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人生とはつまらない日々の連続である。
幼少期に抱く形容しがたい人生への期待は成長と共に消えていくのが常であり、たいていの人間は思春期を迎える頃には人生に諦観しているのである。
枕元にあるプレゼントを置いた主がサンタクロースではなく親であることを覚え、夜中に光りながら空を飛ぶ謎の乗り物がただの旅客機であることを覚える。そして、覚えるたびに人生はつまらなくなってしまうのだ。
当然白河道長という男もそんな人生を送っているわけで、その点今日という日ほど面白い日はこの一度きりではないだろうか。
それほどに、白河道長は愕然としていた。
無理もない。さっきまで本の中で描写されていたはずの登場人物。王女ライアが目の前に立っているのだから。
紫苑よりも身長は低く、中学生ぐらい。本物の金よりもおそらく鮮やかであるように思われる金髪は頭の両サイドで結わえられ、いかにもラノベやアニメにありそうなツインテールを成している。右目下の泣きボクロが、整った顔のチャームポイントであるように見える。
まとっている銀色のドレスは、上半身はタイトである一方でスカートはふんわりとボリュームがあり、まるでウエディングドレスのようだ。それがまた、彼女の繊細な美しさをより際立たせていた。
ラノベの二ページでまとめるのは惜しいと思えるぐらい。
完全無欠の美少女。それが王女ライアであった。
「お、おまえ、王女ライアなのか?」
愚問であるように思われたが、念のため道長は少女に尋ねる。というより、あまりの驚きに、このような当たり前の質問しか言うことができなかったのだ。
「いかにも。我は王女ライア。メーメル川のほとりで生まれ、ベルリン育ち。ヨーロッパ全土を統治する大王ブーテスの一人娘だ。よろしく頼む」
そう言うとライアはぺこりと頭を下げてお辞儀をする。なんとも礼儀正しい王女様だ。
顔を上げると、ライアは自然な動作で近くのベッドにちょこんと座った。
一方、ライアの目の前には不自然な苦笑いを作ってみせる男が一人。白河道長その人である。
「いきなりよろしく頼まれてもなぁ。ってか、どっからこの部屋に入ってきたおまえ! 玄関の鍵閉めてあったよな?」
「玄関? 知らないぞ、我はそこからきたのだ」
ライアはそう言って指をさす。それは道長が持っている本を指していた。
「我はその本から出てきたのだ」
当然であるような顔をしてライアは言ってのける。
そして、当然道長はその答えに納得いかないわけで。
「本から出てきたって? いやいや、なんだいそのおとぎ話みたいな設定は? イソップ物語かよ。残念だが俺のような現実見ちゃった高校生にそんな話は通じないぜ?」
「む、我は本当のことを話しているのだ。我の話が信じられないというのか?」
「誰が信じるかよ! ってかあれか? ドッキリ企画ってやつ? ポストにありそうな物語を書いた本を入れておいて、俺が読んだところでキャラそっくりの人を連れてくるみたいな。たいそうな企画だなオイ! しかし残念ながら俺は騙されないぜ、わるいがドッキリ失敗ってわけだよ」
そう言いながら、道長は徐々に平静を取り戻していた。道長は自分に言い聞かせる。これはドッキリに違いない。俺の退屈を見かねた誰かが仕掛けた、しょうもないドッキリだと。
「どっきり? なんだそれは。」
「なんだっていいさ。とりあえず、おまえは俺を騙そうとしたんじゃないのかって。正直なこと言ってくれよ。誰に頼まれてこんなことしたんだ? 紫苑か? あいつならやりかねないな」
「さっきから何を言っているのだ、貴様は。我の言うことが信じられないのか?」
「あたりまえだろ! いきなり現れたかと思いきや、それがまさかの本に書かれた通りの姿をした女の子、おまけに本から出てきたなんて言われてどうしろと? 中学の頃に長野のお店で塩ラーメン注文したらイナゴの佃煮がでてきたときですらここまで驚きはしなかったね、ああ!」
まくしたてるようにして道長がそう言い終えると、ライアは困ったような顔をする。
「ますます言っている意味がわからん。だが、我の言うことを頑なに信じないことは伝わってくる。信じないのなら信じさせるまでだ」
そう言うと、ライアは道長の持つ『鏡の檻姫』を指差した。
「貴様、今持っているその本を閉じてみよ。閉じたら今度は開いてみせよ。そうすれば、我の言うことも信じるに違いない」
ライアは自信ありげにそう言った。
「本を閉じるとどうなるんだ?」
「我がもといた世界に戻るのだ」
「本を開けると?」
「再びこの世界に召される。簡単な話だと思わんか」
「簡単な話かねぇ」
戸惑いを感じつつも、徐々にだが道長はライアの言うことを理解しつつあった。
つまりは本を閉じるとここから消えて、開けば再び現れると言いたいのだろう。
何か裏があるように思えたが、ここはあえてライアの提案に乗ってみようと思った。
「オッケー。消えるもんなら消えてみな」
「ふむ、ここまで我を信じなかったのだ。もしも我の言うことが本当だとわかったときには、一つだけ我の願いを聞いてもらうとしよう。よいか?」
「どうぞどうぞ、じゃあそのかわり、おまえの言うことが嘘だとわかったとき、タネのあるマジックの類だと判明したら、そのときには俺の願いを一つ聞くってのはどうだ?」
「ほう、いいだろう。男の願いなど、どうせ下衆。身の危険を感じるが、ここは我の真を証明する場、その条件をのもうではないか」
「ゲッ、下衆な願いなんかしねえよ!」
さすがに見かけ中学生の女子を辱めるような趣味は道長になかったようだ。
「とにかくだ、どっちがどっちの願いを叶えるかは後の話だ。とりあえずはじめるぜ。本を閉じればいいんだろ」
そう言って、道長は本を閉じる。閉じながらも、道長はじっとライアを凝視する。
マジックの類なら消える瞬間に必ずタネがある。そう思って。
本を完全に閉じきった、その刹那。
道長には、瞬間的にライアが光り輝くように見えた。
あまりに眩しすぎる光。思わず目をつぶってしまう。
そして、道長が目を開けたときには。
目の前にいたはずのライアはいなくなっていた。一秒にも満たない、その間に。
「消えた、のか? そんなはずは」
そんなはずはない。そう言いたい道長であったが。現実はそれが真実であることを無慈悲に告げる。
王女ライアは、確かに消えたのだ。道長の眼の前で。
「クソッ。なんてこった」
思わずそんな言葉を吐いてしまう。そして、その猜疑心を晴らすためか、現実が信じられないためか、道長は部屋中のありとあらえる場所を調べた。ベッドの下、ベランダ、洗面所。
しかし、どこを探してもライアの姿は見当たらない。
真なのか。
本当なのか。
まさか。
そう思いながら、道長は元いた椅子に座り直し、もう一度本に手をかける。
「この本を開けたら、ライアが再び現れる。ということだよな」
今度こそ真実を暴く。そう思って道長は本を開いた。刹那。
再び、閃光。
次の瞬間、道長が目を開けたときには。
「どうだ、言った通りだろう」
金髪の美少女、ヨーロッパの王女。
王女ライアは、再びそこにいた。




