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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖なる乙女とやさしい世界

作者:

よくある「異世界召喚」「逆ハーレム」を、

喜ばないタイプの主人公です。

「……ねえ今のあたしに何の価値があるの?」

 差し出された花束を受け取らないまま、あたしは首をかしげた。

「役目は果たしたよ。悪いもの全部ここに閉じ込めたよ。そうしたら、あなたたちがあたしを帰してくれるって言うから。役目終わったら、あたしもういらない子なんだよね?」

 アイドルみたいなきらきらを背負った王子様が、眉をひそめる。あたしごときに拒絶されるなんて思わなかったんだろう。色気もへったくれもない醜いチビに、わざわざこの俺様が求愛してやったのに何様だとか思ってそう。ていうか時々言ってるよね。ちゃんと知ってるんだよ、あたし。


 六年前、あたしはこの世界に落ちてきた。

 十二歳。

 ずたぼろのランドセルを抱きかかえて、体も顔も半分くらい火傷した、ぎりぎり小学生のあたしに、こっちのひとたちはすごく驚いたんだって。あんまりよく覚えてないんだけど、たくさんの知らない大人がたくさん話しかけてきた。


 つらかったでしょう。苦しかったでしょう。でももう大丈夫。その傷をすべて癒やすことはできなかったけれど、もうあなたさまを傷つける者はこちらにはおりません。あなたは聖なる乙女なのです。この世で一番神聖なお方。我らが救世主。


 優しさ、みたいな、ひどい言葉だった。


 だってそうでしょ?

 あたしはあたしでは選ばせてもらえないまま、勝手に聖なる乙女にされて、命をかけてこの世界を救えって言われたのだ。もうとっくに傷だらけなのにね。

 あたしの命なんて別に重たいものじゃないけど、それでもあたしくらいはあたしに優しくしたかった。

 もういいよ。

 頑張らなくていいよ。

 楽になろうよ。

 そういう言葉を一生懸命自分にかけてあげたのが、全部むだになってしまった。あーあ。


 最初は、嫌だって何度も言った。たくさん泣いた。あたしってばすごく疲れてたから。

 そうしたらかっこいいお兄さんたちがやってきて、あたしを好きだとか大切だとか護るからとかいろんな台詞をかけはじめた。そういう、まにゅある? が、あるんだって。


 もちろん堂々と目の前で言われたんじゃないよ。

 隠れてこっそり話してた。

 でもこれ、ちょっと自慢なんだけどね。

 あたしは聖なる乙女の神聖なお役目のために寝込むことが何度もあって、その間は誰にも見えないおばけになっていろんなところへ行けたの。


 それで、みんながせっかく隠してたことを聞いちゃったのだ。

 がっかりはなかった。やっぱりねって思った。

 だってあたしは十二歳で、みんなが思うより賢かった。そういうきらきらしたひとたちが、あたしなんかを本当に好きになってくれるわけないことはちゃんとわかっていた。ほんとだよ。みんなわかりやすいもん。


 好きです。愛してる。

 大切に思ってます。

 ずっと護ります。


 ……だから一緒に闘ってください、って。


 最後に必ず言うんだもんなあ。体のあちこち火傷だらけで、死ねとかクズとか落書きされたランドセル持って、ぐちゃぐちゃ泣いてる女の子にだよ。笑っちゃうよ。……笑っちゃったから、いけなかったのかも。あたしに赦されたみたいにみんなも微笑んでた。



 結局あたしは闘った。あきらめた、っていう意味だよ。

 六年かけて、みんなの言う「悪いもの」を封じ込めた。

 「それ」は、紫とか黄緑色の、もやもやした、意思のある煙で、聖なる乙女以外が吸い込むと体を乗っ取られて化け物になっちゃうんだって。こわいね。だからあたしが全部吸い込んでしまわないといけない。


 きついし苦しいし吐きそうだし、やだなぁって思ったけど、でもそんなの、ちょっと形が変わっただけでずっと昔から続いてたことだ。世界が変わったって、あたしっていう生き物の生き方は変わらなかった。きつくて苦しくて吐きそうな毎日がまた続いただけ。それはもういい。


