表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

パーティーは旅に出る

この話だけで1万字ちょいです。お時間のある時にでもお読みください。

「は? 俺も行くの?」

「あぁ、出立は二日後だ。その前に一応、ジョブ登録をしにギルドへ行くぞ」

「は? え? ちょっと!」


 聖女との策謀をした後、バルバロスはラヴィに魔王討伐のメンバーに加えたとだけ告げた。それしか告げなかった。当然だ。バルバロスの考えを全て話したらラヴィは嫌がって逃げるかもしれない。逃すつもりはないが、ヘソを曲げられても困る。ラヴィは従順だ。詳しい話をしなくても付いてくるだろう。


 ラヴィの手を引き大股で歩きながら、バルバロスは口元が緩んで仕方なかった。


 全てが順調にいけば……欲しいものが手に入る。その高揚感を抑えきれなかった。



 戸惑うラヴィを引き連れて、バルバロスはギルドへと向かった。ギルドには、冒険者となる者の適正ジョブを知ることができる。ジョブは冒険者や魔術師、格闘家が多い。ラヴィは冒険者ではないが、パーティーを組む以上、便宜上として登録をしておいた方が何かと怪しまれずに済む。勿論、ラヴィを戦闘になど駆り出すつもりはなかった。


 白い柔肌に傷の一つでもついてみろ。

 それこそ、狂って全てを壊しかねないとバルバロスは思っていた。


 ギルドに着いたバルバロスは顔見知りの職員を見つけラヴィの背中を押して前に出す。

 ラヴィは困惑したまま、こんにちは、と短い挨拶をした。年老いた職員は眼鏡の奥の眼光を鋭くさせ、ラヴィを見る。ラヴィはただ首を傾げて職員を見ていた。その様子に職員の目尻が緩む。


「君は珍しい髪色と目をしているね。ご両親の顔は知っているのかな?」


 世間話をされ、ラヴィは首を振る。


「そうかい。じゃあ、ジョブ検査をするからあっちの機械の前に立ってくれるかい?」


 そう促され、ラヴィは床に魔法陣が描かれた機械の前に立った。ラヴィの体を青い光が包む。

 検査中、職員は小声でバルバロスに話しかけた。


「彼の生まれを知っているのかい?」


 低い神妙な声にバルバロスは険しい顔をする。


「いや。スラムで拾ってきた。親はいないと思うが……」

「そうかい……」


 職員は憐れむような眼差しでラヴィを見つめた。


「あれは、混血児だね。人と魔族の血を引く子供だよ」


 バルバロスの顔がさらに険しくなる。


「交配は禁じられているはずだがね……私もこの目で見たのは初めてだよ。人と魔族の混血児は、世にも美しい見目を持つと言われている。古い文献にしかないものだ。だが、気づく人間は気づくはずだよ」


 職員の眼光が鋭くバルバロスを捕らえる。


「見たところ素直でいい子そうだ。気を付けるんだよ。混血児は傷の治りが異様に早い。しかもあの見目だ。(むご)いことをしたい(やから)に目を付けられても、おかしくはないからね」


 忠告され、バルバロスはわかったとだけ伝えた。


 ラヴィが何者であろうとバルバロスには関係ない。ラヴィをいたぶろうなんて考える輩がいたら(しかばね)にするだけだ。


 赤い実をもぎ取ったのは自分だ。それを横から取られるほど自分は愚かではない。


 ジョブ検査で居心地悪そうにキョロキョロしているラヴィを見つめながら、バルバロスは黒い感情を熟成させていった。



 ジョブ検査の結果がでると、ラヴィはショックを隠さなかった。家に帰る途中、検査結果の紙を見ながら、ラヴィはバルバロスに話しかけた。


「ジョブ、シーフ……シーフって盗人だよな?」

「あぁ、そうだな」

「ランクD……Dって、最弱だよな?」

「あぁ、そうだな」

「はぁ……やっぱ、俺が魔王討伐のメンバーなんて無理じゃないか?」


 不安げなラヴィにバルバロスは笑って言う。


「心配するな。俺がお前を守る」

「いや、守るってダメだろう。凶暴な魔王を倒しに行くんだろ? 俺、絶対足手まといになる」


 正論を言うラヴィに目的を言うわけにはいかない。かといって、"離れたくないからだ"と、しおらしいことを言っても突っぱねるだけだろう。だから、バルバロスはラヴィが断りたくなくなるようなことを口にした。


