三章 それはまさに「バッドエンド」
さて、その前の話になる。
最初の試練の担当でもあったボク達は突然その任から外された。
「……多分、気付かれたんだな」
人形のスズエさんが苦々しく呟く。そうでなければ、このタイミングで外されるハズがないから。
ボク達は、皆を助け出そうと打算していた。そのためにはどうしても、最初の試練を乗り越えさせないといけない。……つまり、簡単にしようとしていたのだ。
「……なら、一部の人だけでも……」
こうなってしまっては仕方ないと、シナムキと一緒に考える。
「……ねぇ、スズエさん」
「どうした?」
「シンヤさ、被害者ビデオを作るって言ってたでしょ?そっちは任せるって」
「そうだな。それがどうした?」
スズエさんが首を傾げる。
「だったらさ……偽の被害者ビデオを作らない?」
そう言うと、スズエさんは「まぁ、出来ないことはないけど……」と戸惑ったような雰囲気を出した。
「でも、せいぜい一人だけだ。さすがに全員は気付かれるからな。……それで、どうするんだ?」
確かにその通りだ。全員のだと、どうしてもおかしいところが出てくる。候補としては試練で必ず死んでしまうレントさん、タカシさん、レイさん、ラン君、マイカさん、アリカさん、ユミさん、ナコちゃん、それからキナちゃんとナナミさんがいるが……。
まず、アリカさんとキナちゃんナナミさんは除外だ。アリカさんはケイさんと顔見知りだ。キナちゃんナナミさんは同じ場所で試練を受ける。だから騙せない。ナコちゃんも難しい。そうなると選択肢は割と減ってくる。
「……だから、ラン君を生かしたいな」
「ランを?これまたどうして」
ラン君は高校生だ、生かすならば大人の誰かがいいだろうと思ったのだろう。ボクはそのわけを話した。
「ラン君なら、スズエさんやシルヤ君と同い年だ。だからきっと、支えになると思う。もちろん他の人達も助けるために暗躍するつもりだけど……正直、全員は無理だね。キナちゃんとナナミさんのところぐらいかな?ボクがどうにか出来るところは」
「なるほどね……分かった、前に殺された人の映像で何とか作ってみるよ」
そう言って、スズエさんは悪役の笑みを浮かべた。
それから少し時が立って、スズエさんは本当に作ってみせた。……正直、言われないと本物そっくりだ。
「分かる人には分かるように作ったから、大丈夫だと思う」
「……さすがだね」
この技術には毎回舌を巻く。やはり、彼女をパートナーにしていてよかった。
最初の試練が終わった後、そのビデオを見せるとシンヤは満足そうにしていた。どうやら本当にごまかせたようだ。
それから、ボクはキナちゃんとナナミさんが気を失っている間に鍵を入れ替える。どっちに渡しておくか悩んだけど……ナナミさんのポケットに入れた。
――彼女ならきっと、キナちゃんに渡す。
そう、思ったから。
そうして……スズエさん含め十二人の生存者が集まった。
ラン君はというと、シナムキが何とか生きたまま連れてきた。人形のスズエさんが協力して、連れてきた男達を気絶させたらしい。さすがスズエさん、人形でも運動神経はいいみたいだ。文武両道とは彼女みたいな人のことを言うのだろう。
「スズエさん……無茶するね……」
「うん?無茶はしてないけど?」
当の本人はあっけらかんとしている。そういえばこの子、頭脳派であると同時に武闘派だった……。
「さて……とりあえず人形達に記憶を埋め込むとしようか……」
苦々しい顔をしながら、フードを被ってスズエさんは機械をいじる。一人ずつ作っていき、怪しまれないようにするのだ。ナコちゃんはスズエさんが「生きたい」と思うように感情を入れ込んだらしい。実際、ナコちゃんは「なんで……生きたいなんて思ってるの……?」と戸惑っていた。
その間に、ボクはラン君のところに向かった。そして、「君は死んだんだ。人形になったんだ」と告げた。彼は驚き、そしてにらんだ。
ボクはラン君にあの残酷極まりない舞台を見てもらった。……どうやら、本物のスズエさんは生き残っているらしい。
