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冒険者は勇者となり聖女の策謀にのる

 ラヴィと名付けた少年との生活が始まってバルバロスの生活は一変した。


「ラヴィ! どこ行った!?」


 朝からバルバロスの怒号が町中に飛び交う。


 今、彼は露店で賑わう町中に居た。朝市が開催されていた町で買い物を来たのだったが、食材を買っている隙にラヴィが居なくなったのだ。ほんの二、三分。目を離した隙に消えた白兎にギョッとしてバルバロスは食材が入った紙袋を抱えて走り回った。


 ラヴィが消えることはこれが一度目ではない。ラヴィは糸が切れた風船のように、ふわふわっと勝手にどこか行くのだ。その度にバルバロスは青筋を立てて走り回っていた。


 人混みを掻き分け探し回った先に特徴的な白髪を見つける。なぜか見知らぬ婦人とお茶をしていた。ニコニコと疑ない笑顔を向けるラヴィに婦人は頬を高揚させて笑顔でいる。


 プツン。何度切れたかわからない血管が切れる。


「ラヴィ!」

「あ、バルだ」


 ぐいっとラヴィの腕を引っ張ってその場から立ち去ろうとすると、ラヴィはその腕を振りほどいた。


「なんだよ、急に……」

「なんだよじゃない! また勝手にいなくなりやがって!」

「そこの親切なお嬢さんがお茶しようと言うから……」


 ラヴィの後ろで金持ちそうな婦人がふふっと笑っている。


「ラヴィ。この人があなたの言っていた人なのね」

「うん。そうだよ」

「そう。じゃあ、心配性な保護者さんが来たから、お暇するわ。楽しかったわ、ラヴィ。またね」


 手を振り去っていく婦人にラヴィはまたなーと呑気に手を降っている。それにバルバロスは頭を抱えた。


「ラヴィ……あれほど知らない奴に着いていくなと言っただろう」


 呆れ眼で文句を言うと、無垢な赤い目は小首を傾げる。


「だって、親切な人だったよ?」


 言ってることが心底がわからないと顔をされてバルバロスは脱力した。バルバロスはラヴィが逃げないように手を繋いで歩き出す。そして、子供に言い聞かせるように文句を言った。


「いいか? 知らない人には絶対付いていくな」

「なんで?」

「親切な奴ばかりとは限らないだろう?」

「そっか? 皆、親切だよ?」

「親切なふりをしているだけかもしれないだろ?」

「なんだそれ? 親切は親切だろ?」


 押し問答な回答をされ、バルバロスは疲弊する。

 ラヴィは疑うことは知らない。まるで生まれたての子供だ。いや、まだ子供の方が警戒心が強い。人懐っこい笑みを浮かべて、ほいほい付いて行ってしまうのだ。ラヴィ曰く、親切にされたから。ただの親切があるわけなどないとバルバロスは思っていた。


 ラヴィはその見目から、人目を惹く。しかも、本人は意識していないだろうが、時折、ゾッとするほど妖艶な笑みを作る。

 スラム街で身寄りもなく生きてきた故か、退廃的な笑みをする。全てを諦めているような、全てを受け入れるような……惹かずにはいられない笑み。ラヴィの見目と交わって、それはより蠱惑(こわく)的に見えた。


 だから、ラヴィはよく人を引き寄せた。大抵は下心ばかりがある連中だ。


 ――監視をしておかないと、アイツは好色家にでも好きなようにされる……!


