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3.おいでませ、仮想現実へ


「あー、ごめん。そういえば他の部活の勧誘も受けてたんだった」


 無事に授業が終わり、放課後に集まった綾と出雲に告げたのはそんな一言だった。

 残念そうにする綾には申し訳ないが、こっちにも事情がある。


「綾には茶道部に誘ってもらってありがたかったけど、さすがに勧誘されて保留したままなのは悪いからさ、今日はそっち真剣に検討しにいってくる」

「剣道部終わった後でよかったら、一緒に帰れるんじゃないか?」

「待たせるほどの用事でもないしさ。というか、茶道部だって終わる時間同じくらいなんだし、たまには二人でデートくらいしてくりゃいいじゃんか」


 意地悪く笑ってそう返すと、二人揃って視線を逸らすあたり息があってるなぁと思う。


「…充も結構最近言うようになったな」

「へ! 今に見てろよ。オレだって、すげぇ美人の彼女作って見せつけてやるからな」


 出雲の脇を軽く肘で小突いてからカバンを手にする。

 そのまま、教室を出て部活へと急ぐ生徒たちで賑わう廊下を歩きだした。

 正直なところ、勧誘されてる部活なんてものはない。

 大嘘もいいところである。


 確かに入学式から二週間弱の期間はどこの部活もひっきりなしに通りすがりの新入生を勧誘していたため、例に漏れずオレも声をかけられていたが、そこまで真剣に勧誘されていたりはしない。


 が、正直茶道部に入る、というのは真剣に考えれば有り得ない選択。


 何が哀しくて今は親友の彼女になっている初恋の相手と同じ部活に入らねばならないのか!? どんな生殺しプレイのはじまりですか!? と世界の中心で哀を叫んでしまうくらいの。

 かといってバカ正直にそれを言って、これまで培ってきた友情に変化が生じても困る。結論として根性なしのオレは適当な口実を作るハメに陥ったのだった。


 そのまま第一校舎を出る。


 入口の上に掲げられている隼とランタナの花をあしらった紋は、ここ「飛鳥市立第二高等学校」のシンボル、つまるところの校章であり学生服のバッジにも採用されている。

 その花言葉からか、校風として「協力」とか「計画性」が重視されており、その一貫として生徒の部活動への全員参加などが決められている。委員会やら部活以外に参加しているものがある、などの特段の事情のない限り基本的には強制という面倒なもの。おかげで市内では文武両道をモットーにした部活が盛んな校風、という認識が一般的だ。


 さて、とりあえず口実を作って一人になってみると問題がひとつある。


 ああいう言い方をしてしまった以上、明日までにどこかの部活に入って口裏を合わせておいてもらわないといけないということだ。

 とはいうものの、実はこの学校、結構なマンモス校であり、それゆえ部活の数もハンパなく多い。だから探せば割と楽で簡単でノンビリ出来て面倒くさくなく手っ取り早い部活があるに違いない!

 そんな希望的観測を抱きつつ、オレは旧校舎へと急ぐ。


 やってきた旧校舎は昨年直したばかりの建物で、正直生徒が授業を受けている校舎と比べても遜色のない新しさだった。

 確か担任によると、一昨年、編成の都合で飛鳥市立第三高等学校と合併することとなりこれまで使っていた旧校舎から、新設された大きな新校舎へ学び舎を移した。その後、旧校舎は取り壊される予定だったものの、直せば使えるのではないか、という方向へ計画が変わり、内外装の遣り替え、構造の補強などを経て今では部室棟として使われているんだそうな。


 茶道部の茶室やら、剣道部などの武道系道場などはこことは別なので見るのも気楽だ。


 かなり徹底して手を入れたので当時、心無い人は市長と出入り業者の癒着とかあるんじゃないかとか言ってたけど、いち高校生としてはわかりませんので、あしからず。


 とにもかくにも、どんな部活があるのか調べなければ話は進まない。

 そう意気込んで校舎内へと足を進める。


 廊下の左右の壁にずら、っと扉があり小さな表札のようなものが掛けられている。いくつか空部屋もあるようだが、時折(おそらく運動部かな?)校庭へ向かうために集団が出てきて廊下を走っていったり、部室の中から騒ぐ声がかすかに聞こえていたりと、とにかく活気に溢れていた。

