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男は妻から最も欲しい言葉を聞く

 

 バルバロスとラヴィの旅は順調とはいかなかった。モンフィスのおかげか人間側からのラヴィへの攻撃はなかったが、魔物からは執拗に狙われた。


 バルバロスは精霊たちに周囲を見張らせ、魔物からの襲撃をいち早く察知できるように警戒を常にしていた。


 四六時中、魔力を放出し、体力を消耗する日々。回復薬とマジックポーションが手放せなくなっていたが、それでもバルバロスは幸せだった。


 バルバロスはそんな戦闘の日々をラヴィに悟らせないようにした。魔物が近づく気配を感じるとラヴィの赤い目を手で伏せて眠らせた。見なくていいというように。


 酷い戦闘シーンや、自分が血を流すところなど見せたくない。それを見たラヴィはきっと、傷ついた顔をするだろうから。バルバロスはラヴィの顔が哀しみに染まるのを嫌った。


 自分が選んだ道なのだから、ラヴィが傷つくことはない。無数の傷はこの身一つだけでいい。

 ただ穏やかさだけをラヴィへ。幸せにしてもらったから、幸せな日々を、ラヴィへ与えたかった。


 ラヴィは眠たくなることを不思議がっていたが、女になったせいじゃないか?と誤魔化した。ラヴィは納得してないようだったが、魔物の襲撃が無くなるまでバルバロスは嘘をつき続けるつもりだった。


 戦いは終わらないかもしれない。

 真の安住など来ないのかもしれない。


 それでもいい。

 手の中の幸せを守りきる為、バルバロスは眠るラヴィを抱き、魔物と対峙して、口角を上げる。


「うざいんだよ。ラヴィは俺のだ!」


 襲いかかるを魔物に向かって、バルバロスはその個体を塵と化す。


 何体も。何体も。


 彼が通る道には魔物の屍すら残らない。

 戦歴も、輝かしい称号も何も残らない。


 ただ残るのは腕の中のラヴィのみ。

 だが、それが一番だ。


 ラヴィを守りながらの戦いは苦戦を強いられることもあった。手の骨を折られても、足の骨を折られても、額から血を流しても、息を切らせ、地面に膝を付こうとも……バルバロスは決してラヴィだけは手放さなかった。



 ラヴィはバルバロスが素直に愛を語ると恥じらう顔を見せてくれるようになっていた。好きとは、言ってもらえなかったが、特別な思いがあるような顔で見られた。その様子は赤い実がゆっくりと熟成していくようで、バルバロスは子供のように笑って喜んだ。



 種を無くすという方法を見つけるのも容易くなかった。古い文献を読み漁っても出てくるのは禁術ばかりで、術をかければバルバロスの体がそのままという保証はなかった。


 今、この強い体を失うわけにはいかない。ラヴィを守れる力も体もバルバロスには必要不可欠だ。



 紙が傷んで茶色く黄ばんだ分厚い本を閉じ、バルバロスは息を吐き出した。この本にも得たいものはなかった。それに深いため息しか出ない。

 ゆっくり背もたれに体重を預けて天井を仰ぐ。


 いっそのこと、去勢した方が早いか?……そんな極端な考えが頭に過る。


 そう思うと、濃い化粧顔がにたりと笑ったような気がした。


 "――やっちゃえば、どうってことないわよ?"


 それに苦く笑う。


「バーカ。それはお前の愛し方だろ? 俺の愛し方じゃない」


 そう呟くと、"あらそう? アタシたちは似た者同士じゃない?" と、笑われている気がした。




 種を無くす方法が見つかないまま数ヶ月が経った。とある夜、ラヴィは気恥ずかしそうに体をモジモジさせて、バルバロスに話しかけた。


「あのさ、バル……えっと、その……」


 顔を真っ赤にさせて、恥じらう様子に喉を鳴らしながらバルバロスは平静を装ってラヴィに声をかける。


「どうした?」


 ラヴィはびくりと体を一度、震わせると息を思いっきり吸い込んで早口で話し出した。


「夫婦なのにセックスしてないのはオカシイすぎるんだろ!? 身持ちが固すぎると旦那が浮気に走るぞ!って、本に書いてあったんだ! 最後まではできないけど、バルが望むならそれに近いことをしても……!」