 スラム街で見た一糸纏わぬラヴィの姿が脳裏を過り、腹の底から怒りが込み上げてくる。ラヴィがいいようにされている姿が簡単に想像できてしまう。警戒心が人一倍強いバルバロスがそんなラヴィを見て過保護になるのは仕方なかった。


「とにかく! 俺から離れるな。心配させるな」


 そう言うとラヴィは赤い目をくりくりさせながら、不思議そうにラヴィはバルバロスは見上げる。


「バルは俺が心配なの?」


 バルバロスは眉根をひそめて、ぐいっと強めにラヴィの手をひく。


「当たり前だろ? 今のお前の……保護者は俺だからな」


 そう言うと、へへっとラヴィは頬を高揚させる。


「そっか。ありがとう」


 素直な言葉にバルバロスの眉間の皺をより深くする。


 感謝されることは慣れない。手を繋ぐことも。裏切られ、一人がいいと思っていたバルバロスにとって、全てが久しい感覚で妙にむず痒くなる。


「わかったなら、心配させるなよ?」

「へーい」

「はい、と言え」

「はい。はい」

「はいは一回でいい」

「はーい!」


 やたら元気に返事され、バルバロスは深いため息を吐いた。



 バルバロスとラヴィの共同生活は奇妙すぎた。名目上は、バルバロスはラヴィの保護者と名乗っていたが、二人を繋ぐものなど何もなった。

 ラヴィは相変わらず飄々としてバルバロスが飯を食わせてくれる親切な人と見ていて、それ以上の感情を持ち合わせていないようだった。


 バルバロスにとっても、ラヴィは絶対的に保護するべき対象ではない。いつでも手放せる関係。今、ここで手を離せば、ラヴィはあっさりとよそにいく。


 不確かで奇妙な関係。

 それが明らかになるのは、とある夜のことだった。


 その日、バルバロスは寝付きが悪かった。気まぐれに誘われた野良パーティーでダンジョンに入ったが、例の如く体よくレベル上げに使われた。懲りない自分に嫌気がさす。しかも、パーティーメンバーがバルバロスに対して感謝どころか、平然とこう言ったのだ。


「そんなに強けりゃさ、いっそのこと魔王でも倒しちまえば。厄介な魔物を消滅させてくれよ」

「おいおい。そんなことをされたら、飯の食い上げだ。ほどほどに殺してくれよ? なぁ」

「きししっ。なぁ! 魔物を消滅させちまったら、それこそお前が魔王じゃねぇの?」

「ははっ。ちげぇねぇ! 魔王様か! おおっ! 魔王様、殺さないでくださいよってか? ぎゃははは!」


 下衆な笑い声に背を向け、さっさとその場を去るバルバロスだったが、殺気だった気持ちを押さえきれなかった。


(クズが……本当に殺してやろうか?)


 そんな昏い感情に呑まれそうになる。


 何も好きで強く生まれたわけではない。気がつけば精霊が話しかけてきたので、友達のように話していただけだ。魔法の使い方も精霊に教えてもらった。身の丈に合わない魔力を内蔵できるようになり、それを発散させていたら、無双になっただけだ。


 人から見れば羨ましがられる能力もバルバロスにとっては重すぎる荷物でしかなかった。



 部屋に戻るとラヴィが呑気に椅子に座って本を読んで待っていた。


「あ、お帰りー」


 ぴょこんと椅子から降りて、ラヴィがバルバロスに近づく。しかし、ラヴィはゲッと顔をしかめて鼻を手で摘まむ。


「バル。酒くせぇ!」


 それにバルバロスは、ムッとする。


「組んだ奴らと飲んできたんだ。嫌ならあっちいってろ」


 しっしっと手を振るとラヴィはまた椅子に座り出す。本を開いてこちらを向かないまま、ラヴィは憮然とした顔で言った。


「風呂入ってこいよ。酒臭くて酔う」


 その言葉にカチンときて、わかってる!と怒鳴ってバスルームに繋がるドアを乱暴に開いてしめた。



 シャワーを浴びたバルバロスにラヴィは水差しからコップに水を注ぎ、バルバロスに差し出す。無言で差し出されたコップを奪うように取り上げ、バルバロスは一気に喉に流し込んだ。