 もっとアウェーな感じになるのかと思いきや、廊下を歩いてみると意外とのんびり見て回れそうな雰囲気なのは助かった。

 多分これだけの人数だから、顔見知りでない者が校舎に出入りしても余り気にならないせいなんだろうな。そんな思いで各部の名前を目で追っていく。


 陸上部、サッカー部、野球部、ラグビー部…。


 このへんちょっと汗臭い気がするのは気のせいではないような…。

 真面目に考えてもこのへんは体力的にキツすぎるねぇ。


 うん、却下。


 手芸部、美術部、吹奏楽部、合唱部…。


 センスが要求されそうなこのへんも敷居結構高い…うーん。

 どっかに帰宅部ってないかな。

 ないって言われたことは忘れてないが、それでも一縷の望みくらいは……。


 書道部、詩道部、考古学同好会、歴史同好会、動物研究会…。


 いや、同好会も入ってることにも吃驚したが、そもそも詩に道があったのにさらに吃驚である。おそるべし、ポエマー。

 この活動しているときに書いたノートとか、将来黒歴史とかにならないことを祈ってあげよう。


「しっかし、こうして見ると大概のもんがあるなぁ…」


 見れば見るほど決めかねてしまうのが、優柔不断の高校生クォリティである。

 半ば途方に暮れつつ歩いているとふとゲーム部の文字が目に入った。


「確か、朝話題に出てたところだ、ここ」


 ちょっと気になったので扉を開けようとしてみると、中から声が聞こえてくる。


「よし! イケメンサッカー選手の職についたぞーッ」

「うわ~、先こされた~」

「ふ、幼馴染と結婚済みのボクに隙はなかった!」

「次オレオレ! さぁいよいよ年金生活だ! ドローッ!」


 ど、どういうゲームなんだ…?

 思わずその場で固まる。


「ぐはー!? ここで子供に反抗期かー!」

「しかも子供は体格が良かったはずだな! 不良になったら実力ポイントがないと押さえ込めず父の威厳が急転直下になる!」

「もしや、あれは必殺コンボ“中二の夜”!!?」

「は、謀ったなッ!?」


 弾む悲喜こもごもの会話とカードを捲る音。

 そう、人生カードゲームとやらに興じているに違いない。

 ………なんか色々と心が折れそうなので、扉を開けようとした手をそっと戻したオレに、


「あれ? ミッキーやんか。何してんねん、ここで」


 タイミングよく背後から声をかけた人物がいた。

 よばれた声に振り返ると、そこにはメガネをかけたトンガリ頭の青年が立っていた。


「あー、えー、っと。誰だっけ?」


 頬を掻きながらそう答えると目の前の人物は思わずズッコけそうになる。

 うむ、このノリ、間違いなく本物だ。


「いやいやいや、自分、今日も同じクラスにおったやんか!? むしろ始業式から話しかけた仲なんをいきなり忘れるとか、どんな高度なボケやねん!?」

「ごめんごめん、冗談だって。ジョー」


 始業式でたまたま隣の席だったので話しかけて以来の友人。



 クラスメイトの丸塚(マルヅカ) 丈一(ジョウイチ)



 名前が丈一なのでジョーと呼んでいる。

 アイツがオレのことをミッキーと呼ぶ理由については聞いてみたんだが、そのときのジョーは意地の悪い顔をしただけだった。よって苗字からなのか、名前からなのか、はたまたどこかの鼠王国からなのかは不明である。


