白兎は世界の贄となる
――ラヴィ……!
(ん? 誰だよ……俺は死んだんだよ。もうその名で呼ぶなよ……)
――ラヴィ……! 頼むから……目を覚ませ……!
(うるさいな……眠らせてくれ……っていうか、この声って……バルか?)
勇者バルバロスの声に引き寄せられるようにラヴィは目を開いた。
「ラヴィ……!」
目を開いたラヴィは度肝を抜かされた。そこに居たのは、いつも仏頂面で魔物を倒してきた勇者バルバロスがひげ面で悲壮感たっぷりの顔をして目頭に涙を浮かべていたからだ。
それに意識は急浮上して、ラヴィは目を大きく見開く。
「よかった……ラヴィ……!!」
息を止められそうなほど抱きしめられ、ラヴィは圧迫に耐えきれず、白目を剥く。
(――あ、今度こそ死ぬわ……)
そう悟った時、バルバロスの絶叫が聞こえた。
「――はっ。死ぬな! ラヴィィィ!!」
いや、お前のせいだから。
と、ラヴィは心の中で、すかさずつっこんだ。
筋肉ムキムキの腕から解放され、落ち着きを取り戻したラヴィにバルバロスは謝った。
「すまない。苦しい思いをさせたな」
いつも偉そうな態度を崩さない仲間のしおらしい言葉にラヴィは変な気持ちになる。
「いや、もういいって」
そう声をかけるとバルバロスに心底、安堵した顔をされた。ますます妙に感じて、照れくさくなる。頬を指でかこうとして、自分の手が妙に細いことにラヴィは気がついた。訝しげにその手を見ていると、自分の胸元にあり得ないものがついていることに気づく。
ふるん。震えた二つの山は男の自分にはつくはずのないものだった。思わず鷲掴む。なかなかの弾力だ。
「な、なんじゃこりゃああ!」
山を揉みしだき、ラヴィは絶叫する。
「おい、バル! か、鏡! 鏡はどこだ!」
一刻も早く自分の姿を確かめなければ。
青ざめながらラヴィは叫んだが、バルバロスは目頭に溜まった涙を拭いながら、これか?と手鏡を探してラヴィに差し出す。
ラヴィは丸い手鏡を受け取って、自分の姿を見つめる。顔はいつもの自分の顔だ。短い白髪に、赤い目。ただ、やや顔の肉付きがふっくらとしている。目も一回りくらい大きい気がする。
鏡を下にずらすと、先程の山が見えた。それに青ざめ、ラヴィは手鏡をベッドの上に落とす。そして、股間に手をやり、自分の象徴の存在を確認した。
(ないっ……ない、ない、ない! どこいったんだよ!! 俺の息子!!)
ラヴィは絶望し、頭からベッドに突っ伏した。
「ラヴィ!?」
バルバロスの焦った声がするが、ラヴィは顔を上げられなかった。これを絶望と言わずに何を絶望と言うのだろう……ラヴィの目頭が不意に熱くなる。
「バル……」
「どうした? 大丈夫か?」
「オレ……なんか変なんだけど……」
「変? まさか、魔王の一撃の後遺症か!?」
その言葉に涙目のままラヴィが顔を上げる。ラヴィの顔を見て彼の顔が赤くなった。その顔を見つめながら小首を傾げると、バルバロスは視線を逸らす。ラヴィは眉根をひそめて「後遺症って?」と尋ねた。
バルバロスはわざとらしい咳払いをして、ラヴィが意識を失った後のことを話出した。
魔王は倒された。ラヴィが受けた一撃を放った後、跡形もなく消えた。黒い魔法に包まれたラヴィは、魔法が無くなると女になって意識を失っており、その後、1ヶ月ほど目を覚まなかった。
勇者のパーティーメンバーは、魔王城を脱出。木っ端微塵に破壊した後に、近くの宿場町までやってきて、ラヴィが目覚めるのを待っていた。
ラヴィは事情を聞いて複雑な思いを抱えていた。魔王を倒したのは良かった。その為の旅路だったのだから、誰一人欠けることもなく倒せたのは最良の結果だ。