絶望した顔のスズエさん……見ていて悲しくなるけど、悪役を演じなければいけないんだ、ボクは。
でも、一日でも早く解放してあげたい。だから、ボク達はラン君と人形達に言うのだ。
――ペアを殺せ。
そうすれば助けると。
ちなみにペアに関してはボクの方でいじっている。ラン君がスズエさんとペアになるようにしているのだ。
そうして、三回目の残酷なゲームが始まった。人形達と生存者との駆け引きが始まる。
人形のスズエさんの方は裏で動いていた。同じ人間が二人いると混乱するからだ。
さすがというべきか、本物のスズエさんは少しずつ謎を解いていく。時々ポケットに手を入れては出してを繰り返しながら、髪をいじるといういつもの癖をしながら解いていった。
あぁ、でも人形達は不信感を抱いていた。だって「スズエさんのための舞台」って言ったもんね。彼女が早く楽になるために、そう言わないといけないんだ。
だって、これ以上絶望したら本当に……利用されるだけだから。
ボクだって、幼馴染が死んでなお利用されるのは嫌だもん。
「……ごめんね、ラン君」
利用するような真似をして。
でも、ラン君がスズエさんを殺せるとは思っていない。だって彼は優しい人だから。
案の定、ラン君がスズエさんを手にかける様子はなかった。迷っている様子は見せていたが、踏み切れないようだ。そしてスズエさんはそのたびに寂しそうな表情を浮かべる。だって、スズエさんは「殺してほしい」のだから。
ラン君は必死にスズエさんを信用しようとしていた。あぁ、やっぱり君をスズエさんとペアにしていてよかったよ。
でも、まさかペア解除が出来てしまうとは思わなかったよ。さすがスズエさん。まぁそれを仕掛けたのは人形のスズエさんなんだけど。
ボクは、スズエさんが一人になったところで彼女のもとに向かった。
「スズエさん」
「……なんだ?グリーン」
彼女はボクをにらむ。ボクがニコニコと笑っていると、「……なんてな」とスズエさんも呟いた。
「……分かってるよ。お前は私達を助けようとしてくれているんだろ?」
「…………」
「でも……どうあがいても、私は助からないよ」
スズエさんは静かに笑った。その笑顔は、悲しくつらそうなものだった。
「ごめんね、アイト兄」
何に対して謝られたのか、ボクには分からなかった。
それは、ボクも予測していないことだった。
鬼ごっこという名目のもと、ボクを殺すゲームを行った。これはボクにタッチすれば発動する罠で、一度でもボクに触れなければ誰も死ぬことはない。
タッチしたら人形達も死ぬかもと言って、煽る。そうすれば、人形達は動けなくなった。目の前の男――ケイさんは怒りのままにボクに触れようとした。ボクはそれを避ける。
スズエさんは心配そうな瞳をボクに向けていた。どうすればいいのか迷っているようだった。きっと、彼女の目には映っているのだろう。この先の結末が。
そしてだからこそ油断していた。彼女が、「正の異常者」と呼ばれる所以を、すっかり忘れてしまっていたのだ。
ケイさんは見事にボクに触れることが出来た。ボクはニコリと笑って、「よかったね」と拍手を送った。
……死にたくない。
でも、覚悟しないといけない。だってボクは人形だ、死んでも問題はない。問題ない、んだ。
少しずつ、タイムリミットが近付いてくる。
「――アイト!」
しかしもうすぐというタイミングで、スズエさんはボクの手首を掴んだ。そしてそのまま、皆のところにボクを飛ばしたのだ。
鬼が、スズエさんになっているのが見えた。彼女の後ろで、不気味に光る何かが見える。気付いているくせに、スズエさんは一筋の涙を流しながら笑っていた。
「待って!スズエさ――」
ボクとユウヤが手を伸ばすけど――掴む前に、タイムリミットが来てしまった。
スズエさんの身体に、無数の針が刺さる。それと同時に、血が飛び散った。
「あ……が……」
口の端から血が出る。スズエさんは膝をついて、壁に寄り掛かった。
「あはは……いたい、な……」
静かに笑う彼女は、とても儚く見えて。
ボクは、彼女の傍に駆け寄っていた。