「ラヴィ、俺はもうお前なしじゃいられないんだ」

「え? どういうこと?」

「お前の料理じゃないと、胃が受け付けない。どうしてくれるんだ」

「いや……どうしろと言われても」


 バルバロスはラヴィを指差して憮然とした態度で言った。


「お前は俺のために旅先で料理を作れ。俺が餓死したら魔王は倒せない」


 決定的なことを突きつけられ、ラヴィはうっと声を詰まらせた。そして、頬を指でかきながら、わかったよと答えた。

 素直な答えに満足して、ラヴィの白い頭を乱暴に撫でる。


「心配するな。俺は強いからな」

「……そういえば、バルってランクって何なんだ?」


 質問されて、バルバロスはにやりと笑う。


「SSだ。この国には俺しかそのランクはいない」

「マジか。すごいんだな、バルって」

「あぁ、すごいんだ。だから、俺の側を離れないでしっかり付いてこいよ?」


 歯を見せて笑うバルバロスに、ラヴィはこくりと頷いた。



 その後、準備を終えた二人はパーティー仲間の聖女と魔術師と顔合わせをした。二人はラヴィを見て気に入ったようだった。


「随分と愛らしい容姿をしているのね。ふふっ。わたくしはサラリアよ。名前で呼んでね、ラヴィ」

「うん。わかった。よろしくな、サラリア」


 握手をしようと手を差し出したラヴィに、サラリアは驚いて息を飲む。その後に満面の笑みになった。


「本当に愛らしいわ……旅の楽しみが増えたわね」


 ふふっと笑うサラリアにラヴィは意味が分からず首を竦めた。


「次はアタシの番ね。アタシは魔術師のモンフィスよ。よろしくね、ラヴィ」

「モンフィス……長い名前だな。モルって呼んでもいいか?」


 そう言うとモンフィスは濃い化粧顔をにたりと笑顔にして、好きに呼んで頂戴と言った。


 かくして、盛大なファンファーレを聞きながら一行は旅立っていった。



 旅路の途中、バルバロスがサラリアに声をかける。


「おい。魔王城まで転移するぞ。さっさと方をつけたい」


 いきなりの発言にラヴィは驚いていたが、サラリアは特に気にすることもなくダメよと釘を刺す。


「即魔王城に行ったら、身の程知らずだと思われて魔王城にすら入れないわよ」

「下調べはしてある。城の城門まではいけた。すぐに乗り込めるはずだ」


 あけすけもなく言うバルバロスに、サラリアとモンフィスはうんざりした顔をする。ラヴィは口を開けっぱなしだ。


「んもぉ、バルちゃんはせっかちね。それじゃあ、つまらないじゃない?」

「バルちゃん……?」

「せっかく、みんなでパーティーを組んだから、少しは旅の醍醐味を味合わないと」


 ウィンクをするモンフィスに、バルバロスは深いため息をついた。

 