「ま、ええわ。そんで何しとったん?」

「ぶっちゃけると入る部活がなくて、どうしようか迷ってた」

「ああ、そうなんか。いうても今開けようとしとった、ゲーム部はやめといたほうがええで?」

「………今、実感したとこ」

「…さよか」


 世の中はなかなか上手くいかない。

 がっくりした様子のオレを見てジョーは何かを思いついたようだ。


「それやったら丁度ええやん。今から部活いくとこやから、うちの部活ちぃとばかり見ていったら?」

「……せっかくなんで、そうさせてもらおうかな」


 今のままではどうにもならないわけだし、せっかくなのでひとつくらい詳しく見学していっても罰は当たるまい。

 そう結論づけて案内されるままについていく。


「さすがにこんだけ数あると迷うよなぁ」

「確かに。せやから普通の学校よりも入部決定まで長く期間取ってんねやろ」

「そうなの?」

「例えば運動部やったとして。普通、部活いうたらゴールデンウィークに合宿とか強化試合とかやるもんやろ。そこに参加したり準備せなあかんことを考えたら四月中が締切、いうんが大抵の学校やで」


 言われりゃ納得である。

 確かに出雲なんかは剣道部の強化合宿やってたし。

 ふと腕についているアナログ式の時計の日付を見れば、今日は5月8日。ゴールデンウィークは絶好調でぶっちぎっている。


「運動部か~、憧れはあるんだけど、さすがに中学まで帰宅部やってた身にはハードル高いや」

「高校から打ち込む奴も結構おるんやし、後はどれくらい気合はいっとるかやと思うけど。ま、悩むのも青春や~、て思たらちょっと気楽になると思うで」

「……時々思うけど、ジョーってたまに発想が年齢詐称してないか」

「うっさいわ」


 軽口を叩きあいながら階段を登っていく。


「まぁ部活いうても、部によっては気楽にやっとるとこも多いんやで? 別に毎日こんでもええ、みたいな緩~いノリでやっとるし。さすがに一週間に一度は最低でも顔出しとき、とは言われるけど」

「へ~。それくらいのほうが合ってるのかも」

「高校入ってバイトとかやりたいこと多い連中もおるやろし。部活だけじゃ味気ない思た先輩方がおったから、今こんな色々な部活があるんやろねぇ」

「ありがたいこって。そういや、ジョーの入ってる部活ってどこ?」

「そない急がんでもすぐわかるわ」


 そう言ってジョーはとある扉の前で立ち止まった。

 そこに書かれていたのは「オンラインゲーム部」という表札。


「よし、帰ろう」

「うっそぉ!? なんでや!?」

「もうゲームとかはさっきの人生カードゲームの音聞いて懲りたんだよっ!」

「うっわ、今すっごい一緒くたにしおったな!? なんで、あない赫々たるキワモノ的なんと一緒にされなあかんねんっ!?」

「掴むなよッ、制服伸びんだろ!? いいから離せ!」

「殿~、電柱でござる~ッ」


 それをいうなら電柱じゃなくて殿中だ。

 さらに殿じゃないし、ここは旧校舎であって殿中ですらない。


「……わかったよ。とりあえずそのいつでもボケを忘れない心意気に免じて見学はしてくよ」

「うんうん、わかってくれると思てたわ」


 こいつとは末永い友人でいれるんじゃないか、とは思っている。

 中に入ると数人の部員と、えらくゴツい機械が置いてあった。形状としては公衆電話のボックスをふた周りくらい大きくした黒い光沢のある塊。扉があるようで継ぎ目が見えていたりするその機械には、タップから伸びたケーブルやらコードやらが接続されていた。


 ジョーに紹介してもらい部長らしき人に挨拶した後、おそるおそる機械に近づく。


「もしかして」

「もしかせんでも、これがうちで使っとるゲーム機やで」

「家にあるのとサイズも形も違いすぎるんだけども…」

「そりゃ家庭用とは違うやろ。これ、商品化する前のやつやし。ほれ、結構前にヴァーチャルリアリティとかいう言葉流行っとったやろ。あそこまでゲームの世界に五感を没頭させよ思たら、どうしてもこれくらいになるねん」

「…色々ツッコみたいところはあるんだけども。とりあえずなんで商品化もしてないのがここにあるんだよ」

「あー、ここの卒業生がやっとる会社が結構デカいオンラインゲームの会社やってな。そのツテでトライアルの一環で回してもろてるんや。世の中もつべきなんはコネやな。


 ミッキーはあんまりゲームはせんほうなんか?」


「中学の頃は少しやってたけども。受験でやめてから全然やってないなぁ。そもそもオンラインゲームって何さ?」


 その質問にジョーは目を丸くした。


「それシャレか? シャレのつもりなんか? いまどきオンラインゲームすら知らへん高校生がおるやなんて…」

「よし、帰る」

「落ち着くんや! 傷はもう深いで!」


 そりゃどこの救急隊のセリフだ。

 ってか深かったら致命傷じゃないか!?