自分が生きていることも……まぁ、良かったと言える。女になってしまったこと以外は、めでたしめでたし、ハッピーエンドだ。
「そっか……魔王を倒せたんだな……良かった」
色々考えることはあるが、ラヴィは全て飲み込んでバルバロスに、ぎこちない笑みを見せた。バルバロスはその顔を見て、切なく瞳を揺らした。
彼はラヴィの華奢になった白い手を取って、静かに思いを口にした。
「ラヴィ……俺はお前が生きてくれて、本当に良かったと思っている。本当に、本当に……」
「バル……」
「何も心配するな。俺がラヴィを守る」
優しい導くような言葉にラヴィの中から込み上げるものがあった。華奢な手は震えだし、目の奥まで熱くなってくる。ラヴィは慌ててバルバロスと繋がっていた手を引いた。咄嗟のことに、バルバロスが傷ついた顔をする。それに、眉根をひそめ、ラヴィは顔を手で覆った。
「ごめんな……なんか、生きてるって思ったら、急に……」
泣き出してしまったことが、情けなくて、ラヴィは必死に涙を止めようとした。バルバロスはラヴィの頭をくしゃくしゃっと少し乱暴に撫でる。
「本当にラヴィが生きてくれてよかった……」
優しい言葉はラヴィの心に染み渡り、涙を止めることができなかった。
しばらく経った後、不意に部屋のドアが叩かれ、聖女サラリアが部屋に入ってくる。彼女は茶色の大きめの紙袋を抱えていたので、前がよく見えなくなっていた。
「バル。ラヴィはどう?……っ!」
サラリアは紙袋から視線を外し、ベッドに眠っているはずのラヴィと付き添っていたバルバロスに声をかける。ラヴィが起きていたことに気づいたサラリアは、目を広げ、紙袋を手から落とす。床に落ちた紙袋から、固そうなフランスパンが飛び出してきた。
「ラヴィ!」
サラリアは叫ぶようにラヴィの名を呼ぶと、バルバロスを押し退けて、ラヴィを抱きしめる。彼女のおせじにも豊満とは言えない胸に押し付けられ、息が詰った。
「ラヴィ! 良かった! 目を覚ましたのね!」
感動的な場面ではあるが、息も出来ないほど圧迫されたラヴィにとっては、たまったものではない。
(――今度こそ……死ぬなぁ……)
混濁する意識の中、苦笑いをしたラヴィはそのまま意識を手放した。
「え!? ラヴィ! 嫌! 死なないで!」
いや、だから、お前のせいだから。
揃いも揃って同じことしかできない仲間たちに、やはりラヴィは苦く笑うのだった。
◇◇◇
次に意識を戻した時、仲間全員がいる。魔術師モンフィスもいた。ぱちり。赤い目を開くと、モンフィスは褐色の肌に真っ赤な口紅を塗った顔を近づけた。
「ラヴィ! 目覚めたのね! やだわぁ! ほんとっ! この子は心配させて! もぉ!」
野太い声で女性っぽい言葉遣いをしながら、モンフィスはラヴィに向かって筋肉質な両手を大きく広げた。
さすがのラヴィも三度目ともなると警戒心が芽生える。ラヴィは抱きしめられる前にモンフィスの化粧顔を手のひらで掴む。
「モンフィス、ありがとう。オレは大丈夫だから」
モンフィスはケツ顎をプリプリ揺らしながら憤慨した。
「もぉ! 抱きしめさせなさいよ! アタシだけさせないだなんて! 酷いっ!」
文句を言われて、ラヴィは苦笑いをして、手を放した。
「モル。ちょっとどきなさい!」
まだ怒っているモンフィスを押し退け、サラリアが神妙な顔をして、ラヴィの腕を取る。手で脈を測って、ベタベタとラヴィの体を触りだす。触りかたは医療行為なもので、ラヴィはされるがままになっていた。
「ラヴィ、体におかしなところはない? 気分が優れないとか?」
「……おかしなところだらけだけど、まぁ、元気だ」
「そう……よかった……」
サラリアがほっと胸を撫で下ろす。そして、聖女のような慈愛に満ちた顔で口を開いた。
