魔法☆少女(?)があらわれた!
さあ、明ちゃんの出動だ!
のんびり次兄の学園祭を他の兄達と見物に来ただけのつもりだった。
なのにいきなりどうしてか、何の前触れもなく敵対する組織の巨大ロボがやってきた。
男子校の学園祭に、悪の組織が一体何の用だろうか。
そこはわからないけれど、敵対組織のロボが出てきたならば戦わなくっちゃいけない。
正体が露見しないか、心配は募るのだけど。
魔法で正体がわからないようになっている筈なのに、何故にどうしてこの兄達は一発で見抜いてしまうのだろうか。兄達にバレバレとう時点で、他の人にもバレるんじゃないかと不安がマシマシだ。
こんな不安を抱えたまま、人前になんて到底出られるはずもない。
なのに大多数の衆人環視に見守られる中、ミスコン(※ミスター女装コンテスト)の飛び入り参加希望と間違われて所在なさげに佇む巨大ロボがいる。
確認するまでもない。
注目の的だ。
あんなところに出ていかなきゃいけないなんて。どうしよう。
おろおろする明ちゃんに、いちばん年の近い兄である昭君が言った。
「物理的に顔隠せば?」
困り果てていたところに、その言葉は天啓が如くキラキラと輝いて胸を響いた。
だけどいきなり顔を隠すなんて言っても、そんな準備はしていない。
さあ、どうしようか?
明ちゃんはお兄ちゃん達に、困り果てた顔で尋ねかけた。
「顔を隠すのに使えそうなの、何か持ってない?」
そのお尋ねに、兄達は顔を見合わせる。
現在、手持ちにそんなものがあっただろうか……
「こんなので良ければ、あるけど」
あったらしい。
それも3人が3人とも、何かしらのアイテムを持っていたようだ。
彼らはそれぞれ、そっと妹に何かを差し出した。
・正さんの場合・
「バンダナで良ければ……」
そっと、長兄が差し出したもの。
それはよく見るペイズリー柄のバンダナだ。
まるでアメーバのような模様ののたくる赤い布を、明ちゃんはそっと広げる。
「これをどう使うの?」
「ほら、こうな? 鼻から下を覆い隠すように首に巻けば……」
「西部劇の列車強盗みたいだよ!?」
脳裏を過ぎったのは割と古い映画の西部劇。
いつまで経っても若々しい父が、懐かしいと見ていた作品だ。
薄汚れたチンピラがピストル片手に善良な一般市民を脅す構図が頭に浮かぶ。
確か映画の中では、あのチンピラもこういうバンダナを顔に巻いていたのだが……
自分の魔法少女なふりふりドレスと、バンダナを見比べて。
結論を急ぎすぎる必要はない。他の兄の差し出したブツも確認しようと明ちゃんは目を逸らした。
・和さんの場合・
「ちょっと見た目汚く細工してあるけど、これどうかな」
そう言って次兄が差し出したのは、何やら細長い布の束。
しかもなんだか黒い。おまけにボロボロのようだが……
「血痕みたいな染みの付いた墨染の包帯なんてどんな需要があれば持ち歩くことになるの!?」
「明ちゃん、今日のお兄ちゃんの格好をよく見てみようか」
「……うん、ずっと気になってたけど。なんで和お兄ちゃん、ダメージ加工済みの直衣姿なの? 変な模様のペインティングまでしてあるし……それに尻尾とお耳までついてるし。文化祭の衣装かと思ったけど、喫茶店やるって言ってなかった? もしかして実はお化け屋敷だったの?」
「喫茶店は喫茶店でも、コンセプト喫茶なんだ」
「コンセプト? メイドさんがいるような……?」
「うん、そう。『中二病喫茶』っていうコンセプト」
「一体どういうコンセプトなの!? 誰が決めたのそれ!」
「複数案出た中から、一番面白そうだと思ったものをクラスで投票した結果これに」
「他にどんな案があったのかは知らないけど、インパクトはあるね」
「それぞれがイメージする『重度の中二病患者』の格好でお客さんをお持て成しするっていう趣旨なんだ。ちなみにどの衣装が当たるかはクジ引きだったよ」
「和お兄ちゃん、いちばん痛いのが当たっちゃったんじゃ……」
「あ、いちばん痛いのは牧島だよ」
「その牧島さんって人はどんな衣装が当たっちゃったの!?」
「それで明ちゃん、お兄ちゃんの仮装のオプションなんだけど……この包帯、顔に巻いてみる? 指示書じゃ片目が隠れるように巻くよう指定されてるんだけど」
「え……」
色々と兄の格好が凄すぎて、本来の目的を見失いかけていたが。
そういえば顔を物理的に隠す手段の提案を受けているんだったと明ちゃんは思い出した。
黒くて痛々しい、包帯束。
それを自分の顔に巻いたところを想像してみる。
着用しているのは、当然ながら魔法少女のフリフリドレスだ。
想像してみると、深く考えるまでもなく痛かった。
「ちょっと、昭お兄ちゃんのも見て決めるね……」
そうして、明ちゃんは最後に残った昭君の手元を覗き込むのだ。
・昭君の場合・
シンプル・イズ・ベスト。
昭君の手元を覗き込んだ明ちゃんは、その言葉が頭に浮かんだ。
あまりにメジャーで、ポピュラーで。
古典的だけど効果は抜群な、そのアイテム。
「なんで偶然、こんな物持ち歩いてるの……」
