はじまらなかったミスコン
遅刻の危機に気付いた彼方が走り去った後。
清々しくも豪快な走りを見せた彼方の背中。
空き教室に残された三倉兄妹は、揃ってそれを見送った。
「おーおー、ちっこいけど足はっやいなぁ。アイツ」
「兄さん、身長と速力はあまり関係ないんじゃないかな」
「あんなに急いで、あのお兄さんどうしたのかな」
「ああ……ミスコン会場じゃないかな。そういえばそろそろ始まるかも」
「ねえお兄ちゃん、だからなんで男子校でミスコンなの……?」
兄妹は瞬く間に消えてしまった彼方の行方を目で追い、空き教室の窓からグラウンドを見下ろす。
奇しくもそこは、遠目から見物するには絶好のポジションだった。
しゅたたたたっと彼方が爆走する。
ミニスカートの裾も気にすることなく。
間に合うか、ギリギリか。
焦る彼方の手を、誰かが掴んで引き留めた。
「なに!?」
「錦谷、スカート! 走るな見える!」
引き留められた苛立ちで振り返った彼方は、しかし相手の顔を見て怒りが引っ込んだ。
相手が凄まじい焦りを顔に浮かべていたからだ。
ぎょっとする彼方に放たれた第一声は、スカート丈に気をつけろというもの。
野郎のスカートの中は、そりゃ見たくなかろう。
引き留められた理由にすぐ見当がついたことと、相手が見知った顔だったこと。
二つの理由から、彼方はおろおろと申し訳なさそうな態度を見せる。
「久連松……でもだってミスコン(※ミスター女装コンテスト)が!」
「そんなことだろうと思った。運営は足止めしておいたから、まだ大丈夫だ。もうちょっとのんびり行っても十分に間に合うさ」
「足止めって何やったのさ……なんか不穏なことしてないよねぇ?」
飄々と何やら聞き捨てならないことを嘯く、目の前の少年。
彼の名は久連松 龍己。
彼方の親友であり、寮のルームメイトだ。
物理的にも距離感が近い間柄なため、彼方が無意識についつい頼ってしまう相手でもある。
いずれ兄を見つけ出して入れ替わることを想定し、学内にあまり親しい相手を作らないようにしていたのに、いつの間にか自他ともに認める『親友』になってしまっていたのだから余程のことだ。
……まあ、龍己の方に彼方が『頼りにするように』誘導している節があるのだが。
「張り切って司会に臨んでいる生徒会長の、うきうき自前で用意していたド派手な蝶ネクタイをステージ裏に隠しておいた。あれだけ気合を入れていたんだ、見つかるまでは開始しないだろ」
「それ、ちゃんと見つかるの……?」
「たぶん10分くらいで見つかる。逆に言うと10分は絶対に見つからないな」
下手したら生徒会長を敵に回すぞ……?
不安な気持ちになりながら、それでも時間に猶予が出来て彼方はほっとしていた。
やっぱり久連松は頼りになる。そんな風に思いながら。
そうして、辿りついたミスコン会場で。
彼方は常人ならば一生縁がない筈の物体を目撃した。
空から降ってくる、巨大ロボを。
「お、親方ぁー! 空から巨大ロボがー!」
「余裕あるな、錦谷!」
ずずん、と。
重く腹に響く振動を伴い、巨大ロボはグラウンドに降り立った。
足元をまるで蜘蛛の子散らすように、ミスコンを見物しようと集まっていた皆々様が危険を避けて方々へ韋駄天走りで退避し始める。
一気に空間は広がり、誰もが遠巻きに巨大ロボを見上げて縮み上がる。
その大きさは、校舎の横に並べれば頭がひとつ飛び出るくらい。
人間が相対するには途方もないサイズだ。
特設ステージの上で、蝶ネクタイのないタキシード姿の青年が大口を開けて固まっていた。
学内の名物人間、『傲慢系俺様生徒会長』だ。
しかし今はいつもの俺様な態度も傲慢さもなりを潜め、震える手でマイクを構えた。
「ま、まさか――ミスコン(※ミスター女装コンテスト)に巨大ロボの飛び入り参戦者がー!?」
そのセリフこそ、まさかだ。
思いがけない発想が生徒会長の口から飛び出し、距離を取って状況を見定めようとしていた男子生徒らがさわ……っと反応する。
「おい、誰か生徒会長引きずりおr……回収してこい。あまりの事態に錯乱していらっしゃる」
「っていうかその発想に至るって生徒会長も割と余裕じゃねえ?」
今や状況は、身が竦んでステージ上から動けなくなった何人かの女装男子とタキシードの生徒会長、そして相対する巨大ロボという不思議な事態に陥っていた。
現場は膠着してしまい、女装男子達は下手に動けない。
そして生徒会長はミスコンが終わらないことには動く気がない!
