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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私の国は、本物の聖女様に見捨てられたので終わりだそうです。

作者: 冬瀬




「帝国に嫁がされた公爵家のミリアーネ様が、本物の聖女様だったんだとよ」



 その噂が事実だったと報道されるまでには、そう時間はかからなかった。

 今日も今日とて、朝からその話題で持ちきり。


 朝は新聞配達、昼は食堂、夜は酒場で働くベロニカは、そろそろうんざりしていた。


 第一王子の婚約者だったミリアーネ様が本物の聖女で、その婚約をなかったことにして横恋慕を働いた聖女様の義妹が傾国の悪女だとか。

 ぶっちゃけ、そんな話はどうだっていい。

 貴族が勝手に何かをやって、勝手に成功して、勝手に失敗しているなんて今に始まった話ではない。


 ただひと言わせてもらえば。

 結局、真っ先に被害を被るのは平民である。

 本物の聖女様が嫁いだ先の帝国から、燃料と布製品の輸出が制限されて、物価は上がり続ける今日このごろ。

 どれだけ働いたって、以前と同じ暮らしはできない。

 

 身分の高い人の考えることは、本当によく分からないものだ。

 どうして、王子のスキャンダルを誰も止めなかったのか。

 どうして、未だに余裕をぶっこき、新たに策を講じるわけでもなく、事態の鎮圧を待っているのか。

 どうして、国民が汗水垂らして働いた資金で育ったのに、嫁いだ途端この国ことなんてもう知らないと言わんばかりに制裁を加えてくるのだか。

 彼らに人の心はないのだろうか。


 ベロニカとてお金があれば、喜んで外国に逃げよう。

 でも生憎と、生まれの卑しいスラム育ちには、そんな余裕はないし、逃げた先の国からすれば何もしていないベロニカだって、「聖女を見捨てた国の民」というレッテルを貼られるに違いない。「ふざけるな」のひと言に尽きる。


 それで、何も声を上げなかったお前も同罪なんて言われたらたまったものではない。

 貴族の結婚事情に、平民以下の娘が口を出せるわけがないだろうが。遠回しに死ねと言っているのと同じだ。

 ただ、だからと言って、口だけだとは思われたくはない。

 貴族に歯向かう覚悟はある。たとえ死ぬとしても。

 でも。それでも、ベロニカは今、死ぬわけにはいかない。


「ベロニカ。今日はもう上がっていいわよ」

「ありがとうございます」


 できるだけ後片付けをして、ベロニカは酒場を出る。

 昼休みを削って買い物に行った荷物を片手に、寄り道をせず真っ直ぐに向かうのは密集した住宅街に借りたとある一室。


「――ただいま! ヨハン!」

「……おかえり、ニカちゃん」


 扉を開けた先には、ベッドの上の天使がいる。

 華やかな金髪に、大きな青い瞳。

 今年で六歳になる少年は、ベロニカが死ねない理由だ。


「今日は朝、体調悪そうだったのにごめんね……。ご飯、ちゃんと食べられた? いつもごめんね、ひとりにして……」

「あやまらなくていいよ。ぼくは平気だから」


 ベロニカは新聞を読んでいたらしいヨハンの元に行くと、彼の額に手を当てる。

 やはり、まだ少し熱があった。

 この状態で、たったひとりで留守番をさせていたことに胸が痛くなる。彼は、甘えられる父親と母親もいない六歳の少年だというのに、ちゃんと自分は彼を大切にできているのだろうか。