「それなら、ご飯作れるわよね?」
「は?」
目の前には優しく愛しげに自分を見つめる聖女がいる。聖女はその表情のまま、己の欲を吐き出した。
「ふふっ。ラヴィが目覚めない間、町の食堂でご飯を食べていたんだけど、あまりにまずくて痩せちゃったの。どうしてくれるの? ラヴィ」
「いや……そんなこと言われても……」
先程の感動場面は何だったんだ? とラヴィは困惑するが、よくよく考えて見ればいつも美味しそうに、がむしゃらに、まだないのかと目がマジになって自分の料理を食べていた仲間たちである。
「ラヴィ……」
「お、おぅ……」
聖女サラリアはこの瞬間を待っていたのと、感極まった声を出す。
「食材はあるし、キッチンもあるから、今すぐ何か作りなさい」
その命令にラヴィは、ひくりと頬をひきつらせ、「わかった」と言って立ち上がった。
病み上がり早々に料理をさせられ、ラヴィは疲れたが、大皿料理をドンドン貪るように食らう仲間を見ていると、いつもの光景だなと、どこかホッとしていた。
満腹になって至福の顔をしている仲間たちに、食後のお茶を出しながら、ラヴィは声をかける。
「そういえば、魔王を倒したら、サラリアの王宮に戻るんだろ?」
「そうね。わたくしの城に凱旋するわ。おじいさまにも報告をしないと」
サラリアの言うおじいさまとは、現国王のことだ。ラヴィたちに魔王討伐を命じた王へ任務を遂行したことを報告しなればならない。それで晴れてパーティーは解散だ。
「王宮に着いたら、オレたちの旅も終わりだな……」
感慨深くラヴィが言うと、仲間たちは皆、微笑んだ。
「なんだかんだ言っても一番、頑張ったのはラヴィよねぇ」
「え? オレが?」
モンフィスの言葉にラヴィは赤い目を大きく広げる。
「えぇ。だって、姫様を助けたんだもの。よく頑張ったわね。偉いわよ、ラヴィ」
褐色の大きな手で撫でられ、ラヴィはくすぐったい気持ちになる。
「よせよ。オレは戦闘では役立たずだったんだ。お前らがスゴイからここまでこれたんだよ。ありがとう、みんな」
そう言うと仲間たちは穏やかに笑う。それを見てラヴィも、へへっと笑った。
その日の夜、ラヴィは中々眠れずにいた。女の体になってしまって寝返りすらままならない。うつ伏せで寝るのが習慣となっていたラヴィには胸についた重しが邪魔すぎた。
「はぁ……」
何度かのため息を吐いた時、控え目にラヴィが居る部屋のドアが叩かれた。それに体を起こす。古びた木製扉の音を立てずに入ってきたのはバルバロスだった。
「すまない。起こしたか?」
「いや。起きてた。どうしたんだ?」
月明かりしかない部屋の中で、バルバロスは漆黒の瞳を揺らしながら、ラヴィに近づいてきた。彼はポケットから何かを探りだし、それを終えると、ラヴィの左手を無言で掬い上げるように持ち上げる。
月明かりに反射してキラリと光るものが見えた。
「バル?」
何も言わないバルバロスにラヴィは声をかけるが、やはり彼は無言のままだ。小首を傾げていると、ラヴィの左手の薬指に金色の光るものが嵌められる。魔方陣のような文字が書かれた指輪だった。ラヴィは不思議そうにそれを見つめる。
「これは?」
「お守りだ」
バルバロスは漆黒の瞳を細めて、ラヴィの頭を乱暴に撫でる。
「女の体になったから、今までのよりも不便になるだろう? その指輪は防御魔法が書かれている。大抵の魔法は傷もつけられない」
バルバロスは魔法にも長けた勇者だったから、その行動に不自然さはないとラヴィは感じていた。
パーティーを解散した後も、ラヴィが女になってしまった自分を案じてくれたのだろう。そんな優しさを感じて、ラヴィはくすぐったい気持ちになる。