 飲み終わるとやはり無言でラヴィが手を差し伸べている。コップをよこせと言われている気がして、バルバロスはラヴィの手のひらに、まだ雫の残るコップを置いた。


 ラヴィはへへっと笑う。さっきまでの重い空気を払うような笑顔にバルバロスの眉間に皺が刻まれる。


 思えばラヴィに対しては苛立ちの感情しかない。することなすことムカついてしょうがないのに、妙に離れがたい。

 それにまた苛立つ。


「ラヴィ、酒」

「は? また飲むのかよ?」

「うるさい。さっさと、出せ」


 ラヴィはうんざりした顔をしながらも、冷蔵庫からビンに入った安い酒を取り出す。コルクを抜いて、コップを探そうとしていると、バルバロスが酒の入ったビンを引ったくる。


「あ、おい!」


 ごくごくとビンごと飲み干すバルバロスにラヴィは唖然とした。ドンっ!と乱暴に机にビンを叩きつけると、妙に静かになった。


「……あんま、飲み過ぎるなよ?」


 ラヴィが呆れた声で小さく言う。それにまた苛立った。


「うるさい。俺に指図するな」


 ラヴィは肩を竦めて、バルの向かい側に座ってまた本を読み出す。平然と当たり前のように側にいる。何も言わず、何も聞かずに。

 ぺらり。ラヴィがめくる本の音がやたら耳につく。


 酔いもあってか、それが恐ろしく奇妙に思えた。


「なんで……何も言わないんだ?」

「ん?」


 ラヴィがこっちを向く。傷ついていないいつもの笑顔があった。


「聞いていいなら、聞くけど?」


 決して不躾にそっちには行かないと言われているように感じた。


「なんか苛立ってるみたいだから、そっとしておいた方がいーかなって思ってさ」


 へへっと笑うラヴィにまた、あの感覚。むず痒いような奇妙な感じ。それが慣れなくて気持ち悪くて、言葉がトゲを出す。


「なら、どっか行けよ」


 バルバロスが口の端を上げる。


「お前の存在がうざい。目の前から消えろ」


 ハッキリとした拒絶を口にした。酔いのせいだと言い訳もしたくはない。ただ、この奇妙な感覚を遠ざけたかった。


 それだけだった。


 ラヴィはビクリと震えた。ほんの一瞬だけ見えた傷ついた顔。でもそれも、彼が目を伏せるとすぐ消えてなくなる。


 無かったかのように消える。


 ラヴィは代わりに笑った。

 そして、あの瞳をする。

 全てを諦めているような、全てを赦すような――赤い瞳。


 ゾクッと背筋に熱が走っていると、ラヴィがゆっくりと席を立つ。


「わかった。今までありがとうな」


 呆気なく別れを口にして、ラヴィは歩き出す。白い残像が視界から消えたことに、焦燥感が募った。

「待て」と言いたかったのに、喉の奥に言葉が詰まってしまう。吐き出せない思いの変わりに体が反応して、椅子から立ち上がる。立ち上がった瞬間、肘に酒のビンが当たり、床に落ちる。