 数体の魔物を倒しながら歩いていくと、日が暮れた。一行は泊まれる宿を探しだした。


「お金はあるわ。いい宿に泊まりなさい」とサラリアが王宮専用の現金カードを出して言ったため、バルバロスとラヴィはキッチン付きの高めの宿に泊まった。


 荷物を置いて一息つくと、ラヴィは疲れたのか椅子に座ってだらしなく手足を伸ばした。


「疲れたか?」

「ん? あぁ、ちょっと緊張してたから」


 ラヴィらしくない言葉にバルバロスが目を広げる。ラヴィは苦笑いしながら理由を話し出した。


「魔物との戦闘って初めて見たから驚いた。っていうか、バルって本当に強いんだな。みんな一撃で倒していたじゃん」


 すごいなー、すごいなーと、手放しで褒めるラヴィに照れくさくなっていく。緩む口元を押さえつつ、バルバロスは咳払いをして、ラヴィに声をかけた。


「まぁな。だから、安心しろって言っただろ?」

「うん。安心した。あ、ご飯作るな」


 ニコニコと笑顔になったラヴィを見て、バルバロスは目を細める。ラヴィが笑顔でいることは何よりだった。


 途中で買った食材でラヴィが鼻歌混じりに料理をしだした。トントントン。リズミカルな包丁の音が心地よくてバルバロスは目を伏せた。


 こうやって四六時中、ラヴィと一緒に居るのは初めてのことだ。魔物を倒していれば、ラヴィは怯えて側にいるだろうし、ラヴィが知らない場所を見て高揚している姿を見るのも楽しい。

 二人で旅をするのも悪くないなとバルバロスは遠くない未来に思いを馳せていた。



 出来上がった料理を食べているとき、ドアが乱暴に叩かれた。ラヴィが驚いてドアに近づくと、バルバロスはそれを制した。


「気を付けろ、ラヴィ。ここは住んでいた町じゃないんだ。不用意に開けるな」

「あ、ごめん……」


 しゅんと項垂れたラヴィの頭をかき回し、バルバロスはドアの小窓から外の様子を見る。そこには憤慨したサラリアがいた。嫌な予感がするが開けないわけにもいかないので、深く息を吐いて扉を開いた。

 扉を開くと何も言わずにサラリアが中に入ってくる。こんばんはと挨拶をして、モンフィスも入ってきた。


「あれ? 二人ともどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもじゃないわ。ご飯が美味しくないの」

「は?」


 サラリアは口をへの字に曲げて、バルバロスを見つめる。


「バルバロス。今すぐ魔王城へ行くわよ。このままだと、わたくしは餓死するわ」


 昼間とは全く違うことを言うサラリアにバルバロスは呆れた顔をする。


「旅の醍醐味を満喫するのではなかったのか?」

「予定変更よ。町のご飯がこんなにマズイなんて予想外だわ。……あら?」


 サラリアがテーブルに置いてある食べかけの料理を見つける。じーっと、見つめた後、匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせた。


