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伝説の男



 女装したことで男装に綻びが出た男装女子の錦谷 彼方。←ややこしい

 そのことを機敏に察し、忠告するために彼方さんを連れ出した和さん。

 しかし互いに相手の出方を窺って膠着したその時、現場に和さんの兄妹たちが乱入を果たす。

 どうする、彼方。

 三倉家の御兄弟が揃い踏みだぞ――!


 危機感など全く抱くことなく、彼方さんは三倉兄弟に取り囲まれた。

 なんてこった。これでもう逃亡は不可能だ。


「え、えっと……とりあえず、注意をするような空気じゃなくなったみたいだね」

 誤魔化すように首の後ろを掻きながら、せめてこれだけはと和さんが真摯な目を向ける。

「こんなこと言われても煩わしいだけかもしれないけど、今日は文化祭だ。何があるかわからないし、浮かれて張っちゃけた誰かに過剰接触されないとも限らない。抱き着かれたり、とかね。だから用心は怠らない方が良い。なるべく早く、コルセットを着け直すことをお薦めするよ。言いたかったのは、これだけだから」

「え、あ、う……うん」

 その忠告には本心からの心配がにじんでいた。

 気持ちのこもった言葉に、彼方も素直に頷いて納得して見せる。

 だけどその内心では、やっぱり疑心が渦巻いていた。

 ――だからなんで三倉お前、私が男装女子って知ってるんだよ……!と。

 懐疑心でいっぱいな彼方の視線。

 それに耐えかねてか、それとも空気を変えようと思ってか。

 何事かな?と首を傾げて男子高校生同士のやり取りを見守っていた三倉家御一行様を和さんは指し示す。

「そうだ、いきなりで驚かせたよね。錦谷、こっちはうちの兄妹。兄さんはここの卒業生だから、色々詳しいんだ。兄さん、彼はクラスメイトの錦谷君」

「おう、三倉 (おさ)だ。いつもうちの弟が世話になってるな!」

 にかっと白い歯を見せて笑う細マッチョ。

 爽やかな笑顔に、スポーツマンかと思わせる立派な体躯。

 正さんを見上げながら、彼方は流石は爽やかスポーツマンの兄だと遺伝子の仕事に感心してしまう。

 しかし感心する彼方を前に、和さんが余計な一言を付け加えた。

「兄さんは在学中、ミスコンで女王に輝いているんだ。2回ほど」

「そうだったの正お兄ちゃん!?」

「ああ、そういやそんなこともあったなぁ……」

 しみじみと遠い目をする、細マッチョ。

 話を聞いて「マジで!?」と驚いた彼方だが、去年の文化祭を思い出してすぐに落ち着いた。

 そういえば真っ向勝負を諦めたクラスがあえてネタ系に特化した女装をぶっこんでくるパターンもあるんだった、と。あまりにもえげつない去年の参加者を思い出すと、なんとも言えない気持ちになる。あまりに酷いと会場は阿鼻叫喚と化すらしいが、それでもネタ系女装には一定の需要があるらしい。賛否両論という言葉を彼方は思い出した。