「薬は飲んだ?」

「……うんっ」


 ほんの少しの間と彼の笑顔が気になって、ベロニカはベッドの横に置かれたサイドテーブルの引き出しを開ける。

 昔から病弱なヨハンのために、そこには薬が入っている――はずだった。


「ま、まって、ニカちゃ――」

「え」


 しかし、そこには何も入っていない。

 数はちゃんと数えて買っていた。

 今月分がなくなるには、まだ早すぎる。

 嫌な予感に青ざめた直後。


「――ゴホッ、ゴホッ」


 苦しそうな咳が聞こえ、ベロニカは目を見開く。

 口を抑えたヨハンの手と、服に小さく散った赤。


「ヨハン!!」


 それが血だと分かった瞬間、ベロニカは血相を変えた。


「だ、だいじょうぶ……すこし休めば……」

「大丈夫な訳ないよ!」


 彼女は慌ただしくタオルで彼の手と口を拭き、必死に考える。

 薬はない。買うお金は……いや、そもそもこれは医者に見せるしかないだろう。

 ただ、この時間に空いている病院があっただろうか。


「――うっ。ご、ごめん、ニカちゃ、ん」


 苦しそうに背中を丸めて謝る彼を見たら、そんな迷いは吹き飛んでいた。


「大丈夫。大丈夫だよ、ヨハン。必ず良くなるから」


 ヨハンを死なせるわけにはいかない。

 ベロニカは六歳の少年にしては身体の線が細いヨハンを抱き上げると、夜の街を飛び出した。




 ***




 ベロニカは必死だった。

 苦しいのを耐えているのか喋ることもままならないヨハンを連れて、病院に行き、教会に行き、薬屋に行き、貴族の屋敷にも行った。


「ああ、ここの医者なら今日はもういないよ。何だか誰かと会食だって言ってたな」

「聖女の恩恵がなくなった今、主は彼女を救えなかったことにお怒りです。今の教会では治癒の能力は使えません」

「金がないなら、薬は売れない。何より薬を出したところで、その子どもに効くとは思えんがね。早く医者に連れて行け。わしは人殺しになりたくない」

「物乞いをするなら、他の家に行ってくれ。今は聖女様がいなくなってこの家の主人も忙しいんだ。そもそも、こういうことを想定してちゃんと働かないのが悪いんだぞ。まだ小さいのに苦しんで可哀想に」


 しかし、返ってくるのはどれも役に立たない回答ばかり。

 頭を下げて懇願したところで、その行動に価値すらない。

 自分に彼らと交渉できる価値がないことは分かっていた。

 特に目立った美人でもなく、身体も貧相で愛想はそこそこ、稼ぎもなければ学もない。


 今、ここでヨハンを抱いていたのが自分ではなく、姉だったなら上手くやっていたのだろうか――。


 そんな考えが頭をよぎって、ベロニカは唇を噛み締めた。

 もう彼女はいないのだ。現実から逃げてどうする。

 ベロニカは自分の腕の中で熱い息を吐くヨハンを抱きしめる。

 本当は今にでも泣き叫んで誰かに助けを求めたい。

 誰も助けてくれない世の中を恨んで泣きたい。

 しかし、そんなことをして助けを待っているだけでは、どうにもならないのだ。

 結局、人は、金か時間か心のどれかひとつか、もしくはその全てに余裕がなければ他人を助けてはくれない。


「さ、さむい……」


 腕の中では、ヨハンがカタカタ震え始めた。

 もう本当に時間がない。

 医者は会食に行っていると聞いた。

 酒場に戻って、誰か居場所を知っている人を探すしかない。

 泣きたくなるのをグッと堪えて、ベロニカは疲れ切った足を気力で動かした。

 