「折角の参戦表明、俺としても嬉しく思う。だが、駄目だ。何故ならお前には『 女 装 要 素 』が欠片もない! そんな輩をこの伝統あるミスコン(※ミスター女装コンテスト)の参加者として認める訳には――」
未だに巨大ロボを『ミスコン飛び入り参戦者』だと思い続ける生徒会長。
そんな対応を受けるとは思っていなかったためか、いきなり空から降ってくるという人々の度肝を抜く登場を果たした巨大ロボも心なしか固まっていた。
どう動くべきか、思い悩むような雰囲気がある。
というか早く避難しろよ生徒会長。
お前がそこで踏ん張るせいで、女装男子たちも動けないんだぞ☆
いつもはちゃんと空気を読んで行動できるはずなのに、何故か今日は全力で空気をクラッシュしまくる生徒会長。お陰でもうなんかこの騒動に居合わせた皆々様の脳天から『襲撃』という単語がすっぽーんと吹っ飛びつつある。
襲撃どころの雰囲気ではなくなってしまったせいで、巨大ロボはますます戸惑いに包まれて身動きが難しくなっていた。
一方、その頃。
空き教室の三倉ご一行様は。
末妹の明ちゃんが動揺も顕わにグラウンドに面した窓の枠をぎしっと掴んで驚愕していた。
「な、なんで……なんで白昼堂々こんな目立つところに出てきちゃったのアレ!!」
「あの、明ちゃん? あの巨大ロボが何か知っているような口ぶりだけど……」
「知っているっていうか、なんていうか……敵っていうか」
「敵!? おいおいそれはまた穏やかじゃねえな。あのロボなんだよ明。っつうか巨大ロボとか平然と出てきたけど、どうなってんだよ日本の昼日中」
「あ、アレは、その……っ」
「ご町内の平和を物理的に乱す『暗黒組織ダークダイヤ』、四天王の『ゴールデンスクラップα』だったかな」
「ってそこで明じゃなくってお前が答えるのかよ昭!!」
「あの巨大ロボ知ってるの、昭君!? まさか、また……交流があるとか言わないよね!?」
「別に、あの巨大ロボとは交流なんてないけど」
「あ、そうなんだ。良かっt……」
「あのロボの上司の方とは交流があるけど」
「全然良くなかったね!? どういうことだい、昭君!」
「ちょっと待って、昭お兄ちゃん!? ダークダイヤの幹部の上司って……どこと親交持ってるの!? アレ、魔法少女の敵なんだけど!!?」
「明と正兄さんはともかく、和兄さんは知ってるはずだよね」
「えっ?」
「あの巨大ロボの『上司』に、宇宙船で地球まで送ってもらったよね。遭難した時」
「まさか……彼が!? そういえば悪の組織って言ってたっけ!? 聞き流してたけど!」
「え、えっ? ちょっと待って、昭お兄ちゃんだけじゃなくって和お兄ちゃんも!? 何を言ってるの、お兄ちゃん達!」
混沌の渦へと叩き込まれ、混乱に巻き込まれていくグラウンド。
そこから遠く離れた空き教室でもまた、昭君の口からぽろぽろ出てくる衝撃発言によって主に明ちゃんが混乱へと陥っていく。
しかし、この状況。
どうする、三倉明――いや、魔法☆少女プリティ・ライムベリー!
因縁の敵を前に、例えそれが日曜日の真っ昼間だろうと、見過ごすという選択肢は使命的に許されないぞ!
そろり、明ちゃんは自分の背後を振り仰いだ。
そこには彼女の3人の兄達が……あまりにもアレすぎる、自分のもうひとつの姿を出来得る限り最大限に見られたくない『身内』という名の地雷が揃っている。
昭君には、既に以前見られている。
だからといって、開き直ってさあどうぞご覧くださいとは言いたくない訳で。
早い話が変身とか気が乗らない。
だけど放って置くことができない。
妖精との契約内容的に。
明ちゃんは深々と、重い溜息を吐き。
「――清和、いるんでしょう?」
どことも言えない虚空に向かって、忌々しい妖精の名を呼んだ。
彼女の家で、ペットの栗鼠に擬態するロリコン小動物を。
「ちょ、明? こんなところで呼んでもアイツは家のケージん中だr」
「呼んだでちかー!」
「くっ……やっぱり近辺に潜んでいたわね、このストーカー齧歯類」
「明ちゃん、ひどいでち! 僕は明ちゃんが出先で万が一にも敵と遭遇することを案じて、息を潜めつつついてきていただけでち! そう、今のこの状況のように!」
「それを現代社会じゃストーカーって呼ぶのよ、このロリコン栗鼠ぅー!!」
呼ばれて飛び出て、なんとやら。
明ちゃんが忌々し気に呼びかけるや否や、窓のすぐ外にうっそり生えていたメタセコイヤからこんにちは。
本音では一体どういう意図で明ちゃんを追跡していたのか、追及したくはないが。
どうやら明ちゃんの予測通り、自称妖精の似非栗鼠妖精はついてきていたらしい。
普段のペットとして一般的な栗鼠に擬態している姿しか知らなかった正さんは表情が死んだ。
「……昨今の栗鼠って喋るんだな」
「わあ、驚きすぎたのか兄さんが急に冷めた」
「いや、なんつうか……ここ最近、変なことばっか起こるからさぁ。なんかもう驚くのが馬鹿らしくなってきたっつうか」
最近どころか実は生まれる前から正さんの周辺環境は不思議でいっぱいなのだが。
そんなことは露知らず、しみじみと遠い目で正さんは栗鼠を見ている。
さあ、栗鼠がやって来たのであれば魔法☆少女の出動だ!