「スズエさん……!なんで……!」
「身体をゆするな、痛い」
泣いているボクとは対照的に、スズエさんはなおも笑っていた。笑って、ボクの頬を包む。
「生きたいんだろ?だったら、私の代わりに生きろよ」
「生きたいよ!でも、君のいない世界ならいらない!」
「わがままだなぁ、アイトは」
わがままなんかじゃない。だって君は死ななくてもいい人だっただろ?本当に……これじゃあどっちが年上なんだか。
彼女は額同士をコンッと軽くぶつける。
「かわいそうな人。あなたに生きていてほしいと願う人はいないのね」
――かわいそうな子。あなたに「自由」と「愛」を与えてくれる人はいないのね。
かつて、AIのスズエにそう言われたことを思い出す。だから彼女は、ボクに「自由」を教え、「愛」を与えてくれた。
「なら、私はあなたに「命」を与えるわ。あなたが生きていけるように。たった一人でも、あなたに生きていてほしいと願う人がいるように」
優しい言葉は、ボクを癒すように胸に響いた。何でも、与えてくれた。なのにボクは、何一つ返せていない。
なおも、スズエさんの血は止まらない。
「……思えば私も酷い人生だったなぁ……。親に愛されず、きょうだいとも引き離されて、挙句の果てには、ここで殺されるなんて。本当に、ついていない人生だ」
自嘲するような笑みに、虚しさを覚えた。彼女は他人を平等に愛するのに、決して報われはしなかった。でも、それでも愛することをやめなかった。
「スズエさん、しゃべらな……」
「でも、皆に会えたのは……唯一の幸せだったかもね。人間でも人形でも、会えたのはきっと、こんなつまらない人生を変えるためだったのかも」
スズエさんの息が絶え絶えになっている。ボクはただ、冷たくなっていくスズエさんの手を握るしか、出来なかった。
「ありがとうね、最期に、こうして過ごしてくれて」
いやだ。逝かないで。
もう傍から離れない。君と一緒に生きるから、死なないで。
そんな願いなど虚しく。
「アイト兄」
呼び捨てでも、君付けでもなく、かつてボクを「兄」と慕ってくれていた呼び名で呼んでくれた。
「おやすみ。また明日、遊ぼうね」
そして昔、帰り際にスズエがいつも言っていた言葉を最後に……彼女は、事切れた。まるでただ寝ているだけのように、きれいな顔だった。実際、赤く染まった服を見なければ何も知らない人には本当に寝ているように見えるだろう。それほど、死に顔が穏やかだった。
「……さない……」
後ろから、殺気を感じる。振り向くと、ユウヤが力を暴走させようとしているところだった。
「許さない……スズエを殺したお前ら全員……ボクが殺してやる……!」
涙を流しながら、ユウヤは怒気を放とうとした。丁度、その時だった。
「ユウヤさん」
死んだハズのスズエさんの声が聞こえてきたのだ。いつの間にいたのか、髪をおろした姿でスズエさんはユウヤさんの前に立っている。
「大丈夫だよ」
彼女はユウヤの手を包み、ささやいた。
「だいじょうぶ」
まるで子供に言い聞かせるみたいに。
「だから泣かないで」
優しい笑顔は、純粋な子供そのもので。
ユウヤは、スズエさんを抱きしめた。
「ごめん……ボク、君を守れなかった……」
守護者として、大人として、誰よりも大切な彼女を守れなかった懺悔。スズエさんはさっきボクにしてくれたように、ユウヤの頬を包んだ。
「いいよ。あなたが生きてくれるだけで、私は幸せなんだから」
誰に対しても平等に、彼女は愛を注いだ。まるで女神のように。
彼女はポケットから何かを取り出す。それは鍵だった。
「未来を拓け、ユウヤ。大丈夫、私も一緒にいるから」
ユウヤは目を見開き、そしてそれを受け取った。それを見たスズエさんは満足そうに笑った。
スズエさんの身体が透けていく。その間、彼女は膝をついて泣いているユウヤを抱きしめていた。「大丈夫だ」と、そう言いながら。
それはまさに奇跡だった。
やがて、スズエさんが消えていった。彼女がいた場所には、アセビが落ちていた。
エレンさんの誕生花で、その花言葉は――。
「献身」と「犠牲」。




