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終わる世界で、君に恋をする。  作者: 白鷺緋翠
8/13

楽しい文化祭

 肌寒さが増してきた。窓を開ける気にもなれずに、私はすっかり裸になった木を見つめる。

 一か月前、私が悲惨なことになってしまった時。早瀬くんは部活を途中で投げ出して来てくれたらしい。今まで症状出たことなかったから、余計に驚いたらしい。早瀬くんには、悪いことしちゃったな。

 だけど、心配してくれて嬉しいという気持ちも存在している。なんて酷い人間なのか。

 まるで親みたいに心配してくれた早瀬親子。早瀬くんに関しては、もう少しで文化祭だというのに用意すっぽかして病院来ようとしていたから、止めるのが大変だった。

 その年の文化祭は最初で最後なんだから、楽しい準備期間も楽しく過ごして欲しい。

 それにしても、羨ましい。一回文化祭ってやつに行ってみたかったんだよね。


「いいなあ」

「何が?」

「ひぇ……!? は、早瀬くん? いつ来てたの?」

「ついさっき。黄昏てるから何考えてんのかと思ってた」


 早瀬くんは呆れたように私を見ながらそう言った。まさか、考えてたこと、口に出てた、とか? 恥ずかしすぎる。


「で、何羨ましがってんの?」

「文化祭。私を一度も行ったことないから素直に憧れるの。行ってみたいな、と思って」

「そんなことか。なら、俺んとこの文化祭来いよ。俺が案内してやれるし、こっから近いし」


 私は目を見開く。行っても、いいの? 行けても、早瀬くんは迷惑じゃないのかな?


「迷惑じゃないし、医者に言えば良いだろ」

「心を読んだ! 超能力者だったの……?」

「いや。お前の顔、考えてることが全部書いてあんだよ」


 私は慌てて自分の顔をぺちぺちと触る。そんな分かりやすい顔をしていたのか、私の顔は。

 そんな私を見て早瀬くんはお腹を抱えて笑い出す。何がそんなに面白いのよ。全く。

 私は少し不貞腐れながらも、文化祭に想いを馳せる。


「早瀬くんのとこは、何をするの?」

「お化け屋敷」

「定番中の定番じゃん。面白そう」

「お前、お化け屋敷平気なのか?」

「いや、入ったことない。だから、ちょっと好奇心というか、そんなとこ」


 私がそう言うと早瀬くんは濁すように頷いた。親もいなかったからそういう類の娯楽とは縁がなかったのよ。


 話を聞くに、早瀬くんはお化け役らしい。中盤に出てくる井戸から出てくる貞子ならぬ貞男役。

 準備の話とか、女子のいざこざとか話を聞くだけで面白かった。

 看護師や医者からも許可が下りたから、ちゃんと薬を持つことと辛くなったらすぐに知らせることを条件に行くことになった。


 当日。早瀬くんは先に学校に行かなければいけないとか何とかで、私は早瀬のおばちゃんと一緒に学校まで行った。確かに病気から学校は徒歩十分くらいで近かった。

 校門には装飾のされた大きなアーチが二つ、両隣に並んでいる。今日は地域の人を呼んでの文化祭らしくて多くの人で賑わっていた。

 早瀬のおばちゃんは私を送るついでにちらっと早瀬くんを見て帰るのだという。看護師さんも、大変なんだな。

 早瀬くんのクラスは一年一組。通称特進クラス。その学校でもトップクラスの学生が集まるクラスなのだという。そんなクラスのお化け屋敷。どんな仕組みがあるのだろうか……。


「あ、桜羽! 日和ちゃん連れて来たわよ」


 おばちゃんは一組に着くなり大声で早瀬くんを呼ぶから、私は慌てておばちゃんの体をぽんぽんと叩く。


「な、なんで私の名前まで……!」

「日和ちゃんの名前を出した方が早く来る気がして、ほら来たじゃない」


 おばちゃんはニヤニヤとしながら親指を立てて教室の扉の方を指す。そこには肩で息をしている白い浴衣のようなものを着て、白粉かで顔を白く化粧した早瀬くんがいた。顔は分からないけど、耳は真っ赤だ。


