初めての友達
暇だ。
窓から見る桜の、なんて美しくないことだろう。横から見る桜なんて見たくない。下から、自分よりうんと大きな木の枝の先にある綺麗な桃色の花を見ていたい。
私は入院中だ。そう簡単に病室から出るなんてできないらしい。
別に、ちょっとくらい出てもいいじゃない。
私はそう不貞腐れながら窓と反対方向を向いて寝っ転がる。
高校生って、部活してバイトして。友達とバカ騒ぎして、彼氏とデートなんてして。それで、うるさすぎてたまに大人から怒られるんでしょ?
……楽しそう。いいな。羨ましいな。
なんで私だけ、それの一つもできないんだろう。
自分が嫌になりながらもこの前担当医師に言われた言葉を思い出す。
私の余命、もうないんだって。一年も生きられないの。この桜だって、人生最後になるかもしれない。
なのにね、こんなにも美しくないの。綺麗じゃないの。
逆に、見てるだけで腹が立ってくる。嫌気がさす。こんな花、さっさと枯れちゃえって。そう思ってくる。
友達もいないから、誰も見舞いになんて来やしない。高校に進学したって、入学式からいないんだから当たり前なんだけど。
見舞いに来てくれる友達が一人でもいたら、こんなに退屈しなくて済んだのに。
毎日同じことを繰り返すだけの日々が、少しでも変わったかもしれないのに。
そんな儚く消えていくだけの叶わない望みをずっと、抱き続けている。
「おはよう。渡邊さん」
そう声をかけてくるのは看護師のおばちゃんだ。毎日の健康観察的なことをしに決まった時間に来る。
おばちゃんには私と同い年くらいのお子さんがいるそうで、その子の話をしてくれる。
この人が話してくれることが、私の退屈な日々の唯一の楽しみだった。毎日、違う話を聞けるから。
でも、たかが健康観察だからすぐにおばちゃんは行ってしまう。この話も、私の健康観察の一環なのだろう。
寝よう。何もしないで天井を見てるくらいなら、寝てる方がマシだもの。
おやすみ。
私は心の中で、誰かに向けてそう言った。
目を開けた。夕方だ。
そんな寝てしまったのかと思ってもどうせ何もやることがないから、目を開けたまま視線を窓の方へ移した。
何かがおかしい。窓の方を向いたはずなのに、桜が見えない。誰かが椅子に座ってる?……誰?
ツーブロックの短い黒髪。両耳にはピアスをつけていてつり目。
ヤンキー感つよ。
「……はよ」
私は自分のベッドの隣に知らない誰かが、そして男子がいることを怪訝に思っていると、低い声でそう、その男子が言った。
「あなたは、誰?」
「俺は、早瀬桜羽」
私はその早瀬という名字に聞き覚えがあった。
「もしかして、お母さんって看護師?」
「ああ」
やっぱり。そう思って私は歯を出して笑う。
こんな素っ気ない子だったんだ。あんなうるさいおばちゃんと血が通ってるなんて思えない。
「何笑ってんだよ。ったく、母さんも何がしたいんだか……」
「ねえ、早瀬桜羽くん。私のお友達になってよ」
「友達? んで俺みたいなガラの悪いやつを。お前みたいなやつは、もっとキラキラしたやつを友達にしろよ」
「そうは言ってもそんな機会ないしさ。私、同年代の人と話したのほんと久しぶりなの。ねね、いいじゃん。友達くらい、いいでしょ? ね?」
私は半ば強引に彼に迫る。彼は引き気味だったが、少し顔を赤らめて右耳辺りを掻きながら頷いた。
「まあ、友達くらい……。で、お前の名前は?」
「あ、そうだったね。私は渡邊日和よろしくね」
「ん。よろしく、渡邊さん」
私は最後の春に、人生で初めて友達ができた。