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心はバイクにまたがる。そして、近くの自衛隊の駐屯地へと向かう。
「避難誘導の様子は?」
心がマイクの向こうの光に尋ねる。
「警察や消防隊の力を借りてなんとかって感じです。」
「じゃあ、駐屯地まで一匹も道路に入れるなよ。」
走り出したバイクはもう限界速度を超えつつある。心は虹彩認証を起動させ、セーフティロックを解除する。メーターが拡張され、360度回転するようになった。
出そうとすればどのくらいまで出せる?という心の問いに対して技術者は言った。
「人体が耐えられるまで、どこまででも出せます。」
もう直進しかできない。一瞬でも気が緩むと手が離れ、体が宙に投げ出されてしまう。
「真田剣、出撃準備完了だ。」
「すまない、剣。先に出てくれ。命を大事に、だ。」
「どこかのRPGのようだな。」
普段、どんなことがあっても冗談など言わない剣が冗談を言っている。剣も緊張しているのだろう、と心は感じた。
頭上で一機の戦闘機が音を立てて通過する。
「うおおおおお。」
ギリギリまで速度を落として体を横に倒し、交差点を90度曲がる。ジャンパーが地面に擦れるが心の体には熱一つ伝わってこない。税金の無駄遣いも役には立つ。
「雪辱は必ず晴らす。」
心は先日の初戦を思い出していた。
いつものように来るともしれない驚異のために体を鍛えていたときであった。
「衛星が謎の巨大物体の接近を確認。臨戦態勢に入ってください。」
光の声に心は急いで本部に駆けつける。
「戦闘機はどうなっている。」
本部に入るなり言った心に剣は言う。
「駐屯地にあるものを使えってさ。」
自衛隊にあるのは旧式の戦闘機と軍用ヘリのみであることを心は知っていた。そんな装備で戦えるはずもないと心は考えていたが、それを考えないように必死で駆けだしている剣の前では言い出せなかった。
心は戦闘機、剣は軍用ヘリに乗った。
「俺には軍人でなかったお前が簡単にそれを乗りこなしていることの方が脅威に思えるぜ。」
戦闘機に乗っている心に剣は通信で冗談を飛ばす。こんな時に余裕だな、と思いつつも心はそんな人間などいるはずもない、と考える。
自ら死にに行くようなものなのだ。
自らの命をかけて戦うことなど大抵の人間にはできない。いざという時、恐怖が押し寄せてくる。そんな時のために、戦闘機と軍用ヘリの中にはクスリが持ち込まれている。
特攻隊員かよ、と心は乾いた笑いを漏らす。
人気のない山々の中にそいつらはいた。
「なんだ、ありゃ?」
剣がそう言うのも無理はない。二体の巨人が互いに相対しているのだ。仲良く会話しているというようには見えない。
心は判断に迷った。本部から妹尾の指示も来ない。向こうも予想外の出来事に戸惑っているだろう、と心は判断する。
一方の巨人は人間に近いフォルムをしていた。全体的に銀色であり、エイリアングレイを巨大化しただけに思える。もう一方は宇宙人というよりは怪獣に近いかもしれなかった。人型ではあるものの、体表は金属のようなもので覆われている。
このまま立ち去ってくれないだろうか――
そんな心の望みは叶わないまま終わる。突如、心と剣の方へ向けて、何かが飛んできた。二人は間一髪で避ける。
灰色の巨人に向けてではなく、明らかに自分達に向けた攻撃。心は標的を機械型に定める。
そして、思わず拍子抜けしてしまった。
いつの間にか機械型は爆発していたのだ。自爆というよりも、像をハンマーで殴り飛ばした後のような印象を受けた。
そして、灰色の宇宙人も消えていた。
自分たちはあの灰色の巨人に助けられたのだろうか――
だが、巨人は のように赤と銀とでコーティングされてはいなかった。
G