 その告白にバルバロスは驚きすぎて口を開けた。驚きが過ぎると、ふつふつと笑いが込み上げて、耐えきれずに緩む口元を手で押さえて、ははっと声を出して笑ってしまった。

 ラヴィは顔をますます赤くさせて怒りを吐き散らした。


「なんだよ! 笑うことないじゃんか! オレは真剣に……!!」


 どんな気持ちで言ったと思っているんだ!と叫ばれて、バルバロスは腹を抱えて笑った。ひとしきり笑い終えると、涙をぬぐって、膨れっ面のラヴィの頭を乱暴に撫でる。


「安心しろ。俺が浮気に走ることは万が一にもない」


 そう言って歯を見せて笑った。ラヴィは目を吊り上げてまだ怒った顔をしている。それに目を細めた。


 ここで美味しく頂いてもよかったのだが、ラヴィがそういうことを言うのはある意味、義務感だ。愛とは呼べないだろう。


 まだ赤い果実は瑞々しく熟れていない。そのフレッシュ感を味わうために歯を立ててみてもいいが、どうせなら、とろりと蜜を含ませて果実を完熟させてみたい。


 かぶりついた時の実の柔らかさも、喉を通る甘さも格別になるからだ。


 しかし、ラヴィの気持ちを待っていたらいつになっても果実は熟成しないかもしれない。その熟成を早める為にバルバロスはラヴィの寝ている隙にその体に触れた。ラヴィが気づかないよう、熟睡させる魔法まで使って。

 口笛を吹きそうなくらい機嫌の良い顔をして、バルバロスはラヴィのしなやかな体を暴いていった。


 その結果、気持ちとは裏腹にバルバロスに触れると敏感になっていく体にラヴィは「オレ、変だ……」と困惑していたが、バルバロスはただ子供のように笑って誤魔化した。



 そんなイカれたオモチャ箱のような世界で二人は生きていた。




 しかし、魔物はそれを許さなかった。

 彼らには王が必要だった。

 人が強い象徴を求めるように。


 彼らもまたかしづく主を欲した。




 町から離れた小高い丘にある空き家に二人は滞在していた。民家も近くになく、空気はのどかで澄んでいた。何よりバルバロスが気に入ったのは、空き家の目の前には小さな白い花が幾つも咲いていた。バルバロスの小指ほどの大きさの花は小さな花弁を揺らしながら、力強く咲いていた。


 それにラヴィの姿を重ねる。

 何人ものラヴィに囲まれているような光景に夢を見ているような心地に酔いしれた。


 ラヴィが口をへの字にしながら、料理を作っていた。機嫌が悪いのは、バルバロスが可愛いフリフリのエプロンを付けてくれと頼んだからだ。「旦那の願いを聞いてくれ、奥さん」と声をかけたら、ラヴィは真っ赤になって、ブツブツ文句を言いながらもエプロンを身につけた。背中を見ていると首まで真っ赤なのが分かって、バルバロスは笑いを噛み殺していた。




 ――ゾワリ……



 魔物の気配を感じてバルバロスは笑みをやめる。その眉間に深いしわが刻まれ、額に嫌な汗がにじみ出す。


 ――十……百……いや、千か……?


