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一本下駄を脱ぎ捨ててクラウチングスタート決めて裸足で走り出す男

作者: 木公

「行ってきます」


 そう言って彼はドアノブに手をかけた。


「…………」


 母親が何か言っているのが聞こえた。


 家の扉を開けて彼は夜の田舎へと繰り出した。

 一本下駄で。


 カラ コロ カラ コロ


 外に出ると一気に寒さが襲ってきた。まだまだ暑かったというのに最近は急に寒くなってきている。少し着込んで出てよかったと考える。


「さっむいな」


 そう呟きながら一歩一歩少し慎重になりながら足を進めていく。始めのうちはスマホのライトで照らしながら足元を凝視して進まなかった散歩道も、今では月明りだけで歩くことができている。夜空を眺めるととても星が綺麗だ。流石田舎だとここに越してきて何度目かわからない思考を巡らせる。


「おっと、あっぶね」


 夜空を見上げて歩いていたのが祟り少しよろめいてしまった。以前の彼ならそのまま倒れていたことだろう。

 

 いつもの曲道に差し掛かり道路脇に生えた大きな杉の木を眺めながら左に曲がる。ここからは少し坂道だ。


「下駄は坂道を歩くのが得意だと聞くけど全くわからん」


 そんなことを呟きながら坂道を下っていく。水が流れる音が強くなり、橋へと差し掛かった。

特に何もなく橋を渡り切り、左へと曲がった。いつもならスッポンらしき何かが日向ぼっこしている少し水からでた岩がなんだか寂しそうに見えた。ここから先はしばらく、川と山に挟まれた道が続いている。


 ガサガサガサガサ


 弾かれたようにそちらを見た。山側だ。それと同時に先ほど通った橋に行く足音と、声が聞こえた。


「今…へ…音が山から聞こえてきたよ」


 子どもの声だ。


「大丈夫、大丈夫出て来やしないよ」


 大人の声も聞こえる。親子だろうか。彼は物音が聞こえてきた時点ですぐにスマホのライトをつけて物音の主を拝んでやろうとしていたのだが、なんだか気まずくなった。あの影だけ見えている父親らしき人物がこちらを見ているようでならない。


 彼はそっとライトを消してまた歩き出した。


「さっさと…ぞ」


「いや…ちに…くない」


 親子の声が遠のいていく。僕はふと昔のことを思い出した。


(仕掛けた昆虫トラップを山に取りに行くとき僕もあんな感じで怖がってたな。あの時は僕を置いて父親が山に入って行ったけど闇に飲まれて父親が二度と帰ってこない気がして怖かったけ。闇に飲まれる父親を必死に呼び止めたなぁ)


 昔のことを思い出し苦笑しながらまた彼は歩き出した。


 カラ コロ カラ コロ


 さっきまでは月明りがしっかりと照らしてくれていたが少し曲がった道のせいで、月が山に隠れて周りが暗くなった。


 手を目の前に持ってきて開いては閉じる。


(外と僕の境目が無くなったようだ)


 少し寒くなったので手をポケットに突っ込んだ。本当は転んだ時のために出しておきたいのだが寒さには勝てない。


 少し進むとまた橋に差し掛かった。さっきまで左手にあった川が右手にきて左手には田んぼが広がる。今の時期はもう稲刈りも終わり田んぼもなんだか寂しそうだ。また寒くなった。


 カラ コロ カラ コロ


 また月が顔を出して、僕の足元を照らしてくれるようになった。川沿の休憩所がよく見える。とはいってもボロボロの屋根と椅子があるだけだが。川の向こうにある山からは定期的にガサガサと音が聞こえてくる。


(こっちに来ないことを願うばかりだなぁ。姿が見えたら奇声を上げて撃退してやる)


 そんな馬鹿なことを…いや、意外と理にかなっているのかもしれない。


 しばらくはまた何もなく月明りに照らされて歩いていく。一際大きな街灯が見えてきた。そこをまた左に曲がる。今度は両側を田んぼに挟まれた


(田舎でも街灯あるんだなぁ)


