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12.最初の装備は…千変万化の武器?


 午前中の授業が終わりチャイムが鳴る。

 お昼時になった教室内はそれぞれの生徒が思い思いに昼食を取ろうとごった返している。

 弁当を広げる者、購買にパンを買いにいこうとする者、食堂の席を取ろうとダッシュしていく者、昼食代を浮かそうとお昼を抜いている者、早弁をしてしまって寝てる者、などなど。


 ざわつく教室内で、オレはノートをとっていた。

 1日休んだ分を取り戻すには3日かかる、とかなんとか誰か言ってたなぁ。

 現代には紙と筆記用具があるので、3日どころか数時間で終わる。まったく便利になったもんだ、文明の利器ってすばらしい。


 そんなことを思いながらせっせと綾から借りた昨日のノートをとる。


 昼も半ばが過ぎた頃ようやく全部写し終わり、無事オレは朝登校中にコンビニで買ってきたパンと野菜ジュースを机に置いて昼に取り掛かろうとしていた。


「なんや、せっかくの昼やっちゅうのにショボい飯食うてるなぁ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはいつも通り飄々とした顔をしたジョーがいた。


「そういうジョーは何食べたんだ?」

「んー、たまごサンドとコーラやな」

「その内容のどのへんがオレと違うか聞きたいメニューだな」


 ジョーと最後に会ったのは一昨日なので、そんなに日が経っていないはずなのに妙になつかしい気がする。色々あったからなぁ。


「なんや風邪ひいとったんやってなぁ」

「そうなんだよ。やっぱ4月から疲れが溜まってたのかねぇ」

「大事とっときや。6月入ったらすぐ中間テストなんやし、欠席してもうて補講とかキツいで」

「あー、そうだったな」

「お、なんや随分余裕やな。さてはミッキー、隠れて地道に勉強とかするタイプか?」

「なんでそうなる」


 多分一昨日までのオレだったら中間テスト、とか聞いたらもっとテンション落ちていたんだろうけどももっと切実に差し迫った問題があるせいか、あまり気にならないから不思議だ。どんなにテストの点が悪くても殺されることはないわけだし。

 ちなみにコツコツ勉強するほうかと聞かれたら、敢えてそこは一夜漬け万歳と答えるぞ。


「そやそや。言うの忘れる前に教えとかな。部活なんやけど来週の月曜日は来れるか?」

「んー、大丈夫だと思うぞ」

「そやったらよかった。あんな、今年の新入生集めて顔見せっちゅーか歓迎会みたいなんを予定しとるんよ。せやからミッキーも参加したってな」

「そんなにいたんだ?」

「昨日2人入ったから、ミッキー入れて4人やね、女の子もひとりおるで?」


 あまり増えてもパソコンとかの数の制限もあるだろうから、人数としては妥当なところかな?

 そうこうしている間に昼休みが終わり午後の授業が始った。

 ギリギリまでダベっていたジョーも席に戻り、数学の教師が入ってくる。

 さっきのジョーの話じゃないが、中間テストも近い。

 かといって今回は私生活でやることが増えそうなので一夜漬けも無理そうだ。学校の授業を真面目に受けて出来るだけ時間を有効に使おう。


【それがよかろう。なにせ日曜日は初陣という大一番が待っておるわけじゃからな】


「だよねぇ……あー、気が重い…」


 そんなこんなで午後の授業を終えてから、一度家に戻る。

 5時半から出雲と約束をしているのだが、私服で来てくれ、とのことなので帰る必要があるのだ。ちなみに出雲は部活があるので、終わってから持ってきておいた私服に着替えて合流するらしい。

 着替えてから一路待ち合わせ場所へ向かった。


 待ち合わせ場所は金座大路(かなくらおおじ)駅のロータリー。

 ちなみにオレたちの学校はその隣の学園通り駅、家の最寄りはさらに7つ先の緑横丁前(みどりよこちょうまえ)駅となる。


 金座大路は市内一の繁華街だ。


 元々飛鳥市を根城にしていた大名が金山から取れる金を鋳造するために作った職人町が元となっており、南北へと走る中央通りは市内を貫く幹線道路となっており大路の由来もここから来ている。