 ウケが良ければ、ネタ系女装でも栄冠を手にすることがある。

 きっと正さんはそっちの枠だったのだろう、と。

「イベント経験者の先達として、話を聞いてみるのも良いんじゃないかな」

「え、えー……? 僕とは女装の系統が違いすぎて参考にできる気がしないんだけれども!」

「いや、確か兄さんは……1回目に参加した時は正統派の女装だったんだよね?」

「え……っ!?」

「まあな。俺、当時はまだ1年生だったし」

「正兄さんが劇的ビフォーアフターする前だね」

「劇的ビフォーアフター?」

 無感動な眼差しで、女装経験を暴露された兄を見上げる和さんの弟、昭君。

 その言葉の真意がわからず、疑問符たっぷりに呟いた彼方さん。

 昭君は彼女の呟きに、不要な親切心を発揮した。

「これ、正兄さんの女装コンテスト1回目の時」

 鞄から取り出したガラケーを操作して、映し出した画像を見せてくる。


 劇的ビフォーアフター。

 もやしから細マッチョへ。

 かつて異世界で徹底的にしごかれる前、まだもやし(自称)だった頃の正さんがそこにいた。


 本人曰く、もやし。

 細身で小柄な少年が、ガチめの女装姿で目を潤ませている。

 羞恥心によってか、頬もわずかに上気している。

 黒髪ロングのカツラがお似合いね。

 清楚なセーラー服姿が可憐な美少女がそこにいる。

 今となっては見る影もない……わずかに面影が残ってはいるが、あまりにも細マッチョ兄さんとはかけ離れた姿だ。もうなんか別人にしか見えない。

 そんなあまりにも違いすぎる姿に、もちろんだが彼方は衝撃を受けた。

 ぎょっとした顔で固まる彼方に、息つく間も与えず昭君は畳みかけた。

 次なる写真……女王の栄冠を再び授かった頃の、正さんの写真をご披露なさったのだ。

 そこには当然のように、今と変わらぬ肉体美……細マッチョへと変貌した元少年が。

「そしてこちらが2回目に女王様になった時の記念写真」

「劇的ビフォーアフター!?」

 目を白黒させて、思わず叫ぶ。

 凄まじくしっくりくる表現に、内心でなるほどと思いながら。

 無惨な……思わずそう呟きたくなるほど、酷い女装がそこにあった。

 身長も高く、肉体の厚みも増した体にびっちびちの清楚な白いブラウスに、太腿が半分以上露出したフリルたっぷりのコルセットスカート(ミニ)&エプロン。そして赤い頭巾。

 デカくてゴツくてピッチピチの、すごく強そうな赤ずきんちゃんがそこにいた。

 写真を見て、彼方は思った。

 こんな屈強な赤ずきんちゃんは嫌だ。

「せ、成長期ってすごいな……この美少女が、こんなに大きくなるなんて」

「美少女っつか化粧の力だがな! ……当時、クラスにスタイリスト志望がいてよ」

 全方位から見て美少女としか思えない姿は、正さん的には不本意だったのかもしれない。

 悔しそうな、自責の念にまみれた顔で何かを噛みしめている。

 ネタに特化して笑いを取る方向に行った明らかな『野郎の女装』は許せても、ガチで女にしか見えない『正統派女装』は本人的に忸怩たる思いがあったらしい。

 当時の正さんは思春期真っ盛りの年頃だし、色々と葛藤もあったのだろう。

「だけど成長期にしても、ほんの2~3年でこんなに育つものか……? お兄さんは何かスポーツとかされてたんですか」

「あ、兄さんは郷土史研究会に所属してたよね!」

「スポーツ要素皆無!」

 部活動とは関係なしに、この屈強な肉体を手に入れたのか。

 彼方が正さんを見る目には、だんだん畏怖が宿り始めていた。

 全てはとある異世界の鬼教官、マッスル伍長の功績である。

「そういえば、錦谷も聞いたことあるんじゃないかな」

「ん? なにを?」

「【一夜漬けマッスル伝説】って……錦谷も聞いたことあるだろ」

「え、なにその珍妙な伝説。和お兄ちゃん、何言ってるの……?」

 いきなり妙な単語を口にした兄に、妹が心底心配そうな目を向ける。

 無理もなかった。

「一夜漬けマッスル伝説か……あの、七不思議の?」

「こっちのおにいさんも何言ってるの!?」

 ただし彼方の方にはネタが通じたらしく、話に乗ってきたことで明ちゃんの心配も葬り去られたが。

「明ちゃん、お兄ちゃんの学校にはそういう七不思議があるんだよ」

「おいおい和? えらく珍妙な七不思議だな。っつうか俺が通ってた頃と七不思議の内容変わったんだな。俺がいた頃は高速ダッシュで渡り廊下を爆走する小人さんとか、そういう内容だったのに」

「それも十分に珍妙だよ正お兄ちゃん!?」

「あ、高速ダッシュの小人さんは残ってるよ、兄さん。兄さんが卒業してから何年か経ってるし、その間にネタが入れ替わっていても不思議はないよね。……【一夜漬けマッスル伝説】は兄さんが原因だけど」

「は?」

「改めて紹介するよ、錦谷。うちの兄さん……【一夜漬けマッスル伝説】に語られる張本人、正真正銘伝説の男ご本人様だよ」

「マジで!?」

「は、はああ!? え、なに? 伝説ってどゆこと!?」

 そりゃ一夜にして劇的ビフォーアフターを遂げれば伝説にもなるだろう。

 逸話も学校に残っておかしくないだろうさ。

 正さんが一夜にしてメタモルフォーゼを遂げた当時、オカルト研究会やSF愛好会の皆様方は騒然となった。正さんの身辺調査と、とんでも理論全開の仮説を並べまくってお祭り状態になっていたことを、何故か調査されまくっていた正さん本人のみが知らないままであった。