 大量の悪意を感じとり、さすがのバルバロスも身震いした。戦闘の算段をすぐにする。回復薬は? マジックポーションは? 忙しなく頭で組み立て、ラヴィに近づいた。


 華奢な背中を見ていたら堪らなくなって、力強く抱きしめた。


「な!? バカ! 危ないだろう!」


 ラヴィは文句を言おうと首だけこちらを向く。その赤い目を見ずにバルバロスは微笑みながら手をかざした。


「心配するな。お前は俺が守る」


 力が抜けていたラヴィを抱きかかえ、コンロの火を止める。そして、ソファーにそっと横たえた。眠るラヴィの額にキスをして、バルバロスは詠唱する。家全体に防御魔法をかけ、一度、目を伏せた。


 再び開いた時、バルバロスは漆黒に焔を宿して剣を持ち駆け出した。



 家の外は普段の穏やかさから一変していた。地を這い、白い花を踏み荒らしながら無数の魔物が家を目指して押し寄せようとしてきた。

 天を仰げば、晴れやかな空は羽の生えた魔物で黒く濁っていた。


 バルバロスはひゅっと息を呑みこんだ。だが、次の瞬間には、目を見開き口角を上げた。


「うじゃうじゃと群れやがって、うぜえんだよ!」


 そう吐き捨て、両手を天にかざす。


「我に力を与えよ! 火の精霊王、水の精霊王、(いかずち)の精霊王! ――ラ・ファン・レクレール!!」


 空気を巻き込み光の大砲は放たれた。そして、すぐさまバルバロスは咆哮して、大地を蹴る。


「ハアアアアッ!!」



 ガキンっ!





 ――――――……



 折れた剣を片手で振り上げ魔物の頭を潰す。

 ドチュッ!と紫の血を撒き散らし、灰となる魔物を見て、バルバロスは口角を上げた。


「……うぜぇ……」


 最後の一匹を消し、バルバロスの体はそのまま倒れた。地面に叩きつけられるように倒れた体からは虫の息が聞こえるのみ。バルバロスの体から、鮮血が流れだし、緑色の若草は赤で染まっていく。



 いくらバルバロスが強くとも今回は数が多すぎた。回復薬もマジックポーションも底をつき、剣も折られ、体はボロボロだ。起き上がれない。


 左目を抉られ、視界が霞む。

 ぼんやりとした目に写ったのは白い小さな花だった。


「――――……」


 音を出せなくなった口を動かし、震える手でその花に手を伸ばす。血を滴らせる赤い指が触れると小さな花弁が一枚、散った。


「――――……」


 バルバロスの口はまだ動いていた。もう彼の目に白い花は写っていない。しかし、口は動き続けていた。何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。



 ――ラヴィ……



 この世で最も愛しい存在の名を繰り返し、繰り返し。彼は呼んでいた。















 ――……っ!!



 遠くで誰かが叫んでいる。



 ――……ル!!



 泣いている声だ。

 聞いていると痛々しくて、そんな声をするなと言いたくなる。



 ――……バル!!!