 ビルが立ち並び、シャレたショーウィンドウからクラシックなデパートなど様々な店が並ぶ街並みはショッピングなどにも最適で平日から多くの人で賑わっている。


「すまん、待たせたな」


 駅前のファーストフード店で飲み物だけ注文して粘っていると、出雲がやってきた。


 ガラ入りのロングTシャツの上に黒のテーラードジャケット、ヴィンテージジーンズ。いつものことだが私服になるととても高校生とは思えない佇まいだ。

 対するオレはカットソーのシャツにくすんだ色のパーカー、黒のスラックスという特にコーディネートとか考えてない適当な組み合わせである。


「いや、こっちこそ悪いな」

「気にするな。丁度入荷してる品がないか見に行こうと思っていた時期だったからな」


 話もそこそこに店へと向かう。

 中央通りをすこし歩き、通りと交差している路地へと入っていく。アンティークなどを扱う高そうな店の前をしばらく歩いたところに「蔵元屋」という店があった。

 入口には質、と書かれた看板が掛けられている。


「…質屋?」

「表向きはな」


 中に入ると20歳前後の男性がカウンターで暇そうにしていた。オレたちが入ってきたのを見ると、彼は慌てて「いらっしゃいませ」と告げるが、入ってきたのが出雲だとわかると安堵した。


「おやっさんはいるか?」

「いますよ、どうぞ」


 短いやり取りだけで、奥の関係者以外立ち入り禁止の扉へと進んでいく。その間のついていってるだけなオレの場違い感も膨れていったり。


【純粋な実力で負けているのは仕方なかろうが、気持ちでまで負けてどうする。ふぁいとじゃ、充】


 うぅ。

 その心遣いが身に染みるゼ…。


 通されたのは様々な武器が陳列された部屋。奥にカウンターがありこれまたゴツいスキンヘッドの男がのんびりと新聞を読んでいた。なぜか男の頭には「粋」と書かれている。

 室内は白一色の内装で統一されており、壁や棚に置かれている武具が映えるようになっている。残念ながら通常あるはずの値札や説明書きはない。

 刀、脇差、槍、弓、棒などなど。ちょっと変わったところでは棒手裏剣とか、独鈷なんてものまである。古いものから新しいものまで。さながらちょっとした博物館のようだ。


「おぅ! 出雲。しぶとく生きてやがったかい!」

「ああ、おやっさんの武具のお陰だよ。ちょっと見ていっていいかい?」

「勿論だ。生憎と入荷はないけどな。そっちのにいちゃんは初めてみたいだが知り合いかい?」

「友人だよ。装備を見繕ってやろうと思ってね」


 挨拶程度に会話をかわしてから出雲はこっちに向き直った。

 案内されるように店内の武具をひとつひとつ見て回る。


「なぁ、これ値段とかわかんないけど大丈夫か?」

主人公(プレイヤー)はステータスチェッカーで値段と使用条件見れるからな。充は好きな武器見てもらって、俺に聞いてもらえば説明するよ」


 ここでもまた発生する主人公プレイヤーとNPCの格差。

 早くNPCを脱出したいなぁ、と思った。


「使用条件って?」

「うぅむ…そうだな。例えばコイツだ」


 出雲は手元にあった刀を手に取った。


「コイツをもし使う場合、使用するための技能や能力の条件がある。例えばこれなら腕力が10、技巧が10、刀技能が15を要求される。それが使用条件というやつだ」

「……ちなみにオレのその腕力と技巧は?」

「小数点以下もあるけど、わかりやすくいうと腕力が6、技巧が5だな」


 はっはっは、半分くらいしかないや。

 どう見ても使いこなせる数値ではない。


「もし条件を満たしてなかったら?」

「武具は条件をどれくらい満たしているかどうかで性能を大きく変える。具体的には5段階くらいの違いが出てくる。例えばこの刀の場合で説明するぞ」


 まとめると、こういうことらしい。


 まず1段階目、その武器について素人同然のとき。これはステータス及び刀技能が足りていない場合。攻撃精度、速度、威力が激減する。


 次に2段階目、武器の扱いの駆け出し状態だな。技能は足りているがステータスが両方とも不足している場合をいう。この場合も攻撃精度、速度、威力が半減する。


 3段階目、ようやく熟練クラス。技能が足り、ステータスは必要な腕力と技巧のうち片方が足りないが、腕力と技巧の合計が武器の必要ステータス腕力10+技巧10の計である20を超えている、総合力は足りている場合。攻撃精度、速度、威力が若干減衰する。


