白兎は勇者の嫁にされる
次に目を開いた時、ラヴィはまたベッドの上にいた。自分を覗き込んでいたのは、優しく心配げな漆黒の瞳だった。
「ラヴィ、気がついたか?」
声をかけられ、ラヴィは勢いよく体を起こす。
「バル! 王宮は!? みんなどうなった!?」
記憶が全くないラヴィはバルバロスに詰め寄った。
バルバロスは、あぁ、と無感動に声を出して、ベッドサイドの引き出しにしまってあった新聞を手にする。
「王宮は破壊したが、サラリアたちは無事だぞ?」
バルバロスは新聞を見せながらラヴィに説明をした。ラヴィは彼から奪うように新聞を引ったくると書かれていた記事を読み込む。
そこには、王は重体。王女や他の者も怪我のみと書かれていた。王宮の損傷に対して死者がいないことが奇跡だとも書かれていた。それにラヴィはホッと胸を撫で下ろす。
「よかった……」
その言葉を聞いて、バルバロスは苛立ち、ラヴィから新聞を奪い取る。
「ラヴィは甘い! 殺されかけたんだぞ! そんな奴らを心配するなんて……」
バルバロスの険しくなった顔を見て、ラヴィははっとして俯く。
「……ごめん」
バルバロスは身を呈してラヴィを助けたというのに、その恩を裏切るようなことを言ってしまった。それに罪悪感が募る。そっぽを向くバルバロスに「だって、仲間だし……」と言おうとしてやめた。言い訳にしかならないからだ。
「バル……ごめん」
謝るしかできないなと思いながら、ラヴィは気まづそうに黙り込んだ。
「いいや、許さない」
バルバロスはラヴィを追い詰めるように言葉を発する。ラヴィはごめんと繰り返したが、バルバロスは許さないと繰り返す。困り果てたラヴィは、懇願するように声を出した。
「どうしたら、許してくれんだ?」
弱々しい情けない声が出た。その声にバルバロスは、はぁとため息を出す。
「……方法はあるが……絶対、ラヴィは嫌がるから言わない」
その言葉にラヴィは瞬きを繰り返した。警戒しながらも何か聞きたくて低い声を出す。
「な、なんだよ?」
「絶対してくれると約束するなら言う」
厳しく鋭い眼差しを向けるバルバロスにラヴィは声を詰まらせた。
ラヴィは考えた。
自分が嫌がることで、バルバロスが恐らく喜ぶもの。
……………わからなさすぎる。
ラヴィは頭を抱えた。
しかし、バルバロスは自分を助けてくれた恩人であり、大事な仲間だ。相手が喜ぶことならしてあげたい。
「できるだけするから言ってみろって……」
「できるだけなら、嫌だ」
「……じゃあ、するする! するからさ……」
半ばやけっぱちで叫ぶと、バルバロスの漆黒がやたら嬉しそうに輝いた。
「じゃあ、言うぞ」
「お、おぅ」
固唾を飲んで、次の言葉を待った。ドキドキと妙に心臓が高鳴り出し、神妙な顔をしてしまう。バルバロスは真顔になって、口を開いた。
「俺の嫁になれ」
予想外すぎることを言われた。ラヴィはたっぷり時間をかけてバルバロスの言葉を理解しようとする。しかし、結局、理解できずになんとも間抜けな声を出してしまった。
「はぁ?」
そんな声を出してもバルバロスは真顔を崩さなかった。
ラヴィは混乱していた。
男の仲間が自分を嫁にしたいと言っている。そして、はたと気づいた。自分の今の姿に。仲間たちが変わりなくラヴィに接するから忘れがちだが、ラヴィは今、女だった。
しかし、なぜ、そこで嫁となるのか……
ラヴィには理解ができない。
(これはあれか……女になってしまったオレへの同情なのか……?)