最初の異変は教室で起こった。授業をそれほど真剣に受けていなかったとき、急に教師の携帯がアラーム音を出し始めた。教師の携帯だけではなく、ぶっちゃけ私の隣の子からも聞こえていたけど、聞こえないふりをしておく。というか、それどころではない。すぐに校内放送が鳴り響く。なんだなんだとそわそわするクラスメイト達は縁日の夏祭りの時のように見える。
「近辺に怪獣が出現しました。先生の指示に従って避難を始めてください。」
その言葉に生徒よりも先生の方が驚き、悩んでいるようだった。どうすればいいのか分かっていないのかもしれない。私はその時、頭の中に一枚の画像がフラッシュバックしていた。今朝の翔一、いや、宇宙人の姿だ。記憶喪失の人間、いや、宇宙人にも非難はできるだろうか?そんなことを考えていると、ふと自分が廊下を走っていることに気が付く。誰も突然のことで教室から出ることができていない。私はスカートがめくれることなど気にもせず、階段を一気に飛び降りる。
私はどうして走っているのだろう。もう校門を抜ける。その理由を知っているみたいだけど、知らないふり。どこに向かっているのかもわかってはいるけど、気付かないふり。
町中を駆けていく。朝あいつと別れた公園へと急ぐ。
あれ、なにかおかしい。なぜかとっても静かだ。怪獣が出たっていうのなら、もっとみんな驚いてもいいはずだし、車がもっと走っててもいいはずだ。でも、その車さえ一台も走っていない。歩行者さえいない。
すると、どこからか音が聞こえてくる。大きすぎて音としか認識できない音。ぐおお、とかばふうんとか、もう、そんな類ではない。そんな音とともに凄まじい速さで私の目の前を何かが通り過ぎた。そして、交差点を90度に曲がっていく。最初に気が付いたのはゴムが焼けたような臭いだった。道路に一直線に黒い線が引かれている。まさか、道路が焦げたんじゃ・・・なんて思っていると、一瞬で過ぎ去った何かに見覚えがある気がした。赤と白の閃光。その運動会のような配色にはついさっき遭遇したばかりだ。地球防衛隊とかいう宗教団体のものだ。でも、人があんな速さで走れるわけもないか、と思っていると、頭の上から影が横切ってきた。早すぎて何か分からなかった。これも大きい音を出していく。誰も歩いていないのはきっとこのせいなんだなあ、と今更ながら気が付いた。
怪獣と戦う人もなかなか過激だ。
朝の公園に宇宙人はいなかった。私はどこを探せばいいのか途方に暮れた。
耳をつんざく咆哮が聞こえる。ヘリと戦闘機がミサイルを撃っている音だった。まさか、戦う方が怪獣よりもうるさいだなんて思ってもみなかった。
そして、光の柱が立つ。神々しきその柱から出てきたのは銀色をした巨人だった。私からは背中しか見えない。
私はぎりぎり近くまで近づいてみようと思った。酔狂なあいつなら、近くで見物していてもおかしくはないと思ったからだ。
近づくにつれ、風圧が強くなってくる。砂をはらんだ風。目に入らないように注意しながら私は進んでいく。
河原近く、そいつは優雅に寝転がっていた。腕を首の後ろで組んで、この騒音と風の中、昼寝でもしているかのようだった。なにしてるのよ、という言葉の代わりに私はそいつを蹴飛ばす。しかし、全く起きる気配はない。流石に私は心配になってあいつの顔を覗き込む。よく見ると呼吸をしていない!そいつの胸に手を当てる。心臓の音がしないどころか、体が冷たい。
――どういうこと?――
答えは出ている、でも、私の頭が、心が、その答えを出すことを全力で拒んでいる。
目の前が急にぼやけたようになる。温かい何かが私の掌に落ちる。体が震える。瞼を閉じながら私はむせび泣いた。
瞼の裏から一瞬、光るものがよぎった。私は目を開ける。
「ん?なんで泣いてるんだ?」
あいつが何事もなかったように起き上がって言った。
「何って、あんた死んでたんじゃ――」
「3分死んでたくらいで泣くなよ。」
は?こいつ、なんつった?
