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ライトノベルの召巻術師  作者: 右町田みとむ
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 放課後、道長は『鏡の檻姫』に関する情報をできる限り得ようと図書室にこもっていた。

 しかし、世界に一冊しかないという本についての情報が、こんなどこにでもあるような私立高校の図書室にあるわけでもなく、道長はうなだれる。


「ま、そんな簡単にいくとは思っていなかったが……」

 昼休みが終わるまでまだ時間があるものの、これ以上探したところで有用な情報が得られそうになかったため、教室に引き返すことにする。


「おやぁ? そこにいるのは白河クンじゃないか」


 道長が声をかけられたのは、ちょうどそんなときであった。

 それはとても粘っこい声であったが、道長はこの声の主を知っている。

「ああ、お前か」

 振り返った先にいたのは、背のひょろ長い痩せ男。


「『お前』だなんて失敬な。ボクの名前、忘れちゃいましたか?」

 井崎教助が立っていた。

「それとも、スポーツ万能でクラスの人気者である白河クンは、社会のはぐれものであるボクのことなんて眼中にないということですかな?」

 会って早々この反応である。なんて面倒な男であろうか。


「わかった、わかったっての。だから黙っといてくれ。あと、俺は運動下手だしクラスの人気者でもない!」

 そう言いながら、道長はなぜ自分がこんな人間と知り合ってしまったのかと思いを巡らす。


 道長が井崎と出会ったのは去年の秋頃である。

 もともと二人は同じクラスであったのだが、その日、授業の理科実験で同じ班になった。そのときは別段変わったこともなく、二人の班の実験は無事に成功した。

 ことが起こったのはその後日である。井崎が道長を含む他の班員に、実験の考察レポートを写させてくれと頼んできたのである。

 そこで道長は善意から自分の考察レポートを井崎に見せてしまったのである。あの時、考察レポートを見せていなければ、この男と関わることなど一切なかったというのに。

 思い返せば、道長を除くほかの班員が考察レポートを頑なに見せようとせず、井崎が普段から妙に人から避けられていることに違和感を抱くべきであった。


 レポートを見せたその日以来、完全に道長は井崎に寄生されてしまったのだ。

 数学の課題があればそれを写させろと言い、体育の実習があれば隅でサボらないかと持ちかける。なんて厄介な人間であろうか。

 後に風の便りに聞いた話だが、井崎という男は他人に寄生して成績を得ることで生徒の間では有名であったらしい。

 残念なことに道長にはその情報が伝わってこなかったのである。

 友達がいなかったからだ。


「まさに不幸が不幸を呼んだってわけだ……」

「どうしたんですか白河クン。苦虫を噛み潰したような顔をして」

「むしろ苦虫に寄生されたからこんな顔になっているんだ」

「白河クンは本当に皮肉がうまいですねぇ」

 苦虫、もとい井崎はケタケタと笑っている。

「ボクは一方的に白河クンに対しお世話になろうとは考えていません。白河クンはいつでもボクに頼っていいんですよ?」

「調子のいいこと言いやがって。今まで俺に何かしてくれたことがあったか?」

「ありますとも。あれは半年前、雪も降りそうな寒空の下、体育で二人組を作り柔軟体操をする際に一人ぼっちだった白河クンを助けたのは紛れもなくこのボクですからね」

「あのときはお前もまた一人だったじゃないか」

「はて、よく覚えてないですね」

 どこまでも調子のいい野郎である。


 しかし井崎は自分に頼って構わないと言っていた。この際何でもいいから厄介な事を頼んでしまえと道長は考えた。

 ちょうどいい具合に、とんでもなく難解な問題を抱えているではないか。

「では井崎、お前に一つ質問がある」

「いいですよ、私が答えられる範囲でいくらでも答えてあげましょう」

 そう言った井崎はニヤニヤと笑ってみせる。どうせ大した事は聞いてこないだろう、という意思が読み取れた。

「作者のわからない本があったとする。しかもその本は世界で一冊しか存在しない。その持ち主を探せと言われたら、お前はどうする?」

「妙な質問ですね。なぞなぞの類ですか?」

 井崎の眉がピクリと動く。

「なぞなぞと違って決まった答えはないいんだがな。あくまで井崎の意見を聞きたいんだ」

「答えがない、というのは難解ですね。ボクからもいくつか質問をしていいですか?」

「ああ、大丈夫だ。俺も答えられる範囲でいくらでも答えてやるよ」

「一つ。その本はどのようなジャンルですか」

「表紙のイラストから考えるとラノベだと俺は考えたんだ。出版社もわからないから、断定はできないんだけどな」

「では二つ、これは質問に対する質問なのですが、世界で一つしかない本の持ち主を探す必要はあるんですかね? つまり、持ち主を探している本人こそが持ち主なのではないか、ということです」

「いや、その線はないかな、探している本人は持ち主とは別人だ」

「そうですか、」井崎は少し考えて、「では最後の質問。この本の持ち主を探しているのは、白河クン、君自身ですか?」

「げ……なんだその質問は」

「イエスかノーかの質問ですよ? 答えられないなんてことはないでしょう」

 井崎は勝ち誇ったような顔をしている。本当に性格の悪い奴だ。


「ああそうだよ。探してるのは俺だよ」

 道長は手を上げて降参のポーズをしてみせた。

「ははは、最初からその気はしていましたがね。しかし、世界に一つしかない、しかも作者もわからないラノベですか……妙なものを持っているんですね」

「別に持ちたくて持っているわけじゃないぜ。たまたまそれがポストに入っていたんだよ」

 それを聞いた井崎は少し怪訝な顔をする。そして、少し手を顎に当てて考え込むような姿勢をした後、「これが白河クンにとって有益な情報となるかわかりませんが、」と言って語り始めた。

「下り電車に乗って二つ目の駅で降りると法律事務所があります。そこにいる弁護士が副業でラノベ作家をしていると聞いたことがあるので、そこへ行けば何かわかるかもしれません。同業者、かどうかはわかりかねますが、ボクよりは有益なことを話してくれると思います」

「お前、よくそんなこと知っているな」


 ラノベ作家の素性など普通の人が把握しているものではないため、それを知る井崎に対し素直に驚いた道長であったが、当人はいつものようなにやけ顏をするわけでもなく、怪訝な顔のままであった。

「単なる偶然です。それと、ポストに入っていたということは誰かが入れたということです。なんらかの意図が加わっていたことは確かだということを覚えていたほうがいいでしょう」

 そして、少し間を空けた後に井崎は念を押すようにしてこう加えた。



「ボクがこういうのもなんですが、その本、捨ててしまうのが身のためかもしれませんよ」




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