自分への態度を見る限り、バルバロスは仲間意識が高い。だから、責任を感じているのだろうか。勇者であるバルバロスはパーティーリーダーだ。リーダーとして女になった仲間に情けをかけようとでもいう気だろうか。
そう結論付け、ラヴィは真剣な顔でバルバロスに言う。
「俺のことなら責任を感じる必要ないからな」
バルバロスの眉間に深い皺が刻まれる。ラヴィは真面目に話したかったので、その表情を見ても臆することはなかった。
「この体になったのは、オレが選んだ結果だ。お前が責任を感じて、巻き込まれる必要はない。お前は魔王を倒した勇者だが、普通の男だ。綺麗な嫁さんもらって、普通の幸せを手に入れられる。わざわざ、厄介ごとに首を突っ込む必要は――」
「普通だと?」
地を這うような声がした。バルバロスの瞳が細く鋭くなる。
「ラヴィ……普通ってなんだ? 俺に他の女を娶れとでも言いたいのか?」
「いや、だから。そういう選択も視野にいれろって言ってんだよ」
そう言うとバルバロスは納得しない顔をする。眉間に深い皺を作った彼にラヴィは深いため息をついて、自分が嫁になるデメリットを語った。
「バル、よく考えろ。オレを嫁にしても、セックスはできない。オレは誰とも性行為をするつもりはない。……子供が魔王になるから……」
ラヴィの体には呪いがかかっている。子供は作れない。バルバロスとて男だ。不能な嫁など貰いたくはないだろう。しかし、大した事のない問題と言いたげに、バルバロスは言ってのけた。
「そうか。なら、我慢する」
それにラヴィは顎が外れそうなほど口を開ける。
「我慢するというか、種を無くす方法を見つける。それまでは他の方法にする。お前とて方法を知らないわけではないだろう? 問題はない」
「いや、待て待て待て!! 問題だらけだろう!!」
「どこかだ?」
本当にわからないという顔をされ、ラヴィは絶句した。
長い付き合いだが、目の前の男が別人に見える。
「いや……本当にさ……同情でオレを嫁にするとか言うなら勘弁してほしいというか……」
ゴニョゴニョとラヴィが言いづらそうに口ごもるとバルバロスの表情が今まで見たことのないくらい怒りに満ちる。
「同情だと……?」
強烈な負のオーラを感じてラヴィは青ざめた。
「いや、だって……そうとしか……」
トドメの一撃をくらい、バルバロスはカッとなって、ラヴィの両肩を掴んだ。
「俺が! 同情で! お前を嫁にするとか言うとでも思っているのか!!」
そして、噛みつくようなキスをしてきた。
パニックになったのはラヴィの方だ。
(なななな!? なんで!? なんで!? キスなんか……!!)
力強く抱き締められ、深まる口づけにラヴィは抵抗しようとしたが、ただでさえ非力なラヴィが女になったことで余計に非力になっていた。力強い体躯に抱かれては、抜け出そうにも抜け出せない。
結局、力が抜けきった後、ようやくバルバロスはラヴィを解放した。彼はまだ怒りの眼差しでラヴィを捕らえていた。
「バル……?」
「ラヴィ、俺はお前のことが大事なんだ。ずっと前から」
愛しそうに見つめられ、ラヴィの中でくすぐったい気持ちが芽生え始める。
「ずっと前って……?」
「出会った頃からだ」
「最初からかよ!?」
ラヴィは仰天して、思わずつっこんだ。なのにバルバロスは、平然と甘言を口にする。
「そうだ。お前に出会って俺の世界は一変した。ラヴィが俺の中心なんだ」
力強い抱擁をされ、なんだかよく分からなくなってきた。出会った頃といえば、ラヴィはまだ男だった。
「バルは……男好きなのか?」
素朴な疑問を口にすると、バルバロスはくっと喉を震わせて笑う。子供みたいに笑った彼をポカンと見つめていると、やはり愛しげに見つめられる。
「男が好きというわけではない。俺はラヴィが好きなんだ」
仲間だと思っていたバルバロスの熱い思いを聞いて、ラヴィはむず痒くなる。
「どうして……?」
信じられなくて、疑問を口にした。
バルバロスは熱の孕んだ眼差しを向けてくる。
