初めて恋をした記憶
あれから、次々に初恋の少年の記憶を思い出していった。特に多いのが、夢だ。過去の出来事を夢で見る。
「マカラちゃん」
天使みたいな輝く笑顔。優しくて、怖がりで………とても大好きだった少年。
「マカラちゃん、………では婚約するときに指輪をあげるんだ」
「こっちと同じね」
はにかみながら、大好きな少年は素敵なプレゼントをくれた。小さな赤いガラス玉がついた玩具の指輪。がらくただけど、あの時の私にとっては宝物だった。
「マカラちゃん、よく似合うよ。マカラちゃんには赤が似合うね」
「ありがとう」
指輪はぶかぶかだったから、今はネックレスにして大人になったらつけるねと約束した。その頃には、彼と結婚しているだろうと私は思っていた。
幸せ、だった。
「……………夢……………か」
あの指輪はどこにしまっただろうか。どうしても、探したくなった。
実家だったものへの急な帰省に奴隷達は喜び、使用人達は怯えた。もう嫌がらせをする羽虫に興味はないが、またやられると面倒だから適当に脅かしておいた。
自室に入り、室内を見回す。私の性格上、隠す必要があろうと大事なものは確実に手元に残すはず。
うん、机だ。
机の引き出しの奥。幾重にも重なる術式。拙いながらもきちんと作動していた。正規の手段ですべてを解除し、古ぼけた箱を手に取る。
箱には珍しい異国の文字が刻まれている。
『大切なマカラちゃんに愛を込めて。金藤利人』
絵から派生したというその字が好きだった。日本語、というらしい。細かな意味を教わるのも好きだった。
彼はいわゆる『記憶持ち』だった。記憶持ちとは別の世界で生を受け、死んだ記憶を持つ人間。稀ではあるが、一般的に知られている。
彼らの中には偉業をはたしたものもおり、記憶持ちは特殊な事情がない限り国に管理される。
利人は、その記憶を隠していた。私が知ったのは本当にたまたまだ。彼を『利人』と呼ぶのは私だけ。二人だけの秘密の名前だった。
「……利人……」
そっと箱を撫でる。彼の痕跡すらいとおしかった。箱から玩具の指輪を取り出し、左の薬指にはめた。ガラス玉は……とても綺麗だった。
大切な指輪をはめたまま帰ろうとしたら、嫌な女達に会った。半分だけ血の繋がった女達。
女達は相変わらず、妾腹のくせにずうずうしいとか難癖をつけてくる。いつもなら存在事態を認識しないところたが、女達は私の逆鱗に触れた。
「なあに、そのみすぼらしいガラクタ」
「宝石を買うお金もないの?」
「そんなゴミを身に付けるだなんて、信じられない!」
私は笑った。人間、怒りが限界を突破すると笑うのだと知った。そして、ブタを含む使い魔達をすべて召喚して死なない程度に遊んでいいと言った。
「あんた、こんなことしていいと思っているの!?」
実はブタは高位の夢魔だから、常人では太刀打ちできない。抵抗するだけ無駄だ。
それ以外に女性が嫌がりそうな百足や蜘蛛なんかの虫の使い魔がいる。私は虫も死霊もゾンビも平気だ。むしろ、何が怖いのかがわからない。わりと可愛らしいと思うのだが、大概は見ただけで裸足で逃げ出してしまうのだ。皆臆病すぎやしないかと思う。
虫も死体も、当たり前のものなのに、何が怖いのだろうか。余談だが、ファンデは虫と死体は平気だが、ゴースト系が苦手だ。物理でどうにかできないからという理由がファンデらしい。ルージュはとにかく虫がダメだ。見たら泣くか逃げる。すごく可愛い。
思考が激しく脱線してしまったが、私は半分だけ血の繋がった女達に視線を戻して先程の言葉に同意した。
「ええ」
そして、にっこりと笑った。ブタが…いや、すべての使い魔達が恐れおののいている。お前達はさすがね。この女達と違って賢いわ。
「私を怒らせたのだから、仕方ないわよ。せいぜい泣き叫ぶがいいわ」
そして笑顔のままで仰々しく淑女の礼をとる。
「お覚悟は、よろしくて?」
泣き叫ぶ女達を眺めながら、利人を思い出す。利人が消えて、私は荒れた。記憶が消えても傷が残り…私はさらに歪んだと思う。
利人がいた頃から、私は奴隷志願者を見分けるのが上手かった。当時はいまいち理解できなかったが、相手の望むままに踏んだり縛ったりしてあげた。利人はその姿を見て引かないどころか、SMなる新たなジャンルを教えてくれた。
Sとは奉仕者であり、Mはその信頼からすべてを委ねるのだ。それこそが真髄なのだと。そして、彼らの願いを叶える私を『優しい』と評してくれた。彼のおかげで今の私があるのだ。
ちなみに今しているのは嫌がらせなのでSMではない。むしろ罰かしら。
泣き叫ぶ声が嬌声になったところで、ブタを止めた。どうもこのブタ、純粋な夢魔ではなく、淫魔のハーフであるらしい。夢を介さずとも、相手に快楽を与えれば精気を吸えるようだ。大分精気を吸ったらしく、体調が良さそうに見える。
「……え?あ…もっと……」
快楽漬けになり、虫の使い魔にまですり寄る浅ましい女達に苦笑した。使い魔にも嫌がられている。
「穢らわしいわね。男なら誰でもいいの?使用人にでもお願いしたら?」
「あ…………ああ……お願い……」
あらら、ブタったら抵抗されるのが面倒だからってかなり強く精神干渉をしたわね?人語も解らなくなってるじゃない。
半分だけ血の繋がった女達の精神干渉を解いてやる。ついでに結界も解除した。一応制止が入らないように結界をはっていたのだ。使用人が悲鳴をあげる。
キイキイさわぐ女達に笑ってやった。昔はよくこいつらにいじめられていたものだ。昔の私は弱くて非力で…守ってくれる人もいなかった。でも、こいつらに泣かされるのはどうしても嫌で、一人だけで泣いていた。出会ったのは、その時だったわね。
大切な記憶を思い出しながら、私は微笑んだ。
「それでは、ごきげんよう。たまに可愛い使い魔達が遊びに来ると思うけど、よろしくね」
そして、私は颯爽と実家だったものを後にした。