 4段階目、ここまででようやくその武器の玄人。完全に必要能力を満たしている状態だから、普通にその武器の性能を引き出して使いこなすことが出来る。


 最後の5段階目、達人と呼ばれる領域。必要能力が全て5以上余裕があるときのことで、使い手の技量に武器が追いついてない状態でもある。逆にこの場合なら攻撃精度、速度、威力が通常からいくらか上乗せされる。


「余裕があればあるだけ上乗せもあがる。とはいえそこまでいったらさらに上位の武器に乗り換えた方が戦力は上昇するがな」

「なるほど」

「技能は使わないと伸ばすことは出来ないから、武器の種類は気にしなくていい。充はどれを使い始めても1からの鍛錬になるからな。

 ただ能力には適合するのが望ましいから、腕力と技巧の範囲内で選ぶといいんじゃないか?」


 なかなか制約があるんだなぁ。

 確かに初心者で最強武器とか持てたらちょっと問題ありそうなので仕方ないか。

 出雲の提案通りの範囲で探してみることにした。まずは手近なところから、


 左近字宗近(さこんじむねちか) 種別:太刀 使用条件:腕力22、技巧31、太刀28


 月型十文字槍つきがたじゅうもんじやり 種別:槍 使用条件:腕力48、技巧25、槍30


 大藤四葉紋(だいとうよつはもん) 種別:短刀 使用条件:腕力14、技巧28、短刀18


 などなど。


【どうも使えるものがひとつもないのではないか? これは…】


 はい、代弁ありがとうございました。

 どう考えても初心者用の装備が何ひとつございません。


「すまん、店の選択を誤った」

「………ちなみに出雲はこれ使えるの?」

「太刀、刀、短刀系なら店内にあるものは一通りな。そもそも店売りの品はどんなに良くても中堅クラスに届くかどうかで、それよりも上になってくると物足りず、個別に製作してもらうようになる」


 さすが36レベルは格が違った。


「はっはっは、ここにあるのはわしが選び抜いた品ばかりだからなッ。

 まぁ腕を磨いて使える頃になったらまた来い」


 店主らしきおやっさんは誇らしげに胸を張った。

 どうやらオレのことを主人公(プレイヤー)と勘違いしているらしく、えらくフレンドリーだ。このおやっさん自身は重要NPCか何かなのかな?


 とりあえずあまりにも選びようがないため、諦めて店を出た。

 まったく使えるものがないのは残念だったけど、素人目ですら素晴らしいのがわかる品々を見れたのはありがたかった。いつかああいうのを平然と装備できるようになってみたいもんだ。


【その意気やよし! そもそもそれくらいでなければ、これから先やっていけんからの。

 今出来ることを確実にこなしておれば、すぐそうなるじゃろう】


 はい、頑張りまーす。


「すこし距離があるが分塚(わけつか)商店街のほうへ寄っていこう。

 そっちにももう一軒武具の店があるんだが、そちらなら初心者向けの装備もあるんじゃないかと思う」


 申し訳なさそうに出雲が提案してきた。

 まぁ高レベルになった彼にとって駆け出しの頃のことなんて大分前なんだろうし、あまり覚えていなくても無理はない。

 むしろ案内してくれているだけでも感謝だ。

 分塚商店街は緑横丁前の隣、その名のまんまの分塚商店街前駅から目と鼻の先にある商店街だ。最近四方原しほうばらに出来た大型のショッピングモールに対抗して、地域ぐるみで様々な町おこしに取り組んでいる賑やかな商店街である。


 地元の人々も生活必需品の買い物などで必ずお世話になる場所である。郊外の車をもっている家庭はショッピングモールに行くことが多いものの、駅から近いというアクセスの良さから今のところ商店街のほうが客足では勝っているような感覚だ。


