6話 センス
私は元来た道を走った
エリスを見つけなきゃ……
まだ人の多い歩道を全速力で戻る
先程カフェラテを頂いた店を越え、辺りを見回し、通行人を避けながら走った
走る
走る
走る
走るが、見当たらない!
どうする……
彼女は、エリスはどこ!?
マズイ……
彼女の身が危ない
一緒に行けば良かった……
後悔だけが積もる
いや、まだだ……
まだ諦めるには早い
どうする……?
こんなに自分が矮小な人間だったとは……
大切な時に、大切な友達すら守れないなんて……
ダメだ
ネガティブになるのは早過ぎる
探さなきゃ……
そしてまた走った
走っても走っても姿が見えない
ドコよ!?
私は足を止める
何だ!?
何が出来る!?
私にエリスを探す為の何が残ってる!?
考えろ……
考えろ、私
私に残された彼女を見付ける手掛かり
ソレを考えろ!!
私……
私の……
私の?
私の…… ルビーアイ!
ルビーアイ……
ルビーアイで何が出来る!?
使いこなす……
今しか無い
使いこなすのは今しか無い、泉!!
私は目を閉じた
コレは能力だ
ルビーアイ自体に意志は無い
でも、なぜか私は問い掛けていた
ねぇ……
エリスの身に何か良くない事が起きるの……
助けて……
何が出来る?
ねぇ……
教えてよ、ルビー!
私の何を埋めれば彼女を救えるの!?
彼女を救う為に……
発動なさい!!!
私のルビーアイ!!!
キーーーーン……
痛っっっ!!!
急な耳鳴り
ソレと共に周囲の雑音が増した
道行く人の会話が大音量で脳内に響く
妙な臭いにクラクラする
息をすれば、空気は不味い
何だコレ!?
私の身に何が起こった!?
考える……
考える……
ん?
コレは……
感覚……?
そうか!!!
こういう使い方もあるのか!!
ありがとう、私のルビーアイ!
もう少しだけ、その力を貸して!
私は理解した
ルビーアイは体内外に力を及ぼす
それは知っていた
だが、感覚まで操作出来るとは知らなかった
むしろ知ったのは今
そして、ソレを開花させたのはさっきだ
ナンパ男の記憶を無くす事に成功した時だ
こんな所で限界まで発揮する事になるとは思いもよらなかった!
ムダでは無かった!
あの本……
【脳科学】の専門書!!
私の感覚を最大限に引き出す
何がベストだ!?
味覚
違う!
触覚
違う!
視覚
見えない! Noだ!
聴覚
こんなに人が居ては聞き分けられない!
嗅覚
こんなに色んな臭いがあっては無理だ
ダメだ……
どうする!?
エリスだけを判別する何か……
エリスだけの何か……
特別な、何か……
何だ……
何がある!?
エリスだけ……
エリスだけの……
エリスだけの、匂い……?
嗅覚だ!!
彼女の匂いを嗅ぎ分ける
無理じゃ無い!
やってみせる!
彼女の匂いは独特だ
今日の彼女だから探せる!
私なら、必ず探せる!
エリスの香水、ディオールの香り
では無い
彼女の使ったこの世に出回って無い、試供品のシャンプーの香りだ!
私は嗅覚以外の感覚のレベルを下げる
そして、鼻だけに意識を集中させる
どこだ……
色々な匂いが入り乱れる中で感じた特殊な香り
見つけた……
コレだ!!
走った!
感覚は嗅覚にだけ力を増幅させ、身体にもルビーを纏う
自己の筋力を増加させる
体が軽くなる
筋繊維が弾けないギリギリのレベルをキープする
その状態で、駆けた
真っ直ぐ……
左か……
この交差点は右……
解る……
解るよ……
貴方の通った道順が!!
走って居た時だった
見つけた!!
この先、ずっと先に居る後ろ姿!
さっき来ていた服!
その左右前方にはナンパ男!
間違いない!
「エリスゥゥゥゥ!!!」
私は叫んだ
私よりも遙かに前を歩く彼女
そのエリスが振り向いた
届いた!
私の声が!!
突然の叫び声に驚いたのか、周囲の人達が道を開けた
私1人分の隙間を開けてくれる人も居れば、大きく飛び退く人も居る
ソコまでは必要無いのに、路地に走り出す人も居た
何はともあれ、私はエリスの元に辿り着いた
体をくの字に曲げ、ゼェゼェと肩を上下する
「泉? 走ッテ来タノ!?」
彼女の問いに、コクコクと私は頷く
「ソンナニ急イデ…… 何カアッタ?」
その問いには答えなかった
今、ムダに不安にさせるのは好ましく無い
「泉モ食事シタクナッタノ?」
「ハァハァ…… ゲホッ…… ハァハァ…… ハァ…… う、うん! 食べたくなった!」
私は息を整え、そう言った
彼女の顔を見ると、若干、呆れた顔をしていた
だがくだらないプライドは、この際、捨てる
今の私の最優先はエリスの安全だ
それにしても随分離れた所だ
こんなに予想の位置から外れているとは……
私は相当走ったハズなのに……
私はナンパ男のエスコートを受けながら、エリスと共に歩いた
これ程、食事する場所が遠いのは不可解だ
どこかに誘導されていると考えるのが妥当……
私は少々の会話をエリスとしながら考えた
正直…… 正直いえば……
エリスの【体】が目的なら、もっと近場でも良いハズだ
そう考えると、ドコか決まった場所に連れて行かれている
つまり、ソレが正しければ……
コレはナンパでは無い
誘拐といった類の前兆と考える方が間違いない
常に【最悪】を見据えていれば、おのずと【最善】が姿を現す
小さな事でも考慮に入れる
なら、エリスに求める物は?
