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1.三木 充


 まず最初に言うべき言葉は決まっている。

 これを言わずに一日は始まらない。

 夢現で半分弱くらいだけ覚醒した鈍い頭でも、それくらいはわかる。


「……まだ眠い」


 もぞもぞと動きつつ、そう呟く。

 布団の中で動かす身体は予兆を感じとっているのか、かすかに緊張する。


 そう。

 毎日続く歴戦の経験は、すでに体に叩き込まれていたのだ。

 すぐにやってくるであろうそれ(・・)にちょっとだけ身構え―――


 ―――目覚ましが鳴る。


 続く眠りの興亡、この一戦に有り!

 いや、昨夜読んでた漫画のパロディやめろ。

 大半眠ったままの意識が変な連想やら妄想やら夢を浮かべている中、まだ眠っていたいと強く願う。

 すると、けたたましく鳴り響いていたミスター目覚まし時計くん(2,800円・目覚まし音声は複数あり、録音による作成も可能品)は静かになってくれた。どうやら主人の意図を汲み取って納得してくれたようだ。


 決して、鳴った瞬間に手慣れた動きでサクっと電池を抜いたから止まっているわけではない。


 決して、一度止めても鳴るスヌーズ機能がついているから電池が抜かれているわけではない。


(ミツル)~、早く起きないと遅刻するわよ~?」


 階下から母親の声が聞こえた気がするが幻聴だ。


 きっとそうに違いない。

 オレは惑わされない。

 自分で決めたこの眠りを続けるんだ。


「いや、起きろよ」

「ぶぎゃっ!?」


 突然、凄い力でベッドから叩き落された。

 そのままフローリングに頭を打ちつけ悶絶する。

 床をごろごろと転がり、なんとか痛みが小さくなるまで堪えてから、目の前で仁王立ちしている相手を見る。


「痛いだろ! この馬鹿兄貴ィ~ッ!?」

「そりゃこっちのセリフだ! いい加減高校生にもなって、なんでまともに朝起きれねぇんだ! 毎度毎度起こしに来させられる(オレ)の身にもなりやがれ」

「高校生だろうがなんだろうが眠いもんは眠いんだよ!」

「眠くてもオマエ以外みんな起きてんだろうが!」


 よっつ上の大学生である兄貴への抗議は華麗にスルーされた。

 そのまま一通りギャーギャーと朝恒例のやりとりを繰り返す。


「二度寝すんなよ! …ったく、こんなことならもっと遠い大学にしとけば一人暮らしできたのに―――」


 最後に、いつも通り釘を刺してからぶつぶつ言いながら兄貴は部屋を出て行った。

 自分の選択が悪かったのを弟のせいにするなんて、まったくもってダメな兄貴である。


「うぐぐ…ちくしょーめ」


 さすっているうちに大分痛みがマシになってきた頭を押さえつつ、立ち上がる。

 オレだってこんな朝から男に起こしてもらうなんてむさ苦しい展開よりは、可愛い女の子に起こしてもらいたいと思うのだが、生憎そんな相手がいない。

 一応幼馴染はいるのだが、そういう関係でないのが現実の哀しさである。逆に元々いないよりも余計に哀しくなってくる気がするので余り深く考えないようにしよう、うん。


 眠気に後ろ髪をひかれつつ部屋を出、洗面所で顔を洗ってからダイニングへと向かう。

 ダイニングの壁にかかっている大き目の丸時計を見ると、時刻は午前七時といったところ。すでに日課となっている朝のジョギングを終えたのだろう父親は風呂上りらしくサッパリしてソファに座っていたが、朝の挨拶をするとテーブルへとやってきた。


 そのまま父親、母親、兄、そしてオレの4人がテーブルを囲む。


 用事のないときの朝食は皆で摂る主義の、うちのいつもの光景だ。


 その後、他愛のない話をしつつ食事を終えて、歯を磨いてから兄とトイレ争奪戦を繰り広げてから、ようやく制服に袖を通し、通学する。


 「三木」と書かれた表札が掲げられた家を出てみると、


「お~、いい天気。五月晴れってこういうのをいうのかな」


 見上げた空は快晴。

 どことなく気分を良くしつつ歩き始めた。


 これがオレ、三木(ミキ) (ミツル)の一日のはじまりだった。


 思えばこの日から、全てが巡り変わっていった。

 生憎預言者でも無いし特段勘も働かなかったオレには、そんな予兆はさっぱり感じ取れなかったけれど。


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