 若い娘が少年を抱いて眠らない街を歩く姿を、人々はチラチラ見返す。

 こんな時間に、こんな場所を歩いていれば、訳アリだということは誰もが分かっただろうが、声をかける者もいない。

 むしろ、ここで救いの糸を垂らす人間のほうが、警戒すべき人間だということだって、ベロニカも理解はしていた。

 それでも、足を止める訳にはいかない。

 すれ違う人に医者を知らないか尋ねて周り、情報料をせしめられ、街を歩き回って嘘をつかまされる。

 なんて人徳のない人生なのだろう。

 そのせいで、甥が苦しんでいるのだから笑えもしない。


「――――誰か」


 ベロニカはついに足を止めた。

 一日中働いて、休む間もなくヨハンを抱いて歩き回って、膝が嗤っている。


「おいおい、そこで何をやっている」


 そんな彼女に声をかけて来たのは、見るからに貴族らしい恰幅の良い男だった。


「なんだね。その腕の子どもは」

「……酷い熱を出していて、吐血もしているんです。どうしてもお医者様にみせたいのですが、お会いすることができなくて」

「それは可哀想に。大変だね」


 男はそう言うと笑った。


「それもこれも、聖女様がこの国から出て行ったのが悪い。恨むなら彼女を恨むといい」


 それだけ言うと、彼は何もなかったかのようにベロニカの前を通り過ぎた。

 その笑みと言葉に反吐が出そうだった。

 どうして貴族はこんなのばかりなのだろう。

 それにへり下るしか能がない自分にも、嫌気が指す。

 それでも、自分に話しかけてきた貴族に頼み込まなければ。ヨハンの命がかかっている。


「待ってください。お願いします。どうか、この子を。私は何でもします。だから、どうか」


 追いかけて懇願する。

 しかし、男はその顔を歪めた。


「いいご身分だな。貴族に物乞いすれば運良く恵んでもらえると思っている、その思考が卑しい。生きてて恥ではないのかね」


 その目は人を見るものではなかった。

 ベロニカは自分の中で何かがサーっと引いて行くのを感じる。

 その時、確かに抱いたのは――言うなれば失望というやつだった。

 もう、ベロニカは男を追わなかった。

 血が出るほど唇を噛み締め、彼女は家に向かって歩き出す。

 これ以上、ヨハンを揺らして歩き回るのは無理だ。


「ごめん。ごめんね……」


 どうか、無事に明日を迎えてほしい。

 日が登れば医者も返ってくるはずだから。

 ベロニカは祈ることしかできない。

 ぽたぽたといつの間にか気を失ってしまったヨハンに、雫が落ちる。

 泣く暇があったら、思考を回せ。

 そう思っても涙は止まらない。

 泣きながらふらふら歩いて家を目指した彼女は、すっかり人気のなくなった道を歩く。


 そして、彼に出会った。



「――待て。その子どもをどこに連れて行く気だ。早く治療をしないと手遅れになるぞ」



 いきなり肩を掴まれ、振り向かされた先にいたのは、初めて見る顔だ。

 暗くても月明かりだけで色素の薄い髪を結び、整った容姿をしている青年だと分かる。一度見たら、忘れられそうにない面持ちだった。

 真剣な声音で忠告した男はベロニカが泣いているのを見ると、目を見張る。


「そのままじっとしてろ」