 全ての痛みから遠ざけるから。

 ただ、甘い幸せにだけ浸らせてあげるから。ほら、そんな声を出すな。



「バル!! バル!! 起きろよ!! お願いだよ!! バル!! 目を開けろよ!!」



 悲痛な声。

 おかしい。自分はまた選択を間違えたのだろうか……

 また、無意識に傷つけたのだろうか……


 不安が過る。


 ――ほら、泣くな。心配するな。俺がお前を守るから……


 白い頭を撫でようとバルバロスの手がひくりと動く。


「バル!? バル!!」


 その手があたたかいもので包まれる。熱を送られるような感覚がして、バルバロスは漆黒の瞳をうっすら開いた。


 ぼやけた視界に赤いものが見える。いつもの瞳だろうか? と思ったら、大きすぎる。バルバロスは意識を浮上させ、視界に映った赤いものを鮮明にしていく。


 そこに居たのは顔を真っ赤に腫らして、赤い瞳から大粒の涙を流すラヴィの姿だった。バルバロスが瞬きをすると、ラヴィはぐしゃっと顔を歪めてありったけの声で叫んだ。


「バルゥゥゥゥ!! ああああ! うあああん!!」


 子供のように泣きじゃくるラヴィにバルバロスは困惑した。全身で感情を訴えてくるラヴィなど見たことがない。


「どうした……ラヴィ……そんな泣いて……」


 出しづらい声をどうにか音にして、ラヴィに尋ねる。


「どう、どうしたじゃない!! お、オレ! バルがっ! 死んじゃうって……思って……!!」


 生きてて良かったと、ラヴィは全身で喜んでいた。子供みたいに泣きじゃくりながら、その喜びを訴えてきたのだった。


 バルバロスの中で、何かが報われだす。


 その感動に似たものを確かめたくて声を出した。


「ラヴィ……俺が死ぬと嫌か……?」


 ラヴィは目を吊り上げて怒るように叫んだ。


「当たり前だろ!! バルが死ぬなんて絶対、嫌だ!!」


 ラヴィは初めて実感した感情をバルバロスにぶつけてきた。それにバルバロスの目頭が熱くなる。ぽろり。一つの涙が零れたところで、ラヴィは魂を振り絞るように叫んだ。



「バルが死ぬんだったら、オレは死ぬ!! 一人にするなよ! オレも連れていけよ!!」



「ついてこいって、言ったじゃないか!!」




 その咆哮は、確かにバルバロスへの愛を叫んでいた。


 最も欲しい言葉を聞けて、バルバロスは歓喜の涙を流していた。ラヴィも感極まって泣いていた。バルバロスは泣きながら、微笑む。いつも思っていたことを、口にした。


「……好きだ。ラヴィ……お前だけだ。俺はお前しか欲しくない。お前を置いて死ぬわけないだろ?」


 ラヴィは赤い目を乱暴に擦りながら、鼻を鳴らして対抗するように言った。


「ほんとだな。絶対だな。勝手に死んだら、追いかけていくからな」


 その言葉にバルバロスは子供みたいにくしゃりと顔を綻ばせて笑った。全身が痛いのに、心臓までが歓喜で痛むのに、腹の底から笑いたい気分だった。それを見て、ラヴィはムッとしだす。


「なんで笑うんだよ!」


 熟れつつある赤い実を見ながら、バルバロスは素直な言葉を口にした。


「幸せだからだ」

「え……?」

「ラヴィが俺の後を追いかけて死にたいだなんて、最高に幸せな気分になる」

「そ、そうなのか?」


 ラヴィは戸惑うように視線を泳がせた。

 きっと、ラヴィの中でバルバロスへの思いは名前が付けられていないのだろう。だから、バルバロスは教えてやることにした。何より自分が聞きたいがために。


「次からは"愛している"って言ってくれるともっと嬉しいな」

「え……?」


 優しく微笑むとラヴィは赤い顔を果実のように膨らませて、視線を下にする。


「そ、そんなこと……バルだって、言ってくれたことないだろ!」


 それにバルバロスは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。


 そういえば言ってなかったか……と、思い、バルバロスは何度でも言える思いを口にした。


「ラヴィ……」


 愛しげに呼ぶとラヴィが目がちらっとこちらを見る。



「愛している」


「ラヴィは俺の世界の中心だ。生涯をかけて守りきる」



 沸き上がる思いを口にすると、バルバロスの肩から色々な重責がなくなっていった。残るのはラヴィを愛しているという、あたたかな気持ちのみだった。


 ラヴィは忙しなく目を泳がせた後、何かを覚悟したような顔をした。そして、バルバロスだけに伝えるように、自分の手を彼の耳にあてて囁いた。


 それを聞いたバルバロスは本当に幸せそうに笑った。


 熟れかけの、甘酸っぱい果実のような言葉。


 その言葉を、生涯、バルバロスは忘れることはないだろうと思っていた。



『オレも……あ……あ、あ、あ……』


『っ……んと、……あいっ……あいっ!』


『あいしてるっ…………よ?』





勢いだけで書いた物語で荒い部分が多かった話だとは思いますが、ここまでお読みくださってありがとうごさいました。

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