5話 執拗な誘い
とりあえず勉強を余所にエリスとの会話を楽しむ私
ナンパお断りのはっきりとした意思表示のお陰で、それからの会話はスムーズに進む
ハズだった
そんな安心も、その後の言葉で崩された
「ネェ……」
そう、男性から声を掛けられたのだ
またか……
いや、勇気ある行動だ
心意気だけは賞賛しよう
私は顔を、声を掛けた者に向けた
あれ?
この顔は見た事がある
最初に声を掛けてきた男性2人組だった
舌打ちした男達
間違い無い
「……まだ何か?」
私は苛立ちを露骨に顔へ映す
彼等は、男性同士、お互いの顔を見合わせていた
「サッキモサ…… 声掛ケタンダケド……」
男性の1人が申し訳なさそうに言葉を出す
「ええ、覚えてるわ」
「デサ……」
「お断りしたよね?」
「ウン……」
そう言って黙り込んだ
そこまでしてナンパしたいのか?
そう考えて彼等を見る
ん?
何か……
さっきとは様子が……
顔が、少し違うような……
いや、本人である事は違わない
ただ、頬が腫れている様に見えるのは気のせいだろうか?
彼等はそれなりにシュッとした顔立ちだ
だからこそ違和感を感じた
やはり右頬が腫れている様に見える
そればかりか、少し膨らむその部位は赤みを帯びていた
叩かれた様な……
いや、むしろ殴られた様な感じにも見える
「ねぇ、貴方達…… その顔どうしたの?」
私は率直に聞いた
彼等はビクリと体を少し震わせ、腕で頬を隠した
「ナ…… 何デモ無イ……」
そう言った彼らには少し……
恐怖にも似た何か……
そんな表情が見てとれる
「ふーーーん…… で、何?」
「イヤ…… 食事トカ…… ドウカナ…… ッテ……」
「だからさぁ…… 何度も言わせないでよ!」
「デモ……」
何なんだ……
しつこいにも程がある
もう一言、言い放ってやろうかと思った時だ
「待ッテ、泉……」
そう言ったのはエリスだった
「どうしたの?」
「良イヨ……」
「ん?」
「食事デショ? ソノ程度ナラ良イヨ♪」
彼女は彼等に向かってそう言った
「待て待て…… エリス…… アンタ何言ってるか解ってるの!?」
「ウン! 食事ノ誘イデショ♪」
「いや、食事だけじゃ無いかもしれないでしょ!」
「ダケジャ無イッテ?」
チィ……
今まで、さっきナンパの際に言ったあわよくばの先も言える機会なら幾らでもあったのに……
ちゃんと説明しなかった私のミスだ……
周りにだって人は居る
だから言い渋っていたのに……
「大丈夫ヨ、泉♪ 食事ダシネ! ソレニ、コンナニ熱心二誘ッテクレテルンダヨ?」
「だから……」
「ナラ、一緒二泉モ行コウ?」
「行かないし、エリスも行かない…… OK?」
「ナンデ? 食事ダヨ?」
「まったく……」
ナンパには興味が無い
かと言って、この場でエリスを宥めることも難しそうだ
もう19歳
私は大人で、彼女も大人だ
エリスがどうしてもと言うなら止めることも出来ないか……
そんな考えに私は至った
「じゃあ、私は宿舎戻るからエリスは【気を付けて】行っておいで♪ 【気を付けて】ね!」
私は、わざと2度言った
「OK♪ マタ明日ネ!」
彼女はそう言って笑顔を見せる
そして彼らに顔を向けた
「私1人ダケドOK?」
その問い掛けに彼等はホッとした表情を見せる
「ウンウン♪ 君サエ来テクレレバ大丈夫!」
そう言った
私も、もうこの場に居たく無い
トートバッグに書物や筆箱を詰め込んでレジに向かった
先にテーブルを離れたエリスがウェイトレスと会話をしている
私がソコに近付くと、エリスが視線を向ける
「泉♪ モウ貴方ノ代金払ッタカラ大丈夫ヨ!」
「え!? なんで!? 私も払うよ!」
彼女は目の前でNoと手を振った
「無理二勉強終ワラセタノ私ダヨ! ダカラ大丈夫♪」
「でもさ……」
「大丈夫ダッテ♪ ア! ナラ、次ハ泉ガ払ウッテ事デ♪」
「OK♪ じゃあ次は私がおごるよ!」
エリスと互いに笑顔を交わす
そして私達と男性2人は店外へ出た
彼等が向かう先は、私と別方向の様だった
なので、私達は店から出た歩道で手を振り合う
そして彼女達は背中を向けた
私も宿舎へと歩を進める
スタスタと歩く
大丈夫よね……
そんな事を心配する
ふと、エリスに振り向いた
まだ、通行人はまばらに居る
その中に彼女が見えた
もし、危険になったら人を呼べば良い
彼女も大人だ
私の心配し過ぎなのだ
そしてまた、私は向かうべき方向に向き直った
その時感じた云いようのない違和感
何かが…… 私のフィルターに引っ掛かる
何だ……
何かが…… とても奇妙に渦を巻く
私は必死に探した
身振り……?
違う……
表情…… か?
彼等…… 男達か?
男達……
雰囲気がおかしかった
なんだ……
何がある……
会話……
会話だ!!
何て言った!?
違和感のある言葉!?
彼らの言葉……
【ウンウン♪ 君サエ来テクレレバ大丈夫!】
そう言った
【君サエ来テクレレバ大丈夫!】
何かが引っ掛かる
そうか……
「君【サエ】来テクレレバ【大丈夫】!」
私達2人で居たから声を掛けたわけじゃ無い!
エリスが居たから声を掛けた!
1度、断れて立ち去って尚、また来た
なぜ、そこまでして執拗にエリスを求める!?
美人だからか!?
違う……
彼等が私を女性の対象として見ていないならそれでも良い
それならそれで彼等は素直にこう言うべきだ
『君【が】来てくれるなら【嬉しい】よ』
それで事足りる
エリスだけを女性対象とするなら、気持ち的にはコレで充分なハズだ
『君【サエ】』じゃ……
まるで誰かに命令されて動いて居る様に取れる
そうか、だからか!
彼らの腫らした顔は何だ!?
断れた後、奴らに何かが有り、そして叱咤され、殴られたんじゃ無いのか!?
そう……
命令していた張本人に!
マズイ……
エリスが危ない!!