 彼はそう言うと、ヨハンの額に手を当てた。

 すると、どうだろう。

 彼の手が淡く光り、険しかったヨハンの表情が和らいでいくではないか。

 それが治癒の魔法だと分かって、ベロニカは息を呑んだ。


「あ、あなたは……」


 彼女は唐突に現れた救いの手に、戸惑いを隠せない。


「この子に気を取られて気付かなかったが、あんたも相当疲労してる。よく子どもひとり抱いて、まだ立っていられるな」


 男はそう言うと、ベロニカの腕からヨハンを抱き抱えた。


「帰るところはあるのか。送って行く。まだ完治した訳でもないしな」

「……え、あの……」


 助かるかもしれないという事実に、彼女の思考は追いついていなかった。

 あまりにも簡単に彼がヨハンを癒してくれたから。


「早く寝かせてやったほうがいい」


 その素早い行動の全てがヨハンのためだと分かるから、ベロニカは思考を切り替えた。


「こっちです」


 この際、男が何者かは後でいい。

 治癒の能力があるなら、逃す訳にはいかない。

 彼女は男を家まで案内した。


「ふたりで暮らしているのか?」


 扉を開いて灯りをつけると、部屋の中を見た彼は玄関で口を開く。


「そうです。ベッドに運んでいただけますか?」

「……わかった」


 彼は少し躊躇ったようだが、ベロニカの願い通りヨハンをベッドに横たえた。


「身体の状態を診ていいか」

「お願いします」


 ヨハンの胸に手を置き、男は真剣な顔で診察を始める。その手に灯った淡い光を、ベロニカはじっと見つめていた。


「魔力過多症か……」

「……はい。治療法がないからと、ずっと薬で魔力を逃していたのですが……」


 グッと拳を握り、彼女は目を伏せた。

 二年前に姉が死んでから、母親代わりとしてベロニカがヨハンの面倒を見ている。大好きだった姉の息子だ。絶対に死なせるわけには行かないと思って治療費を稼ぐ日々だったが、まだ十八のベロニカが誰の助けもなく彼を育てるのはそれなりの苦労があった。

 本当は、もっとお金を稼いで腕のいい医者に見せたかったのだが、ご覧の有様である。

 魔力過多症の子どもの生存率は30%と聞く。

 ベロニカは不安でいっぱいだった。


「……安心しろ。この子は助かる」

「――本当ですか!?」


 だから、男の言葉を聞いて身を乗り出した。


「ああ」


 彼は少し驚いた様子だったが、自分の首元を漁ると何かを取り出す。

 服の中から出てきたのは、碧い水晶が付いたペンダントだった。

 彼は自分の首からそれを外すと、ヨハンにつける。


「それは、まさか……」

「余分な魔力を吸う石だ。これで、普通に暮らせるだろう」


 ベロニカはペンダントを凝視する。

 噂で聞いたことはあった。碧水晶があれば魔力過多症は改善すると。

 しかし、それはかなりの値がする幻の代物だったはずだ。


「――見ての通り、今の私にそれを買い取ることはできません。何を対価に払えばお許しいただけますか」


 彼女は男の横に膝をつく。


「……俺も貰ったものだし、もう必要ないから譲っただけだ。対価なんていらない。強いて言うなら、魔力が安定するようになったら、同じように必要な子に譲ってくれればいい」