「ラヴィがラヴィだから……としか言いようがない」
その答えにラヴィは腑に落ちなくて首を傾げるのだった。
「ともかく、ラヴィは俺の嫁にする」
「ちょっと待てって……なんでそこに戻るんだよ……」
「愚問だな。俺以上にラヴィを幸せにできる奴なんていない」
きっぱりと言われラヴィは声を詰まらせる。バルバロスは淡々と正論を口にした。
「ラヴィは魔王を産む母体となった。なら、魔族がこのまま放っておくとは思えない。魔王復活させるためにラヴィを拐うのも考えられる」
「え?」
「それに、あの聖女が生きているならまたラヴィを狙う。確実に」
「サラリアがか?」
「あぁ。アイツは貪欲だからな」
その答えにラヴィは眉根をひそめる。
「ラヴィは魔族からも、人間からも追われるんだ。一人で居たら、魔族に取っ捕まって孕ませられるか、人間に殺されるかどちらかだ」
「最悪な道しかないじゃないか……」
深いため息をついたラヴィにバルバロスがくしゃくしゃっと頭を撫でる。
「心配するな。俺がラヴィを守る」
絶対的な自信のある言葉。それにラヴィは頼りたくなった。
「わかった。守ってください。お願いします」
そう言うとバルバロスは満足そうに「あぁ」と答えた。
「なら、嫁になるな?」
「あ、うーん……」
必要なこととはいえ、そういう目で見たことがなかった相手と夫婦になるということはラヴィにとって戸惑いしかない。
考え込んだラヴィにバルバロスはトドメを刺す。
「まぁ、もう書類上は夫婦だけどな」
「――は?」
口笛を吹きそうなぐらいご機嫌でバルバロスは凶暴な告白をしてきた。
そして、引き出しにしまってあったぐしゃぐしゃの紙切れを見せる。
それは、婚姻届だった。しかも、血判入りの正式なもの。それを見て今度こそラヴィは絶句した。
「おまっ……いつの間に……」
「ラヴィが意識を失っている間に済ませた。教会が雑な仕事をしてくれて助かったよ」
ラヴィが教会、仕事しろよと思ったのは言うまでもない。
「夫婦になったら、指輪が必要なんじゃないか?」
確かこの国では婚姻した暁には、夫婦でお揃いの指輪を付ける風習がある。
「指輪ならあるだろ?」
バルバロスはラヴィの薬指についたお守りを指差す。
それにまたも絶句した。
「いや、これ! 防御魔法のあるお守りだって言っただろ!」
「そうだ。俺の一番、強い魔法が込められている。婚姻指輪としてはこれ以上ない」
ラヴィは頭を抱えたくなった。
「バル……お前、謀ったな?」
顔をひきつらせながらラヴィは言うと、バルバロスは口の端を上げる。
「違うな。終わりよければ全て良しって言うんだ」
その言葉にラヴィは深いため息を吐くしかなかった。
その後、バルバロスの強い要望により、種を無くす方法を探す旅にラヴィは出ることになる。
魔族からも人間からも狙われるという立場にしては、平穏な日々が続いていた。ただ、一つ変わったことがある。前に比べるとよく眠くなった。プツリと意識が途絶え、夢に誘われてしまう。困惑するラヴィにバルバロスは笑って「女になったから、体がまだ慣れないんだろう」と言っていた。そんなものだろうか?ラヴィは不思議に思いながらも、なるべく寝ないようにしようと思っていた。
「なぁ、バル。次の町まで歩いて行くのか?」
手を繋いでのんびり歩くバルバロスにラヴィは声をかける。
「無論だ。新妻とのんびり歩くなんて最高だろ?」
妻と呼ばれることにラヴィはまだ慣れない。こうやって、愛しげに見つめられることも。
口ごもるラヴィにバルバロスは最高に甘い微笑みをしていた。
するり。指の指の間にバルバロスの武骨な指が入り込んできた。その感覚にラヴィはドキリとする。
痺れるような甘さを感じて、体が熱を持ち出す。女になってから、こうした触れあいに敏感になっているような気がする。バルバロスに変なんだと伝えると、彼は心底、嬉しそうに破顔した。
とくり。高鳴る心臓の意味をラヴィが気づくのは、もっと後の話。