ランの過去
ラン編の過去……というより出生時の話です。
ここで初めて、スズエがお世話になった「ユキナ先生」が出てきます。
デスゲームが始まる十七年前の話。
白髪に青い瞳の、身重の女性が夜の町を裸足で走っていた。
逃げないと、あの男から。
そうじゃないと、この子が殺される……!
わが子を守りたい一心で、彼女は走り続ける。ふと、明かりのついている大きな建物が目に入った。
「すみません!入れてください!」
彼女はただ必死に玄関ドアを叩いた。開くと、そこには初老の男性が立っていた。
「どうしたんだ?こんな時間に……!?」
彼は彼女を見て、すぐに身重と気付いたらしい。
「ばあさん!早く神龍さんに連絡を!」
彼女をすぐに家の中に入れ、妻に指示を出す。その間、彼女をソファに横にさせた。
「すまないね。すぐに使える場所がソファしかなくて……」
その言葉に、彼女は首を横に振る。
数十分後、「こんばんは、神龍です。森岡さん、どうされましたか?」と声が聞こえてきた。妻が出て、事情を話し中に入れた。
彼女の前に現れたのは、見た目は高校生ぐらいの若い、桜色の髪の女性だった。
「初めまして、神龍 雪那と申します。お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「私は秋原 百合と言います」
「いつご出産予定とかは分かりますか?」
「いえ……夫に病院へ行かせてもらえず……」
彼女の言葉にユキナは眉をひそめたが、確かに見ただけでも妊婦にしては瘦せすぎている。
「なるほど……では、すぐに病院に向かいましょう。その間にいろいろお聞きします。森岡さん、車は出せますか?」
「大丈夫です、ユキナさん」
「ユリさん、肩に手を回してください」
そうして、双子の赤子と黒髪の幼い男の子と一緒に病院に向かっている間、事情を聞いた。
どうやら常日頃から暴力を受けており、身ごもってもそれは変わらなかったらしい。しかも働かないので自分が頑張って働いていたようだ。今までは我慢してきたが、今日は腹を蹴られそうになり、さすがにこれ以上はと逃げてきたというのだ。
「なるほど……それは怖かったでしょうね……」
ユキナは少し考え、
「……今回の出産に関する費用は払わなくていいです。私が負担しましょう。それに養育費も私が払います」
「え、ですが……」
「もちろん、医者としてはいけませんけど……これは私個人がやることとして受け止めてください。だから、頑張って子供を産みましょうね」
きっと、私があなたと出会ったのは必然だったのですから。
その言葉に、ユリは初めて安堵した。
検査した結果、子供は男の子で健康状態はまあまあいいといった感じだった。しかし母体の方がすごく悪く、このままでは両方の命を失う可能性があると判断された。
「そうですね……二週間後の九月三日……この日がいいでしょう。早産にはなってしまいますが……」
その間の入院中、森岡夫妻は一緒に付き添ってくれることになった。
「そういえば、その双子ちゃんとお兄さんは……」
「私達の孫なの。この子達はあなたの子と同い年になるわね」
「この子は初孫だ。ほら、エレン」
「そ、その……ぼ、ぼく、えれんと言います……」
「ごめんなさいね、この子人見知りが酷くて」
こうして笑いあっている時間が、幸せだった。
九月三日、ユリは男の子を産んだ。彼女は最後に息子を抱きしめ、ユキナの懸命の処置が功をなすことなく、安心したように息を引き取ってしまった。
その子は保育器に入れられた。森岡夫妻とともに、父方の祖父母もやってきて、その子を見て泣いた。
彼は「秋原 蘭」と名付けられた。母親と同じように花の名前にしたいと思ったからだ。
「その……申し訳ありません。息子さんのお嫁さんを救うことが出来ず……」
ユキナは祖父母に頭を下げた。二人は「いえ、いいんです。先生は一生懸命に救おうとしてくださったんですから、この子だけでも生きていたら……!」と涙を流していた。
それは、愛がもたらした奇跡。