「この匂い……いけそうね。このスープってまだあるの?」

「え? あぁ、もうないけど」

「なんでないのよ」

「なんでって言われても……」


 戸惑うラヴィにサラリアは口のつけたスープを一口すする。そして、目を輝かせた。


「食べれるわ! ちょっと、美味しいじゃない! 誰が作ったの!?」

「俺だけど……」


 ラヴィがそう言うと、サラリアはラヴィの両肩を掴んで聖女らしく微笑んだ。


「そうなのね。なら、わたくしの為に何か作りなさい」

「は?」


 サラリアは優しく穏やかな表情をしている。言っていることは強制だが。


「わたくしの腹を満たしたなさい。できるわね? ラヴィ」

「あ、うん。わかった。でも、食材が……」

「わたくし、ニンジンとセロリと、玉ねぎと、セージと、パプリカと、トマトは嫌いよ。入れないでね?」

「え? は? え?」

「頼んだわよ、ラヴィ」


 両手を離してサラリアは満面の笑みをする。困ったラヴィは、もう一度、苦手なものを聞こうとした。


「えっと、トマトと……え? なんだ?」

「姫様は好みにうるさい方だからね。アタシが買い物に付き合うわよ」


 モンフィスが声をかけてきて、ラヴィはそっか、ありがとうと、お礼を言う。そして、二人は外に出ようとする。慌てたバルバロスが声をかけてくる。


「買い物に行くなら俺も行くぞ」


 それをモンフィスは左手を上げて制した。


「姫様が話があるんですって。大丈夫よ。可愛い子は守るから。アナタほどじゃないけど、アタシも結構強いのよ? 安心して頂戴」


 笑顔のモンフィスに、バルバロスは納得していない様子だったが、ラヴィが大丈夫だってと、声をかけてくる。


「バルは戦って疲れたろ? ゆっくりしとけって。じゃあ、いってきます」


 そう言われては文句も言えない。手を振って出ていく二人をバルバロスは憮然とした表情で見送った。


「ふふっ。随分と過保護なのね」


 からかう声に苛立ちながら、バルバロスはサラリアと向かい合う形で椅子に座る。


「話ってなんだ?」

「あら、無視なの? まぁ、いいわ。あなたのシナリオ通りにいきそうよってことを伝えておきたくて」


 サラリアは美しい金色の眼を細めて微笑む。


「おじいさま……陛下がね、わたくしが無事に返ってきたら女王の座をくれると約束してくださったわ」


 確か現国王は一度、退いた王がなっているはずだ。皇太子が流行り病で無くなり、年老いた王がその座に着いたはずだ。しかし、サラリアは孫娘といえど、兄が二人いたはずだ。その兄を差し置いて女王など奇妙な話だった。


「孫娘可愛さに、王冠をやろうというのか? 随分と愛されているんだな」


 皮肉を言ったつもりだったが、サラリアは気にすることなく笑みを崩さない。


「ふふっ、そうね。おじいさまは、わたくしが可愛いはずよ。温室育ちのわたくしを、旅立たせて、魔王の母体にするくらいにはね」


 サラリアの金色の目が細く歪んでいく。


「でも、聖女になって今は感謝しているわ。だってそうでしょ? 命を下すだけして何もしない死に損ないも、ただ男というだけで、王を約束されている無能共も、冠は似合わないもの」


 ふふっと弾むような声を出してサラリアは夢物語を語る。


「金色の王冠が似合うのは、苦難を乗り越え害悪を倒した者がふさわしいわ。その方が見目も、外聞もいいしね。民も心酔しやすいでしょう」


 それは、サラリアの不遇が透けて見てるような言葉だった。バルバロスはどうでもいいと言いたげに、サラリアから視線を外す。

 サラリアの境遇に同情する気もない。もっと言うなら、サラリアが賢王になろうが愚王になろうがどうでもいい。

 だから、無感動にバルバロスはサラリアに声をかけた。


「ま、頑張れよ」


 するとサラリアは金色の瞳を大きく見開いて揺らした。口元には嬉しそうな笑みを浮かべだす。


「あら、優しいのね。子ウサギちゃん以外には興味ないのかと思っていたわ」

「興味はないな。どうでもいい」


 素っ気ない言葉だったが、サラリアはますます嬉しそうな笑顔を見せた。


「ふふっ。ほんと、あなたって分かりやすくていいわ」

「あ?」

「子ウサギちゃんが可愛いのね。それにしては手綱が緩すぎるようだけど? お菓子でもあげたら簡単に付いてきそうだわ」


 その言葉に、クッキーひとつで簡単に付いていくラヴィが思い浮かんで、バルバロスは深いため息をついた。


「ふふっ。ちゃんと管理しないと悪い女にでも捕まっちゃうかもよ?」


 悪戯っ子のように目を輝かすサラリアにバルバロスは、はっと笑う。


「そんな間抜けじゃない」

「あらそうかしら? 隙がありすぎるようだけど?」


 サラリアは恍惚の笑みを浮かべだす。


「モンフィスは心を操る術に長けているの。見目は同じでも中身は別人に今頃なっているかもよ?」


 その一言にカッとなって、バルバロスが椅子の横に置いてあった剣をとる。そして、サラリアのこめかみに剣先を突きつけた。瞳と同じ金色の髪が一本切れ、はらりと床に落ちる。


「ラヴィに何かしてみろ! その首ごとお前の野望も飛ばしてやる!」


 明らかな殺気を見せてもサラリアは態度を変えなかった。試すような瞳でバルバロスを見据えている。


「ふふっ。大事にしているのね。安心したわ。心配しないで。子ウサギはあのままが一番、愛らしいもの。変にいじったりしないわよ」


 でも、と付け加えてサラリアはゆるりと口元に弧を描く。


「あなたの力は今日でよくわかったわ。こっちも命の保証が欲しいのよ。あの子を女にした後であなたに殺されるかもしれないでしょ? あなたの目的はそれしかないのだから……あなたにかかれば、わたくしたちなど一捻りでしょう。だからね、子ウサギちゃんは人質よ。愛するなら、わたくしたちの命を保証しなさい」