 ガシャン。


 派手な音を立てて割れたそれは、中身の液体を撒き散らし、バルバロスの靴を汚した。砕かれた茶色いガラスを見ながらバルバロスは思う。


 ――まるで俺たちみたいだ。


 呆気なく壊れて元には戻らない。汚した液体はさながらバルバロスの思いの残滓(ざんし)のようだ。吐き出すだけ吐き出して何も残さない。


 何も繋ぎ止めない。




「バル? 大丈夫か?」


 ラヴィが心配そうに近づいてくる。ただ純粋に駆け寄る無垢な瞳に思考がぐちゃぐちゃになる。


 湧き上がる衝動はなんだ。

 愛か。欲か。怒りか。焦がれか。

 悲しみか。切なさか。


 ――願いか。


 一つ分かるのは、ラヴィが欲しいということだけ。



 ――あぁ、そうか。俺はとっくに手放せなくなっていたんだな。



 欲しい気持ちだけが大きく膨れ上がりバルバロスを呑み込む。その衝動のままに、華奢な体を咄嗟に抱き締めた。


「ば、バル?」


 戸惑う声も捩じ伏せるように強く抱き締めた。


「痛い……」


 ラヴィが息苦しそうに声を出す。だが、バルバロスは解放しなかった。


「我慢しろ」


 これが最後だ。

 ラヴィへ与える痛みは最後にしよう。


 そう、バルバロスは決意していた。



 そして、同時に思う。


 二度と手放さないと。





 それから、黒い欲を燃え上がらせながらもバルバロスはラヴィに対しては穏やかに接した。


 ラヴィはあの日以来、何かを感じ取ったのかフラフラしなくなった。それがバルバロスの心をより安定させた。


 バルバロスはソロプレイヤーとして金を稼ぎ、ラヴィは家で待つことが多くなった。暇を持て余した、ラヴィは料理をするようになる。バルバロスが旨いというものを作れるとラヴィの心はあったかくなった。


 二人の関係は奇妙なままだった。

 兄弟でもない。恋人でもない。


「好き」とも「愛している」とも言わない。

 しかし、なくてはならない存在。


 外から見れば歪かもしれない。

 だが、それでもいいとバルバロスは思っていた。


 バルバロスの思いと同じように、二人の関係は定義付けられるものではなかったからだ。


 ラヴィが側にいればいい。

 それがバルバロスの唯一であり絶対だった。



 その関係に影がさすのは、ふとした瞬間だった。


 それは、一仕事終えて家に戻ってきた時のことだった。今日はクリームシチューだとラヴィが嬉しそうに声をかけてきて、バルバロスは目を細めて微笑んだ。


 二人で食卓を囲み、穏やかな時間を過ごしている時だった。ラヴィが話しかけてきた。


「そういえば、バルって女っけないけど、好きな奴とかいないの?」


 唐突な質問にバルバロスはシチューを詰まらせた。むせるバルバロスに、ラヴィは慌てて水を差し出す。それを飲み干して、バルバロスは眉根をひそめた。


「なんだ、急に」

「あぁ、買い物に行く時におばちゃんに言われたんだよ。保護者さんと暮らしているんでしょ? って。でも、保護者さんもいい年だから結婚したら寂しくなっちゃうねって。バルと女といるところなんか見たことないから、どうなのかな?って思ってさ」


 純粋な瞳がこっちを見て、バルバロスの眉間の皺は深まる。


「……そんな奴いない」

「え? そうなの?」


 大丈夫、お前……みたいな顔をされて言葉が出そうになる。


 ――お前さえいればいいんだよ。と。


 その思いを喉の奥に押し止めて、ラヴィはどうなんだろう?と疑問が沸き上がった。


 同じように感じてくれているなら……


 確かめたくて、言葉を出す。


「お前はどうなんだ?」

「え? 俺?」

「……好きなやつとかいないのか?」

「んー、いないな」


 あっさり言われて傷つく。わざとらしい咳払いをして、追求した。


「じゃあ、結婚したいとか思うのか?」


 傷に塩を塗り込むようなことを口にした。もし、ラヴィが誰かと結婚したいと言っても手放せなどできないのに。


「結婚? 俺が?」


 想像もしてなかったと言いたげにラヴィは瞬きを繰り返す。そして、ふっと目を伏せた。


「よせや。俺は寄生虫だよ? 誰かを幸せになんてできない」


 断言した言葉に傷が深まっていく。


「寄生虫とか、そんなことないだろ?」

「そうか? 今もバルに食わせてもらってるし、なんの稼ぎもしていない」


「俺は寄生虫だよ」


 そう笑うラヴィは、出会った時にした笑顔を見せていた。自分のことをバイ菌だらけだから近づくなと言った仄暗い笑顔。


 それを見ていたら、たまらなくなった。


「そんなことないだろう? ラヴィは役に立ってる。今日の料理だって旨いし……それに……」


 言いたいことがうまく言えない。もどかしくてバルバロスは黙ってしまう。

 ラヴィは、へへっと笑ってありがとうと言う。


「ま、誰かと結婚するなんて俺にはないな。だけど、バルはあるだろ? その時が来たら、教えてな。ちゃんと、祝福していなくなるから」


 再び断言された未来にカッとなった。


「俺は……!」


 もし、結婚なんてするとしたら、ラヴィだけだ。だが、この国では同性同士の婚姻は認められていない。だから、結婚なんてするはずはなかった。


「バル?」


 何も気づかない赤い瞳を見て、バルバロスはまた頭の中が、ぐちゃぐちゃになりそうだった。


 赤い実のような瞳を見ていると気が狂いそうだ。いっそのこと、食い荒らしたくなる。


 かぶりついて、咀嚼して、飲み干せば、自分は満たされるのだろうか?

