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終わる世界で、君に恋をする。  作者: 白鷺緋翠
6/13

月が綺麗ですね

 秋になったのに、まだ蒸し暑い。風が冷たくなったのかな、と薄々疑問に思うだけ。夏とほぼほぼ変わらない。


 早瀬くんの学校は二学期が始まり、また忙しさが戻った。九月に体育祭があるとか何とかで余計に忙しいという。

 最近はそんなこともあって、なかなか会えない。その代わりに早瀬のおばちゃんがたくさん話しかけてくれるようになったから、暇はしていない。だけど最近、私の病室はたちまち看護師のおばちゃんたちの愚痴吐き場になりつつある。うちの息子がどうだの、夫がどうだの、野菜が高いだの、そんなとこ。人生の勉強になるな、とか思いながら聞いている。


 早瀬くんはあんなことがあった後も、何事もなかったかのように振る舞ってくれている。

 私があの時、あんな反応を示したのは病気が原因でもある。

 病気が発症したのも最近。

 昔から体が良くなくて入院を繰り返していた時。動悸などに悩まされるようになって、検査をしたら病気が見つかった。よく分からないけど、病気が進行した状態で見つかったからかなり危ない状態らしい。それで、死を宣告されたのだから。怖いなと思った。私は、ずっと何事も他人事のように感じていた。


 死は、いつも私のそばにいるから。


 母は私を産んですぐに亡くなった。元々体が弱くて出産に耐えられなかったとか、言ってた気がする。

 父も私が小さい頃に過労死で亡くなった。男手一人で育てようと頑張りすぎて、会社の仮眠室で見つかって、病院に運ばれて死亡が確認された。

 産まれた時からあまり体が良くなかった私に、何とか良くなってもらおうと人一倍頑張ってくれた父。そんな父が、今でも大好き。どんな顔だったとかは全く覚えていないけど、とても優しい人だったのは覚えてる。母も、どんな人かは分からないけど写真の中の母はとても良い人そうだ。

 早瀬親子みたいに、私も二人に似たところが一つはあるのかな。あるとしたら、それはどこだろう。そんなことを考えるのは、寂しくも少し楽しかった。天国に行けば会えるのかな、なんて思いもしていた。


 でも、最近はそんなこと思えていない。早瀬くんに出会ったから。毎日が楽しくて、今を生きている心地がして、それがすごく嬉しくて。私は生きたいと願っていた。明日はどんな天気になるのか、とかそんな些細なことさえ楽しみになったのだ。


「日和ちゃん、お邪魔するわね」


 そう早瀬のおばちゃんの声がする。


「どうしたんですか? まだ、夜ご飯にしては早いですよね」

「もう、私はご飯運ぶ給食のおばちゃんじゃないのよ。今日、何の日か知ってる?」

「今日……? 勤労感謝の日とか?」

「それは十一月よ。中秋の名月らしいわよ。おばちゃんと一緒に屋上のお庭で月を見に行かない?」


 おばちゃんは人の良さそうな笑顔を私に向ける。中秋の名月か。こんなに暑いのに、立派に秋なんだ。

 でも、たまには現実を忘れて月を見るのも悪くないかもしれない。

 私はおばちゃんのその誘いに頷いた。おばちゃんは万歳までして喜んだ。


「じゃあ、屋上を特別に開けといてあげるから夜の二十一時にいらっしゃいね」


 おばちゃんはそれだけ言って病室を出ていった。本当に、嵐みたいな人。

 ここの病院は屋上にちょっとしたガーデンみたいなものがある。でも、自殺防止だか分からないけれど一般的には封鎖されている。看護師や医師の許可が下りて、鍵を開けてもらって付き添ってもらわないといけない。

 せっかく綺麗なガーデンを作ったのに、もったいないよね。

 本当に綺麗なんだよ。色とりどりの花が咲いて、緑のいい匂いがしてお洒落なフラワーアーチの下にあるベンチに座る時が幸せだったりする。

 そんな場所で月を見れるなんて。入院してて良かったと思える。


 いつも楽しくない味気のない食事の時間も、何だか今日は箸がよく進んだ。どうせ最後なんだし、思いっきり楽しんだって良いよね。


 そうしてあっという間に約束の時間になり、私は一人で屋上へと向かう。早瀬のおばちゃんが夜ご飯を届けた時に、先に行っててと言われたので、少し不安になりながらエレベーターで屋上へ向かう。

 自殺したいのかって誰かに見つかって怒られたらどうしよう。月が見れなくなっちゃうかもしれない。

 無事に屋上に着いたけれど、まだおばちゃんの姿は見えない。ゆっくりと歩きながらガーデンの石畳の道を歩く。


 人がいる。屋上に誰かいる。おばちゃんじゃない。おばちゃんはもうちょっと、横に大きいもの。それにその人は男性っぽい。まさか、不法侵入?

 私はそのまま後退りしてエレベーターに戻ろうとした。その時、石を踏んでしまって、音が屋上に響いた。

 私は全身が震え出した。終わった。私の人生一年も経たずに終わった。おばちゃん、憎んでやるからね……。


「母さん?」


 その男性が振り返ってそう尋ねる。その声は、よく聞く声で。


「早瀬くん? 早瀬くんなの?」


 私は立ち止まったまま尋ねる。すると、その男性が走って私に近づいた。暗くて見えなかった姿が、エレベーターの周りにあるライトに照らされて顕になる。それは、確かに早瀬くんだった。

 私はどっと力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。不法侵入の知らない人じゃなくて良かった。


「母さんは?」

「私もおばちゃんに誘われてここに来たの。早瀬くんも?」

「……そういうことか。後で質問攻めしなきゃな」


 早瀬くんは右手で口を覆いながらどこかを睨んでそう言う。何を質問するんだろうか。


「あ、あれってお月見団子? 初めてみた!」


 私は視界に入ったお月見団子目がけて歩く。本当は走りたいけど、怖いから歩く。気持ちは全力ダッシュしてるからね。


「美味しそう……。ね、一つ食べても」

「勝手に食え。それ母さんの手作りだから美味いと思うし」


 私は、ブルーシートに置かれていた団子を一つ手に取って、一口サイズにちぎって食べる。もちもちとしていて、ほんのりと口の中が団子の匂いでいっぱいになっていく。とっても美味しい。私は夢中になって団子を食べる。


「花より団子ならぬ、月より団子だな。俺も食お」


 そう言って私たちはシートの上に座って団子を食べる。二個食べ終えた私はシートの上にごろん、と横になった。早瀬くんは私を真似て横になる。私たちは星空が広がる夜空を目に焼きつける。


「うわ、すごいよ。月が、あんなに丸くて……綺麗」

「本当だな。綺麗だ」


 私はその言葉にドキッとした。私のことを言ったわけじゃなくて、月のことを言ったのはわかっている。でも、その言い方が何だかすごく優しくて、私は心を掴まれてしまう。

 愛おしく月を見る早瀬くんは、月より綺麗だった。

 そして私は何となく憧れていたセリフを言う。口説き文句だけど、こんな月と、君を目の前にしたら言いたくもなるじゃない?


 月が、綺麗ですねって。

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