3話 エリス
「ネェ? 何ノ本ヲ読ンデルノ?」
そうエリスが問い掛ける
私は笑顔で本を閉じた
表紙を彼女が覗き込む
「【脳科学】? 泉ノ専攻ハ【生物学】ジャ無イノ?」
「うん、そうなんだけどね…… 知識は多いに越した事ないでしょ?」
「ソウネ♪」
そう言ってエリスは微笑んだ
勿論、知識の件は偽りない
だが、ルビーアイを知る為の知識だ
生物学だけに留まるのはリスク
万一、そこにゴールが無ければ時間の無駄になる
八方塞がりはゴメンだ
この力を公表する事は許されない
実験体にされるのが関の山
だから私は、私の事を、私だけの力で解明しなければならない
いや、だけでは無いか……
日本では私の姉妹、【咲子】も探って居るはずだ
それが何よりも心強い
私は注文し忘れていた2杯目のカフェラテを、カフェテラスから一旦店内に戻り、頼みに行った
気持ちの良い笑顔を向ける店員にオーダーを通す
私の2杯目と、エリスのカフェラテだ
席に戻ると、彼女は私の専門書をパラパラと捲っていた
「あれ? エリス? 脳科学に興味があるの?」
「マサカ! 無イ無イ!」
「そう? 熱心に見てたから……」
「ン? アア♪ 泉ガ、ドンナ本読ンデルノカナ? ッテネ!」
「そっか♪ ていうかさ……」
「ン?」
彼女は私の言葉に首を傾げた
「エリス…… なんか良い匂いするね♪ 香水変えた?」
パアっと満面の笑顔へと変化する
とても美しい笑顔だ
「解ル!? サスガ泉♪ ディオール二変エタノ♪」
「へーー♪ 良い匂いだね! でも…… 何だろ…… もう1つ良い香りが混ざって居るような……」
「凄イネ!! 実ハ、シャンプーモ変エテミタ♪」
「そうだったんだ!? 2つが混ざるとスゴく良い香りだね♪」
「デショ♪ コノシャンプーネ、試供品ダカラ出回ッテ無イノ!」
「そうなの!? 良いシャンプー貰ったじゃん♪」
「ウンウン! アリガト♪」
そんな些細な会話をしていると、注文していた2杯のカフェラテがテーブルに届いた
いつもの様に私は口へと運ぶ
彼女も同じタイミングで口へと運んだ
その時、彼女の手がピタリと止まる
「アラ? コレ、美味シイネ♪」
「でしょ♪ お気に入りなの!」
「ナルホドネ! コノ店二通ウワケダ♪ モット早ク教エテクレレバ私モ来タノニ!」
そう言った彼女は、ふくれっ面を見せる
「まあまあ♪ てか、お店巡りとかエリスはしないの?」
「私ハ……」
そこまで口にするとエリスは言葉を止めた
どうしたのだろう?
「ん?」
私が顔を傾げる
その姿に、あっ! と表情を変えた
「ンーーー…… 泉ナラ…… 良イカナ……」
「何が?」
「私ネ…… 私ノ家ッテ…… 特別ナ時以外、外出禁止ナノ……」
「え!? 何で!?」
「私ノ家ハサ…… チョット…… 大キクテサ……」
家が大きい?
あ!
お金持ちって事か!
