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「死にたい」
「どうしたんですかミッチー先輩。まるでこの世の終わりに直面したかのような顔をしてさっきから死にたいとしか言ってないですけど」
時刻は朝の八時。昨日の約束通り白河道長と蒼衣紫苑は二人並んで登校していた。
しかし朝の一件により道長のメンタルは完全にボロボロになっていた。見た目中学生の女子に自分の純情を弄ばれたのだ、こうなるのも仕方がない。
「何があったか知らないですけど、あんまり気にしすぎてもよくないですよ、先輩。人間、生きていくなかで死にたくなる体験をするのはもはや必然たる運命ですから」
「そう言われてもなぁ」
「なら、慰めと称してあたしが今まで経験した死にたくなるエピソードでも話しましょうか?」
「慰めと称してっていうのが気にかかるが、それは別として気になるな」
「では、第三位から発表です!」
「まさかのランキング形式!?」
そんな道長の反応に構うことなく紫苑は話を続ける。
「第三位、お父さんと間違えて赤の他人の手をつないでしまったとき! 四歳の頃体験した生まれて初めて死にたくなった出来事でしたね」
「ああ、俺も同じ事をしたことあるな! 俺なんて小学校五年生のときにも同じミスをしていたからな」
「それは、むしろ羨ましいですね」
「羨ましいわけないだろ!」
「いえいえ、冗談です冗談」
そう言っている紫苑の笑い方がなぜかぎこちない。
「いやー、過去の死にたくなったエピソードを振り返るのは相当な精神ダメージを受けますね……」
「別に続けなくてもいいんだぞ? 聞いてるこっちも死にたくなってしまう」
しかし、紫苑は首を横に振る。
「気を取り直して、第二位!」
「続行すんの!?」
「パジャマで登校してしまったとき!」
「パジャマ登校だと! 典型的なドジじゃないか」
「そう、実はあたし、ドジっ娘だったのです!」
「露骨にアピールされるとかわいくないぞ。しかしある種メジャーな失敗談ではないか? 俺が小学校のとき、同じようにパジャマで登校してるやつを見かけたことがあるんだがな」
「あ、これ中学三年の話です」
「去年の話かよ!」
「さすがに三回目は教頭先生位からに呼び出しがかかりましたね」
「こいつ、一年間で三回もパジャマ登校をしたというのか……」
紫苑の極端すぎるドジっぷりに、思わず道長は呆れ返る。
皆が制服でいる中パジャマでいるのは相当にメンタルが傷つくんだろうな。なんて道長が考えていると、紫苑が指を道長の頰に押し付けてきた。
「っていうことですよ、ミッチー先輩。みんながみんな、死にたくなるような思いをしながら今を生きているってわけです。元気、出ましたか?」
「まあ、な。むしろ元気が出たっていうか自分が死にたいって言ってるのがバカらしくなったよ」
「そうでしょう! 過ぎたことにこだわっていても良いことはないですからね。一種の悪夢でもみたんだと思って水に流しちゃいましょう」
「ああ、悪夢か」
悪夢、か。
ライアは言っていた。道長が求めればその途端にライアは召喚されると。
ライアが召喚されたとき、道長は確かに寝ていた。寝ながらにライアを呼んだのであれば、夢の中で呼んだに違いない。
道長は考える。
俺は、あの悪夢の中でどうしてライアを呼んだんだ————
「あの、ミッチー先輩?」
「う、うん?」
紫苑の声で、道長は我に返った。
「本当に大丈夫ですか? 死にたい連呼がおさまったと思えばぼんやりしちゃって。まるで心ここにあらずって感じでしたよ」
「なんだろう、ちょっとぼんやりしてたかな」
「もう、しっかりしてくださいよ」
そう言っている紫苑はとても不安そうな顔をしていた。それに気がついた道長はどうにか話題を変えようと試みる。
「そういえば、死にたくなるエピソードの一位は発表しないのか?」
「ああ、そんな話もありましたね」
「一分前にした話を忘れんなっての」
「いやー失礼失礼。でも、一位は秘密にしておきます。だってほら、学校着いちゃったじゃないですか」
そう口にして紫苑が指差す方向には、通い慣れた高校がすぐそばに見えた。話に夢中になるあまり、学校の近くまで来たのに気がつかなかったらしい。
「それに、」
道長がぼんやり学校を見ていると、急に紫苑が話し出した。
「それに?」
道長が聞き返す。
「一位の話をしたら、本当に死にたくなっちゃいますから!」
そう発して、紫苑は一人、校舎の方へと駆けて行った。




