錦谷 彼方の事情
今回も短め連載でお送りいたします。
多分、数話で終わるんじゃないかと……(予定)
今回は和さんの学校生活に焦点を当てて、文化祭ネタ???です!
タグのカオスぶりが酷いことになっていますが!
※ こちらはシリーズ物の続編にあたります。
この作品から読んで意味不明だと思われた方は前作までを参照していただけると幸いです。
9/28 誤字報告を受けました! 親切な方、ありがとうございます。
……ただ『逸般人』はこの作品に限り誤字ではありませんので、訂正せずそのままにさせていただきます。
(逸般人→昭君を示す造語)
三倉家の次男坊、和さん。
彼の通う男子校には、伝説があった。
人呼んで『一夜漬けマッスル伝説』……とある文系クラスの男子生徒が、一夜にして変貌を遂げたという嘘のような逸話である。
真偽も定かではないとされる伝説だが、和さんは知っていた。
その伝説が本当であることを。
【あきら君は今日も通常運転でお送りいたします。
~一夜漬けマッスル伝説~】
錦谷 彼方は、男子校に通う女子である。
双子の兄『錦谷 遥』の名で、既に一年以上も性別を偽って学生生活を送っている。
望まぬスリルが満点の日々。
寮生活のため、夜ですら気の休まる時間はない。
それというのも全ては中学卒業と同時に失踪した兄、そして兄に過剰な期待を寄せる祖父母ののせいであった。
女性の社会進出が叫ばれる昨今、時代錯誤も甚だしい話だ。
家の跡取りとして遥に自分たちの決めた将来を強いていた祖父母。
そんな祖父母に反発し、窮屈な生活に辟易していた兄。
彼方は女というだけで祖父母に必要以上に目を向けられることもなく、半ば空気のように扱われていた。
祖父母と兄妹の折り合いは、きっと良い方ではなかったのだろう。
だが、祖父母には育ててもらった恩があった。
今もまだ生活を保障してもらっているのだ。
その事実がある限り、兄妹は強く出ることができない。
そもそも兄妹の両親は駆け落ち同然に結婚し、祖父母とはほぼ絶縁状態の関係だった。
しかし水難事故に巻き込まれ、両親は急死。
血縁を辿って祖父母に兄妹は引き取られ、息の詰まる日々が始まった。
家の跡を継ぎたいなんて兄が言ったことはない。
だけどそれは祖父母の中では決定事項だったようで、年々締め付けが強くなる。
嫌気がさした兄が出奔する気持ちもわからなくはない。
ただし、そのとばっちりが自分に来なければ。
彼方は自分に何も告げずに姿を消した兄のことを、次に顔を見たら殴ってやろうと心に決めていた。
生活の保障をしてもらっている手前、祖父母には強く逆らえないのだ。
何も告げずに兄が姿を消した後、兄が入学予定だった男子校に彼方は替え玉として入学させられた。兄が見つかった時、すり替われるように。何より兄の経歴に、傷がつかないように。
――彼方の経歴には傷がついても良いのかと、恨み言は聞き入れてもらえなかった。
亡くなった母が殊更大事にしてくれていた自慢の髪を、短くさせられて。
自分が通うはずだった学校には、嘘の病気を申告して休学届を出されて。
ここまでさせられたのだ。
やはり、兄の顔を次に見た時は絶対に殴ろう。
生活費や学費を負担してくれている祖父母の意向には、仕方がないから折れても良い。
でも自分をこの苦境に追いやった元凶のことは、簡単には許さない。
彼方の決意は固かった。
そして、今。
彼方は、男子校に通い始めて二度目の文化祭を迎えていた。