「わかった。んじゃ駅に戻るか」


 そう言って駅へと戻る。

 時刻は6時過ぎだが相変わらずロータリーはたくさんの人で賑わっていた。あたりも暗くなりはじめ店のネオンもちらほら明るくなってきている。

 と、そこでふと試してみたいことを思いついた。


【また、くだらないことじゃなかろうな?】


 いやいや、とんでもない。


「出雲、ちょっと協力してくれるか?」

「……?」


 疑問符を浮かべる親友にひとつの提案をしてみた。

 NPCのデータがどんな風になっているのか見たい、というものだ。


 生憎とオレはチェッカーのデータを見ることが出来ないので、街行く人たちをランダムに選らんで、そのデータを全部出雲に教えてもらうしかない。

 頼んでみると幸いにも出雲は了解してくれたのだが、数人確認した段階でエッセのストップが入って強制的に終了となった。


「ちぇー、もうちょっと確認させてくれてもいいじゃないか~」


【この阿呆がッ。単なる知的好奇心からなら大目に見ようと思ったが、途中から明らかに脱線しておったじゃろうが】


「えー、ナンノコトデショウ」

「多分途中からステータスを見たいと充が選んだ相手が、全て女性になってからじゃないかと思うぞ」


 いや~。

 まさか3サイズまで出てくるとは思わなかったんだもん。


 思春期の高校生としてはどきどきしつつも、未知の領域への好奇心を抑えられなかったのは仕方ないと胸を張るしかないじゃないか!

 特にバスト93は圧巻でした、鼻血出るかと。


【………出雲よ、こやつ、昔からこんな感じかの?】


「大体は。心理テストではむっつりスケベだと出て落ち込んでいたな」


 なぜそれを暴露するんだ、出雲。

 男として異性に興味を持つのはしょうがないことじゃないかと言いたくなるが、集中砲火をくらいそうなので自重する。


 さて、そんなこんなで6時半。


 分塚商店街へ到着する。

 去年アーケードを改装したばかりの小奇麗な商店街だ。仕事帰りの人たちが買い物をしていたりとこの時間帯でもまだ店は開いていた。

 魚、肉、野菜、服、薬局などなど。

 個人商店が立ち並び威勢のいい客引きの声も聞こえてくる。


「商店街も久しぶりだなぁ」

「充は実家だから生活必需品を買ったりというのとは縁遠そうだな」

「その分、色々と面倒だけどね。兄貴はうるさいし」


 そういえば出雲は両親とも海外にいっていて、マンションに一人暮らしだ。

 物語の主人公みたいな環境だな、とか冗談で言っていたことがあったけど、生まれにも主人公(プレイヤー)補正みたいなものがあるんだとしたら、あながち間違いでもなかったんだなぁ。

 商店街のメイン通りを進んでいき、八百屋の入っている店舗の脇の階段から二階に上がる。

 階段の横には小さい黒板のようなものが掛けてあり「加能屋」と書かれていた。


「こんなところにあったとは……全然気づかなかった」

「ああ、普段から階段の前まで八百屋のダンボールが積んであったりするからな。わざわざここ目当てで来た連中以外は中々気づかないものだ」


 階段を登っていくと、踊り場がありそこにスチール製の扉がひとつ。

 重い音を立てながら開いていくと、中は商店街のほかの店と同じく細長いブースになっていた。壁には棚がおかれそこに様々な武器が陳列されていた。

 ただ今回は値段や武器の名前などが書かれたものが表示されている。


「………あれ? ここは値札あるんだな」

「持ってみればわかる」


 意味深にいわれたので持ってみると、


「軽ッ!?」


 前の蔵元屋で持った武器に比べると明らかに軽い。無論武器の種類や形状によって重量が違うことくらいは素人でもわかるが、そうだとしても完全に別物といっていいくらいの違い。

 つまりこれは……。


「そう、レプリカだ」


 出雲が同意するように告げた。

 つまりここは表向き武器のレプリカをコレクター向けに売ってる店なのか。さっきの質屋さんといい、主人公(プレイヤー)以外に武具を売買しないようにカモフラージュしてるわけだ。

 親友についていくと、蔵元屋と同じようにカウンターがあり、そこに二十歳そこそこのボブカットをした女性がいた。


剣崎(つるぎざき)のおじさんはいるかい?」

「ああ、初めて見る顔だと思ったら、うちのオヤジの知り合いか。生憎、オヤジは去年ぎっくり腰をやっちまって引退したよ。今は娘のあたいが店主さ」

「それはすまない。俺は龍ヶ谷出雲。そっちのツレは三木充だ」


 紹介されたので軽く会釈する。


「ふぅん。それでその出雲さんとやらが何の用だい?」

「用はひとつだ。剣崎、の名で訪ねてきたのだから……わかるだろう?」


 値踏みするようにこちらを見定めようとする女性。

 すこし間をあけてから、彼女は肩をすくめた。


「確かに。剣崎の方で指名されたとあっちゃあ用件はひとつしかないだろうねェ」


 そう言って天井についていた蓋を落として、降りてきた梯子を伸ばす。どうやら小屋裏に通じているようだ。出雲に促されてて梯子を上っていく。

 上りきってみると、そこは屋根裏だった。

 窓もなく天井が屋根の形をそのままなぞっているため、天井が高いところと低いところがある。ただ低いところでも2メートル弱あるので、屋根裏というよりは3階の隠し部屋といったほうが的確かもしれない。


