いながらガランドは剣を大上段に構えたまま突進してくる。さっきの店員とは比べ物にならない迫力。しかし──


「なんで当たらねえ!!」


 ──ガランドの剣は悉く空を斬る。私にとって、技のない剣を躱すのは容易い。ただ速いだけで、筋がバレバレなのだ。


「模擬戦では当たったのに!」


 まだ言っている。手を抜いたって教えてあげた筈なのに。愚かねぇ。


「破っ!」

「甘いわ」


 ガランドの横薙ぎを頭を下げて躱し、すれ違いざまに膝の裏に剣を滑らせる。


「なっ……!」


 ガクリと膝を落とすガランド。腱を斬られたのだ。立っていられない。


 傷口を押さえて蹲るガランドの首筋に、剣の刃当てる。


「死ぬか。全てを話すか。選びなさい」


 ガランドは生き恥を晒すことを選んだ。



#



「再び、ハーゲラン騎士団を率いることが出来、嬉しく思う!」


 練兵場にロメロの軽やかな声が響いた。回復した彼は模擬戦を勝ち抜き、再び団長の座に就いたのだ。


 ガランドは騎士団宿舎の料理長を脅して、ロメロの食事に筋力を落とす薬を混入させていたらしい。筋力の衰えは目にも影響する。それで、ロメロは速く動くものを捉えられなくなっていたようだ。


「帝国との国境では不穏な噂も流れている! この国を守るのは我々だ!」


 驚いたことに、パウロ商会には帝国の息が掛かっていた。一時的に筋力を強化する薬は、帝国で開発されたものだったそうだ。ただ、中毒症状が酷くて長期間服用すると身体はボロボロになってしまうので、使用禁止の劇薬扱いだったらしいけれど……。


「ライラ!」


 急にロメロに呼ばれた。


 一体何事だろう? 列の先頭に居た私のところに歩いてくる。


「何かしら?」

「私と結婚して欲しい!」

「あら、貴方と私はまだ婚約したままよ」


「そうなのか? 私は君に婚約破棄を言い出したと言うのに……」


「あんなの無効だわ。だって……」


 ロメロに身体を寄せる。


「貴方が婚約破棄したのは、私の残像だもの」


 それからしばらくの間、「もう逃さない」とロメロにしっかりと抱きしめられるのだった。

少しでも「面白かった!」「楽しめた!」という方は、ブクマと評価をよろしくお願いします! 次作へのモチベーションとなります!!

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