割と大雑把な男子集団の中、混じりこんでも意外とバレないものである。
学内に、彼方よりもよほど『美少女』らしい男子が数名いたことも、複雑だが幸いした。何しろそちらの『美少女男子』達は正真正銘、れっきとした野郎だったので。
アレが男なら、彼方だって男に見えてもおかしくないのである。
最初はいつ女だと気づかれるか戦々恐々としていたが、全然バレないので最近は開き直っていた。
だがしかし。
秘密を墓場まで持っていける人間というのは、結構少ない。
大概の秘密は、いつかバレてしまうものなのだ。
例えば、こんな風に。
「……あれ、錦谷」
「ん? どうしたの三倉君」
「ちょっと、こっちに」
近所の女子高のお嬢さん達に騒がれる男、三倉和。
美麗なお顔の爽やかスポーツ青年は、女のまま生活できていたなら大変胸ときめいた存在だっただろう。しかし今は対外的には同性ということになっている。胸騒ぐどころか、一緒にバカやって騒ぐ立場だ。
三倉は同性に対しても非常に良いヤツなので、学内でもそこそこ慕われている。
彼なら変なことはしないという普段の行いによる信頼もあり、腕を引かれた彼方は大人しくついていった。
行先は、人気のない空き教室だったけれど。
「錦谷、その恰好はちょっとまずいんじゃないかな」
「え? 打ち合わせ通りだろ」
「確かにそうだけど……ええっと、ミスコンに出るんだっけ?」
和さんと彼方さんの通う、男子校。
この男子校では伝統的に、毎年文化祭でミスコン(正式名称:ミスター女装コンテスト)が行われていた。
出場者という名の哀れな子羊は、各クラスから最低一名強制出場が課せられている。
イベントを盛り上げようという、代々お祭り好きな生徒会の陰謀である。
出場者の人選も、本気度の高いものから笑いを取る方向まで様々だ。
余談だが、三倉家の長男である正さん(卒業生)も在学中に二度ほどミスコンで女王に輝いている。
そんな、何年も前から伝統的に行われている男子校のミスコンで。
今年、クラス代表に選ばれてしまった。
ちなみにクラス内で身長の低い順に選ばれた五名による、公平を期したじゃんけんの結果である。
内心では正体がバレないかとひやひやしながら、文化祭実行委員が調達してきた女物の衣装を高校入学以来、久々に身にまとう。一体どこから調達してきたのか謎だが、衣装はすらりと足と肩が出てしまうフリルとレースたっぷりのミニドレス。
こんなの着たら一発でバレるだろうと思ったが、隣のクラスの代表者が自分よりよっぽど『美少女』な完成度を披露してくれたお陰で全く疑われることはなかった。何故隣のクラスの山田君はあんなに肌が潤い艶々で美白なのだろうか。お顔は地味目だったのに化粧で劇的に変化した山田君の女装は、素晴らしく麗しく豪華だった。そして衣装はレースクイーン風だった。誰だ衣装を調達した奴。
とにかく、彼方は全く疑われるということがなかった。
それですっかり安心した彼女は、油断を晒していたわけなのだが。
……そう、彼女は。
どうせ正体がバレないだろうと高をくくり、普段の窮屈さに耐えかねて。
この一時だけはこっそり解放感を楽しんでも大丈夫だろうと。
一年半ぶりの女装を満喫していたのだ。
衣装の邪魔になる、普段から愛用している『防具』を脱ぎ捨てて。
「錦谷、『矯正下着』はどうしたんだ。いつも、服の下に着けてたよね」
「……は」
何故、三倉はそれを知っているんだ?!