 そこにも武具が所狭しと並べられていた。


 ただし下の階のものと違う点が3つ。整理されておらずごちゃごちゃと適当に置かれていること、値札と説明書きがないこと、そして全部本物だということだ。


「この中から選ぶのか…結構骨だなぁ」

「見る眼を養うのも駆け出しの頃の練習みたいなものだ。とはいえ、こちらからそちらだけで探せば大分はやいはずだ。そっちの山は術師用だから現状で見る必要はない」


 出雲は部屋の片隅の装備の山に範囲を限定するよう指示する。


「なんで?」

「ひとまず自分ひとりで戦えるようにならなければいけないんだろう?

 術師も悪くはないが、1から習うとすると随分と時間がかかるし、俺が教えることも出来ない。当面は接近戦闘を鍛えて身を守ることを優先したほうがいい」

「そんなに時間かかるのか?」

「知り合いに修験者(しゅげんじゃ)系の技能を持っている奴がいるが、戦闘で使えるようになるまで数ヶ月かかっていたぞ。無論普通は数年、数十年単位で修行するものだから、主人公(プレイヤー)補正でかなり習得は早かったが」

「確かに先が長すぎるよな、それ…」


 主人公(プレイヤー)じゃないオレならきっと数十年コースに違いない。

 そんなに時間をかけてたら重要NPCになる前に老衰でぽっくりいってしまいそうだ。


「うーん、どれがいいかな…」


 ごそごそとそのあたりから適当な武器を探す。

 合口、いわゆるドスから始まり木刀、素槍、ナイフ…和洋問わず様々なものがあるが、どうにもこうにも選びようがなく途方に暮れる。


「充は特にどういった武器がいい、とかの好みはないんだよな?」

「そうなんだよなぁ…出来れば色々使ってみてしっくり来る奴にしたいんだが」


 生憎と武器の種類もそうだけど、どんな風に使うと有効なのかが全くわかっていないので選ぶに選べなかったりするのだ。


「なら、こいつにしておけ」


 渡されたのは長さ120センチ強の棒。


「棒?」

乳切棒(ちぎりぼう)だ。杖術で使うものだな。これ自体は乳切棒としてはあまりいい品じゃないが、携帯にも便利の上、杖術をやればもし他の武器をやろうとした場合も応用が利くことも多い。

 “突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも 外れざりけり”なんて言葉聞いたことないか?」

「ない」

「……そうか」


 ちょっと気落ちするものの、出雲は続ける。


「わかりやすくいえば他の武器で使うところの行動が含まれているという意味になる。さっきの言葉は杖術には突き、払い、打ちという基本が含まれているという話だ」

「つまりそのうち突きがしっかり出来ていれば、槍にも応用が利くって話か」

「ああ。実際は槍は突き以外に払いが有効だし、刀は切れ味を保持しようと思えば斬るより突きがかなり使えるのだが、そのへんはあまり厳密に考えないで雰囲気で理解してくれればいい。

 警備員や警察でも武装のひとつに杖が採用されているくらいだ」


 値段を確認。

 うむ、50Pならなんとか手が出るな。


「そのへんの武道具店で買うより高いが、九字を刻んで物質系以外も多少ダメージが入るようにしてあるからな。妥当な値段だ」


 とりあえずよくわからないが、なんか特別らしい。

 あまり迷っていても仕方ないので武器はこれにしよう。後で違う武器に変えてもまったくの無駄にはならない、というあたりが優柔不断のオレには大変ありがたい。


【そんなことを自慢げにいうものではないぞ?】


 うぐぐぐ。


「次は防具だが……手甲だけにしておいたほうがいいな」

「いや、それ死ぬんじゃないか?」


 防具が小手だけとか怖すぎる。ごっつい金属製とまではいかなくても何か身を守る鎧的なものが欲しいなぁと思うわけです。


「赤砂山の麓ならそれほど強力な連中はいないし、俺もついているから大丈夫だ。

 それよりも弊害のほうが恐い。

 鎧を着込めば重くなって避けづらいし、体力もすぐに無くなる。おまけに着込むほど感覚的なものも把握しづらくなるから戦いに慣れるまでは止めておいたほうがいい。

 空気の流れ、大地の振動、戦いの中の情報が感覚で多く取れるようになってから着込んでも遅くない。それなら咄嗟に出る手の周りの装備、手甲をつけていざというときのガードに使えるようにしておけば十分だ。盾でもいいが、手甲のほうがいざというとき落としたり奪われたりしないからな」