ソレは簡単だ
彼女の家は、お金持ち……
つまり、【金】だ
彼等が誘拐を?
まさかね……
ソレが本当なら、仕事が雑……
適当な路地で、気を失わせて連れ去る方がスピーディーなはず……
何か見落としている気がする
お金目的は間違いないと思う
彼等が何者かの手足で在る事も間違いでは無いはず
ん……?
手足……
何者かの手足、か……
連れて行かれるドコかに主犯がいる?
いや待て……
こんなに移動してか?
実行が雑なら、ゼロでは無いだろうけど……
アジトらしき物に行きそうには感じられない……
じゃ、敵はドコだ?
ドコで待って居る?
ドコで待ち合わせしている?
待ち合わせ……
いや、待ち合わせする必要すらあるのか……?
さっきも思ったが、気を失わせた方が早い
でなければ……
この散歩に似た何かには意味がある
どこかで……
どこかで主犯が見ている……
と、考えるのが妥当か……?
ドコだ……
私はバレないようにルビーアイを発動させる
感覚を研ぎ澄ませろ……
今回ルビーアイに重きを置くのは第六感だ
周りに建ち並ぶ建物から見られている気配は…… 無い
じゃあドコだ……
視線を感じろ……
背後……?
背後から見られている気がする
私の通った道……
人は沢山居た……
いや、違和感のあった人物を探れ……
私の声に驚いて、エリスに走り寄る際道を開けた者……
体1つ分避けた者
クリア……
驚いて大きく飛び退いた者
クリア……
いや、待て……
驚いて路地まで逃げる者が居た!
コイツだ!!
記憶を探れ、アイツの姿を……
真っ黒いサングラス……
黒のスーツ姿……
スーツを来ている程度は有り得ない事では無い
何だ……
アイツの違和感
私の記憶
探れ、私……
ん?
彼の襟元に光った物
バッジ……?
何だ?
形……
色……
造作……
【菱形…… 金色…… そして、G…… F……?】
私はエリスとの会話
その、キリが良いタイミングを見計らって彼女に耳元で囁いた
「ねぇ、エリス…… ちょっと聞きたいんだけど……」
「ン?」
「マーク…… 多分、会社のマークでさ…… 金色…… いや、色は違っても良いから、菱形で、GFってマークとか…… 解る?」
「菱形デGFナラ…… ゴールド・ファンド社ジャナイ?」
ゴールド・ファンド社……
ファンド……
投資会社か?
ナルホドね……
合点がいった……
私の読みが正しければ……
「ねぇ、エリス…… その会社ってさ…… どんな会社なの?」
「ンーー…… 結構、大キイ会社デサ…… 裏デハ少シ……」
「危ない事もして利益を出してる…… とか?」
「マ、マァ…… ソンナ噂モ聞クネ……」
やはり、危害を及ぼそうとしているのはゴールド・ファンド社だ
投資会社……
つまりは株により利益を生む会社
エリスの家は金持ち
何かしらの大きな会社を経営していると推察出来る
奴らは、自分達に不利益な状況を強迫でもして打開しようとしてるのか!?
コレならば納得がいく!
株価の変動でゴールド・ファンド社の利益が莫大な増減を見せるハズだ
私は即座にスマートフォンを取り出して検索した
ゴールド・ファンド社
社長は……
ゴードン・フリーマン
【GF】のマークは、社長の名前からきているのか、などと今は必要ない推察もした
会社資産は相当有る
フリーマンとは、この場合、イヤミな名だとも思う
黒い仕事で生んだ資産か……
汚い男め……
そう思いながらも私はスマートフォンを仕舞った
私は前方をエスコートするナンパ男達に声を掛けた
「ねぇ? ドコまで行くの? お店はまだ?」
「ン…… マダ…… モウ少シ先ダヨ……」
彼等は私に視線を向けずに口を開いた
なるほどね……
鎌を掛けてみるか……
「結構遠いんだね…… 美味しい食事なら嬉しいな♪」
「大丈夫…… 美味シイヨ……」
「なら良かった♪ 私、食べ始めるとスンゴク食べるけど、お金は大丈夫?」
「ソウナンダネ…… 大丈夫ダヨ」
「へーー! バイトとかしてるの? それとも何か臨時収入とか嬉しい事あった!?」
「マ、マァ…… 臨時収入…… カナ?」
掛かった!!!
「臨時収入か♪ それ、嬉しいよね!」
「ソウダネ……♪」
気さくに話し掛ける私に少し気を許したのか、彼等は私を見た
その顔は笑顔だった
その顔を、私は歪ませた
「その臨時収入ってさ…… 後ろを尾行している黒服さんから貰ったの?」
彼らの足が止まる
私を凝視していた
視線が泳ぐ
私の右肩越しに目を向けると、その顔が一気に恐怖と変わった
足音からすれば、まだ離れては居るが……
私の右後ろ方向に居るって事か……
そう思ったのも束の間
「ウ…… ウワァァァァァ!!!!」
そんな奇声を上げて、男達は逃げた!