いいんだけど。


「好きにならなくても、大切に思わなくても、護らなくてもいいです。でもあたしが全部できたら、一つだけ願い事を叶えてください。元いたところに帰してください」


 闘いは終わったのに、あたしが何度そう言っても、王子様たちは叶えてくれない。

「……俺に愛されるのは、不満なのか」

 王子様があたしに尋ねる。

「不満っていうか、嘘はもういいの。帰りたいだけ」

 ふたりの騎士様がかすれた声で縋ってくる。

「どうして嘘なんて言うんだよ」

「あちらに、好いた男でもいるのですか?」

「いないけど」

 いないと帰ってはいけないのか。

「だ、誰を選んでも、受け入れるっ! ぼく、ぼくらはみんな君のこと、す、好きなんだ……」

 あんまり喋らない神官様まで一緒になって言うから、あたしはまた笑った。みんな傷ついた顔をした。

「なぜ、どうしてお前はそこまで、俺たちを信じようとしないんだ!」

 どうしてあたしが責められるんだろう。侍女さんが二人、騎士様が二人、王子様と神官様が一人ずつ。豪華な窓枠に腰かけてるあたしを、全員、わがままな子どもを視線だけで叱るみたいに見つめている。

「……家族が、いるからか?」

「ふっ、ふふふ」

 かぞく、家族か。

 いるけど、それは理由にはならないなあたしには。でもおそるおそる聞くってことは、王子様の中では当たり前に、大切にして、大切にされる関係なんだろう。家族っていうものが。


 違う世界のひとだ。


 きらきらしてて、優しくて、きれいで、捨てられる部分なんてほとんどない人たち。


「おれたちには言えないのか。六年も側にいて、なんで」

「あなたのお名前さえ教えていただけないのですか……」

 逆に聞きたいんだけど、六年も呼ばずに過ごせたのに今さら教える必要あるのかな。ないよね。ないよ。あたし、そもそも自分の名前好きじゃないし。

 そういう代わりに首をかしげた。


「みんなの思う家族ってどんなのですか」

「ど、どうって」

 神官様は目を丸くした。騎士様のひとりとこのひとは、同じ孤児院で育ったんだって。血はつながってなくても兄弟なんだと話してくれた。もうひとりの騎士様は貴族の長男で、王子様は次男。

「王様が死んだら王子様はかなしいですか」

 こんなこと聞くの不敬罪かも。でももういいや。帰してもらえないならおんなじだ。帰ったって、終わるだけ。だから答えは待たずに笑った。


「王子様は、王様に殴られたことありますか。目立たないところを何回も蹴られたことありますか。誰かに言うと殺すって言われてタバコを太ももにぐりぐりされたことありますか。何人もカレシがいて、時々、あたしはさわられて、でもお母さんはあたしを殴って、ぜんぶあたしのためだって言うの。騎士様のところはお母さんが三人いるんでしょう。そういうこと言われますか。そういう家族に会いたいですか」


 息を呑む、きらきらした世界のひとが、おかしくって笑える。


「悪いもの呑み込むのって、お腹蹴られたみたいだった。タバコを当てられるみたいだった。さわられてもなんにも言えないときみたいだった」


「なっ!?」

「お前、そんなこと一度も!」

「何故打ち明けてくれなかった!?」

「せ、聖なる乙女に、瘴気の影響はないはずでは……っ」


「うん。だから、平気でした。慣れてたから。そういうことみたいだったなって感想。言ってなかったなあって。あたしは平気だったけど、次の子が、平気じゃなかったらどうするのかなって、今なんとなく思ったの」


 あたしは。


 あたしはあたしに優しくしたかった。でもできることなんかほとんどなくて、十二歳なりに考えて、やっと結論を出したところだったのに。


「王子様。あたし、死ぬ場所くらい選びたいです。わがままですか。元いたところで死にたいって、贅沢で、傲慢で、強欲で、躾のなってない獣のやることですか?」


 こんなところ来たくなかった。

 今さら助けられても意味なかった。

 あたしは十二歳のあの日にあたしを終わらせるって決めちゃったんだから。 

 どんな優しい言葉もきれいな台詞も純愛とか初恋とかいうものもみんなの本音も、死んじゃったあたしに届くわけない。あたしはお化けなのだ。もうずっと前から。

「誰が、お前にそんなことを」

「王子様だって言ってたの、あたし知ってますよ」

 何で驚くかな。忘れてたのかな。うん、きっとそう。

「婚約者? が、いたんでしょう。きらきらしたお姫様。あたしなんかが落ちてきたせいで、離れ離れになっちゃってかわいそう。でももういいんですよ。あたしの役目が終わったんだから、王子様の役目も終わったんです。もちろん他のみんなだって」