 返ってきた答えが、想像もしなかった優しいものだったから、ベロニカの胸に何かが込み上げてくる。

 目頭が熱くなって、彼女はぎゅっと口を引き結んだ。

 彼の厚意を受け取ることしか、今の彼女にはできない。

 素直に喜びたいが、先ほど門前払いされた後だと、自分の弱さが惨めに思えて言葉にならなかった。


「ただの気まぐれだ。この子が死ぬのはみたくなかっただけだ。だから、あんたは対価なんて気にしなくていい」


 はっきり告げられた内容に、ベロニカは安堵した。安堵してしまった。


「ありが、とう、ございます――」


 これが現実なのか、はたまた都合の良い夢の中なのか。

 判断ができないが、ヨハンが穏やかな顔付きで眠っていることが全てだ。

 この子が助からないかもしれないという恐怖から解放されて気が抜けたベロニカは、目の前が真っ暗になる。


「――おいっ!」


 暗闇に飲み込まれる直前、男の焦ったような声が聞こえた気がした。





 ***





「――ニカちゃんにさわるな!」


 甥っ子の怒った声が聞こえて、ベロニカの意識は覚醒する。


「っ、ヨハン!」


 起き上がってすぐ、自分の前にいた小さな背中を彼女は抱きしめた。

 その勢いで床に立っていた少年はベッドに座り込み、驚いた顔でベロニカを振り返る。


「〜〜!! おはようニカちゃんっ。ずっと目を覚まさなくて心配してたんだよ!!」


 彼は自分で身体の向きを変えると、ベロニカを抱きしめた。天使の抱擁にベロニカは涙が出そうだ。


「……病み上がりなんだ、いきなり激しく動くな」


 そして、掛けられた声で彼女はそこにいた人物にやっと気がつく。


「あ、あなたは……。もしかして、ずっといてくださったんですか……?」

「……丸三日意識が戻らない患者を置いて行く訳にはいかなかった」


 ヨハンを助けてくれた彼は、この家を守ってくれていたらしい。


「すみません、ご迷惑ばかりをおかけして」


 ベロニカはヨハンから手を離してベッドから降りようとする。


「まだ寝ていろ」

「まだ起きちゃダメだよ!」


 すると、男子ふたりの声が重なった。

 彼女は目を丸くしてふたりを見つめる。


「その、でも、私……仕事が……」


 彼の言う通り三日も寝ていたのだとしたら、かなり迷惑をかけていることだろう。

 ヨハンが元気になっても、ちゃんとご飯を食べて服もいい物を買って、本だって買ってあげたい。

 そして、目の前の銀髪の彼にも礼をしなくては。


「職場には連絡しておいた。あんたはまだ寝てないとダメだ。高熱が出てたんだぞ」

「え……」


 全く記憶がない。

 ベロニカは、本当にそれが自分の話なのかと小首を傾げた。


「少し待ってろ」


 彼はそう言うと、キッチンの方に消えて行く。


「ニカちゃん。お水、飲む……?」

「う、うん」


 ヨハンが水差しからコップに水をいれてくれるので、ベロニカはとりあえずそれを飲んだ。


「ヨハンは、何ともないの?」

「……平気だよ。もうどこも痛くないんだ」


 彼は目線を逸らして、どこか不満そうに自分の胸元に目を向けた。

 そこにあるのは、あの男から貰ったペンダントに違いない。


「あの人、なにものなの?」


 ヨハンの問いに、ベロニカは答えることができなかった。

 何も知らないのだ。彼の名前でさえ。


「――パン粥だ。ゆっくり食べろ」


 次にベッドに現れた男は、湯気ののぼる器とスプーンを持っていた。


「あ、ありがとうございます」


 親切すぎて、彼が聖者のように見えてきた。

 銀色の髪に蒼瞳。ヨハンとは違うタイプの美形である。


「待って。ぼくが毒見してから、じゃないと食べちゃダメだよ」

「好きにしろ」


 彼に警戒心を剥き出しにしているヨハンは、軽くあしらわれた。

 ぱくりと毒見という名の味見をして、ヨハンはぐぬぬと悔しそうに眉間に皺を寄せた後、しぶしぶベロニカに器を渡す。普通に美味しかったみたいだ。


「――あの」

「何だ?」

「お名前を聞いてもよろしいでしょうか。私はベロニカ。この子はヨハンといいます」


 器を手に持ち、食べる前に彼女は尋ねる。


「……リアム」


 彼はリアムというらしい。

 やっと名前が聞けて、ベロニカは眉尻を下げた。


「本当にありがとうございます。リアムさん」

「別に大したことはしていない」

「そんなことないですよ! あなたは私たちを助けてくれた恩人です。まるで聖者様かと思いました」

「――!」


 リアムは蒼眼を見開いた。

 

「……男の能力者なんて、必要とされていないだろう。この国で求められるのは聖女だけだ」

「どうだっていいですよ。聖女とか。そもそも、ひとりきりに任せなければ回らない仕事があること自体がおかしいと思いませんか? 危機管理がなってませんよね。馬鹿なんでしょうか。平民のことは捨て駒みたいに使うくせに」