彼方はぎょっと目をむいて、一歩思わず後ずさる。
高校に入学して以来、彼女はずっと人前に出る時は服の下にコルセットを着用していた。それはファッションで楽しむようななんちゃってコルセットや腰の括れを捏造するための拷問器具的なコルセットではない。ただただ体型を補正し、元からあまりない胸を更になくす為のもの。ずっと男装し続けないといけない生活を補助するために、デザイナーに相談して作ってもらった特注品だ。
服の下を見られるなんて絶対に避けたいことだから、ずっと気を付けていた。
なのにどうして知られているのかと、戦慄が走る。
警戒を顕わにする彼方。
威嚇する小動物のような有様を見て、和さんは自分が内心で焦っていたことを悟る。
大変な事情を抱えていそうなクラスメイトを心配するあまり、自分がアプローチの方法を間違えてしまったことに今更ながら気づいたのだ。
「あ……ごめん、錦谷。いきなりこんなことを言われても困るよね」
「……なんで、僕のコルセットのこと知ってるのさ」
今までそこまで親しくなかったクラスメイトだ。
一体、三倉はどこまで気付いているのか……補正下着を見抜き、しかもあの心配の仕方。
これは自分の性別にも気付いているのではと、彼方の内心は穏やかではない。
そんな彼方のことを落ち着かせようと、和さんはとても慈愛に満ちた穏やかな顔で述べた。
「何となく、ね……僕も、『経験者』だから」
「は?」
え、それは一体どういう意味で?
言葉の意味を測りかねて、彼方の頭は真っ白になった
果たして『経験者』とはどういう意味なのか。
コルセットつけたことがあるってこと? え、どういう?
それとも性別を偽ったことがあるってか? それってまさか?
それともそれとも、他に彼方には計り知れない隠された意図が……?
とりあえず隠された事実が何かあるとしてもそこまでは読み切れないので、彼方は言葉の意味を率直にとらえてみた。
「三倉君、女装したことが……?」
しかし毎年の文化祭でミスコン(ミスター女装コンテスト)が伝統化しているような学校だ。女装の経験があっても……いや待て、三倉和が女装コンテストに出場した事実はなかったはずだ。去年も同じクラスだったからそこは間違いない。というか女装経験者なら簡単にコルセットの着用を見抜くようなお粗末さだったら、とっくに彼方は性別バレして学校を追い出されている筈である。
一体どういうことなのかと、彼方は困惑を隠せない!
和さんも彼方さんも、どっちも困り果ててお見合い状態のまま、暫し。
十分を超える時間が過ぎた頃合いだろうか。
人気のなかったはずの空き教室に、足音が近づいてくる。
そして扉は、無造作に開かれた。
「おー、やっぱここにいたか! 兄ちゃん探したぞ、和。文化祭中は人気が全っ然なさ過ぎて絶好のさぼりポイント化する空き教室のこと教えたの俺だがな!」
「あれ、兄さん!?」
「和おにいちゃん、やっと見つけたぁ」
「働いてる? 兄さん、激励に来たよ」
「明ちゃんに昭君も!?」
現れたのは20歳前後の鍛え抜かれた細マッチョが一匹と、ちっこい男女。
和さんの御兄弟が揃い踏みであった。
→ 逸般人があらわれた!
そして膠着した空き教室内の状況を鑑みて、昭君は首を傾げて言うのである。
「修羅場?」
「昭君、それはちょっと違うよ……」
「そーだな……文化祭だし、ドレスだし。これはミスコン出場者だろ、十中八九」
「え? 男子校なのにミスコンなの、正お兄ちゃん……?」
文化祭とは。
普段は隔絶された『学校』に、部外者が大手を振って立ち入ることのできる数少ない機会……特に在校生の家族ともなれば。
卒業生である正さんは内部事情や校舎の構造にも詳しく、弟妹を連れてウキウキ後輩や弟を冷やかしに労を惜しまず足を運んできた様子。
そこで出くわした、人気のない場所で向かい合う『男女』。
速攻で双方男だろうと判断した正さんだが、まさかそこにいるのが本当に『男女』だとは。
そこには思い至ることなく、後で頭を抱えることになるのであった。
ちなみに言うまでもないかもしれませんが、和さんが彼方ちゃんの男装に気付いたのは前世で女だったからです。
女性として人生送った経験と、現世で男として育った経験が合わさって彼方ちゃんの正体に勘づいた模様。彼に他意はありません。きっと。