 青ざめた顔の侍女さんには悪いことしちゃったなって思う。

「あたしみたいなの、さわらせちゃってごめんなさい」

「……何を、おっしゃるのです」

「きれいな手をしてるのに、いつも汚してごめんなさい。噛みついたり引っ掻いたりしてごめんなさい。でもあのね」

 最初と最後にはちゃんとあいさつをして、悪いことをしたら謝りなさい。

 顔なんて思い出せないのに、声だけはっきり覚えてる、担任の先生があたしの背中をおす。

「あたしちゃんと消しておいたんだよ。だからほんとに汚いところは、きっとさわってないと思うんだ」

「あなたさまのお世話をさせていただくのは、私どもの誇りですわ!」

 噛みついちゃった日、大きな悲鳴をあげた侍女さんがほろりと涙をこぼした。

「あなたさまは決して汚くなどありません!!」


 くすくす、ふふふ、あっははは!


 広い部屋を埋めつくすみたいに、あたしは笑った。


「あたしはきたないよ」


 よごれてた。

 ずっとずっと、洗っても消えないよごれがあった。大人の男の指の形が、なんでかな。いつまでも見えるから強く太ももをこすった。


「だからね」


 引っ掻いた。


「焼いたの」


 燃やした。


「この火傷ね、神官様は治そうとして、できなかったでしょう」


 聖なる乙女ほどじゃないけど、神官様にも不思議な力があって、祈れば傷とか病気を治すことができる。

 今までは癒せないことなんてなかったのに、あたしのやけどは全然薄くなったりもしなくて、落ち込んでたのを知ってる。

 侍女さんも一緒になって、なんてひどい、とか、神様あんまりです、とか陰で泣いてるのをたまに見た。

 神様はきっと困ったんじゃないかな。

「でも消えなくていいの。治らないほうがいいの。だってこれ、自分でしたんだもん」

 神様に愛されてるらしいあたしがこのままでいたいと思ってるのに、神官様の祈りが通じるわけないのだ。


「理由を、うかがってもよろしいですか」

 押し殺したように、唸るみたいに、貴族の騎士様が言う。らしくないよね。ケモノみたい。

「え、わからないの? 今話したのに」

「わかんねえよ!」

 もうひとりの騎士様が叫んだ。悲鳴みたいだった。


「汚いものは焼いたらいいの。消毒って大事だからね。ほら、悪いものだってそうでしょ。聖なる炎があれば、ちょっと弱くなったでしょ。あたしも、おんなじでね」

「もう、もうやめてください!!」

 侍女さんが泣き崩れた。

「どうしてあなたさまが、そんなに苦しまねばならないのですか!! なぜ、なぜあなたさまだけがっ」

 空がかげって、強い風が吹いた。

 聖なるものみたいに大切に保管されてる、死ねとかクズとか書いてあるランドセルがかたかた揺れる。その言葉の意味を知ってるのはあたしだけなので、まるであたしの宝物みたいに扱われているのだ、それは。

「別に、あたしだけが苦しんでるわけじゃないでしょ」

 ここはそこまで幸せな世界じゃない。そりゃあ、上澄みみたいなこのひとたちにとっては、天国かもしれないけど。あたしにとっては違う。


「かみさま、どうか」


 あたしは窓の外に手を伸ばす。


「お休みをください」


 雲のすき間から光がたくさん線になってた。


「六年もがんばったの。生きたの。こんなところで」


 嘘だらけで矛盾ばっかな世界が、あたしはきっと嫌いじゃなかった。それでも一番の叶えたいことは、ここじゃないのだ。


「なんにも届かないところにいきたい」


 優しい言葉もきたない行為もそれを受け止めた体もぜんぶ、置いていこう。


「あたしをかえして」


 窓から真っ逆さまに落ちていくあたし。

 手を伸ばす王子様。

 階段を駆け下りる騎士様。

 動けなくなった神官様。

 気を失った侍女さん。


 みなさんさよなら。さようなら。



 笑みをふくんだ最後のあいさつが、きらきら七色に光りながら世界に降った。



不要かもしれない補足。

この作品における聖なる乙女に選ばれる条件は、

「元の世界に未練がない」ことです。

だからこそマニュアル化した逆ハーレムが与えられるわけですが、それって別に「逆ハー願望がある」とか、「思い通りにいかない現実から逃げたい」ってタイプだけが当てはまるわけじゃないですよね。


お読みいただき、ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 12年の絶望を6年で癒す事はおろか、 終わらせる覚悟を躊躇わせることすら出来なかったんだね。
[一言] 心に来たいい作品でしたW
[一言] 素晴らしい作品をありがとうございました!
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