「女の子を泣かせるなんて、なかなかやるじゃない。」
不意に女の声が聞こえる。
「何者だ、お前。」
私も声のした方を向く。そこには地球防衛隊の女と同じ格好をした別の女が立っていた。
「私もあなたと同類よ。」
ふふっと女は不敵に笑う。
「わざわざ寄生するなんて、あなたも案外いい人なのね。」
「うるさい黙れ。」
「どういうこと?」
私は怒鳴った宇宙人に聞いた。
「お前らに構っている暇はねえんだ。」
そう言って宇宙人はどこかへ行こうとする。
「用が終わったらいらっしゃい。私たちと同類が待ってるわ。」
あいつは何も言わずに去っていった。
私はどうすればいいのか迷ったが、あいつについていくことにした。
巨人と怪獣は姿を消していた。何が起こったのか理解に苦しむけど、今の私には関係ない。重要なのは、久我翔一、いや、宇宙人のことだ。
「ねえ、学校に変な人が来た。あんたのこと聞かれた。」
「それで?」
「それでって――」
かつての翔一であれば笑顔で私に言ってくれたはずだ。今のこいつは背を向けたまま私の前を歩いていく。
「どこに行くの?」
その問いにこいつは決して答えない。
ある公園まで来た時、そいつは歩みを止めた。
「見つけた。」
小声でそいつがそう言ったのを私は聞き逃さなかった。
その公園には一人の男がいた。ベンチに座り俯いている。宇宙人は男のもとへと歩いていく。
「大丈夫か?おっさん。」
あいつはそう声をかけたが、私は声をかけない方がいいんじゃないかな、と思っていた。その男の姿はどう見ても昨今話題になっている家族に仕事をやめたことを言い出せず公園で過ごしている元サラリーマンの図であったからだ。
「別に大丈夫だ。かまわないでくれ。」
少しヒステリー気味に上ずった声で男は言った。そんな男の様子に構わずあいつは明るく言った。
「そんな落ち込むなよ。案外おっさんが思ってるよりも問題なんて問題じゃないんだ。」
きっと男の神経を逆なでするだろう、と私は思った。
「お前に何が分かる。」
覇気のない声で男が答える。
「ま、そうやって悩んでるのもたまにはいいかもな。」
そういってあいつは去ろうとする。それを引き留めたのは、男だった。
「坊主、俺はどうすればいい。」
藁にも縋る思いで男は宇宙人を見ていた。
「おっさん。俺はな、なんでもすればいいって思ってるんだよ。それが例え犯罪でもな。あんまり人に迷惑かけちゃダメなのかもって思うけどな、でも、それでもいいんじゃないかって。少なくとも、あれもやっちゃいけない、これもやっちゃいけないなんて思うよりかはあれもやろう、これもやろうって色々考えた方が楽じゃん。だから、おっさんが今悩んでるってのもいいんじゃないかな。でも、家族には心配かけるなよ。」
男は自分が何を言われているのか分からなかった。正しくもなければ間違ってもいないことを言われて少し混濁しているのだろう。でも、男の目がなんとなく活力を取り戻した気がした。
「人って何かやりたいことを見つけていないといけない存在なんだ。だから、悩んでるってのは何をやろうかやるまいかを迷ってるのが普通なんだ。」
「一体何者だよ、お前は。」
宇宙人が言った言葉に返答する声があった。私はその時初めて私以外にもさっきの一部始終を見ていた人物がいたことに気が付いた。髪の長い、面倒臭い女だ。
「怪獣の出現地点に向かってみれば、無職のサラリーマンを少年が慰めていた。」
お道化た様子を一変させて、射るような目つきで女は言う。
「あの怪獣はなんだ。そして となんの関係がある?」
「俺に聞くなよ。って、 ってなんだ?」
「質問を質問で返すなッ!」
「爪のコレクションは趣味悪いと思うぜ。」
そう言ってそいつはまたどこかへ行こうとする。
「あ、それと――」
そいつは女に向かって言った。
「あんたのいる組織、どうも臭そうだぜ。」