 【一夜漬けマッスル伝説】……それは、正さんが高校生の時の事件に起因する。

 学校の誰も知らないことだったが、ある日いきなり異世界に救世主として召喚されてしまった正さん。

 彼はそこで、使命を果たす為……あらゆる戦闘技能とそれを使い熟すに必要な筋肉(からだ)を手に入れる為、鬼教官から徹底的にしごかれた。それなりの時間をかけて、物理的に強い肉体を手に入れたのである。地道な筋トレと筋トレと筋トレによって。

 異世界で数年を過ごす内に、彼は自分自身の努力と根性で生まれ変わった肉体を手に入れた。

 そう、もやしから細マッチョへの変貌……肉体改造を達成したのだ。

 世界を救った後は元の世界の好きな時間軸に戻してもらえる旨を神に聞いた時、正さんは願った。

 だったらこの努力の結晶である鍛え抜かれた肉体をそのまま持って帰りたいので――異世界に召喚されたタイミングに、異世界召喚1年後の体で帰してくれ、と。


 その願いは、鶏激似の神によって叶えられた。


 こうして一夜にして、もやしから細マッチョへと変貌を遂げた奇跡の男子高校生が爆誕したのである。


 そこまで詳しい事情を知る者は、学校にはいないけれど。 

 あまりにも激しい変貌ぶりに、正さんは伝説になった。

 学校の七不思議という名の伝説に。

「伝説って、あれ実話!? 実在するの!?」 

「そう、実在するんだ錦谷。今、君の目の前にいる」

「拝んでもご利益はないけどね」

 伝説の男といわれると雰囲気があるが、伝説は伝説でも実態は『一夜漬けマッスル伝説』である。

 もしご利益があるとしたら、一晩で筋肉が急増するとかであろうか?

 ないと昭君に言われた後だったが、何となく流れで彼方は柏手を打って正さんを拝んでみた。

 そしてふと思う。

「――あれ? どうしてこんな話になったんだっけ……?」

 そもそもどうしてこの空き教室にいるのか。

 空き教室にいて、なんとも濃ゆい三倉兄弟に取り囲まれているのか。

 一瞬、それらの理由が思い出せなくて彼方は窓から遠くを眺めた。


 窓から見えたグラウンドには、特設ステージで着々と準備が進められていた。


 ミスコン(※ミスター女装コンテスト)の。


 ハッとして、時計を見る。

 時間は午前11時5分前。

 ミスコン(※ミスター女装コンテスト)開始予定時刻の直前だ。

「や、やっば……っ 三倉、心配は受け取っておくけど僕はもう行くね! だって時間ないし! 今更着替えるとか絶対無理だし!!」

 あと5分でグラウンドのステージに集合してないと、出場辞退扱いになってしまう。

 そうしたらミスコン(※ミスター女装コンテスト)の開催に力を入れている生徒会によってペナルティを課せられてしまう、かもしれない。――クラス単位で。

 そうなった時、クラスの恨みを買うのは自分だ。

 それだけは避けなくっちゃと焦りが先に立ち、彼方は走り出した。

 ミニスカドレスで走り出した。

 彼女はどうやら慎みという重要なアイテムをどこかで落としてきたらしい。

 スカートがまくれれば彼女も危ないだろうに……いや、どうやらスカートの下に短パンを穿いていたらしい。これさえあれば怖いものなどないとでも言うつもりだろうか。

 短い裾のことを全く考慮せず、彼方は階段を飛び降りる勢いで駆け下った。


 その行く先で何が起こるのか――それを知らなかった、からこそ。

 まさか30分後に自分が地面に膝をついて項垂れる事態になろうとは。

 僅かな先の未来で自分がどんな思いをすることになるのか……露とも知らず、彼方はミスコン(※ミスター女装コンテスト)の会場を一路目指すのであった。

  




次回、ミスコン(※ミスター女装コンテスト)会場で突如として発生する混乱。

彼らは無事にミスコン(※ミスター女装コンテスト)を開催することができるのだろうか!?


ちなみに正さんが在学中の七不思議

1.反復横跳びで進路を阻んでくる二宮尊徳像

2.超高速ダッシュで残像を残しながら駆け抜ける渡り廊下の小人さん

3.音楽室でどこからともなく聞こえてくる『魔王』

4.理科実験室の生物標本、目に見えて増減する『サナダムシ』

5.保健室のベッドの下から響いてくる啜り泣き

6.校長室の隠し金庫から這い出てくる腕

7.体育館に出没するヤギ連れヨーデル男

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