冒険者は野良兎を拾う
ダークサイドの勇者視点です。時間を巻き戻して、二人の出会い話から話が進みます。
バルバロスがラヴィを何かに例えるなら、甘い毒を含んだ赤い果実と答えるだろう。
一度、懐に入れたら離すのは惜しくなる。中毒性の高い果実だ。
まるで、神話の世界で語り継がれる禁断の赤い実のようだと、バルバロスはラヴィの赤い瞳を見ながら、強く思わずにはいられなかった。
◇◇◇
ラヴィとの出会いは脳天を痺れるような鮮烈なものだったかもしれないと、バルバロスは振り返って思う。
かもしれないと付けるのは、ラヴィとの出会いが大したエピソードではないからだ。
きっかけは盗みだった。
バルバロスがラヴィが根城としているスラム街に足を運んだのは、近くでヘドロ型のモンスターが出ているため討伐して欲しいとの依頼がギルドに舞い込んだからだった。
当時、パーティーを組まずソロプレイヤーの冒険者だったバルバロスはその依頼の褒賞金の高さに驚いた。
(ヘドロ型のモンスターに50万ルペケ? 馬鹿な。破格の金額じゃないか……)
ヘドロ型のモンスターといえば大したモンスターではない。ギルド職員に聞くと、数が多いのと、ヘドロ型モンスターが出す強烈な匂いのせいで、誰もやりたがらないらしい。近くでスラム街があり、病原菌の元だから、なんとか退治して欲しいとのことで金額がつり上がったとの話だった。
それならばとバルバロスは金目当てで、依頼を受けた。
馴染みのギルド職員はバルバロスの事務処理をしながら声をかけてくる。
「まだ、どこかのパーティーにはいかないのかい?」
眼鏡をかけて年老いたギルド職員は穏やかな声で話しかけてくる。バルバロスは心底うんざりした顔で答える。
「俺がいるとパーティーが崩壊する」
「ほっほっほっ。クラッシャーバルバロスの異名はまだ健在か」
バルバロスは冒険者としてなってから日が長いため、幾つかのパーティーに在籍していた時期もあった。
しかし、バルバロスは強すぎた。
魔力を高めるための精霊に愛された彼は剣術も魔法も一級品で彼が倒された場面を見たことがない。
強すぎる存在は異端となる。パーティーを組めば最前列に駆り出され、バルバロス一人で倒してしまう。他の冒険者のレベル上げに体よく使われたり、強すぎるとやっかみを受けたりして、追放されたパーティーは数知れず。いつの間にかバルバロスには、パーティークラッシャーという不名誉な二つ名が付くようになっていた。
「ソロプレイヤーの方が気楽でいい。誰かを側に置くのは面倒なだけだ」
そう昏い瞳で語るバルバロスにギルド職員は依頼登録の紙を渡す。
「そう言いなさんな。きっと、あんたにもかけがえない人ができるよ」
紙を受け取りながら、バルバロスは苦く笑う。
そんな都合の良い未来などあり得ない。
人嫌いに片足を突っ込んでいたバルバロスにはそう思えてならなかった。
スラム街に着いたのは夜になってしまいバルバロスは素泊まりできる宿を探していた。
その夜は月が満月で綺麗な円を空に描いていた。何日かに一度にしか見れない不思議な月に足を止めると、バルバロスに近づく気配を感じた。
すばやい動きに獣か何かかと思い、バルバロスは剣に手をかける。白い残像がバルバロスの視界の端に写る。
(早い……!)
残像しか見えないことに少々焦ったが、脇腹を掠めるように動いたそれの毛をバルバロスは鷲掴みした。
「いってぇ!」
獣だと思ったものが声を出す。掴んだそれは毛は毛でも人の髪の毛だった。白い。真っ白な稀有な色にバルバロスが訝しげな視線を送る。
「いってぇな! いつまでつかんでんだよ! オジサン!」
振り返った姿にさらに驚く。つり上がった目は艶やかな赤い色をしていた。白髪だけでも珍しいのに、赤目とはさらに珍しい。この国では髪の毛は黒、茶色、金が主流だ。瞳の色も、同じ色が主流。異端なその姿にバルバロスは手を離すのも忘れて魅入った。
「おい! オジサン! 離せってば!」
白髪の少年は高めの声を出しながら文句を言う。その声に我に返り、言われことに、バルバロスはひくりと頬を動かす。
「オジサンだと? 俺はまだオジサンなんて呼ばれる年ではないぞ」
「うっせー! いいから離せって!」
じたばた動く小柄な少年の手の中に納められたものをバルバロスは乱暴に取り戻す。
「あっ!」
「これは返してもらうからな」
それはバルバロスの財布だった。少年を解放すると彼はいててと、頭を擦りながら、バルバロスを不思議そうに見つめる。赤い瞳が近づき、バルバロスは居心地が悪くなる。
「なんだ……?」
「オジサン、見ない顔だな」
「だから、オジサンと呼ばれる年齢ではないぞ。俺はまだ24才だ」
「あ、意外と若いんだな」
へーと、感心され、バルバロスは血管がプツンと切れる音を聞いた気がした。そんなことをお構いなしに、少年は飄々と言う。
「オジサンは冒険者?」
「お兄さんだ。そうだ。宿を探してる」
「ふーん。なら、角の宿屋が一番、清潔だ」
へへっと笑う少年にバルバロスは眉根をひそめる。
「後、不用意にこの町の人間に触らない方がいいよ。なんの病気持ってるか分からないから」
忠告をする少年は怪しげに赤い瞳を細めた。背景の月が彼の白髪を照らし、キラキラ反射した姿はこの世のものとは言えない美しさがあった。それに魅入っていると、少年は手を振って駆け出す。