「バル。ありがとう」
微笑みながら言うと、漆黒の瞳が優しく揺らいだような気がした。
◇◇◇
王宮までは馬車を乗り継いで一ヶ月をかけて戻っていった。転移魔法を使えば早く着くんじゃないか?と、ラヴィは仲間たちに言ったが、皆、首を振って、ゆっくり帰ろうと言うので、のんびりした帰路となった。
王都に入ると、勇者一行が魔王を倒したという知らせが既に周知されていたのか、ラヴィたちを見た町の人々は盛大な祝賀ムードで出迎えてくれた。
人々の高揚する声に、舞い散る七色の紙吹雪。こんなにも人に感謝されることをやったのだ。やはり、オレの仲間はスゴイ奴らだ。ラヴィは目の前の歓声を聞きながら誇らしい気持ちになっていた。
王宮に着くと、疲れを癒すために盛大なパーティーが開かれた。誰しもがラヴィたちを称える声を聞きながら美味しい料理を食べ、ラヴィはますます仲間のことが誇らしく思っていた。
そして、翌日。赤い絨毯の敷かれた謁見の間にラヴィたちは通された。玉座に座る年老いた王は、膝をつくラヴィたちに声をかける。
「こたびの働き、非常に見事であった。一人一人に褒美を使わす。まずは、勇者バルバロス」
呼ばれたバルバロスが顔を上げる。二歩近づくように言われ、近づくとバルバロスはまたそこで膝をついた。
「伯爵の爵位とアンケブルグの領地を授ける。褒賞金は1億ルペケ。生涯、不自由することなく暮らせるであろう」
そう言われ、バルバロスは顔を上げた。
「ありがたい言葉ですが、爵位と領地は辞退させて頂きます。俺は剣を振るうしか能のない者です。民を導くのに相応しいお方を選んでください」
「お主……名誉は要らぬというのか……」
「はい」
晴れやかな顔をして答えるバルバロスに王は顎に手をやり思案するしぐさをした。
「相分かった。そなたの気持ちを汲もう」
「感謝いたします。その代わりとは言ってはなんですが、褒賞金を倍頂きとうございます」
王の眉根がひそまる。しかし、バルバロスの表情は変わらなかった。静かにたゆたう漆黒の瞳を見つめ、王は分かったと口にした。
王が合図すると、側近のものが、タブレット式の魔法道具に何やら打ち込んでいく。そして、それが完了すると王に耳打ちをする。王は一度、ゆっくり頷くと口を開く。
「今、そなたの口座に褒賞金を振り込んだ。後はお主の好きにせよ」
バルバロスは口角を上げ、ゆっくりと頭を垂れる。
「陛下のお心遣いに感謝いたします」
そして、バルバロスが下がると次に王女サラリアが呼ばれる。彼女の報奨は次期女王の地位だ。そういう約束だと、ラヴィは前に聞いたことがある。
魔術師モンフィスにはサラリアを補佐する宰相の地位が約束されていた。
「次に、サポーターラヴィ。近くに」
ラヴィは緊張した面持ちで、二歩前に出て膝をついた。
「お主は孫娘であるサラリアを庇ったそうだな。今は亡きサラリアの両親に代わって感謝をする」
王が頭を下げたので、ラヴィは慌てて深々と頭を下げた。
「もったいない言葉です……」
そう言うと、王は深く息を吐き出した。
この時、ラヴィは浮かれていた。
バルバロスほどのお金はもらえないかもしれないが、自分の身に合わないお金が手に入るかもしれないと思っていた。
その金でどっか静かな場所で料理屋でも開こうか。仲間たちが旨い旨いと言ってくれた料理を振る舞い、のんびり暮らしていこう。
そんな夢が脳裏を過った。
しかし、それは夢で終わる。
「ラヴィ……そなたには、苦痛のない死を与える」
王の言うことがラヴィには理解できなかった。
膝が付いていた赤い絨毯が青白く光りだす。魔方陣? そう思った瞬間、鉄の格子が魔方陣から伸びてきた。
ガシャン。ガシャン!
