過去の話をしよう
コンラッド視点になります。
マカラちゃんの伯父さん…マシューさんはとても穏やかな人だった。嫌な顔ひとつせずに車椅子の実験に協力を約束してくれた。マカラちゃんは協力者のルージュ様達に報告しに行った。僕はマシューさんの車椅子を押して仕事場に案内することになった。
「この数年で症状が悪化して、情けないことにこのザマだ」
どこか達観したようなマシューさんを、僕は知っていた。
「…そうでしたか。以前お会いしたときは、まだきちんと歩いてらっしゃいましたね」
「……覚えていたのかい?」
「……はい。貴方への恩は、忘れていませんよ。急に連絡が取れなくなって驚きましたよ」
マカラちゃんの父から追い出された後、この人に拾われた。後見人として僕の学費を出してくれた。店の資金を貸してくれた。
お金はすべて稼げるようになってから返済したけど、忘れられなかった。
仕事場に着いたので、マシューさんと自分に珈琲を淹れる。徹夜することも多いから、僕は珈琲をよく飲む。それなりにこだわってもいる。マシューさんは珈琲を受けとると飲んでくれた。
「…ありがとう、とてもいい香りがする飲み物だね」
「はい。お気に入りなんです。向こうではあまり飲む人がいないようですけど」
「………そう」
「何故連絡を絶ったのか、聞いても?」
マシューさんは俯きながら話し始めた。
「君にとって、私との繋がりがよいものではないと思ったし……今の君ならわかると思うが罪滅しみたいなものだから、気にしないでほしい」
マカラちゃんには言わなかったが、僕が実験を受けていた頃…最初は良かった。家族にも被験者としてお金をくれていた。
しかし、あの男が本性をあらわし始め…傷だらけになっていた僕に、家族はもうやめるよう止めてくれた。
そして、事件が起きた。
僕の家が放火された。幸い、本当にたまたま家族は身内の不幸で急遽不在にしたため、誰も被害にあわなかった。しかし、男の口ぶりから警告なのだと理解した。
最終的に、僕の家族は隣国へ引っ越した。家族は僕も連れていこうとしたが、僕が行けば家族が危険になるのは間違いない。
僕だけが残ることになった。
恐らくマカラちゃんが僕を忘れたことで彼女が諦めたと思った男は、僕を身ひとつで放り出した。
いくら精神的に子供じゃないとしても、所持金ゼロではどうにもならない。家族もない子供を雇うような人間はいないだろう。
そんなとき、僕に手を差しのべてくれたのがマシューさんだった。彼はどこまで知っていたのだろうか。
「お腹をすかせているのかい?私の食事は少し多くてね。減らしてくれると助かるのだけど」
醜く肥えた僕にも優しかった。触れた手は温かかった。家族と連絡をとってくれて、家族の元へ行く旅費だけでなくその後の学費まで援助してくれた。
「……私は弟の行いを知っていた。すまない。あれは君に執着していたので、なかなか助けられなかった。私が勝手に罪悪感を感じてしたことだ。あれの行いを知りながら、あれの機嫌を損ねぬ範囲でしか…私は動かなかった」
「…別にマシューさんはあの人に加担してたわけじゃないでしょう?少なくとも、僕は救われましたから。ありがとうございます、マシューさん。また会えて嬉しいです」
「……リヒャルト……」
マシューさんは涙をこぼした。さて、どう切り出したらいいのかな。多分気のせいじゃない気がするんだ。
「確かに、加担こそしていないが…あれがああなったのは………私のせいだから」
そして語られた、マシューさんの過去。僕は黙って聞いていた。マシューさんは優しくて、バカな人だと思った。
優秀で美しい嫡男と、醜く愚かな次男。そしてねじ曲がった結果があれだ。
「……百歩譲ってマシューさんのせいであの男があんな性格になっちゃったとしましょう」
「……うん」
「でも、大人になってからの行動は本人の責任ですから。ツケは払ってもらわないとね」
マシューさんの存在は、間違いなく奴の『ざまぁ』の切り札になる。
「……つけ?」
お貴族様だから、ツケなんてわからないか。僕はクスリと笑った。
いつかとは逆に、僕が手をさしのべる。
「つまり、仕返しするってことです。僕に罪悪感を持っているのなら、マシューさんも協力してください」
「………………」
マシューさんはゆっくりと僕の手をとった。




