prologue
E
この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
一体、何のネタの伏線だよ、とコード・ブリュウは思った。彼は人を追っているにも関わらず、気楽に物事を考えていた。彼の追っている人物を彼は既に追い込んだも同然なのだ。
逃亡者の瞬間転移に巻き込まれ、聞いたこともない銀河系へと飛ばされたときは、流石に肝を冷やしたが、独り身の彼は旅人のように生きてきたのである。未知の世界へと来れてラッキーというくらいにしかとっていない。
逃亡者は転移に力をそがれたのか、逃げる速度が遅くなっている。宇宙空間を遊び場としてきたコード・ブリュウには、止まっている蠅の如く見える。かくいう彼は宇宙空間移動用のデバイスを使って移動している。自力で移動しているわけではない。
逃亡者はデバイスと同等かそれより速く移動する。滑空能力からみても基礎能力はブリュウよりも上であるはずだ。しかし、逃亡者は追ってくるブリュウに対して攻撃をしてこなかった。
いま、逃亡者は、ブリュウが捕縛にちょうどいいと思った惑星に入ろうとしていた。大気の摩擦で逃亡者は赤く光る。
大気に酸素でも含まれているのか、と逃亡者を観察しながらブリュウは思った。あまり自分にとっていい環境ではないかもしれない。ブリュウはデバイスを大気圏突入モードに切り替える。彼自身、あまり宇宙人としての能力は高くない種族なのだ。
惑星への自由落下から抜け出せない状態になってから、ブリュウは不安に襲われる。逃亡者の行動は明らかに不自然なのだ。嵌められたのは自分かもしれない、とプラズマの風が頬をかすめるなか、ブリュウは冷や汗を流す。
どほっん。
逃亡者が勢いよく地面に着地する。大地がめくれ上がる。
「思ったより背丈の小さな星だな。」
自然造形物がブリュウの腰あたりまでしかない。この星の住民は思った以上に小さいのかもしれないと思って彼は面倒に思った。ただ、重力が大きくないことだけが幸いである。
「なあ、お前。人様の売り物を万引きするとはいい度胸じゃねえか。」
デバイスで静かに着地をしながらブリュウは言う。彼は売り物を万引きされたという理由だけで恐らく何千光年も先の宇宙まで逃亡者を追ってきたのだ。
「こんなところ、宇宙人の存在さえ認めてないんじゃないか?とんでもないド田舎だ。」
逃亡者は何も語らず、ただ、ブリュウと向き合っている。ブリュウがおしゃべりなのか、逃亡者が無口なのかは分からない。
「早く、盗んだものを返しな。まあ、俺もそれを遺跡から盗んだんだから、人のことを言えないが――俺のものだから返してもらおうか。」
逃亡者の姿は不気味であった。黒い布のローブを着て、フードの奥の影からは、赤い眼光がちらついている。
「お前もこの環境じゃ、長く生きられないだろう。」
惑星というものは生き物である。異物があると、それを排除しようと免疫が働く。活動限界は3分だろう、とブリュウは思っていた。
「ほら。こっちも時間がないんだから。」
しかし、逃亡者は動こうとはしない。代わりに初めて言葉を発した。
「お前にはこれの重要さが、これをこの場所に持ってくるという意味が分かるまい。」
手の上に黒いハンドボールくらいの球体を見せながら逃亡者は不気味に笑った。ブリュウはその物体が何であるのかを知らない。確認する前に目の前の男にパクられた。
「知るかよ。んなもん。」
ブリュウは胸の中心にある球体に宇宙空間移動用のデバイスを収納する。そして、代わりに剣のデバイスを召還した。
「どこかの惑星の戦国時代、伝説の宇宙人が使っていた聖剣――の、レプリカだ。」
そう言って剣を逃亡者に向かって振るう。逃亡者は、素手で剣を受け止める。
「んな⁉現代ように作られて、タングステン鋼なら簡単に切り裂くもんだぞ。お前、何者だよ。」
そう言いながらもブリュウは間合いをとる。もう1分しかない。胸の球体がアラートを発している。
「ま、お遊びはここまで、だな。」
ブリュウは剣をしまうと、新たなデバイスを召還した。
「軍用対人光線砲だ。」
大昔の特撮で使われていたようなおもちゃのような銃を逃亡者に向けた。
「おおっと。これはおもちゃじゃないぜ。レプリカでもない。見た目はあれだが、その実、並みの宇宙人なら即死級の砲撃を放つ。戦闘機に使われているレーザー銃を拳銃サイズにまで小さくした壊れ物よ。さ、おとなしくそいつを――おおっと。」
ブリュウの話している最中、逃亡者が赤いレーザーを発した。地面を裂き、空まで貫く。ブリュウはその攻撃が自分に向けられていないことに気が付いた。逃亡者が狙った先に、蚊ほどの何かが飛んでいる。
「この星の鳥か?というか、お前、軍人か軍用の改造でも受けてやがるのか。」
やはり、コード・ブリュウという男は口数が多い方らしい。逃亡者は沈黙している。その沈黙している逃亡者は、大きな音を立てて体を至る所に飛び散らせた。
「せっかく商売する星を見つけたんだ。あまりことを荒立てんなよ。」
いつの間にかブリュウは銃を放っていたのだった。取られたものもバラバラだろうな、とブリュウは考えていた。
「こいつの悪いところは、一日に一発ってところと、腕が当分使い物にならなくなるってところだな。」
そう言いつつ、ブリュウは自分の足元へと目を移す。先ほどから彼の足元に微弱な生命反応があった。彼は体を急速に小さくし、光球の形状となって、その何かに接触しようとする。彼は地上に降り立ったその時から、足元の小さな命を守りながら戦っていた。