鉄の音を響かせながら、ラヴィはあっという間に鉄の牢に閉じ込められた。唖然としていると、王は憐れみの顔をして静かに言う。
「孫娘を救ってくれた恩人にこのような仕打ちはしたくはないが、世界の平和の為にその命を散らせてくれ」
静かに言われたことに、ラヴィは声も出さずに脱力した。無気力になったラヴィに王は理由を言う。
「魔王の最期の一撃は子孫を遺す為の呪いだ。呪いを受けた者は、受精すると、子は魔王となる。新たな魔王の誕生を見過ごすわけにはいかぬ。我を許さなくてもいい。だが、その命は頂く」
王としての判断を言われているようだった。
声も出さずに王を見つめるラヴィの前にサラリアが立つ。座り込んだラヴィと同じ目線になって、彼女は聖女のように微笑んだ。
「ラヴィ。わたくしを助けてくれてありがとう。おかげでわたくしは、女王としてその地位に就けるわ。夢が叶うわ」
そして、今まで見たことのないほどの笑顔をサラリアは見せた。
「ラヴィ。大好きよ」
残酷だけを押し付けた告白だった。
ラヴィはその顔を見て、妙に納得した。役立たずだった自分が生かされていた理由が分かったかのようだった。
ふつふつと沸き上がる感情は何だろうか。
怒り? ――違う。
絶望? ――それも……違う。
例えるなら、そう。切なさ。
しんしんと、心が死んでいく切なさ。
ラヴィは、はっと息を吐き出すとサラリアを赤い目で見つめた。口元には笑みがあった。
「よかったな、サラリア。夢が叶って」
全てを赦すような言葉をラヴィは口にした。それにサラリアの表情が歪んでいく。絶望を言ったのはサラリアだと言うのに、彼女が絶望しているかのようだった。
「なんで……」
ガシャンと乱暴な音を立てて、サラリアが格子を掴みかかる。
「なんで、笑ってるのよ! ラヴィ!!」
絶叫に近い言葉だった。ラヴィは困惑し、涙を流すサラリアを見つめる。
「あなたはいつもそう! 人のことばっかで! なんでも許しちゃって! わたくしを甘やかして! 本当に! 本当に……!」
嗚咽混じりの声に、ラヴィはサラリアの名前を呼ぶが、彼女は憎悪の目でラヴィを見つめた。
「博愛主義なのもいい加減にしなさい。あなたを見ていると腸が煮えくり返るわ」
「サラリア……」
強い拒絶をされ、ラヴィは訳がわからなくなる。サラリアは冷たい眼差しのまま、ラヴィに告げた。
「そんなに誰かの為に何かをしたかったら、この場で死に絶えなさい。わたくしの代わりに」
サラリアが格子から離れる。すると、格子の周りを囲うように黒いフードを被った魔術師たちが取り囲んだ。何かの詠唱を始めている。贄を捧げる儀式のような光景を見ても、ラヴィの心は静かだった。
(――ここまでか。まぁ、一度は死んだって思った命だし……まぁ、いいか……?)
不意に魔術師の隙間からバルバロスの顔が見えた。
彼も同じ檻に入れられていた。項垂れているバルバロスを見て、ラヴィは赤い目を見開く。
「おい、バル! バル!!」
呼び掛けてもバルバロスはピクリとも動かない。
絶望がラヴィを襲った。
このまま、バルバロスまで殺されるのか?
こんなところで?
呆気なく?
いつも自分を見た漆黒の瞳が開かなくなるというのか?
その事実に、ラヴィは悲壮感でぐちゃぐちゃになった顔をした。
ラヴィは鉄格子を両手で掴み、何度も揺さぶった。ガシャン! ガシャン! 鉄の無機質な音だけが鳴り響く。
「バル!! 起きろ!! 起きろってば!!」
ラヴィは目を瞑ってありったけの声で叫んだ。
「バルウゥゥゥゥ!! 目を開けろおおお!!!」
ラヴィの叫びは魔導師たちの発動した魔法に消えていく。
はずだった。
次にラヴィが聞いたのは、自由への咆哮だった。
「ハアアアアッ!」
バルバロスはその瞳に炎を宿し、鉄格子を打ち砕く。自由になった勇者は全てを薙ぎ倒すように、剣を振るった。
「ぐっ……!」
呻き声を上げて、魔導師の一人が倒れる。飛び散った鮮血がラヴィの顔を濡らす。赤く染まった視界が開けた時、目の前には魔導師を次々と薙ぎ倒す、漆黒があった。
黒い焔は口角を上げて、躊躇なく格子を切り裂く。バキン、バキン。簡単に折れた格子は自由を促した。
あの日、スラム街の汚泥からラヴィを救った手がまた、彼を救おうと伸びる。
「ついてこい!」
胸元に顔を押し付けられ、鮮血の匂いに目が眩みそうだ。バルバロスはそのまま詠唱を始める。その声を聞いて、ラヴィは目を見開く。
魔王を消滅させた魔法だ。そんなものを放っては、ここは一面、焼け野原になる。しかし、バルバロスは昏い漆黒の瞳を揺らして遠くを見据えた。
「――ラヴィ以外は死ねばいい…………」
呟くように言われたことは魔法が奏でる音に掻き消されラヴィの耳には届かなかった。
次の瞬間、すべてを消滅させるかのような轟音が鳴り響き、視界が真っ白に染め上がる。人の絶叫も何もかもを巻き込みながら、ラヴィはあまりの眩しさに目を閉じた。