 そんな昏い思考に呑まれそうになる。


「バル……ごめんな……」


 弱々しく呟かれた言葉に、思考が戻ってくる。ラヴィは気まずそうに俯いていた。それに苛立っていく。


「なんで、謝るんだよ……」


 こっちのことも気づかないくせに。


「だって、バルが傷ついた顔してるから……俺が悪いんだろ?」


 本質だけはしっかり理解している。それにまた苛立つ。


 プツリと、理性が切れそうだった。


「お前は悪くない……悪いのは……」


 気まずくなった空気にラヴィはしゅんと項垂れる。


 赤い瞳が伏せられるのを視界の端で捉えながら、バルバロスの中である考えが芽生え始める。


 やはり、ラヴィを縛るなら曖昧な関係のままではダメだ。

 本人が逃げられないと観念するまで囲いこまなくては。

 一般常識というものがラヴィと自分を引き離そうとする。


 そんなもの、うっとおしい。

 全部、邪魔だ。


 何かないか……

 ラヴィを縛る決定的な何か……



 そう思ってせいだろうか、聖女の策略に乗っかったのは――



 勇者を求めるというおふれがきて、ラヴィにやってみれば?と言われ、バルバロスは屈強な男の中から、勇者の地位を得た。


 そして、勇者と共に旅をするこの国の王妃、聖女に密かに呼び出された。人目を避けるような呼び出しに警戒心を強めながら行くと、王女であるサラリアと、お付きの褐色の男がいた。


 王女は不遜な態度のままに端的に要求を言った。


「勇者となったあなたに頼みがあるわ。魔王を倒した後のことで」


 サラリアはすでに魔王が倒されることを前提に話を進めていた。ただの自信か、考えが見えなくて、バルバロスは口角を上げる。


「ずいぶん気の早い話だ。まだ、倒せるかは分からないぞ?」


 そう言うが、サラリアは自信ありげに笑みを浮かべる。


「倒すわよ。わたくしの力とあなたの力があれば」


 その言葉にバルバロスは眉間に皺を寄せた。サラリアは余裕の笑みを崩さず続ける。


「あなたのこと、調べさせてもらったわ。クラッシャーバルバロス。随分と強いようね。国一番と名高いわ。あなたで倒せないようなら、魔王なんて誰も倒せないんじゃないかしら?」