 これは取引よ?と、サラリアは出立前にバルバロスが言ったことを真似した。バルバロスは憎々しげにサラリアを見つめ、わかったと呟いて乱暴に椅子に座った。



 ◇◇◇


 打算しかないパーティーだったが、戦いの面においては動きやすいとバルバロスは感じていた。油断のならない二人だったが、サラリアの補助魔法と、モンフィスの術は完璧ともいえた。

 攻撃を担うバルバロスを中心に、モンフィスが敵の防御力を直ぐ下げ、サラリアはパーティー全員の強化魔法をかける。回復もサラリアが担当だ。数が多ければモンフィスも攻撃に転じた。三ターン以内に戦いはほぼ終わり疲労感も少ない。


 こんなに動きやすいのは初めてだとバルバロスは感じていた。



 ラヴィは物陰に隠れて戦闘にはまるで参加しなかった。


「ラヴィ、隠れてろ」

「ラヴィ、そこの岩場に下がってなさい」

「そうよ。怪我したら大変。いい子だからかくれんぼしててね」


 三人には絶対に前に出るなと子供に言い聞かせるように念を押された。ラヴィは無能を気にして戦闘が終わると、メンバーの為によく働いた。

 働いたと言うかサラリアに対してはわがままをよく聞いていた。


「ラヴィー。疲れたの。おんぶして!」

「うん。わかった。ほらっ」


 屈んだラヴィの背中にサラリアがぴょんっと乗る。至福の顔ですり寄るサラリアにラヴィは平然と持ち上げ、歩き出そうとした。


「あらあら。姫様。おんぶなら、アタシがするわよ?」

「嫌よ。モルは固いわ。筋肉ムキムキ過ぎて」

「酷い! アタシだって、しなやかでほわほわに生まれたかったのに!」

「はいはい」

「俺だって男だし、固いんじゃないか?」

「ラヴィはね、柔らかいわ。ふにふにしてるの。ふふっ」

「やめろって、くすぐったい」


 サラリアは無邪気にラヴィに甘え、彼に見えないところでバルバロスにあっかんべーをしていた。その小悪魔のような態度に何度バルバロスの血管が切れたのかはわからなかった。