「あ、あの、お兄ちゃん達……ちょっと私、着替えるから廊下に出てもらっても良い?」
「は? この流れでなんで着替え……?」
「良いから! 私、着替えるの! 良いからお兄ちゃん達は廊下に出てって!」
ぎゅうぎゅうと背中を押され、空き教室から追い出される男たち+栗鼠。
さりげなく同席しようとしていた栗鼠だが、それを目ざとく発見した明ちゃんにひょいっと摘まみだされていた。その流れるような手腕に、和さんは『慣れ』という言葉を思い出した。
清和、覗き常習犯疑惑。
こうして突然のお着換えタイムを経て。
「あ、あの、お兄ちゃん達……私の恰好見て、明だってわかる?」
男子校に、魔法☆少女が降臨した。
「昭お兄ちゃんに一発で気付かれて、より周囲に気付かれにくくなるよう清和に魔法をかけさせたんだけど……お兄ちゃん達の目から見て、どうかな」
もじもじと顔を俯けながら、恥ずかしそうに兄達を見上げる明ちゃん。
その姿は、本来であれば清和のかけたマジカルな何某かの手段によって、顔の造詣が変わった訳でもないのに、本来の姿と魔法少女姿が脳内で結びつかないように細工がされている筈なのだが。
「わかるも何も……明ちゃんそのままだよね。服が違う、くらい?」←前世系魔法使い
「着替えるの早いなあ、明。けど兄ちゃん、明の質問の意図がわからないんだわ。ごめんな?」←元・異世界の英雄
「隠蔽の出来栄えを聞きたいんなら、聞く相手を間違ってるよね。明、兄さん達の尋常じゃない経歴忘れた?」←昭君
兄達は、三者三葉の反応を見せながらも。
いずれも、魔法少女姿の明ちゃんが普段の明ちゃんと別人のように錯覚した素振りはない。
完全に、清和の魔法は無効化されていた。
それが兄達に対してだけの限定的な無効かなのか、それとも世間一般の皆様にも適用されるような『魔法そのものをクラッシュ』されてのことかは予測がつかなかったが。
兄達に見破られるのなら、人前に出るのは危険かもしれない。
正体がバレる懸念があるのなら、それは可能な限り潰したい。
何しろ家族以外に魔法少女の正体を知られてしまったら……明ちゃんは、清和と結婚しなくてはならなくなってしまうのだから。
「うぅ……お兄ちゃん達に効かないんなら、人前に出るのも無理だよ」
「じゃあ、物理的に顔を隠せば? 少なくとも本人特定されないように」
そうして、思い悩む少女は。
昭君の言葉にがバリと身を起こし、「それだ!」と叫んだ。
それがどんな結果を招くのか……考えもせずに。
昭君は言った。
正体がバレないか気になるなら、顔を隠せば良いじゃないか――と。
果たして魔法☆少女はどうなってしまうのか!?
無事に巨大ロボと衝突できるのだろうか……!
魔法少女プリティライムベリー(正式表記:斧璃帝雷武超)
ご町内の平和を守るべく、『暗黒組織ダークダイヤ』と日夜戦い続ける可憐な美少女。
その肩にはいつも愛らしい栗鼠を乗せている。
顔をばっちりさらした姿で戦ったりしているのに、今のところ正体が露見したことはない。
男子校の七不思議 -和さん時代編ー
1.反復横跳びで追いかけてくる二宮尊徳像
2.残像を残しながら超高速ダッシュで渡り廊下を駆け抜ける小人さん
3.誰もいない学食でわんこそばに挑戦する見えない誰か
4.一夜にして変貌を遂げた文系クラスの2年男子
5.男子トイレで皿を探す身長185センチの河童
6.校長室の隠し金庫から這い出てくる腕
7.6頭のヤギを連れて体育館に出没するヨーデルおじさん