恋をしてみませんか
マカラ視点になります。
なんとなく、逃げた男が気になっていた。とても無害そうで『普通』っぽい男。きっと私が『普通』の女の子だと思って助けようとしたのだろう。
「ご主人様、どうなさいました?」
「誰が人語を話していいと言ったの?豚は豚らしくブヒブヒ言ってなさい」
足蹴にしたら豚は悦んだ。そんな日常をまた繰り返すのだと思っていた。
それは、本当にたまたまだった。
ソルレイクは魔法技術においてかなり他国から遅れている。そのため祖国から技術者を招いているのだ。私も魔法薬研究者なので今の立場は招かれた技術者だ。
自分の研究室に戻る途中にある魔具研究室。ドアがあいていたから何気なく覗いたら、いた。
「豚、止まりなさい」
何やら他の研究者達と考えているようだ。自然に足がそちらへ向かう。
「ご主人様!?」
豚の声で研究者達が私に気がつく。怯え、困惑、驚き、嫌悪。私の悪評を知る者達からの慣れた視線。
ただ、男だけは違った。
「す、すいましぇぇぇん!!」
純粋に驚いて逃げた。相変わらずその体躯に似合わぬ俊敏さである。
「追いなさい、豚!!」
「ぶひぃぃぃん!!」
私を乗せ、魔法で加速して男を猛追する豚。それでも追いつけないので、男も魔法で加速しているのでしょう。
「ぶひ……………い」
そして、魔力枯渇で豚が倒れた。最近は夢を食べたりしていないから仕方ないわね。
「よく頑張ったわね、豚。少し休みなさい」
豚を送還し眼鏡のぽっちゃり男を探す。男は白の中庭、芝生の上に汗だくで倒れていた。
「………生きてる?」
「はぁ、はぁ…いや…なんで…げふっ……追いかけて……きたんですか………」
「逃げたからよ」
逃げれば追いたくなる。他に何か理由があっただろうか。それにしても……
たぷたぷたぷ。うん、いい感じだわ~。ぷにぷに!
「…あああああの、ナニをしてらっしゃるのでしょうか……」
「…柔らかさを確かめているわ。いい感じね」
「…………そ、そっすか……」
男は諦めたようで私の好きにさせている。しかし、たまに目があうとそらすのが気に入らない。
「なんで目をそらすの?」
「え!?いや…その……貴女が綺麗だから……」
「私が美しいのは当然よ。努力しているもの。美しいなら見たいのではなくて?何故目をそらすの?」
たいがいの男は、特に私の胸をよく見ている。目が会えば、ニヤニヤしているものだ。
「……僕は醜いですから…美しい貴女を見るのはいいのですが、見られると恥ずかしいのです」
まったく理解ができないわ。それに、醜いかしら?ぽっちゃりしているだけで、肌は色白でスベスベもちもち。肌だけなら美肌だわ。髪もサラサラだし…醜くはないわ。
「ちょっ!?あんまり触らないでください!」
「あら、減るもんじゃないでしょ?別に私はあんたを醜いとは思わないわ。恥じる必要はないわよ」
「え?いや、こんなデブ、気持ち悪いでしょ??」
「いいえ、気持ち悪くないわよ」
「…………やっぱり………だな」
男がじっと私を見つめた。聞き取れなかったので聞き返す。
「何?」
「………いいえ、なんでもありません」
何かをこらえるような態度が、気に入らなかった。
「……あにょ、にゃにをひれるんれふか」
「ほっぺたを引っ張っているわ。いいから言いなさい!」
限界まで伸ばしたほっぺたをはなし、両手で軽く叩いた。
「…あ、貴女が…初恋の女の子に似てるんです!」
男はヤケクソと言わんばかりだった。
「なら貴方、私と恋をしましょう!」
「……………………は?」
「初恋の女の子に似ているのなら、好みのタイプということよね?私、恋がしてみたいの」
「…恋、は…そーゆーのじゃないです」
「ん?」
声は小さかったが、今度はちゃんと聞き取れた。
男は初めて私を真っ直ぐに見た。その瞳は綺麗で、強い意思を感じさせた。
「恋は、そーゆーのじゃないです。もっと…ままならないものです。そんな簡単に…貴女を安売りしないでください」
その瞳は、確かに私を心配してくれていた。強くて優しかった。
「なら、貴方が私に『恋』を教えなさい!代わりに私がダイエットを教えてあげるわ!」
「へ?」
「貴方、名前は?」
「こ、コンラッド…」
コンラッドはキョトンとしつつ素直に名前を告げた。どこが醜いのかしら。可愛いじゃない。
「コンラッド、よろしくね」
「え?」
「初恋の女の子がいるんだもの。恋を知っているのでしょう?」
ルージュやファンデに聞いてみたものの、いまいちピンとこなかったのよね。男性に聞いてみてもいいかもしれないわ。
「うえ!?あ、い、今も好きな人がいるからダメです!誤解されます!」
「なら、余計に好都合だわ!貴方の恋を成就させてあげるから、私に恋を教えなさい!それに、どうせ私といたって、誰も恋人だなんて思わないわ。貴方が私に振り回されてると思うわよ」
「そう、ですね…」
「じゃ、そういうわけでよろしくね」
「は?………いや、今のはそういう意味じゃ」
ひとさし指をちょん、とコンラッドの唇に当てて微笑んだ。
「返事はい、しか受け付けないわ。よろしくね、コンラッド」
「は、い……」
真っ赤になって囁くコンラッドは、やはり可愛かった。どの辺りが醜いのか、私にはよくわからないわ。
こうして、私はコンラッドから『恋』を教わることになったのでした。これから、楽しくなりそうね。