 ラヴィは毎食、ご飯を用意してメンバーの腹を満たしていた。サラリアは偏食が多かったが、ラヴィの食事だけは口にできると言っていた。

 他にもラヴィは訪れる町で薬草の知識や疲労回復のマッサージの知識を得ていった。知識を得たラヴィは夜になると仲間たちへマッサージをすることが日課となっていた。


「モル。ほら、横になれよ」

「んまぁ! ラヴィからのお誘いだなんて!」

「ほら、ベッドに横になれって」

「やだわ、ラヴィ! オカアサンはラヴィをそんな不健全な子に育てた覚えはないわよ!」

「んー? そうか?」


 そんなやり取りを見ていたバルバロスがゴツンとモンフィスの頭をこぶしで殴る。


「バカなことをやってないで、さっさとマッサージを受けろ」

「んもぉ、本気で殴らないでよね? 頭が陥没するじゃない。冗談よ、冗談。ねー、ラヴィ?」

「ん? あぁ、モルはお母さんってガラじゃないよな?」

「あらそう?」

「どっちかというと、お姉さんじゃないのか?」

「んまぁ! この子ったら! いつからそんなイケメン台詞を吐くようになったの! バルちゃん! あんた、ラヴィに何を仕込んだのよ! 清いラヴィを返して!」

「いい加減にしろ!!」


 二人の破天荒さに頭を抱えていたバルバロスは、ある日、キレた。ラヴィに寄りかかって好き放題している二人に何を遠慮することがあるのか。

 そもそもラヴィは自分のもので、第一優先は自分のはずだ。


 そして、今までラヴィの負担を減らそうとキリキリ動いていたバルバロスはラヴィに甘えまくるという行動に出た。


「ラヴィ、疲れてスプーンが持てない食べさせろ」

「え?」

「あら、じゃあ、わたくしも持てないわ」

「え? え?」

「あらやだ! 突然、小指が動かなくなったわ! 大変、食べれなーい」


「え? え? はぁ?」


 これに参ったのはラヴィだ。競うように仲間たちはラヴィ、ラヴィ、ラヴィと呼び、あれしろ、これしろ、あれができない、これができないと言う。最初はせっせと動いていたラヴィだが、三人のわがままっぷりは度が過ぎた。


「俺が先に食べさせてもらうんだ」

「あら、わたくしよ? ね? ラヴィ?」

「いったーい! 小指が痛いわ!」


 ついには自分で食事を取らなくなった仲間たちにラヴィはキレた。


「いい加減にしろよ!」


 それはラヴィが初めての怒った瞬間だった。


「自分で食べろって! それぐらいできんだろ!!」


 ぜーはーと肩で息をしながら、真っ赤になって怒るラヴィに仲間たちは、目を丸くする。


「ラヴィ、お前……怒ってるのか?」

「はぁ? 怒ってるよ!」


 いつも従順で感情を表に出さないラヴィにバルバロスは言いようがない感情が芽生えた。


「そうか。……怒ってるのか……」


 人間らしい感情をぶつけられて、込み上げるものがあった。純粋に嬉しかった。


 サラリアは目を丸くしながら「わたくしのラヴィに反抗期がきた!」と叫び、モンフィスは「ちょっと、お祝いにケーキを買ってくる」という始末。


 騒ぎだす仲間たちに、ラヴィは頬を膨らませて怒っていた。



 この日を境にラヴィは、人間らしい感情をさらけ出すようになる。文句も言えば、陽気に笑ったりする。浮世離れしていたラヴィが人間らしくなっていくのをバルバロスは目を細めて見ていた。



 イカれた思考しかないパーティーメンバーだったが、旅はなかなかどうして、うまくやっているように見えた。




 ◇◇◇


 ある日の夜、火の番をしていたバルバロスの元に、モンフィスが声をかけてきた。


「はぁい、バルちゃん。よい月夜ね。交代するわよ」

「あぁ、そんな時間か」


 今日は近くに宿がなかったため、寝袋にくるまって寝ている。山歩きが疲れたと言ってサラリアはラヴィを抱き枕にして寝てしまった。起こすに起こせなくなった状態にラヴィも次第にうとうとしてしまい、そのまま二人とも熟睡してしまった。残ったモンフィスとバルバロスが火の番を交代でしようかと話をして、今、交代の時間になっていた。