「こんなこともあろうかと」
「どんな事態を想定すれば、これが必要だって思うのー!?」
昭君の手に握られていた物。
それは。
いわゆる、鼻メガネだった。
完成度の高い魔法少女。
その顔面に、鼻メガネ。
想像するだに、シュールだ。
調和という意味では和さんの包帯が最もしっくりきそうだが、インパクト勝負ならこの鼻メガネに勝るものはないだろう。
そう思わせるくらい、鼻メガネは兄の手の中で異彩を放っている。
こうして、三つ。
『顔を隠せるアイテム』が横に並んだ様を、一歩離れたところから俯瞰してみる。
「どうしよう……」
明ちゃんは、頭を抱えた。
どれか一つを選ぶことが、こんなにも難しい。
たった一つを選べなくて、明ちゃんは頭を抱えた。
思い悩む妹のつむじを見下ろし、昭君は無言で二度三度と頷いて。
そして妹に、解決策と呼ぶべきか微妙な意見を投下した。
「どれか一つが選べないんなら、全部やってみれば良いんじゃないかな」
「それは、トッピング全乗せ的な……?」
それはあんまりだろうと、正さんの顔が引きつる。
和さんもどう意見したものかと悩まし気だ。
だけど悩む時間は、僅かなものでも時間の無駄を生む。
ほんの少しの躊躇いが、兄達の行動を出遅れさせた。
昭君は微塵も遠慮することなく、妹の顔に手を伸ばしていた。
「あ、やめ、ちょ……やめて、巻かないで! なんでこんな時に限って無駄に世話焼きになるの昭お兄ちゃん!? って、結び目固ぁ! なにこれどうやって結んでるの、全然解けないよ!?」
こうして、魔法少女の悩みはひとつ解決された。
顔がバレない為には、どうしたら良いの?
物理的に隠せば良いじゃない。
その解決は達成された、のだが。
引き換えに魔法少女は、心情的に大きな何かを失った。
最早この鬱憤は――事の元凶たる巨大ロボにぶつけるしか、ない。
「会長! 松平会長! もういい! もういいから!」
「生徒会長が並外れて勇敢なのはもう皆理解してますからー! だからステージから退去してくださいよー!」
生徒達の声援(違)を背に受けて、たったひとり真っ向から巨大ロボと向き合う生徒会長。
その名は松平 櫂……古くは廻船問屋で財を成した家柄の御曹司である。
将来的には祖父の経営する会社の社員達を背負って立つ身……重い責任を担う覚悟は、幼い頃からの教育でゆっくりと、しかし確実に育まれてきた。
「俺は、ミスコン出場を志す勇者を前に、一歩も退きはしない……! 巨大ロボよ、出場を考えるのならまずは頭にリボンを飾るんだ! それだけでだいぶ印象が変わるはずだからな!」
だけどこれは違うね。違うよね。
生徒会長は意思の固い男である。
それに比例して、一度こうと思い込んだら認識の訂正に時間と(周囲の)労力が必要な男でもあった。
確固たる強い意志で、生徒会長は巨大ロボにリボンとフリルスカートの着用を求めてくる。
そんなロボにとって未知の生命体と化した生徒会長を前に、悪の組織に属する巨大ロボはどう出るべきか本当にわからなくなってきていた。
本来の目的はこの男子校の文化祭を占拠し、この場に集った未来ある若人たちの思想に悪の芽を植え付けることだったのだが……
悪の芽を植え付けるどころか、新たな性癖の開拓を求められている。
性癖など存在しないはずの巨大ロボは、思考の迷路に巻き込まれて頭がショートしかけていた。
だがそんな混沌とした現場の空気を一瞬で塗り替える、救いの声が降り注ぐ。
それは、高いところから……グラウンド脇に生えていた、メタセコイヤ(木)の天辺から校内全域に響き渡った。
「悪事はそこまでよ、ゴールデンスクラップα……!!」
ロボは、その声に聞き覚えがあった。
今までに何度も、上司に課せられた使命を阻んできた小癪な小娘の声だ。
『ぬぅ……またしても某の前に立ちはだかるか、小娘め!』
宇宙からやってきた巨大ロボは、男子一同の予想に反して意外と古風なしゃべり口調だった。
あらゆるものが固まっていた状況から仇敵の力を借りることになったが脱することに成功し、内心ではホッと安堵の息をつきつつも……ゴールデンスクラップαは声の発生源を振り仰ぐ。
校舎から下ったところにあるグラウンドに立つ巨大ロボよりも、メタセコイヤの天辺の方が位置が高い。
見上げる視線の先に、逆光を背負った愛らしいシルエットが……
シルエット、が……
……シルエットに限定すれば、いつも通りの愛らしさだったのに。
そうして巨大ロボに恐れおののく少年達の前に。
魔法☆少女が降☆臨するのだ。
「今日ばかりは容赦しないわ、ゴールデンスクラップα……あなたをさっさと叩きのめして、私はこの場を脱してみせる!」
何の変哲もない一般的なバンダナと。
中二加工の施された黒い包帯と。
そして鼻メガネで顔を隠した魔法少女が。
その姿はむしろもう、魔法☆少女というよりも 不 審 者 だった。
『……なんて斬新な、ニューヒロイン』
ぼそり、どこからともなく……ゴールデンスクラップαの胸の内から、小さな声が零れ落ちた。