 とりあえず心の中でツッコむだけにしてスルーし、


「とりあえず教えてくれ」

「さっすがミッキー。すぐにポジティブになれるんはええところやと思うで。さてさて、オンラインゲームなんやけども、要はネット回線使て繋がってるゲームのことやね。だからオン・ラインなわけや。

 オンラインで繋がってると何が違うかいうたら、一般的には参加しとる全員がひとつの世界を共有してそこで一緒に冒険したり遊んだりできるようになるねん」

「チャットみたいなもん?」

「…チャットは知っとんのに、MMORPGはわからへんのか…。まぁ、オフラインのゲームがやってる本人しか参加できない世界で遊ぶのに対して、オンラインゲームいうんは全員が主人公になって遊べる、いうんが違いやね。

 多数で共有して楽しむいう意味やったら、チャットみたいなもんいう評価も遠からじ、や」

「オッケー。大体わかったような気がする」

「…自分、説明書読まへんで家電使い始めるタイプやろ?」


 なぜそれを知っている。


「まぁ、百聞は一見にしかず、とも言うし。ちょっと入ってみよか」

「早っ!?」


 手近にあったボタンを押すと、プシュッという空気が少し抜ける音がして黒い機械の側面の扉がスライドしていく。中は球体の内部のようになっており、何やら頭につけるらしいゴテゴテしたゴーグルっぽいものが置かれていて、その下には黒いウェットスーツみたいなものが畳んてあった。


「中で着替えたら荷物は外に出しといてな。ああ、下着はつけたままでええで。ゴーグルは自分だけやったら慣れへんうちはつけられへんと思うし、着替え終わったら呼んでや」

「いやいやいや、展開早くないっ!? っていうかなんで一台しかないマシンをいきなり見学者に使わせるのっ!?」


 周囲を見ると部員たちは生暖かく見守ってくれている。


「えー? 一度体験させてハマってもろたら、いっそてっとり早く部員が増えるやんとか、そないなこと全然これっぽっちもまったく考えてへんよ?」

「本音漏れてる漏れてるッ」


 ツッコミも虚しくマシンの中に押し込められてしまったオレは仕方なく着替えを始めた。幸いなことに扉が締まると、自動で内部に明かりが灯るので不自由はない。

 着ることになったウェットスーツっぽいやつは手先まであるタイプでサイズだけ心配だったが、すこし無理をして着ると馴染んでいくように体格や手の大きさにマッチしてくれた。ずいぶんと伸縮性のよい素材のようだ。一般的に普及を目指しているならある程度の幅をフォローできないといけないんだろう。


 着替え終わるとゴーグルを装着された。


 ゴーグルはまるで天使の輪のように丸い形をしており、目から耳、そして頭の後ろまでカバーしている。輪っかのハマりすぎた孫悟空が頭をよぎったのは内緒だ。

 何も見えない中、頭の色々なところに吸盤みたいなものがぺたぺた張り付けられた。多分ゴーグルの周囲につけられていたコードがなんだろうな。


「とりあえず体験やし、1時間くらい遊んできぃや。さっきはあないなこと言うたけど、ほんまに気にいってもらえへんかっても、無理に入部させよとかは思てへんから」

「あいよ」


 ジョーの気配が遠ざかる。

 少ししてまた空気の抜ける音がして扉が締まる。

 視界は真っ暗闇の中。

 ゴーグルの耳の部分についていたのだろう、シャッターがスライドし周囲の音も聞こえなくなる。

 そのまま待つことしばし。


 視界に光が走った。



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