 感覚、ねぇ。

 今ひとつわからない話だが、経験者の忠告は素直に聞いておいたほうがいいか。


「あとは…隠衣(おぬのころも)もひとつ用意しておこう。ジャケットの形状のものがあったはずだ」

「なにそれ?」

「鬼の種族の特性として気配や姿を消す能力があってな。その素材を使って作った隠衣を纏うと隠蔽などの技能が高まるんだが…充にとって一番のメリットはステータスを隠すことが出来ることだ」

「おぉ!」


【それはよいの。今のままでは主人公(プレイヤー)にはただの一般NPCにしか見えまい。

 街中なら構わぬが、狩場で遭遇した相手にバレては色々と勘繰られよう】


「さすがにここで手に入るのは能力的に弱いものだから、探査や鑑定系の技能を持ってる奴にはバレてしまうが、ないよりはいいだろう」

「ふむふむ…」


 助言に従って手甲と衣を探す。

 その最中、ふと変な軟膏を見つけた。


「これ何かな?」

「ああ、それがあったか。河童の軟膏だ。1、2個用意しておくといい。多少の怪我なら回復能力を促進して治してくれる。鎌鼬(かまいたち)の塗り薬や、ガマの油ほどではないが最初のうちはそれで十分だ」


 それ、なんてオーバーテクノロジー!?

 量産できたら儲かるんじゃなかろうか。


【現代科学で霊体で出来た物体を量産できるのなら儲かるじゃろうがの】


 ……がっくり。

 でも怖がりのオレとしては是非とも持っていきたいところだ。


 と、いうわけで装備は以下のように。


 武器:乳切棒(赤樫) 種別:棒(杖) 使用条件:腕力5、技巧5、杖3 値段:50P

 防具:紫印の手甲 種別:手防具 使用条件:腕力4 値段:120P

   :隠衣(弱) 種別:背装備 使用条件:な し 値段:300P

 その他:河童の軟膏 値段:10P  ×2


 しめて、計490Pを出雲から借りることになりました。


「別に返してもらわなくても構わないんだが」

「そこは断固として拒否するね! 貸してもらって助力までしてもらうんだから、それ以上は頼りすぎだろ。あんまり一方的に頼ってるのも友人としてどうかと思うしさ」

「昔から変なところ義理堅いのだよな、充は」


 装備一式を持って2階に降りていき、品を見せて清算する。

 きっかり490Pで間違いはなかった。

 支払いがすむと布製の袋に乳切棒を入れて、他のものはビニールの袋に入れて渡してくれた。


「消費税はつかないのな」

「そりゃそうだろ、内密の商売なんだから」


【そもそも一般社会で使えない通貨で税を支払われても国は困ると思うしの】


 エッセの存在そのものが国は困ります(なにせGMですから)、とは口が裂けても言えない。


【……何か不穏な空気を感じたんじゃが】


「き、気のせいじゃないかなァ…?」


 しかし490Pか。

 確かこの前見せてもらったレートだと1Pあたり286円くらいだったから、換算すると日本円にして14万ちょっとの金額を借りたことになるのか。

 月の小遣いがようやっと1万円になったばかりのオレには厳しい金額だぜ…やっぱバイトしなきゃいけないんだろうか。


【狩りで返せ、狩りで】


 相変わらずエッセはちゃんとツッコミを入れてくれる。イイ奴だ。

 冗談はともかく狩りで返済できるなら多分それが一番いいんだろうけどね。


「……ん、頑張りますかぁ」


 初めて武器を手に入れた。

 その嬉しさのあまり手にした品を見る。

 これで当面はなんとかやっていけそうだ。






 このときは予想もしていなかったんだ。


 ………まさかこの後あんなことになるとは。


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