 クスクスと笑う声がバルバロスは不快だった。


「それはどうも。で? 魔王を倒したら後の話とは?」

「魔王を倒したら、呪いの一撃が最後にくるわ。そして、呪いを受けたものが産んだ子供は魔王になる。そういう呪いよ」

「バカな……そんな話」


 はっとバルバロスは鼻で笑ったが、サラリアは笑みを深めただけだった。


「魔王と勇者の戦いなど、我が国と魔族で取り決められたできレースなのよ。結末は最初から決まっている」


 それにバルバロスは笑うのをやめた。


「そもそもおかしいとは思わないの? 魔王なんて誰も見たことがない。そんな存在が曖昧なものを倒すなんておかしいわ」


「こちら側は魔王という悪の存在を倒して国民の支持を受ける。魔族は魔力が高い母体と種を掛け合わせて、次の魔王を誕生させる。ほら、みんなハッピーエンドでしょ?」


 ふふっと笑うサラリアにバルバロスは底知れぬ闇を感じた。


「お前の言うのが真実なら、俺はその種とやらか?」

「話が早くて助かるわ。種になるのは勇者。そして母体となるのは聖女と呼ばれるのよ」


 はっとバルバロスは鼻で笑う。


「とんだ茶番だな」

「えぇ、茶番よ。だから、それに乗る必要はないと思わない?」


 サラリアの目がすっと細くなる。その瞳の奥には憎悪があった。


「わたくしは魔王の母体となる為に生まれてきたわけではないわ。そんなことを強いる国なんて滅びてしまえばいいのよ」


 ふふっ。あははと笑いだしたサラリアにバルバロスは眼光を鋭くする。


「どういうことだ?」

「わたくしは呪いを受けるつもりはない。当然、あなたに種をもらうつもりもないわ。呪いはここにいるモンフィスが受けるの」


 褐色の男が前に出る。暗がりでよく見えなかったが、男は女のように濃い化粧をしていた。


「はぁい。どうも」


 口調まで女のようだとバルバロスは感じた。


「こんばんは。勇者という名の共犯者さん。アタシはモンフィス。魔術師よ」


 にこっと愛想よく笑う瞳の奥には何も写さない深淵があった。サラリアはモンフィスに恋人のようにしなだれかかる。


「モンフィスはね。わたくしの可愛い奴隷なの。わたくしの為に呪いを受けて死ぬわ」


 狂った関係を暴露されて、バルバロスの表情が険しくなる。


「死ぬのか?」

「死ぬわよ。魔王なんて産ませないわ」

「だが、そいつは男だろう?」

「えぇ、そうよ。伝承によれば、姫が生まれない時代もあったそうよ。その時は男が母体となって勇者の種を腹に宿したそうよ。勇者は男だと決まっているし、性別を変えてしまうのではないかしら? ふふっ。ほんと、すごい執念よね」


 男を女に? それを聞いてバルバロスは手元にある白い兎を思い出す。頭の中で謀ごとが組み立てられていく。


 もし、ラヴィが女になれば?

 婚姻という決定的な結び付きができる。

 保護者とかいう曖昧な関係も打破できる。


 誰の目を気にせずに堂々と、ラヴィを()でられる。


 しかも、ラヴィも女になったら、観念せざるを得ないだろう。


 自分にすがるしかない。



 ぞくり。血が滾った。


 バルバロスは歯を見せて笑いだす。


「おい。その話。シナリオを変更してもいいか?」

「どういう意味?」

「要はお前が呪いを受けなければいいんだろ?」

「それだけじゃダメよ。魔王の母体を殺さないと、また魔王が生まれる。このバカらしい風習は終わらないわ」


 バルバロスは漆黒の瞳を細めて、ゆるり口元に弧を描く。


「なら、お前の手で終わらせろ」

「は?」

「お前が女王となって、バカらしい風習とやらを終わらせればいい」

「……モンフィスを生かすというの? 同情でもしたの?」

「違う。俺は俺の欲に従うだけだ。協力はするから俺の願いも聞け」


「パーティーメンバーにもう一人連れていく。そして、そいつに呪いを受けさせる。ただし、殺しはしない。魔族の反感があれば俺が潰す。だから、お前は人間の中で起こる反感を潰せ」


 これは取引だと、バルバロスは念を押した。


「さっきお前は今の国など滅べばいいと言ったな。だったら、お前の手で壊せ。二度と聖女とか勇者とかがいらない国にしようじゃないか」


「それが本物のハッピーエンドってやつだろ?」


 燃えるような焔を漆黒に宿して、バルバロスは言いきった。サラリアはふふっと笑いだす。その声はやがて大きくなり暗く木霊した。


「さいっこうね、あなた。いいわ。あなたの案にのりましょう。ただし、弱い子だとダメよ? 魔王を倒すための道すがらで死んでしまうわ」


 そう言われバルバロスは安心しろと声を出した。


「悪いが俺は強いからな。魔王も魔物も叩きのめしてやるよ」


 その時、バルバロスは初めて強く生まれてきたことに感謝した。

 強く生まれてきたのは、きっとこの為だったのだと。


 そう思えてならなかった。


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