人類の未来は明るいのだ
いきなりで申し訳ないんだけど、タイムマシンを発明してしまったのだ。
というわけで、さっそく時間旅行に行くことにするのだ。未来に行くのもいいけど、過去に行くのだ。
何故過去に行くのだって? タイムパラドックスって知ってるかな。そう、別名『親殺しのパラドックス』と呼ばれている現象なのだ。天才の僕が頭の悪い君たちに理解できるように説明するのだ。
タイムマシンで過去に行った僕が、僕をまだ産んでいない実の親を殺すとどうなるか。当然僕はこの世に産まれてこないことになるのだ。ということは僕が親を殺したら僕の存在が消滅するのだろうか。でも、おかしいのだ。
僕が、この世に産まれてこないんなら、僕が過去に行って親を殺すこともできないのだ。とすると、僕の親はそのまま生き続けて僕を産む。そして産まれた僕は過去に行って親を殺す……とまあややこしいことになってしまうのだ。
なんでそんなややこしいことをするのだ。だいたい自分の親を殺すとはなんてヤツだ。しかも自分の存在がどうなるかわからないのに、と思ってるだろ。お、思ってるだろ! おおお、思ってるだろ。あるいは考えてるだろ。それとも思考してるだろ!
でも、それが天才科学者の偉大さってやつなのだ。日常的な道徳観とかを越えちゃってるってやつですか。真実を追求するためには自分の命も親の命も犠牲にしてもいいのだ。そしてノーベル賞とか受賞しちゃってエラそうにするのだ。そして、芥川賞とかも何故か受賞するのだ。ええと、それから、アカデミー賞の主演男優賞も狙うのである。ええと、それから、それからっ、年末にはレコード大賞とか。ええと、それから……(以下十九行省略)
そうそう、親を殺すための凶器なんだけど、やっぱり、なんていうか、それっぽい小道具がいいのだ。というわけで、ついでに小型分子破壊銃を発明してしまった僕って天才であるのだ。どのくらい天才かっていうと、もうアインシュタインなんて子供扱いするくらいの大天才。ニュートンなんて僕に比べたらカスなのだ。世界中の頭脳が束になっても僕には……(以下三十八行省略)
さあ、タイムトラベルに成功したのだ。移動時間設定をマイナス10に合わせたから、十分前の世界に来たのだ。本当は、僕を産む前のお母様を殺すべきなのだが、僕の存在が消えてしまうのは人類の未来にとって大きな損失なので、中止なのだ。人類の諸君ありがたく思うのだ。
あれが僕のお母様だ。言い換えると母上だ。別の言い方をすると、おっかさんなのだ。量子力学的表現をすると母ちゃんだ。柳田民俗学的に言うとマザーだ。詩的な表現でいうと……(以下十四行省略)
僕のお母様めがけて分子破壊銃のスイッチオン! 説明しよう。分子破壊銃とは生命体を分子単位にまでバラバラにしてやっつける凄い武器なのだ。まいったか。こんな凄い武器を発明する僕ってかっこいい~!
ただものじゃないよね。よっ色男! 憎いねあんちゃん! こんな僕を天才と呼ばずして、いったい誰を天才と呼ぶべきであろうか。世界一の頭脳であるのだ。僕以上に凄いヤツはいないぞ。僕は……(以下百二十八行省略)
さあ、お母様を殺したことだし、元の時代にもどるのだ。
さあ、元の時代に戻ったのだ。
あれ? お母様が生きてる。ということはさっきのは人違いだったのだ。
まあ天才っていうのは細かい間違いを犯してしまうものなのだ。科学の進歩のためには貴い犠牲が必要なのだ。それに僕のような天才に殺されたのだから光栄に思うのが筋ってものだ。感謝状の一つもよこしやがれっと怒りの気持ちでいっぱいなんだけど許すのだ。僕は心が広いからね。天才で、しかも心が広い。凄い男だね。こんな素晴らしい人間が、かつて存在したであろうか! そして今、ここに存在するのである。神様より凄いね。僕は……(以下八十五行省略)
さあ、また過去に行くのだ。
さあ、過去にきたのだ。二十分前の世界なのだ。今度こそ、確実に殺すのだ。分子破壊銃を点検するのであるのだ。あれ、うまく作動しないのだ。でも大丈夫なのだ。こんなこともあろうかと工具箱を持ってきているのであるのだ。
ええと、マイナスドライバーはどこにあったっけ。あれっ、間違ってプラスドライバーを持ってきてしまったのだ。まあ、天才っていうのはプラスとマイナスみたいな細かいことは間違えたりしてしまうものなのだ。僕がどれくらい天才かっていうと……(以下五百七十六行省略)
もう面倒だから人類全員殺すのだ。タイムマシンから分子破壊爆弾投下! 説明しよう。分子破壊爆弾とは……。面倒だから、やっぱり説明しないのだ。
地球が消えたのだ。あっ、やっぱり僕だけ助けるべきだった。僕が破壊されたら人類の未来にとって大きな損失だからね。なにしろ僕ほどの天才は……(以下三百五十四行省略)
さあ、元の時代に戻るのだ。
さあ、元の時代に戻ったのだ。
あれ? 地球がある。お母様も生きてる。どうなってるのだ。地球だと思ってたけど間違って別の惑星を破壊したのだろうか。まあ、天才っていうのは細かい間違いを犯してしまうものなのだ。僕がどれくらい天才かっていうと……(以下六千二百十五行省略)
あっ、あの変な男は何者だ。ボロボロの白衣を着て、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけて、ニタニタ笑ってるのだ。気持ち悪い男なのだ。でも、どこかで見たことがあるのだ。
たしか僕が鏡の前に立つと鏡に映る男によく似てるのだ。論理学的に考えると、あいつは僕に似てるのだ。あっ、あいつ、僕の分子破壊銃を持っているのだ。……ということは、非ユークリッド幾何学的に考えると、あいつの正体は……僕の分子破壊銃を盗んだ泥棒だな。
あっ、あいつ、僕のお母様に銃口を向けてる。あっ、お母様が破壊されたのだ。あっ、あいつ僕のタイムマシンの中に入って……。
あれっ? でも、タイムマシンも分子破壊銃もここにあるのだ。
そうか、僕は頭の回転が速いからわかったのだ。あいつは僕なのだ。頭の悪い君たちに説明しよう。つまり、僕は最初のタイムトラベルで十分前の世界に行ったつもりだったのが、実は十分後の世界に行ってしまったのだ。つまり、移動時間設定のプラスとマイナスを間違ったのだ。それが、さっきの変な男……カッコイイ男の正体なのだ。
まあ、天才ってのはプラスとマイナスなんていう細かいことは間違ったりしてしまうものなのだ。僕がどれくらい天才かって言うと……。あっ、なにか大きな間違いを犯してしまったような気がするのだ。だけど、それが何なのかわからないのだ。なんだか、はやく思い出さなければいけないような気がするのだ。
あっ、上空にタイムマシンが現れたのだ。何か変な物を投下したのだ。アルキメデスの原理を応用した推理に基づいて考えると、あれは分子破壊爆弾なのだ。
……というわけで、僕だけタイムマシンで過去に逃げるのだ。僕が破壊されたら大きな損失だからね。
人類の未来にとって。