なるほど…… 大事に育てられてきたんだ♪
ということは…… 彼女は……
「エリスはお嬢様だったんだね♪」
「ヤメテ!! ソウ言ワレルノ好キジャ無イ!!!」
彼女はテーブルに視線を落としながら叫んだ
理由が解らなかった
でも、私とは違う人生を歩んできたのは確かだ
多分、そういった意味で彼女なりの苦労があったのだろう
私では計り知れない苦労が……
だからか……
だから、何かしらの危害が及ばぬように外出禁止なんだ……
「ゴメンね…… そんなつもりじゃ……」
私は心のまま、素直に謝罪した
彼女は私に目を向ける
その顔には後悔の色が映っていた
「ア!! 私コソ…… ゴメン…… 家ノ事ヲ話シタノ初メテダカラ…… ソウ言イタク…… ナルヨネ……」
「私は大丈夫! エリスも大変な事、沢山あったよね…… そこまで気が回らなくて……」
「良イノヨ……」
私はエリスを見つめる
彼女は、その視線に気付いたのか……
チラリと見て、笑顔を浮かべた
「ね! ティラミス食べない!?」
私は彼女に問い掛ける
正直、場の空気を変えたかったのは言うまでも無い
ソレを感じてかは解らないが、彼女は、
「食ベル♪」
そう賛同した
ティラミス、カフェラテ……
美味しいソレらを楽しく食べる
2人で居ると会話が尽きない
私は彼女と居る時間も、本当に大切な……
自分の心を見つめられる時間と感じていた
不意に声を掛けられる
「アレ? 彼女達、2人?」
そう言ってきたのは、アメリカ人の男性2人だった
顔に見覚えは無い
コレは、アレか……
いわゆるナンパだ
「ソウダケド…… 何カ?」
エリスは素直に答えた
うわ……
エリスは美人だけど、こういったモノには免疫無いかも……
「エリス…… いいから答えないで!」
私が軽く叱る
「ドウシテ? 聞カレタ事ニハ答エナイト……」
本当に解ってないんだ……
これは私がしっかりしていないとマズいかも……
「大丈夫! お気になさらず!」
彼らには私が対処した
チッ……
そんな舌打ちをして男性2人は姿を消した
ふぅ……
安堵の溜め息が溢れる
「アンナ素ッ気無イ態度ハ…… ドウナノ……?」
「どうなのって…… アレ、ナンパよ?」
「ナンパ?」
「食事誘ったりしてさ…… あわよくば……」
あわよくば、の先は言わないで置いた
突っ込まれても困る
「フーーーン……?」
納得したような、しないような……
そんな表情を彼女は見せる
そんな時だった
「ネェ、彼女達♪」
振り向くと別の男性2人が立って居た
またか……
なぜ、こう何度も……
いや……
解ってしまった
私1人の時には、こんなに声を掛けられない
今は【美女】が一緒だからだ……
エリスの美貌は罪だな……
「大丈夫ですので、お構いなく!」
また同じ様な対応を試みる私
「マァマァ♪ ソウ言ワナイデサ♪ 一緒シヨ!」
「いえ、出口はアチラです」
「怒ッタ顔モ可愛イネ♪」
なんだコイツら……
今回のはしつこいな……
彼らは私達の肩に手を乗せる
うぇ……
気持ち悪!!
イライラが溜まっていく
コイツら長期戦に慣れてるな……
さて、どうしたものか……
ふと、視線を下げた私の目に飛び込んだ物
ソレは専門書だった
【脳科学】の、だ
コレ、か……
私の中で、1つの結論に至る
確か……【海馬】……【側頭葉の古皮質】だったよね……
この専門書は大した出来だ
脳の構造、イラストから何までキチンと載っていた
だからこそ、私なら出来る
そう確信した
無知過ぎるエリスを守るのは、今現在、私しか居ない
それも後押しし、私は実行に移した
「やれやれ……」
そんな言葉を漏らし、私は右手で顔を覆う
違和感なく覆う為に口にした
そして、その手
指に隙間を作る
そこから彼等を見て、モノをイメージした
モノは脳だ
専門書に具体的に載っていたイラスト
ソレと、彼の頭部を重ねる
ココか……
私が顔を手で覆った理由がココにあった
ルビーアイ
ソレを見られる事を防いだ
彼等の脳、側頭葉の古皮質に、僅かばかりの力を飛ばす
直後、男達の両目がグルリと回ったのを見た
そして、私達にその目を再度向けた
「アレ…… 俺達…… 何シテタンダッケ……」
「出口を聞いてきたよ? アッチね♪」
私は右手を降ろして即座に、そう答える
「ソウダッタンダ? サンクス! マタネ♪」
彼等は、じゃ!っと手を上げ、去っていった
巧くいった……
微量の力
あの位が丁度良いようだ
【側頭葉の古皮質】
ソレは記憶を司る部位
私は、ソコに力を飛ばして、ナンパの記憶を消したのだった