「…………」

「ニカちゃん……」


 ついつい愚痴がこぼれる。

 この部屋にひとつしかないベッドの淵に座ったヨハンに窘められて、ベロニカは肩をすくめた。


「あはは。すみません。貴族なんて滅びろと思っているのが口に出てしまいました」

「ニカちゃん……!」


 こいつがどんな奴か分からないのに、そんなことを言っては駄目だろうとヨハンがあたふたしている。

 毎日もらってくる新聞を読んで育ったからなのか、この子は政治のことなどもちゃんと理解していて、頭がいい。


「――ハハハッ」


 そして、それまで黙って聞いていたリアムが笑った。

 口元を抑えて、耐えきれないといった様子で肩を揺らして笑っている。


「そこまでバッサリ言うのを聞くと気分がいいな!」


 初めて機嫌が良さそうに笑っているのを見て、ベロニカは瞬きを繰り返す。



「まあ、遅かれ早かれ、この国は終わりだろう。――ちょっとだけ辛抱してくれ。もう少しで始まるから」



 リアムの言葉は抽象的すぎて分からないことが多い。

 しかし、ベロニカは何となく彼が言いたいことが分かった気がした。

 彼女も考えたことがあったから。

 ベロニカはサイドテーブルに器を置くと、ベッドから立ち上がった。

 そして徐に玄関の靴箱を開くと、奥の方に隠しておいた靴箱から一冊の本を取り出す。


「私が持っていても仕方ないので、リアムさんに託します」

「これは……?」

「王家と聖女の秘密が書かれた手記です。死んだ姉から託されました」

「…………は?」


 彼は唖然とした後、ベロニカから手記を受け取り中身をめくる。


「これは、五十年前に処刑された宮廷画家アレンザールの手記!? 何故君がこんな物を!?」

「姉が優秀な人だったもので」


 彼の驚きはよく分かった。

 ベロニカだって自分がこんなものを持っていても、持ち腐れだと分かっていた。


「い、いや、待ってくれ。こんなものを出会って間もない男に渡してどうする!」

「……だって、あなたは聖者様でしょう」

「――!」


 リアムは息を呑んだ。


「姉が言ってました。聖女がいるなら、聖者もいるだろうと。でもこの国の王家は人でなしなので、聖女しか認めないのだとも教わりました。……万能な治癒と再生能力を持った聖者のあなたは、この国の民を捨ててない。だから、それを託します」


 ベロニカと手記の間を視線が往復する。

 信じられないものを見る目だ。


「……ありがとう。これは託された。……悪いが、俺はもう行く」

「はい」


 心が決まったらしいリアムは、手記を懐にいれた。



「もし、あなたが困るようなことがあったら、次は私が助けます。どうかお元気で」



 ベロニカはヨハンと共に、彼の背中を見送った。






 その一年後。

 ベロニカの生まれ育った王国は滅んだ。

 聖夜の革命と呼ばれた一夜により、王家は滅亡。貴族制度は廃止。真っ先に過酷な労働をしていた平民が解放され、無能な元貴族は領地を返還させられた。

 その国は名前を変えて、初めて平民が長として国家をまとめる国になった。



 ――そして。


「ベロニカ!」


 全てが終わり、始まったその日。

 王家を滅ぼす決定打を主力幹部に託した彼女の元に、その青年は現れる。





眠っていたものを発掘したので載せてみました!

お読みいただきありがとうございます。


こちらもよかったら読んでやってください。


・『【第二部開始・web版】軍人少女、皇立魔法学園に潜入することになりました。〜乙女ゲーム? そんなの聞いてませんけど?〜』

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 2部は、『軍人少女、聖女一行を護衛することになりました。 〜勇者に魔王? 聖女は親友!? そんなの聞いてませんけど?〜』ーー乙女ゲームのヒロインだった親友が、今度は聖女になるそうなので護衛任務が始まりました。



・『極東魔術師のお気に入り〜転生巫女は西国でおにぎりを食べていただけでした〜』

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・『転生して、死ねない君に会いに行く。』

 七回転生した娘と、不老不死になってしまった魔法使いの話。





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― 新着の感想 ―
本っ気で良い!!!! 何回読んでもいい!! 最高!! リアムくん視点求む!!
[良い点] 感動しました! 連載も読んでみたいです!
[一言] >ひとりきりに任せなければ回らない仕事があること自体がおかしい 聖女物見るたびに同じような事思うけど、ご都合主義がないとお話にならないし難しいな
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