「じゃあな、オジサン」
さっさと行ってしまう背中を呆然と見つめながら、バルバロスははたと気づく。手のひらにあった財布がなくなっている。
――やられた。
コインしかない財布とはいえ、不覚を取られたことにバルバロスは腹が立ってしょうがなかった。
腹は立ったのに他に宛もなく少年が言った場所に向かう。少年の言った通り小奇麗な宿だった。それにバルバロスはますます腹を立てていた。
翌日、宿の主にベドロ型モンスターの居場所を聞いたバルバロスは、モンスターの棲みかに足を踏み入れた。鼻をつく腐敗臭に眉根をひそめながらも、出てきたモンスターに詠唱を唱える。剣だとベタつき後で手入れが大変そうだ。ここは魔法でさっくりと倒す方が良いだろう。ヘドロ型のモンスターの属性は土だ。相剋する属性は木だ。バルバロスは木の精霊を呼び出し、魔法を発動する。
「我に答えよ。木の精霊。――ベルフォレ!」
精霊に頼った方が魔力が上がり、マジックポイントの減りも少ない。効率的なやり方をしてバルバロスはあっさりとモンスターを討伐した。
すべてのモンスターを倒し終えると、ギルドから渡された紙を取り出す。指を切って、血を染み込ませると、紙はひとりでに動き出す。後は紙が勝手に見回り、任務が完了していれば指定の口座に金が振り込まれるという仕組みだ。
一昔前はギルド職員が任務完了にわざわざ立ち会っていたらしいが、手間がかかりすぎるとキレた一人の職員がこの紙を開発したらしい。
任務が完了して一息ついたバルバロスはそのまま立ち去ろうとした。しかし、腐敗臭が衣服に染み付いてしまったため、やむおえず宿に戻った。
身綺麗になったバルバロスはふと、昨日の少年のことが脳裏を過った。また、ムカムカしだした腹をおさめるために少年を探す。
財布を返してもらうだけだ。
そう、自分に言い訳しながら、バルバロスは大股で歩きだした。
少年は意外と早く見つかった。あの特徴的な容姿のためか知らないものはいなかった。ただ不思議なことに彼の名前はてんでバラバラだった。
ホワイトと、シロ、赤目、ルビー。色々な名前で呼ばれ、彼には名前らしき名前がないようだった。
「あぁ、白髪か? アイツならいつもの客と路地裏にいるぞ?」
路地裏? いつもの客? 不穏しかないワードに眉をひそめながら、バルバロスは足を早めた。
言われた場所に行き、バルバロスは黒い瞳を大きく広げた。そこには下衆な視線を送りながら少年を見つめる小太りの男がいた。少年は一糸纏わぬ姿だった。
「見るだけだけだならな。ガリンゼルさん。俺、バイ菌だらけなんだから」
「わわわわかってるよ! ミルキーちゃん!」
少年は恥も外聞もなく白すぎる華奢な体を晒している。それにプツンとバルバロスの血管が切れた。
大股で歩き、小太りの男の顔を掴み投げ飛ばした。
「あ、オジサン」
少年にそう言われブツブツっとバルバロスの血管が切れる。バルバロスは着ていたマントを脱ぎ捨てると、乱暴に少年に向かって投げつけた。
なんだ?とキョトンとしている赤い瞳を見ていたら居てもたってもいられなくなって、バルバロスは華奢な手を取った。
「ついてこい!」
少年はマントに身を隠しながらもバルバロスに引きづられるように歩きだした。
宿屋に戻ったバルバロスは少年を乱暴にシャワールームに連れ込む。
「なんだよ、いきなり」
文句を言う少年にバルバロスは口の端を上げる。ただし、目は笑ってない。
「うるさい。その汚い体を綺麗にしろ」
そう言って問答無用でシャワーから熱いお湯を出した。
◇◇◇
身綺麗になった少年だったが、バルバロスのマントを着るとブカブカすぎて妙な色香が出てしまう。それにまた苛立ってバルバロスは少年を連れてスラム街を出た。
少年は妙に大人しく付いてきた。警戒心がまるでない。それに危うさを感じてバルバロスは訝しげな顔で、少年を尋ねる。
「なんで付いてくるんだ?」
少年ははぁ?みたいな顔をする。
「オジサンが付いてこいって言ったんだろ?」
「オジサンではない。バルバロスだ」
「バルバロス? 長い名前だな。バルでいい?」
飄々と言う少年にバルバロスは脱力した。好きに呼べと言うと、少年は天真爛漫な笑顔を見せた。
「お前の名前は?」
「名前? あぁ、みんな好きに呼ぶからな。バルも好きに呼んでいいよ」
そう言われてバルバロスは少年を見つめる。白い髪に赤い瞳。何かの動物に似ている。兎。一度、そう見たら兎にしか見えなくなった。しかし、ラビットと付けると芸がないし、しっくりこない。バルバロスはラビットの名前を愛称のように縮めた名で少年を呼んだ。
「ラヴィ……」
呟くように言うと少年は赤い瞳を何度か瞬きをする。そして、へへっと笑った。
「ラヴィな。いい名前。ありがとう」
素直に感謝の言葉を言われて、バルバロスはくすぐったい気持ちになり、眉根をひそめてしまう。感謝など久しくされていない。だからだろう。気恥ずかしさを感じてしまうのは。
「気に入ったならいい……」
照れた顔を見られないように、バルバロスは少年から視線を逸らした。
こうして、人間不信気味だった一流冒険者と、スラム街出身の得体の知れない少年との奇妙な共同生活が始まった。