「母さん早く帰れ。日和は、剣道場来い。そこなら誰もいないから」


 早瀬くんは私の手を強引に引っ張ってすたすたと歩いてしまう。笑顔で手を振るおばちゃんに手を振り返して、走りに近い歩きで早瀬くんの後をついていく。


「ったく、教室の前で名前呼ぶもんだから、クラスのやつに馬鹿にされたじゃねぇかよ……」


 早瀬くんはそんなことをブツブツと呟きながら廊下を歩く。体育館棟だからだろうか。人の気配は感じられない。

 さすがは名門私立校。校舎が綺麗なことで。


「ここが剣道場。履いてるもんだけ脱いで入れ」


 早瀬くんはそう言うと履いていた上履きを脱いで剣道場へ入る。私もスリッパを脱いで道場へ入った。あの、何とも言えない剣道の匂いが嗅覚を刺激する。

 防具が並ぶ壁側の真ん中に、早瀬と書かれた防具が置いてある。あれが、きっと早瀬くんの物だろう。

 私はドキドキとしながら剣道場を見渡す。


「もう少しで店番終わっから、それまでここで待ってられるか?」

「店番? 今幽霊やってたの?」

「ああ。見たら分かるだろ」


 私は少しワクワクしてきて、まじまじと早瀬くんを見つめてみる。そんな私に、早瀬くんは照れくさそうにする。


「んだよ」

「私、今早瀬くんの教室行ってみたい」

「は? やめろ、ちゃんと後で連れてってやるから」

「いーや。私は早瀬くんが幽霊やってる時に行きたい!」


 私はまるで駄々をこねる子供のように(すが)る。早瀬くんはまた耳を赤くさせて、そっぽを向いた。


「お願い、お化け屋敷行くだけだから」

「体調は?」

「今日はバッチリ。薬だってあるから、大丈夫」


 私は早瀬のおばちゃんがくれた、可愛い小さめのショルダーバッグから薬を取り出した。


「……委員長なら、良いか」


 早瀬くんがぽつりと呟くと、スマホを取り出して誰かに電話をかけた。

 早瀬くんは委員長、と呼ぶ相手に電話していた。どうやらその人に私と一緒にお化け屋敷に行って欲しいという電話をしたようだった。

 当の私はすっかり忘れてしまっていたけど、誰かに付き添ってもらった方が色んな意味で安心できる。早瀬くんの配慮が、嬉しかった。


 委員長さんは、メガネにポニーテールでいかにも真面目そうな女子生徒だった。私の案内に嫌な顔一つせず、笑顔で引き受けてくれた。優しい人だ。

 お化け屋敷はめちゃくちゃ怖かった。すごく凝っていて、お金とっても文句言われないんじゃないかって思うくらい。私は委員長さんの手を強く握りしめて無事に出口までたどり着いた。


「渡邊さん、だっけ。他校からわざわざ来てくれてありがとうね」

「え、あ、うん。すごく楽しかったよ。こちらこそ案内してくれてありがとう」


 そう笑顔でお礼を言ってくれた委員長さんに、私も少し動揺しながらお礼をした。早瀬くんは、私を他校の子って言ったんだ。確かに、他校の子ではあるんだけど。病気のことは黙ってくれた。


「にしても驚いたわ。あの一匹狼の早瀬くんが、まさか他校から女の子連れてくるなんて」


 私はその委員長さんの言葉に目を丸くする。イケメンだから、友達とか多いと思っていたのに。まあでも、あの性格なら一匹狼してるのも想像できる。


「悪いやつじゃ、ないでしょ? 最近、早瀬くんが感情を見せるようになったのはあなたのおかげなのかもね。お幸せに」


 お幸せに。その言葉が脳内を駆け巡る。どういう意味で言ったんだろう。いや、それで変な動揺を見せて早瀬くんがからかわれるようになるのも悪い。私は私なりに平然を保っていた。

 そんな私を見て委員長さんは、上品に笑って私に手を振ると、教室の中に入っていった。それと同時に背後から早瀬くんが走って戻ってきた。制服を着て、顔は元通りの色をしている。


「委員長が、笑ってる……。何話してたんだ?」

「女の子の秘密」


 私は早瀬くんの唇の前に自分の人差し指を突き出す。早瀬くんは首を傾げたが、私はそんな早瀬くんを見て笑い出す。そして、次は私が早瀬くんの手を引いて歩き出す。


「他にはどんな出し物があるの? たくさん、連れてってよ」


 その日は私のお願い通り、たくさんのことをさせてもらった。メイド喫茶、射的、演劇などなど。

 一匹狼と呼ばれる割には他クラス、他学年に早瀬くんを知る人がたくさんいて、値引きもさせてもらっていた。私たちの仲を冷やかす人もたくさんいたけどね。


 すごく楽しかった。こんなに気持ちが昂っているのは初めて。温かな人たちばかりで、たくさん笑った。本当に、素敵な時間だった。

 また、来年も行きたいなんて思って。

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