「あぁしてくっついて寝ていると微笑ましいわね」


 モンフィスが微笑みながら寝ている二人を見つめている。寝息を立てる二人は年相応の顔をしていた。

 しかし、バルバロスはその光景を面白くなさそうに見つめていた。


「サラリアはラヴィにくっつきすぎだ。当てつけのようにラヴィにすり寄りやがって」

「あらまぁ。ふふふっ。バルちゃんったら、そんなこと言って、姫様はからかっているだけでしょ? バルちゃん分かりやすいから」

「あぁ?」


 青筋を立てるバルバロスにモンフィスは愉快そうに笑うだけだ。それに憮然として、バルバロスは火に木をくべる。


「ちっ……大体、お前もお前だ。お前がサラリアを甘やかすから、コイツが付け上がるんだろ?」

「あら、ごめんなさいね。でも、しょうがないのよ。アタシは姫様に尽くしたいんだもの」


 笑うモンフィスの横顔を見ながら、尽くしたいねぇ……と、バルバロスは皮肉混じりに笑う。


「尽くしたいなんて綺麗な感情じゃないだろう?」


 バルバロスは忘れてはいなかった。モンフィスは元々、サラリアの奴隷として彼女の代わりに命を捧げる気だった。そんな危うい感情の持ち主が尽くしたいだなんて笑えた。


 バルバロスの笑みを見ると、モンフィスは変わらない笑顔でいた。


「あら? 本当よ。アタシはね。姫様に尽くしたいのよ。骨の一本まで捧げたいわ」


 パチリ。薪の一部が崩れて火の粉が舞う。モンフィスは笑顔だというのに、その瞳は初めて見た時に感じた深淵があった。


「姫様へのアタシの忠誠心は絶対よ。姫様が死ねと言うなら、喜んで死ぬわ。そもそもこの格好も全て姫様の為だしね」

「その格好も? 好きでやってるわけじゃないのか?」

「今は楽しんでやっているわよ? でもね。女の格好をしたのも、宦官(かんがん)になったのも全ては姫様の為よ」


 さらりと告白された言葉の重さにバルバロスは眉根をひそめる。


「去勢していたのか?」


 モンフィスは笑顔で頷いた。その笑みに後悔は微塵もなかった。


「姫様は今はお元気だけど、幼い頃は酷い男性不信だったの。仕方ないわ。自分は魔王の母体としてのみ存在すると言われ続けてきたからね。化け物を産むために存在すると言われたら誰でも嫌になるわ」


 モンフィスは空を仰ぎ遠くを見つめた。星の瞬きの先に二人だけの過去を見ているような顔をする。


「最初は言葉を変えたわ。女性らしく振る舞ってみたの。次はお化粧してみたんだけど、ほらアタシの顔っていかついでしょ? だから、男であることをやめたのよ。そうして、やっと、姫様は心を開いてくださった」


 どうしてそこまで……とは聞けなかった。バルバロスにも同じ感情があるからだ。


 バルバロスにとって、ラヴィが唯一であるように、モンフィスにとって、サラリアが世界の中心なのだろう。


 もし、ラヴィが男性不信だったら、自分はそこまでできるだろうか? と、自分に問いかけると、答えは(いな)だった。


 それは、そこまでやる必要がないということではない。単にやり方の違いだと感じていた。


「俺なら相手を変えるな。それが俺のやり方だ」

「そうでしょうね。ラヴィを女にしたいなんて、アタシにはできないわ。バルちゃんの愛し方はアタシと正反対ね。相手を食らう愛し方なのよ。アタシは逆。相手に食われたいの」


 モンフィスの話を聞きながら、やはり理解ができないとバルバロスは感じていた。


「相手に食われたら、自分が跡形もなく消えたら、欲しい未来は得られない。俺はラヴィとふたりでいる未来が欲しい」


「モンフィス、お前は違うのか?」


 静かなバルバロスの問いかけにモンフィスは瞳の奥の深淵に光を灯した。


「アタシは姫様に首輪をつけられている忠犬よ? 手綱を引いているご主人様には逆らえないわよ」


 そう言ったモンフィスに、はっとバルバロスは笑う。


「だったら、鎖ごと引っ張ってしまえばいい。こっちに引き寄せられれば、ご主人様は懐の中だ」

「アタシに姫様のお心に背けとでも言いたいの?」

「いいや。本能に従えって言っているんだ」


 バルバロスは不敵に笑い、モンフィスに甘い未来を囁いた。さながら、毒を盛るように。


「サラリアはラヴィを気に入りすぎている。旅が終わったら懐に入れたいと駄々をこねかねない。そうなったら、俺は躊躇なくサラリアの首を跳ねて、ラヴィを取り戻す」


 その言葉にモンフィスは警戒心を強めた顔をした。


「そうなる前にお前の懐にサラリアを置け。欲望のままにな」

「……それは警告かしら?」

「いいや。提案だよ」


 バルバロスは漆黒の瞳に、燃える炎を映し、笑った。



「本当に欲しいものを欲しい形で手に入れるのが、真の幸福ってもんだろ?」



 パチリ。バルバロスがそう言ったとき、薪の一部が崩れて火の粉が高く舞った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