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終わる世界で、君に恋をする。  作者: 白鷺緋翠
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暑くて、涼しい夏

 早瀬くんの高校で夏休みが開始してからもう二週間ほど経った。とにかく暑い。

 八月の暑さって、もはや人殺しだよね。熱中症で死人だって出てるし。地球温暖化怖い。太陽もうちょっと加減覚えてよね。

 私は比較的涼しい病室でそんなことを思う。外に出てる人とかクーラーが使えない人の方が暑いのに、贅沢なことを言うもんだ。


「あちぃ」


 扉が開く音と共に早瀬くんの声が耳に入る。早瀬くんは手で煽りながらぐったりとした様子で現れた。その顔から今日の異様な暑さがしみじみと伝わってくる。


「お疲れ様。今日も部活?」

「ああ。大会も終わって、三年がいなくなったから緩くはなったけどな。緩くなったとはいえ、剣道は暑すぎる」


 早瀬くんはいつにも増して疲れきっていて、椅子に座るなり死んだように動かなくなる。毎日、お疲れ様です。


「汗臭かったから一回帰って、こっち来たんだ。シャワー浴びたはずなのに、意味なかったくらい汗かいたし」


 その早瀬くんの言葉通り、早瀬くんの額には汗がびっしりと流れている。本当に暑そう。


「そうだ。病院のすぐそばにコンビニがあるんだけど、一緒に行かない?」

「病室出ても大丈夫なのか?」

「ちょっとくらい問題ないよ。そのために近くにコンビニがあると言っても過言じゃないわ。きっとね」


 私は微笑んで身を乗り出した。こんな暑い日はやっぱりアレを食べるに限るんじゃないの?

 私は半ば強引に早瀬くんの手を引いて病室から出る。それでも勝手に病院を出るわけにはいかないので、早瀬のおばちゃんと主治医の先生にその旨を伝えて外に出た。日傘を持って。目の前のコンビニに行くだけなのに、早瀬のおばちゃん、過保護なんだから。


 コンビニは涼しかった。病院も涼しいけど、外の開放感も相まって涼しさが増して感じられた。それにアイス売り場なんてくっついていたいくらい。

 私はアイス売り場である物を見つけると、それを早瀬くんの顔の目の前に突き出した。


「ほら、あった! ギャリギャリ君。暑い夏は、やっぱりこれでしょ」

「ギャリギャリ君か。確かに暑い夏に一番食べたい物だよな。渡邊さんは、何味にすんの?」


 私はその言葉に持っていたギャリギャリ君を落としてしまう。グシャ、と中身が砕けた音が店に広がる。早瀬くんは慌ててそれを拾ってくれる。でも、私にはそれを拾うことも早瀬くんや店員さんに謝ることもできなかった。

 だって、そんなこと言われたら。


「店員さん、これ俺が買います。ついでにこっちも。あとアイスティーを一つ」


 私はアイス売り場で立ち尽くしているだけで、早瀬くんは私が落としてしまったアイスともう一つ別のギャリギャリ君とアイスティーを買った。なんて、情けない。私だって同い年で高校生なのに。何もできない。


「渡邊さん、帰ろう」


 早瀬くんにそう言われ、私は心臓が変に鳴る中、店員さんに一礼だけしてコンビニを出た。

 気まずかった。私が買いに行こうなんて言い出したのに。私が言わなかったら、こんな嫌な気持ちにならなかったのに。早瀬くんに、お金を無駄に払わせずに済んだのに。


「渡邊さんはアイスティーで良かった? なんかこの前、アイスティーが飲みたいだの言ってたから買っちまったけど」

「え、うん。ありがとう、飲みたかった」


 私は一生懸命笑顔を作って答える。多分、酷い顔をしていたと思う。でも、笑わないよりマシだ。私って、なんて最低。


「俺、腹減ってたし暑かったから二個食べたいと思ってたところだったんだ。ソーダにパイナップル。最高の組み合わせだと思わね?」


 早瀬くんは歯を見せて笑う。その笑顔を見る度に私の心は苦しくなる。無理、させてるんじゃないのかな。


「……ごめんなさい、お金払わせて。アイス落としちゃって、店員さんに謝ってくれて、ごめんなさい」


 私は服を握りしめながら言う。唇を強く噛んで溢れ出てきそうな涙を堪える。でも、私の努力虚しく涙はぽろぽろと私の頬を伝う。

 そんな私を見た早瀬くんは慌て出す。

 違うんだよ。早瀬くんが悪いんじゃないの。私の無力感とかに、悔しくなっただけ。何もできなかった私が憎いだけなの。本当に、ごめんなさい。


「何言ってんだよ。俺が二個買いたかったし、無神経なこと聞いた俺も悪い。ほら、二人で悪いとこあったからお互い様だろ」


 早瀬くんはそう笑って先に歩き出した。

 どうして。怒ってるでしょ。やった張本人が立ったままだったら、ムカつくでしょ。お前が謝れ。お前が払えって。普通、そうなるでしょ。なんで、早瀬くんはそんなに優しいの?


「早く来いよ。アイス溶けちまうからよ」


 早瀬くんはそう言って病院の目の前で立っている。

 その優しさに甘える人がいたら、どうするのよ。私みたいに、甘えてしまったら早瀬くんは。


「ったく、世話が焼けるな。こういう時はありがたく思っときゃ良いんだよ。ラッキーっつってな」


 いつの間にか病院の前から私の所まで戻ってきてくれた早瀬くんは、そう言うなり私の手を引いて歩き出す。私は早瀬くんにされるがままで。

 早瀬くんのその右手は、今までアイスティーを持っていたからか気持ちが良くなる冷たさだった。変な意味じゃないけど、ずっと繋いでいたいと思うくらい。

 暑いけれど、私はこの早瀬くんの温かさにもう少しだけ触れていたかった。


 この後、私たちの様子を見ていた看護師のおばちゃんたちが早瀬くんをかなりからかったとか。

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