 何度も見ているはずの街灯を失礼な心持で見ていた。そのうち罰が当たるかもしてない。少し田んぼに張り巡らされた電気柵から離れた。。


 カラ コロ カラ コロ


 電気柵が繋がった箱から怪しい光が漏れている。その隣にある大きな倉庫からはよくわからない音が響いていた。


(昔聞いた電ノコみたいな音だな…いやいやこんな時間になんでポツンと立った倉庫で電ノコ使ってるんだよ)


 電動のこぎりの音に頭を悩ませながらまた歩いていく。


 ガサガサガサガサ


 また物音が聞こえた。


(おいおいあの電気柵機能してねぇじゃねぇか)


 少し怖くなりながら道を進んでいく。もう少しで地区を一周して家に帰りつけそうだ。


(こっち来ないといいけどなぁ)


 カラ コロ カラ コロ


 分岐路に着いた。


「…………」


 そっと一本下駄を脱ごうとする。体を支えるところもなく少し前坪から足を脱いで両足同時に足を抜いて着地する。ポケットからスマホを出して並んだ下駄の上に置いた。


「よし」


 さっきまで歩いてきた道に体を向けて両手を付け、右足を少し下げ尻を上げる。クラウチングスタートだ。


(よーいスタート)


 勢いよく地面を蹴って走り出した。景色がどんどん後ろに流れていく。足の裏が冷たく、少し痛い。


(おお、意外と早いじゃん僕)


さっき電動のこぎりの音が聞こえた倉庫まで一気に駆け抜けた。


「はあ…はあ…はあ…うぇ…」


 目一杯肺に冷たい空気を吸い込んだ。少し喉と肺が痛くなった。


「ははは…何やってんだか」


 笑いがこみ上げてくる。よくわからない満足感に包まれる。


(またやるかぁ)


 懲りずにそんなことを考えながら下駄を脱ぎ捨てた場所までゆっくり歩きだした。足の裏がひりひりする。


ガサガサガサガサ


 さっきの獣だろうか、音が田んぼを抜けて山に抜けていった。


「ははは…俺の勝ちだ」


 よくわからない勝負に勝ったようだ。またよくわからない満足感に包まれる。下駄のところまで戻ってきた。スマホをポケットに入れて、少し地面に座り足を入れて勢いをつけて立ち上がった。走る前よりも軽やかな気持ちで家を目指し歩き始めた。


(下駄でも走っておくか)


そう思い少し速度を上げる。流石に裸足のようにはいかないがそれなりのスピードで走り抜けた。


(ジ〇坊が上を向いて走ったのはこれのせいか)

 

 某ジ〇リのキャラを思い浮かべる。前を向いて走ると前に体が行き過ぎて体制を崩しそうになるのだ。ジ〇坊がそういう意図で上を向いて走っていたのかはわからないが、それは彼には関係ないようだ。


 もうだいぶ家に近づいていたのと少し早歩きになったこともあり、その後すぐに杉の木に着いた。


(一本下駄の散歩にもだいぶ慣れてきたな)


そんなことを考えているとすぐもう玄関の前だった。


「ただいま」


「おかえりなさい。遅かったね」







 





 





 

 

 

 


 散歩というのはいいものです。

 思考がクリアになり自分と向き合うことができます。

 夜というのはいいものです。

 なんだか自分が居なくなって何もかもから逃げれた気になるのです。

 田舎というのはいいものです。

 下駄を脱ぎ捨てて裸足でクラウチングスタート決めて全力疾走しても何も咎められませんからね。


 子どもの頃にはよく本を読みたまに書いてみたものです。全くうまくできずになぜこんなに上手く情景を伝えられるんだなどと考えていたらいつの間にか読むだけ、そして本を読むということも近頃はしなくなりました。少し昔のことを思い出し昔よりはうまく書けたかなと思いつつ、まだまだだと思うのであります。


 こんな拙い文章をここまで読んでいただきありがとうございます。

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